呪われたお姫さま

第42話・どうしてわたしは猫なの?


 その日、王城が喜びに溢れていた。勇者ご一行さまが魔王討伐から帰って来たからだ。勇者ナツヒコは、十年前に我が国で召喚した異世界人。彼はわたしの命の恩人で、愛する人でもある。魔王を討ち果たしたその暁には、わたしの大事なものを捧げる気で送り出した。その彼が無事に帰って来たのだ。


(お帰りなさい。あなたの帰りをずっと待っていたの)


 彼に会いたくて廊下を走っていたわたしは、ひょいと体を抱き上げられた。


「あっ。ナツさま。駄目です。行けませんよ。この先は王さまが勇者さまとお会いするのですから、あちらで待っていましょうね」


 彼に会いたくてここまで来たのに女官に見つかってしまった。年若いこの女官はわたしの専属の世話係り。身の回りや食事の世話をしてくれるのは良いけれど、ちっとも気を利かせてくれない。少しぐらい部屋の外に出してくれてもいいのに。わたしを一室に閉じ込めて何が面白いのかしら? 


(きっとあのナツも同じ事を考えていたかもしれない。そうだったとしたら悪いこ

とをしたわ)


 ふと飼い猫のことを思い出したけど、あの子はどうしたかしら? そう思っている間にわたしは女官に抱っこされて宛がわれている部屋へと運ばれてしまった。


「いい子にしていてくださいね」


 女官の言う良い子とは、彼女に面倒を掛けないで大人しくしていることだと、重々分かっている。女官の言いなりになるのは非常に簡単なこと。床やベッドの上で好きなだけゴロゴロして、食事をしてお腹が膨れたら昼寝を好きなだけ貪る。

以前の自分がそんな行動を取ったなら行儀が悪いとされていることを、今は誰も指摘しない。好きなだけさせてくれるし、可愛いと甘やかされる。

 だけど、今日は彼が帰って来たというのに、会わせてもらえないこの状況が恨めしかった。


(どうしてわたしは猫なの?)


 わたしはヌッティア国の王の一人娘アロアナ。何の因果か知らないけれど猫の姿へと変わっていた。それも自分が可愛がっていた猫の姿に。気がついたらそうなっていたのだから、これは明らかに呪われてしまったと考えて間違いはないと思う。

犯人はたぶん、わたしに成りすました女性。その女性はしかも最悪なことに遊学に来ていたサーザン国の王子を誑かして、手に手を取り合って国を出て行ってしまったものだから、その事でこの国の王であるお父さまと宰相は頭を抱えてしまった。


 わたしは悲しむお父さまに何度も「わたしはここよ」と、訴えたけど、その声はニャー、ニャーと鳴き声にしかならなくて全然分かってもらえなかった。


「おお、ナツや。姫が出て行ってしまった……」


 と、お父様の嘆きは深く、わたしを抱きしめる。愛猫のナツとは、愛する人の愛称から名付けた名前。どうしたら元の姿に戻るのか分からないままに時が過ぎていく。


(ナツに会いたい)


 そして迎えた愛しい人の帰還。本来なら「お帰りなさい」と、抱きついて出迎えていたはずなのに、女官の手によってわたしは「いい子にしていて下さいね」と、部屋に押し込まれている。

 女官としては、勇者さま帰還で仕事が忙しくなるらしい。食堂の手伝いに借り出されているらしく「ここで待っていてくださいね」と、言い残し部屋から出て行った。女官が出て行ったのを確認し、脱走を試みるもこれが猫の身ではなかなか難しい。

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