第2話:ダンジョンに

「ああぁぁぁっ、なんでこんなことにいぃぃぃっ!」


 全力で走っていた。

 後ろから追いかけて来る、カサカサと不気味な巨大ムカデから逃げるために。


 俺が転移した場所は、どう考えてもダンジョンの中だ。

 異世界=ファンタジー世界確定。

 そりゃボーナスにあったEXP=経験値っていうんだから、そうだよな。


 赤崎が黒い球体をぐるぐる回した時、神様は座標設定がどうとか言っていた。

 座標が定まってない時に、俺だけが転移してしまったのか……くそっ。

 赤崎め、もし会うことがあったらぶん殴ってやる!


 ぽぉっと淡い光を放つ壁のおかげで、逃げる先の通路はそれなりに見える。

 少しだけ小さな横穴があり、そこを曲がって逃げるとムカデは追いかけて来なくなった。


「ふぅ……どうやらまけた……か?」


 ムカデがそのまま走り去っていくのが穴から見えた。

 その穴は人ひとり通れるぐらいの大きさで、奥は小部屋のようになっていた。


「ここなら少し休めるか……今のうちにいろいろ確認しておこう」


 手にはあのクジが握られたままだ。それを開いてウィンドウを開くと、そこにボーナス内容が書かれている。

 が、画面の下には、まるでオンラインゲームのUIユーザーインターファースにも似たアイコンがあった。


「ステータス……スキル……所持品……か」


 トイレの男マーク、剣と雷マーク、そして巾着袋のマークのアイコンが三つ並んでいた。

 UIに触れると画面が変わり、今後のこのUIの開き方が書いてある。


【利き手の指先で、宙に四角を描き、最後の中央をタップする】


 それだけだ。

 ステータスオープン! とかじゃなくて、ちょっとほっとしている。

 あれ、人前じゃちょっと恥ずかしいもんな。


 ステータスのアイコンに触れると、これまたゲーム画面そっくり。



 レベル1   MP:35/35

 腕力:30  体力:39  俊敏:32

 持久:28  器用:35  魔力:7


【転移ボーナス】

 EXPが1になる


【スキル】



 HPはないのに、MPはあるんだな。この数字を見ても、いいのか悪いのかすら分からない。

 ただ魔力だけはやけに低いのを見ると、俺は賢者にはなれないってことだけは理解できる。


「魔力以外のステータスが高いのは、小学校の頃からずっと続けていたサッカーのおかげかな」


 スキルのアイコンに触れたが、そこには何も書かれていなかった。

 オンラインゲームだと、偶数レベルになったらスキルを自動獲得なんてのもあったけど。

 でも職業によって獲得できるスキルも違う訳で。

 俺の職業って……大学生? いや、あれは職業じゃないし、この世界にはそもそも大学があるのかどうか。


「分からないことを考えても仕方がない。所持品を見てみるか。何かあればいいけど」


 巾着のアイコンに触れると、別のウィンドウが追加で浮かんだ。

 アイテムボックスじゃなく、インベントリって書いてあるな。

 縦長のウィンドウには所持しているモノの名前と、その隣に個数が書かれていた。


「リュックが入ってた。あとポーションがニ十本、パンが五個、ミルク五本……食料か。あ、お金もここにあるんだな」


 アイテム一覧の下部に1,000Gという表記がある。たぶんこれがこの世界のお金の事なんだろう。

 触るといくら取り出すかという画面が出て、試しに「1」で入力すると、チャリンっと小さな銅貨が一枚落ちて来た。


 果たして食料が尽きる前に地上に出れるだろうか……。






 この部屋にはモンスターが入ってこない──ということが分かった。

 穴の向こう側を大きなモンスターが横切るのは何度も見たけど、潜れそうな奴らも決して入ってこない。

 むしろ中にいる俺の存在にすら気づいてないようだ。


「ガアァァッ」

「ギュオオォォーンッ」

「頼むから他所でやってくれよ……」


 丁度穴の向こう側で、種類の違うモンスターが殺し合いをしている。

 巨大なトカゲみたいなモンスターと、二足歩行の狼モンスターの戦いだ。

 勝利したのは狼で、奴は倒したトカゲをガツガツと食っていた。


 うぇっぷ。マジで勘弁してくれ。


 穴に背を向けても咀嚼音は聞こえる。耳を塞いだって、完全に聞こえなくなるわけじゃない。

 だけどその音は意外と早く収まった。

 足音が遠ざかるのが聞こえ穴の方に視線を向けると、


「うげぇ……お残ししてるじゃん」


 しかも半分以上残ってるぞ。あぁ、せめて綺麗残さず食ってくれればよかったのに。

 どうすんだよ、あれ。


 そう思っていると、トカゲの屍にピンク色のゼリー体が這い上がって来た。

 俺の握りこぶし二個分ほどの、あれはスライムか?


 ぷるぷると揺れるそれは、トカゲの屍に張り付くと動かなくなった。

 だがよく見てみると、トカゲの肉が少しずつ減っていくのが分かる。


「食ってるのか。もしかしてダンジョンの掃除屋?」

 

 あんな小さなスライムでも、やっぱりここには入ってこないようだ。

 穴は他にも三つあるが、大きさはすべて同じ。

 今からお食事ですかというようなスライムが、他の穴の前をのっそり移動しているが、部屋の中を通ればショートカットできるのにしない。


「突いて倒せたりしないかな」


 あんだけ小さいんだ。倒せるんじゃないか?

 そう思ったが、ボーナスのことを思い出して踏みとどまる。


 EXPが1になる。

 モンスターを倒して得られる経験値が1ということだ。

 1貰ったからって、どうなるってんだ。


「いや、でもレベル低い頃なら少しの経験値で上がるよな」


 1だろうが、上げられるうちはレベルを上げておこう。

 リュックの中に折り畳みの傘があるはず、あれで殴れば──


 所持品からリュックを取り出すと、その中身も無事に入っていた。

 コンビニで買ったおにぎりとお菓子、お茶もある。あとで食べよう。


 折り畳み傘を取り出し、持ち手を伸ばして穴の前をスローで横切るスライムに叩きつけた。


 べしゃ、べしゃべしゃ。


 まるで寒天ゼリーだな。

 傘を三度振り下ろすと、スライムは水っぽくなってどろりと溶けた。

 その瞬間、俺の体は暖かくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る