第70話・あなたにはまだ言えない

 魔王に憎まれて当然だったのだ。あの頃から政略結婚は当たり前とされてきた。前世の彼は許婚である自分に優しかった。このまま何もなければ夫婦になっていただろう。嫉妬に苛まれながらも。

 許婚は自分には兄妹のような感情を向けながら、義妹にはそれ以上の感情を持っていたように思えた。ふたりはお互い思いあっていたけれど、ビアンカという存在によりその心を隠してみせた。


 でもビアンカが聖女として神殿に行く日、ふたりは多少の罪悪感を顔に浮かべながらホッとしたような様子を見せたのだ。ビアンカには分かっていた。自分が神殿に行けば父親は、後妻の産んだ娘を彼の妻に宛がうだろうと。義妹と、彼はビアンカが神殿に行く事でお互いの気持ちを隠す気はなくなったようだ。

 ビアンカを見送りに来た彼らは肩を寄り添いあい、まるで恋人同士のようだった。その時に殺意が湧いたのだ。


 神殿で聖女として暮らしながらビアンカの心は満たされなかった。そのビアンカに言い寄ってきたのは戦神と名高かった王子で、その王子に自分の願いを叶えてくれるのなら彼の妻になっても良いと持ちかけた。王子はキリアを元許婚の前で辱めた。


 マニス殿下はあの時の戦神と称されていた王子に非常によく似ていた。魔女は恨みを果たしに来たのだろう。前世自分を犯し、愛していた男性を魔王へと追いやった王子に、そしてその裏で糸を引いていたビアンカに気が付いて……。

すべてはわたしの罪。業の深いわたしの……。






「ただいま。終わったよ。チョコ」


 ナツが部屋に戻ってきたのは翌朝のことだった。「お帰りなさい」と、駆け寄ったらすぐに抱き上げてくれた。ドアの向こう側ではガイム達を出迎えるシャルの声がしていた。


「はあ~、疲れた」


 癒してと言いながらベッドへ倒れこむナツ。体力の限界だったようですぐに寝息が漏れてくる。わたしはそんな彼に寄り添った。


「お疲れさま。ナツ」


 今のわたしは猫で良かったと思った。そうでないと余計なことを口走りそうだったから。あの魔女が前世でわたしの義妹で、復讐を果たす為にわたしに成りすまし、この国を混乱に見舞わせようとしていただなんて。

 疲れきったあなたに今、話すことではないわよね? 


 でもいつの日かあなたに話す日が来るだろうか? わたしの前世の罪として。


 ナツが無事に帰って来たということは、魔女が死んだということ。前世でわたしの義妹だった彼女の死に際はどうだったのだろう? 彼女の最期を思い、わたしは密かに涙を浮かべた。魔王がナツに倒されたと聞いても、それを喜びはしても涙は一切、出なかったと言うのに。わたしは非情なのかもしれない。

 前世の記憶がないから彼等に対して何の気持ちも抱けないのか分からないけど、これで世の中、平和になると思ったら喜びの方が大きかった。


 数日の間、宰相たちは後始末に追われていたようで屋敷の中もばたついていた。陛下は後日、パーティーの参加者たちを再び宮殿に招き、事の詳細を明らかにすると共に殿下の仕出かしたことを詫び、自身はこの騒ぎの責任を取る形で退位し、王太子に王位を譲ることを宣言した。

 マニス殿下はアロアナ姫と騙っていた魔女を自国へと連れ帰って皆を混乱させ、また危険に晒した事、許婚であったハートフォード令嬢を殺害しようとした罪で、辺境の地にある古城で永遠に出る事は叶わぬと表向きには幽閉とされたが、服毒を賜ったらしい。


 その知らせはヌッティアにも知らされた。


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