スノードロップ

鼠鞠

ホオズキ

いつもの丘の上。

いつも通り、踏み入れてはいけない策を乗り越える。

半歩進み出ればすぐに崖。


ここから見る世界は嫌いじゃない。


空は今にも夕日が沈みそうだが、まっすぐに世界を照らしている。雲はほとんどない。まるで紅に色付けられたこの空を見てくださいと言わんばかりに、開放感が漂う。

風が吹いた。服を掠める程度に。

その風に乗って僅かに夏の終わりの匂いがした。


また俺は、世界を感じている。

この世界なんか嫌いなのに。醜いはずなのに。

けれど人という概念の外側だけは、多分、美しいと感じられる。


この世界は醜くて美しい。



「危ないよ」


背後から声がした。

思わずびっくりして落ちそうになるが、後ろの人が肩を押さえてくれたおかげでその場を保つ。


「なんで柵の外にいるの」


声の主を見た。

茶色のかかった髪、整った顔、俺より背が高い、同世代くらいの女。


「ここが落ち着く」


死にたいんだ、なんてとても言えない。

どうせ死ねないし。


「変な趣味」


その女は淡々と言った。


「死にたいの?」


そしてまた、女は心を読んだように言った。


「どうせ矛盾してる」


会話にならない返答をする。


「なんで」

「…………死ぬための理由が欲しい」


どうやって会話をするんだっけ。


「死にたいから、じゃだめなの?」

「可哀想な人にはなりたくない」

「…………めんどくさいんだね、君」


どうやっても覆せない運命か、俺の死で誰かが良い気分になれる理由が欲しい。


「願って欲しい。俺に死んでって」


願って叶ったら嬉しい。

だから俺の死を願って俺が死んだらその人は嬉しい。

それがダメなら、可哀想に思われない方法ならなんでもいい。


「変な人」

「なあ、願ってくれよ」

「無理だよ。私には、死にたい人の人生を終わらせられる力は無い。だって、私は生きたい人だから」

「生きたい人………」


うん、と彼女は呟いた。


「必死に生きたい人。どうしても生きたい人。まだ、死にたくない人。私はそういう人間だから」


ああ。人生にへばりついているのか。


俺もそんな時期があった。

両親に暴力を振られてても、学校でいじめられてても、生きたい、負けたくないと思った。

けどそんなもの意味はなかった。

結局は逃げるしか無かったから。


「私、余命1年なんだあ」


俯瞰に彼女は言った。

とても他人事のように。


「実感湧かないよね。だって、異常がないんだもん。けど、私の触れられないところが、ダメなんだってさ」

「…………羨ましい」

「私にとっては貴方が羨ましい。それに、贅沢だとも思う」

「こんな人生早くゴミ箱に捨てたいよ」

「生きれるならマシでしょ」


逆。死んだ方がマシだ。


「というか、自分で死ねばいいじゃん」

「俺が今死んだら、可哀想な人だと思われる。変に心配されるかもしれない。俺は、そう思われたくはない。どうせなら誰かに喜ばれたい。俺の死で誰かが嬉しくなる、そんな理由が欲しい」


彼女は鼻で笑った。


「狂ってる」


多分、君が人生という道で崖っぷちにいるのだとしたら、俺は崖の下にある暗闇の中。

既に堕ちるところまで堕ちている。もう手遅れ。



「ねえ、あんたどうやって生きてんの?」


彼女は笑い混じりに言った。


「コンビニのバイト、家族のいない家」

「一応最低限で生きてはいるんだ」

「別に死ぬ気は無いからね。死にたいけど」

「ふうん」


にやりと、不敵な笑みで笑った気がした。


「ねえ、家行かせてよ」

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