第68話・魔王に会った日(回想)
パーティーは中止となり、皆それぞれ自分の屋敷へと帰された。カウイとラーデスはナツたちの戦いを見届ける為に宮殿に残ったので、わたしはシャルと先にカウイ邸に帰って来ていた。
「ナツさま。どうかご無事で」
シャルが部屋で祈りを捧げていた。わたしも同じ思いだ。魔女はきっと魔王の復讐を果たしにきたに違いなかった。その魔女がどうしてわたしに成りすましてサーザン国の王子を誑かし、この国に乗り込んできたのかは分からなかったけれど。
魔女は相変わらず美しかった。魔王の隣にいた彼女は毅然としていたけれども。あの頃とちっとも変わってない。彼女の周囲だけ時が止まったような感じすら受けた。
彼女は魔王に特別な想いを抱いていたのだろうか?
そうだとしたらわたしは邪魔だったのかも知れない。あの日、彼女は何でもない顔をしていたけど、もし、あの日彼女に……いや、魔王に会わなかったのなら、こんな事にもならなかっただろうか?
あの日の魔王の気持ちすら分からないけど、ひょっとしたらと思うのだ。魔王はただ過去をよすがに生きていただけなのかもしれないのに、それを下手にわたしが刺激してしまったのではないかと。
部屋の中を照らし出す蝋燭の火が、わたしの心を遠い過去へと誘っていた。
あれは確かヌッティアの収穫祭を兼ねたお祭りの日。まだ子供だったわたしは、お供の女官を振り切って王都の外れの原っぱまで来ていた。
ここには古都があったと聞いていた。昔、そこには金銀で覆われた神殿を中央とする街があって大勢の人が住んでいたけれど、理由は分からないが一夜にして崩壊したのだという。
そこに黒い衣服を身に纏った銀色の髪に赤いルビーのような瞳をした美麗でありながら人間の美を超越した男と、その男と一対のように側に控える黒髪の女がいた。
わたしの顔を見てその男は「なぜ、おまえがここに?」と、美眉を顰め、女の方は「生まれ変ったと言うの?」と、呟いた。
全く意味が分からなかったけれど、その男は一瞬でわたしの前に移動し、知らぬ女の名前を呼びながら片手で首を締め上げようとしてきた。
「おのれ、ビアンカ。我をまだ愚弄しようというのか?」
「やめ……!」
男にいきなり首を絞められて殺されると慄きながら、その運命を受け入れるしかないのかと思った時、その力が緩んだ。男の手を女が魔法で弾いたのだ。
「キリア。なにをする?」
「この子はビアンカじゃないのよ。この国の王女アロアナに違いないわ」
「そんなはずはない。あいつと同じ魂をもっているじゃないか?」
「よく見て。その色は褪せてきているわ。この子、何度も転生している。あの頃の記憶は消えてないのよ」
「そんな……。我を裏切った女が……忘れただと?」
男はわたしを悲痛な面持ちで見た。女はその目に哀しみのようなものを宿しながら、口角を器用にもあげる。
「神さまも酷いことをするわね。何事もなければ結婚していたはずの二人を天啓とかで引き離し、片方を聖女に押し上げた。聖女になった女は、戦神として名高かった王子に操を捧げてその妻に納まった」
「人の心は移ろいやすいもの。よく聞く話だ」
女はわたしから目を離さなかった。別の人のことを話しながら、それはわたしに言って聞かせているようでもあった。男は憎々しげにわたしを見る。
「そうね、でもその裏切られた男は身の内に闇を宿し、魔王としての力を得た。そして憎い王子夫妻を殺し、この都を滅ぼしたことでもう何の未練も残されていないと思っていたのにね? 魔王」
「おまえは何が言いたいのだ? 魔女キリア」
二人の会話からわたしは目の前の男が魔王で、女が魔女だと悟った。ふたりは自分に良く似た人物にそれぞれ思うところがあるようだ。
「面白い因縁だと言いたかったのよ。あなたはあれから何百年と月日が流れようと、何かに思いを馳せるかのように、こうしてこの地に毎年降り立つ。それもあの日を思い出させるような収穫の時期にね。まるで誰かと出会うのを待っていたような……」
「そうだな。キリア、おまえの言うとおりだ。こうしてビアンカの生まれ変わりに会ったのも何かの縁だろう」
魔王はわたしを見てほくそ笑む。その魔王の笑みに背中に冷たいものが走った。
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