白いアネモネ

すぐにナースコールをした。

死んでいるとだけ伝え、見つからないように病院から出た。

紙を握りしめて。

そしてすぐに、その紙をその辺にあったゴミ箱に捨てた。


彼女は矛盾に気付かぬまま死んだ。

生きてと願うのは、俺と一緒にいたいからだ。

けれど彼女が死んだ。

俺の選択肢を作るために。


「…………死ぬか」

『―――までは生きていて欲しいなあ。』


いいや。俺は死ぬ。

彼女を無駄死にしてまで生きる理由はない。

それこそ本当の選択肢だ。

生きる理由は無いのだから、死ぬしかない。


「…………なんだ」


そして俺は気づいた。

彼女の、水生の意図を。


水生は死ぬ理由をくれたのではなく、生きる理由を消してくれたことに。


自分がいるせいで生きている。

自分が死ねと言わないせいで生きている。

余計なことをすることが生きている理由になってしまっていると気づいていたのだろう。

だって俺が全て思っている事だから。


俺が"可哀想"になるのも、水生が"可哀想"になるのも、俺がそこまでして死ぬのは嫌だったことを、水生は知っていたのだ。

だから水生は水生自身を"可哀想"にし、俺を"可哀想"な子に仕立てあげ、生きることに苦痛を与えることにしたのだろう。


"可哀想"だと思われたくないのは、生きている間の感覚だ。

よく考えれば、他人が俺に対して"可哀想"って思っている事実は死んだ後に気づくわけがない。

だから俺に苦痛を与えて、生きる理由を消して生きることに苦痛を与え、自分自身を犠牲にして念を入れて『死ね』と望み。

俺の生きる理由を完全に潰した。


「死ねってことか」


"可哀想"に支配されるくらいなら。

病んで胸糞悪く死ぬならば。

いっそ誰かに命令されて死んだ方がマシ。

それこそ俺が望む結果だった。


「ありがとう」



その解釈は違うかもしれない。

ただの俺の憶測止まりかもしれない。

正直俺も俺の解釈を理解していない。

多分、自分の良いように解釈しているだけだ。

けれどそれでも、水生が死ぬ理由をくれた。

だったら俺はその思いに応え、今度こそ自分の望みを叶えるときではないか。



急いで家に向かった。

さほど遠い距離ではないが、地平線を永遠と走っているような感覚に陥った。

もうこの世界とはおさらばだという清々しい気持ち。

可哀想だと思われてもいい。泣かれてもいい。望まれていなくてもいい。

もうなんでもいいや。


すぐに台所に行った。

やっと死ねる。やっと。

包丁を取りだした。1番大きなやつ。

そして、大きなシミになっているところに来た。

兄貴が殺された場所。両親を殺した場所。

妹が自殺した場所。


インターホンが鳴った。


『すみません、警察の者ですが』


水生のことを勘違いしたのか。

それとも、今更俺が両親を殺したのを突き止めたのか。


「…………ふ」


いい気味だ。

だってもう時期俺は死ぬ。

望まれて死ぬんだ。

こんな世界にいるよりずっとマシな世界に行ける。

俺の事を勘違いしたにせよ突き止めたにせよ、どちらにせよ俺に会うことはもう無いのだ。


『入りますよ』

『周り確認してきます』


ごめんな。こんな直前まで来たのに。

解決までの道を途中で潰してしまうことになって。

ゴールを崖に落としてしまうことになって。



「さようなら」


胸らへんの肌にプツリと包丁入れた。

そして、背中まで貫通させるような勢いで。


自分に刺した。






俺たちは、狂っていた。

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