ハナズオウ

「おい」


彼女の体をゆさぶった。

優しくゆっくり、激しく速く。


「なんなんだよ」


僅かにも動かない彼女。

首を絞めたままの手。まだ涙が流れている顔。


「…………裏切るのかよ」


生きろってほざいといて。

綺麗事をほざいといて。

生きたいって願っておいて。

1番死にたい俺を放って。

楽園へ。


思わず近くにあった棚に手をかけると、上にあった紙みたいなものがパサッと落ちる。


「なんだよ」


小さな紙切れが3枚、2つ折りになってまとまっていた。

多分この部屋に常備されているメモ帳。

そこには小さな字がたくさん羅列していた。


「……良輝へ」


私はあなたが好きでした。

なんでって言われたら答えに迷うけど、とにかく、好きでした。


なんで今更。

やめてくれよ。なあ。

悲劇の主人公に仕立てあげないでくれ。


私は直接死ねなんて言えない。

怖いから。私が死にたくないから。


前に言っていた。

自分は生きたい人間だから、と。


だから、今書きます。

これで我慢して欲しいです。


その先の行からは、字が震えていた。

涙の跡のようなものもあった。


あなたが死にますように。

死ぬ事ができますように。

私はあなたに死んで欲しいです。


直接言うのは嫌なんじゃなかったのか。


もう私は死んでいるから、直接言ったことにはならない。


なるほど、ね。


ありがとう。ごめん。


うん。


私が死んだ理由はね。

もしも、私が生きている時に死ねって文字で伝えた時、君が受けいれてくれなかったら怖かった。


どういう意味だ?


私は直接言えない。

だから、君に伝える方法をずっと考えていた。

その中に文字っていう手があった。

けれどそれじゃあ、受け入れてもらえないと思った。


そんなことは、ない、と思う。


さっき、私と一緒に死ねばいいって言ったと思う。

私が死ぬ時に、同じタイミングで。


ああ。わかってしまった。

この先の文章の内容。

多分。


「『私は今いない』」


一言一句同じだった。


「『だから、死んでもいいんだよ』」


俺はこんなの望んでいない。

ひとつも、望んでいない。

可哀想だと思われる。

他人にここまでやらせないと死ねないなんて、可哀想って。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


けど』


まだ続く彼女の文字を追った。


『もしも生きてくれるなら、私が生きる予定だった秋まで、生きて欲しいなあ。


矛盾している。

死んでもいいのに生きて欲しい。

多分、彼女は多分こういう人間なのだ。

人の思いを願いながらも自分の気持ちを受け入れて欲しい。

けれど最終的には人の思いを優先させてしまう。


めんどくさくてごめん。

けどね、それだけ私が君のことを好きってこと。


彼女が笑っている気がした。


生きていて欲しいし、その思いを叶えて欲しい。


今度は多分涙をためている。


裏切ってごめん。先に行ってごめん。

ここからは、良輝が決めて欲しい。


「『生きるか死ぬか。私はどちらの選択肢も用意したつもり』」


そこで文字は終わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る