第19話・どうしてここに彼女が?


 その晩のこと。月明かりを頬の辺りに受けて俺は目を覚ました。今夜は満月だったらしい。ほの白い月の光が部屋の中を煌々と差し、周囲の姿形を如実に映し出していた。大人五人は平気で寝れそうな広いベッドの中、寝返りを打とうとした時に違和感を覚えた。背後に誰かがいる。静かな部屋の中で寝息がすぐ後ろから聞こえてくるのだ。


 俺は就寝前にチョコを抱いてベッドに入ったはずだった。それなのに耳に聞こえてくるのは人の寝息に思える。どういうことかと振り返ってぎょっとした。女がいた。それも見覚えのある姿。


「アロアナ……?」


 どうしてここに彼女が? これは夢なのか? 寝入る彼女をジッと観察していると、彼女の目蓋が静かに持ち上がった。


「ん……ナツ?」

「アロアナなのか?」

「ナ、ナツ?」


 俺と目が合うと、彼女は目を見開いた。そしてシーツの中にもぐりこんでしまう。


「み、見ないで」


 見ないでと言われれば、見たくなるのが一般心理というものだろう。彼女がもぐりこんだシーツを一気に剥ぐと、思わぬものを目にすることになった。


「いやぁっ」


 彼女は真っ裸だった。俺は固まった。アロアナは両手で胸元を隠し体を丸くする。我に返った俺はシーツを渡すと慌てて体に巻きつけた。


「ナツのえっちぃ」

「そんな格好しているのが悪いんだろう? なんでここにいる? 例の王子はどうした?」


 非難されて頭にカアッと血が上った。エッチだと? きみは俺に待てをさせたまま、他の男とその先を味わったくせに。


「王子?」

「惚ける気か? サーザン国のマニス王子だ。あの男と良い仲なんだろう? あいつの子を妊娠したって聞いた。きみの顔なんか見たくない。あいつのもとへ帰れ」

「わたしマニス王子なんて好きじゃない。告白はされたけどあなたが好きだから断ったもの。妊娠なんてしてない」

「はあ?」


 泣き顔なんかされても信じられるか。王さまから聞いたんだぞ。きみがマニス王子と王城を出て行ったって。それなのになんで今更、俺の前に姿を現わした?

 俺は頭にきて、涙を浮かべシーツに包まった彼女を見据えた。


「あの男の子種を腹に宿しているんだろう? なら俺に抱かれても問題ないよな? 裸でベッドに入り込んで来たのは、俺を誘惑する為だろう?」


 どうせ妊娠しているんだ。俺に抱かれても差異はないだろう。そういう思いで彼女に覆い被されば彼女が泣き出した。


「信じてくれないの? ナツ……。ひどい……わ……たし、あなたの側に……ずっといた……のに?」


 涙ながらに見上げるアロアナは扇情的だった。思わず見惚れてしまうと顎に物凄い衝撃が加わった。アロアナからの頭突きを喰らったのだ。目の前に星が浮かぶ。


「ナツのばかぁ。知らないっ」


 アロアナの声を耳に俺の意識は深く沈みこんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る