第32話・マニス王子の婚約者


 そして俺のターゲットが姿を見せた。無害そうな顔をしながらも軽薄な表情を浮かべたマニス王子。そしてその王子に手を取られて姿を表した偽アロアナ姫。偽アロアナ姫が姿を表した途端、周囲で「ほおっ」と、ため息のような声が漏れた。


「なんとお美しい」「女神のようだ」と、ヒソヒソと賛美の声が上がる。


 冗談言ってもらっては困るよ。アロアナ本人を見慣れた俺に言わせてもらえば、あんなのは彼女を模したコピーのようなものだ。あれが美しい? 禍々しい笑みを浮かべた女が? 皆、目が腐ってるんじゃないのか? 

かと思えば、忌々しそうに睨みつける女達もいる。


「なによ。あの女。どこから湧いて出たの?」

「いつの間にマニス王子に取り入ったのよ。信じられないわ」

「いつも王子を独り占めしていたシャルロッテ嬢がいなくなったと聞いたから、次はわたくしが注目される番かも知れないと着飾ってきたのに何よ、あれ」

「そうよ。あの邪魔な純情ぶった女がいなくなったと思ったのに……! きぃ。悔しい~」


 いやはや、女って怖い。ライバルがいなくなって清々としたとばかりに、自分を売り出そうとやってきたってとこか。横目でシャルを伺えば苦笑していた。


(もう笑うしかないよなぁ)


 周囲が静まるのを待って一度は席に付いた王が立ち上がり、王太子らもそろって椅子から立ち上がった。何が始まるのかと周囲は好奇心いっぱいで見つめる。


「皆の者に今宵は知らせたいことがある。この度、マニス王子が婚姻する運びとなった。お相手はハートフォード家の長女である侯爵令嬢アロアナ嬢だ」


 それを聞き皆がざわめき出した。


「ハートフォード家のご令嬢? 他にいたのか?」

「そんなの聞いたこともないぞ」

「これはどういうことなの? シャルロッテ嬢に姉君が? うそぉ」

「あんな人、一度も社交界で見たこともないわ」


 男性たちは困惑し、女性たちは口々に騒ぎ立てた。


「皆、静まってくれ。驚くのは無理もないと思う。皆が良く知る私の許婚であるシャルロッテ嬢は失踪し未だ行方が知れない。そこでハードフォード家が新たに養女として迎えたアロアナ嬢を妻とすることにした」


 マニス王子の張り上げた声にざわめきが静まり返った。皆、今の言葉で何となく悟ったのだろう。王家の意向を。

 ハートフォード家と、王家の間で何か取り引きがあったらしいと悟らせるには十分な内容だった。

 ハートフォード家には正式な後継ぎがいない。シャルロッテという娘しか恵まれなかったので、彼女が婿にした者が後を継ぐのは当然とされていた。


 側室の母を持つ王子の後見を、陛下が望んでカウイ前宰相に持ちかけたことは周知の事だ。王子はシャルロッテと婚姻することでハートフォード家の後見を得て、臣籍降下した後は、ハートフォード次期侯爵になることが決まっていた。そのお相手が失踪すれば話は無くなる事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る