第29話・チョコを連れて行っては駄目ですか?


 舞踏会当日。俺にとっては本番当日。これまで約一ヶ月間、ガイムの扱きに耐えた社交界マナーご披露の日となる。今夜宮殿でマニス殿下がアロアナ姫と婚約発表すると、シャルの爺さんから情報を得ていた俺達は、そこに集まる貴族たちの前で彼らを糾弾することになっていた。

 その日は新月で月が出ない夜だった。チョコを舞踏会に連れて行く気でいた俺は、これでチョコが人前で急に姿が人間に戻るのを、皆の前で披露する羽目にならなくて良かったと思い、胸を撫で下ろした。が、別の問題が発生した。


「まさか、チョコを連れて行く気でないよな? ナツ」

「え? 駄目なのか?」

「当然だろう? 舞踏会にペットを連れて行くヤツなんていない。非常識だ」


 支度が出来たか? と、呼びに来たガイムは、グレーの夜会服に身を包み現れた。ガイムはイケメンだけに目を惹く。その彼にチョコを抱いて連れ出そうとしたのを「ちょっと待て」と、止められた。そうは言われてもチョコはアロアナなのだ。彼女を連れて行き、偽アロアナを締め上げてやりたいところなのに。

 ニャーと寂しそうになくチョコ。自分は大人しく留守番しているわ。と、でも言いたげに腕の中から飛び降りてベッドの上で丸くなった。


「おまえさ、ずいぶんとチョコにのめりこんでいないか? たかがペットに」

「チョコは単なるペットなんかじゃない。彼女は俺にとって大切な人なんだ」

「おいおい、猫相手に何を言っているんだよ。頼むよ、ナツ」

「頼むよって何だよ」

「おまえおかしいぞ。いくらアロアナ姫に振られたからと言っても」


 ガイムはチョコがアロアナだと言うことは知らない。ここはガイムの言うとおり引き下がるしかないのかと思いはじめた時、オウロ達が顔を出した。

彼らは魔術師と神官という立場のせいか、オウロは背中にマントのついた黒い正装に、ファラルは白い聖職者専用の制服を着ていた。


「ナツ。良く似合っていますよ。その服」

「カッコイイ。ナツ。会場で若いお嬢さま方の目を釘付けだね」

「ありがとう。オウロ、ファラル」


 仲間の賛辞に、ガイムの言葉で凹みかけていた俺はすぐに気を持ちなおした。そういや、ガイム、おまえ褒めてもくれなかったよな? 睨めば罰が悪そうな顔をして苦笑いしてやがる。

 数分前までの俺は侍女さんらに取り囲まれて、前髪は香油のようなもので後ろへと撫で付けられて、ああでもないこうでもないと、着ては脱いでの繰り返し。その服は一目で分かる高級素材のもので、「これ下手に汚せねぇなぁ」なんて考えていたら、あっという間に着替えが終わっていた。


 鏡で自分の姿を見て驚いた。俺がいた元の世界で言えばこれが「馬子にも衣装」と、いう言葉なのだろう。鏡の中に映っているのは「これ、本当に俺?」と、二度見したくなったぐらい男ぶりがあがった俺だった。

 前髪は香油で後ろに撫で付けられていて、濃紺色の衣服が良く似合う。紺地の衣装には金糸で刺繍がされた上質なもの。それが俺という人間をよく惹きたてている様に思われた。


 その俺を一番に褒めてくれたのはチョコだった。「ニャアン」と、鳴いて俺に近寄ろうとしたのを侍女たちに「毛がつくから」と、いう理由で俺と引き離されてさ、面白くないから侍女達が下がってから、チョコを抱き上げて猫キスしあっているのをガイムがノックもなしに入室してきて冒頭のセリフに戻る。


「なになに? ふたりで何を争ってたの?」

「こいつがチョコを連れて行くって言うんだ」


 ファラルが俺とガイムの間にある不穏な空気を読み取ったらしい。あっけらかんとした口調で聞いてくる。ガイムが不機嫌そうに言う。


「連れて行けばいいのでは? ダンスに邪魔になるというのでしたら私がチョコさまをお預かりしますよ」

「僕も踊れないし、チョコちゃんの御世話係するよ」

「おまえらな……!」


 ガイムはてっきりふたりとも自分の味方をすると思っていたのだろう。だけどふたりは舞踏会とは所詮縁のない人間という事もあって、貴族のルールには納まらないところがある。それが俺にとっては吉と出た。

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