トリトマ

みずきは数時間で目を覚ました。


「みずき」

「あ、君」


その声は弱々しかった。


「りょうき」

「そっか、りょうき。どうやって書くの」

「良く輝く。みずきは?」

「水が生きる」


両方簡単で単純な感じのようだ。


「怖かった」

「うん」

「怖かったよ」

「うん」

「ねえ、死ぬことは怖いよ」

「うん」

「良輝はそれでも死にたいの?」


水生は泣きそうだった。


「うん。死にたいよ。………この世界のこと、俺は醜いとしか思えない」

「私の事も醜いと思う?」


水生は………。


「水生だけは、それだけでは、ないけど」

「じゃあ私が生きる理由になるよ。だから、生きてよ」


俺の中でなにかが切れた気がした。


「それは無責任過ぎないか」

「…………」

「俺には生きてって願うのに、お前は先に死ぬんだろ?」

「そ、そうだけど。そしたら、君も一緒に死ねばいい。私と同じタイミングで」

「…………水生が、死んでと願ってくれるなら」


水生は大粒の涙をひとつだけ零した。


「その三文字、たった三文字。良輝は空気のように軽いかもしれないけど、私にとっては、何倍も何十倍も何百倍もずっとずっと、重いんだよ」


その涙は、俺が死んだ後には絶対に向けて欲しくない。

俺が可哀想な子になってしまう。


「出てって。私も考える。君も考えて」


強い眼差しを彼女は向けた。


「………わかった」

「…………死なないで。必ず戻ってきて」


こんなシーンでこんなこと言うヒロインは、小説の物語にほとんど存在しないだろう。


そして扉の外に出て俺は考えた。

けど何もわからない。

なんでそこまで生きることにこだわるのか。どうして生きたいと思えるのか。


正直に言うと、俺はあの日、彼女にあった日、飛び降りて死のうと思っていた。

誰も願ってくれない。死ぬ理由など見つからない。

ならばもう、俺自身がいなくなった世界だから、ほっとけばいいんじゃないかと思った。だから死のうとした。

けれどそこに彼女が来た。俺を引き止めた。

だから死ぬのをやめた。そして、彼女なら俺に死ぬ意味をくれるかと思った。死んでくれと願ってくれるかと思った。

けれど全然真反対。彼女は生きたい人間で、俺とは別世界に生きていた。


でも彼女と一緒にいると楽しかった。

心が温まった。時が流れている感覚がした。

この世界も案外悪くないんじゃないかと思った。


今日。彼女は死にそうになった。そして、生きることに固執していた。

まだ真反対の世界にいた。

死ねるくせに。生きるなんて。生きたいなんて。

そんなの贅沢すぎないか。


彼女はずるい。


あまりにもずるい。ずるい。ずるい。

今からでも死んでやろうかと歩を進めた。だが途中でやめた。

こんなの、余計に可哀想な子になってしまう。



それから約十分後に扉を開けた。

いくら考えても、嫉妬心しか出てこない。

俺には心から純粋に生きたい人の気持ちがわからない。

だったら水生の意見を聞いた方が早い。


だが、扉を開けたのを後悔した。

彼女が死なないで戻ってきてと言ったことも、素直に聞き入れなければよかったと思った。

だって、彼女は。


自分の首を絞めて既に死んでいたから。


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