第69話・魔王に憎まれていた


「もう一度、ビアンカをこの手で殺せる機会を得た」

「今殺すの?」

「いや、楽しみはもう少し、後にとっておこうか?」


 魔王は躊躇いなくも殺すと宣言した。それに待ったをかけたのは魔女で、魔女の言葉に少し考える素振りを見せた魔王は告げた。


「王女アロアナよ。この国では女性は十六歳で成人を迎えると聞いた。ちょうどビアンカが聖女として神殿に招かれた年齢だ。その年になったらおまえを迎えに行く。待っていろ」


 そう言って魔王は姿を消した。魔女はやれやれといった表情で言った。


「あのお方も厄介なんだから。あなた、命拾いしたと思っているでしょう? でも、その時が来たら後悔するわよ」


 じゃあね。と、言って魔女は消え失せた。その出来事は夢か幻のように思えて現実としてとらえていなかったのに、後日、父のもとへ魔王から使者がやってきて、わたしは強い衝撃を受けた。


 魔王は前世のわたしを憎んでいた。そのわたしが成人したら殺しにやってくる。生かされた限りない命が、死へのカウントダウンを刻んでいるようで毎日、夜が来る度に恐れが増して行った……。

 でもそれはナツが召喚されて魔王が倒されたことで、わたしは心の平安を取り戻したのだけど、まだ何かスッキリしないものがあった。

 魔王に怯えるわたしに尋常でないものを感じて、お父さまは稀代の魔術師と名高かったオウロを呼び出した。彼と会い、魔王の事を調べていくうちに古都に関しての書物がみつかった。


 それには当時黄金の都とされていた古都で、その地一帯をおさめる領地の貴族の子息の許婚が聖女として選ばれたこと、聖女は王子に見初められてその妻になったこと。聖女には妹がいたことが記されていた。

 そこには子息の名は書かれていなかったけど、聖女の名はビアンカ、妹の名はキリアとあった。

 そして王子の妻となったことで聖なる力を失った聖女は、その後、現れた魔王の前に成す術もなく、黄金の都は一夜にして滅んだと書かれていた。


 あの日会った魔王と魔女の話からこの事は無関係ではないような気がした。わたしにはビアンカとしてのはっきりした記憶は残されていない。でも、その夜に見た夢では銀髪に葡萄色した若者を恋慕い、「お姉さま~」と、懐いてくる黒髪に緑色の瞳の少女を可愛がっていた。

 夢の中では彼らとは良好な関係を築いていた。ある神官がその地を訪れるまでは。神官から聖女認定されて神殿へと向かう日、ビアンカとしてのわたしは泣いた。彼と別れたくないと。許婚のことを大好きだったのだ。でも神官に説得され、お勤めが終えたなら彼の元へ帰ってくると言い残し、泣く泣く許婚と妹に見送られて神殿へとやってきた。


 当時、この国では近隣諸国との衝突が耐えなかった。度々先勝祈願で戦士たちが神殿を訪れた。その中に戦神として恐れられていた王子がいて、災難にもその王子に美しいビアンカは目を付けられてしまった。ビアンカの心は許婚にあった。

 ある日、王子は神殿に押し入り、ビアンカを攫うようにして我が物にした。ビアンカは貞操を失い聖なる力を失う。その彼女を妻にして満足した王子は、自分の取った行動によって彼女の許婚だった男がこの国に復讐を誓ったとは思いもしなかった。許婚を奪われ憎しみに駆られた許婚は魔王となって都を襲った……。


 その中でわたしは気が付いたことがあった。わたしは許婚と妹が一緒にいるのを見ると胸が疼いていたのを。そして王子を唆したこと。夢から覚める前に見た、王子が自分ではなく黒髪の女性を無理やり襲っていたことを。


 目覚めて真相に気が付いたときに、わたしはなんてことをしてくれたのだと前世の自分を恨み、手首にナイフを宛がった。自分のせいで心優しかった男性を追い詰め、慕ってくれた母親違いの妹を狂わせた。すべて自分の前世が招いたことだったのだと。


 こんな醜い自分は生きていては行けないのだと思っていた。

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