第33話・姿なき声


「大方王子好みの女を養女に迎えたのだろう。ハートフォード家の婿どのはそこまでして王家と縁戚になりたかったらしい」

「やつは前宰相の愛娘を妻にしておきながら、蔑ろにしていた男だろう?」

「ああ。非道な男だよ。奥方が出産で苦しんでいる時には愛人宅に入り浸っていて顔も見せなかったから宰相殿は悔しがっておられたな」

「婿どのは愛人と暮らしているから、そちらの子ではないのか? 抜け目ない御方だ」

「婿どのの愛人は平民と聞いたぞ。庶子に貴族籍は与えられないだろう? それに舅のカウイさまは厳しい御方だからそんなことお許しにならないだろうよ」

「宰相職をカウイどのから奪ったのは、婿どのだと聞いたぞ。その彼なら王家相手に、汚い取り引きぐらいするのではないかね?」


 さっきまで偽アロアナを美しいと称賛していた男達は、王達のいる席から少し離れた場所に控えている男をやっかんでいた。インテリ風の茶髪の男だ。背は高く眼鏡をかけている。シャルには似てなかった。

 それにしても聞くかぎりでは、シャルの親父さんってあまり皆に好かれてなさそうだ。

 皆の憶測は半分当たっているが半分外れだ。ハートフォード侯爵が用意した娘は、王子が惚れた娘で彼はそれを受け入れた形だから。

 周囲の男たちの話では、シャルのおやっさんは相当腹黒そうに見える。ずる賢いような感じを受けるから、ひょっとしたら王子に取り引きを持ち込んだのは、おやっさんの方かもしれないな。


(待てよ。いや、取り引きしたのは王家か?)


 マニス王子はシャルロッテと婚約している。そんな彼がヌッティア国から曰くありげの女性を連れ帰って来た。その女性は仮にも王女で、王子が寝取った形で連れ帰ってきた。醜聞にしたくない王家としては焦っただろう。

 しかも、王子はその女性に夢中になってしまった。下手に引き離せなくて困ったのではないだろうか? 


 ハートフォード家との縁は陛下が望んだもの。簡単に覆せるものでもなくカウイの爺さんに乗り込まれて悩んでいた所に、あのおやっさんが囁いたんじゃないのか?


「その女性をうちで預かりましょうか?」と。


 ハートフォード家の養女にしてして、アニス王子と一緒にさせればいいですよと。その代わり宰相職を下さいとか言っちゃったんじゃないの?

 そうだとしたらとんでもない男だよな。


(あのおやっさんも、要注意人物かもな)


「皆に祝福してもらえたら嬉しい」


 厚顔無恥にも壇上の王子は言いやがった。祝福? とんでもない。辺りからはまばらな拍手が起こり皆、これには不満ありありなのが分かる。

 そんなところへ、俺の隣から強張った声が上がった。


「マニス殿下。そちらのアロアナ嬢とはどちらでお会いになったのでしょうか?」

「なんだ質問かい? 彼女とは遊学先で……」


 そう言いながら王子は「今の質問は誰?」と、こちらを見て来る。周囲でも今の声は誰だと訝る声が上がる。声の主はシャルだ。彼女は怒りを抑えこんだ様子で語り出した。


「許婚を桟橋から突き落とし、亡き者にされようとしたのは、その女性の為ですか?」


 誰だ? と、皆がざわめく。声は聞こえども姿が見えないからだ。その声は物騒なことを告発していた。亡き者? シャルロッテ嬢は殺されたのか? と、皆の憶測をかきたてて行く。


「静まれ。何者だ? 姿を見せよ」


 王子が青ざめて壇上から言うが声は止まなかった。


「その上、表向きにはその女性と一緒になりたいからと言いながら、ハートフォード家に何の血縁もない彼女を養女にして後継ぎに納まろうだなんて、虫のいい話ですね」

「誰だ。憶測で話すのは止めよ。無礼な」


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