第40話・この度、既婚者になりました


 それから一年後。俺の姿はチョコと共に孤島にあった。オウロに転移で飛ばされた島だ。もともとここは、俺がヌッティア王から魔王討伐の功績を買われ、宛がわれる予定の領土の一部だったらしい。

あの孤島が気に入った俺は、他の領土は王に返還し、この島でチョコと一人と一匹で暮らすことを望んでいた。

 「領主なんて柄じゃない」なんて言っていたら、統治の方はオウロがやると言い出し、名ばかりで良いから領主になってくれと頼み込まれて今に至る。


(つまり名ばかりの領主のはずなんだけど……)


 考え事をしていたら馬車の近付いて来る音がしてきた。そろそろお迎えのようだ。仕方ない。終いにするか。


「オウロが迎えに来たみたいだ。帰るか。チョコ」

「ニャン」


 やれやれ、のんびり釣り糸を垂れる暇もないな。毎日、こうしてオウロが必ず迎えに来るし。今、この島には対岸から大きな橋が掛けられていて、向こう側に領主の館がある。そこから執事よろしく、オウロが迎えに来るのが日課となって来ていた。

 そして領主館に戻ったら、執務室に追いやられる。今日も机の上には山盛りの書類が待っているんだよな。それを終えるまではチョコにも触れさせてもらえない鬼畜ぶり。


(これって俺、絶対騙されたんじゃね?)


 他の魔王討伐仲間は、ガイムはその領主館で騎士団長を勤めてくれていて、ファラルはこの領地一帯を治める神殿の大神官に昇進した。

 釣り竿をいそいそと回収していたら、馬車が止まった。てっきり領主館の馬車だと思ったら違ったようだ。馬車から降りて来た人物を見て唖然とした。


「ナツさまぁ。お久しぶりにございます~」

「しゃ、シャル? どうしてここに?」

「以前、ガイムお兄さまから遊びにおいで。と、お誘いを頂きましたので、お爺さまにお願いしてこちらに遊びに来ましたっ」


 シャルがこちらに向かって突進してきたので、抱っこされていたチョコは彼女の勢いにビックリして肩に飛び乗ってきた。


「うわっ」

「つれないですわ。ナツさま。パーティーではエスコートして頂きましたのに」


 パーティーでシャルのエスコート役の為に散々、ダンスや所作を教え込まされたが意味なかったような気がする。披露することもなかったし。あれってやる必要あった? と、未だに不思議に思う。

 シャルが距離を詰めてくるので、思わず釣竿と魚籠を前に押し出せば、彼女は妙な顔をした。


「それ、こちらに向けないで下さい」


 うわあ、生臭いとシャルは顔を顰める。俺の趣味は、高位貴族令嬢の彼女にはお気に召さなかったようだ。チョコなら喜んで着いて来るんだけどな。

 肩に乗っているチョコも、そんなに嫌な匂いかしら? と、首をちょこんと傾げて彼女を見ていた。そんなチョコも超可愛い。

 チョコに頬ずりをしていると、シャルが「ナツさまもお変わりがなく」と、ヒクヒク頬を引き攣らせていた。猫馬鹿と言われようが可愛いもんは可愛い。これだけは譲れそうにない。


「シャルッ」

「ガイムお兄さま」

「来ていたのか? 来るなら来るで、連絡をくれれば迎えに行ったのに」

「だって一刻も早くナツさまにお会いしたかったから」


 ガイムが騎馬で駆けつけてきた。馬から下りてこちらへ来る。ガイムはチョコの秘密を知っている。魔女を倒した後、ガイムやファラルに話したからだ。アロアナのことを心配していたヌッティアの王さまや、宰相にもオウロから伝書で伝えてもらっていた。

 足早に向かってきたガイムは、俺とチョコを見てからシャルの腕を引いた。


「その事なんだが……。シャル、ちょっといいか?」

「なあに? お兄さま?」


 ガイムがシャルの手を引き、俺たちから距離を取る。ふたりで、小声でコショコショ話していた後、「ええーっ」と、シャルの声が響き渡った。


「ナツさまが結婚……? うそぉっ」

「嘘じゃないよ。ほら」


 シャルは振り返って俺を恨めしげに見るので、左手を掲げて見せた。薬指には結婚指輪がはめてある。チョコの首に掛かっているリボンに通したリングとお揃いの物だ。


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