ダチュラ

彼女は俺の部屋に入るなり、遠慮なく次々と色んな部屋の扉を開ける。


「へえー、綺麗」

「まあ、ひとつもいじっていないから」


でも、綺麗に見えるだけで実際はチリやホコリが雪のように降り掛かっていると思う。


「ここがリビング?」


ガチャ、と僅かな音を立ててその扉は開かれる。


「広いね」

「家族5人で住んでいたからな」

「みんなどこに行ったの?」


純粋に疑問をぶつけてくる。


「あーっと……」

「ん?」

「みんな、海外。仕事とか留学」

「……へえ、すごいね」


彼女は置いてあるものを物色し始める。


「可愛い。これって君?」

「いや、兄だよ。真ん中が俺、左が妹」


みんな可愛いね、と彼女は呟いた。


「てか、喉乾いた」

「自販機でも行く?」

「え、お茶出してくれないの?」

「うち何も無いから。出すようなの?」


沈黙。


「君、常識も何も知らなすぎ。じゃあいいよ。後で自販機行こ」


小さな足音だけが空間に響く。


「ここ、なんでシミになってるの?」

「あーそこは………」


彼女が指を刺したのは、床に広範囲でシミになってしまっている場所。


「前に、何かをこぼしたんだ。両親が」

「へえー。なんか、血みたい」


血。


「てか、なんで小さい頃の写真しかないの?」

「写真を撮らなくなったんだ」

「うちと一緒だ。まあ、どこもそうだよね」


かわいた笑い。


「ねえ、君の部屋、どこ?」

「二階」


リビングの扉の外を指さす。


「じゃあ行こ」


行ったっていいが、正直何も見せるものは無い。

それでもいいと彼女が言ったので、仕方なく俺は自分の部屋に案内した。


「殺風景」


彼女から出た第一声はそれだった。けれど無理もない。

置いてあるのはベットだけだから。


「感想も何も言えない」

「さっき言ってくれたじゃん」

「それは事実だから、私の思ったことではない」


すると彼女は俺のベッドに座った。


「来てよ」


何故、とも思ったが断る理由は無いので、一人分空けて隣に座った。


「ねえ」


彼女は空けた一人分を綺麗に詰めて俺の体にピッタリとくっつくと、声のトーンを下げて言った。


「なに」

「…………慰めて欲しい」

「は」


それは抱いて欲しいという意味だろうか。


「私を抱いて。生きてるっていう実感が欲しいの」


着ていた薄手のパーカーの袖を、親指と人差し指でつまんでくる。


「今、息をしてるってことじゃダメなのか?」

「刺激が欲しい」


俺は心底笑った。


「………………そっか」


そしてお望み通り彼女を押し倒す。

彼女は泣いていた。


「止めるなら止めるけど」

「………止めなくていい」

「あそ」


服を剥いだ。上から、全て。


「初めて?」


涙を溜めた目で問うてくる。


「いや、前にその辺の人と」


さほど深い面識では無かった。

けれど俺の事を知っていた。

そして、俺の事を狙っているのを知っていた。


「なんでその人とは……したの?」


なんでだっけか。

確か。


「俺が抱いたら死ねと願ってくれると言った。だから抱いた。けど、した後に、やっぱり願えないと言って、しまいには死ぬなと泣かれた」

「………そっか」

「けど、俺、テクとか知らないからな」

「いいよ。あ、あれ使う時、私のカバンの中の財布に入ってるから」


彼女は、先程服と一緒に外したカバンを指さす。


「そんなに欲求不満なの」

「刺激をくれそうな人とすぐやるためにね」


なんかムカついた。チョロい人間だと思われているみたいで。

けれど、もうこの勢いを止めるすべはなかった。

俺は勢いのままに彼女を貪った。彼女もまた俺を必死に受け止めた。

そうしてただ、無駄な時が流れた。



「こんなの、死ねなんて言えないや」


先程の話の続きだろうか。


「私、さっき言ってた人の気持ちわかる気がする」

「なんで」

「嘘でも、偽りでも、まるで愛してくれているように貪るから、また愛して欲しいと思っちゃうんだよ」


女は愛に飢えているのだろうか。

こんなにも必死に応えて、嬉しそうに。

多少乱暴にされてて痛いはずなのに。

それでも、俺を求める。


「じゃあ、もう二度としない」

「なんでよ」

「俺が疲れるだけで、君にしか利益ないじゃん」

「バレたか」


静寂に包まれる。

空は既に日が落ちていて、薄暗い中抱き合っていたことに気がつく。


「飯食うか?」

「いや、いい。もう疲れたから、寝る」

「え」


その途端、彼女は目をつぶり速攻で寝息を立て始めた。


「………マジかよ」


俺に欲というものはほとんどないので、別に今やっていなかったとしても性欲は絶対に湧かないが、それにしても無防備すぎる。


彼女が寝てしまい何もやることが無いので、俺も寝ようと、予想以上に軽かった彼女を壁側に避けて、彼女の隣に横になった。

静かな寝息が背後で聞こえてくるのを感じながら、俺も重い瞼に抵抗することなく閉じた。

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