第9話・侯爵令嬢シャルロッテの悲劇3


 貴族とは政略結婚ありきなのだ。そこにはルールがある。他に気になる異性がいようと、一般的にはまずは婚約者を娶りその後継ぎとなる者を生み育てる。それから自由恋愛を楽しむのは、良しとされてはいる。

 でも殿下は、母親が側妃で死ぬまで正妃の顔色を伺い続けていたのを知っているだけに、「自分は浮気はしない。愛人を持ったりはしない」と、シャルロッテには言っていた。その彼が愛する女性が出来たと言うのだ。


 シャルロッテとの関係は、彼にとっては愛する女性との仲を邪魔する存在としか思えなくなって来たのだろうと、容易に察せられた。


(殿下はわたくしだけとおっしゃっていたのに……)


 目の前にいる殿下は、シャルロッテを一番好きだと言っていた男ではなくなっていた。殿下との慈しんできた長い年月が瓦解するように崩れ落ちていく。


「では……わたくしと婚約破棄をしてどなたと一緒になるおつもりなのですか?」

「そんなことおまえに言う必要はない。しいて言うなら遊学先で出会った女性だ。彼女と出会った時に運命を感じたのだ。彼女を妻として迎える」

「……そうですか」


 今回の殿下の遊学先はヌッテイア国と聞いていた。そこで殿下は運命の女性と出会ったと言う。誰なのだろう? そこまでマニス殿下の心を奪った女性とは。シャルロッテは相手の女性の素性が気になった。


「きっと素敵な女性なのでしょうね。あなたが出会われた運命の女性とは」

「ああ。彼女は慎ましい女性だ。彼女とは宮殿で共に暮らしている」


 その告白にシャルロッテは頭が真っ白になった。許婚の自分がありながら殿下は他の女性と宮殿で共に暮らしていた。つまりは事実婚状態ということではないか。


「父上も母上もそのことについてはご存知だ」


 陛下も王妃さまも承知している? と、言う事は、そのことはすでに宮殿内で二人の仲は認められているということで、自分には知らされていなかったということらしい。その事実にシャルロッテはショックを受けた。


「……わたくしだけが知らされていなかったのですね?」


 三ヶ月も隠蔽されていただなんて。なぜという思いしかない。でもそう言えば、宰相の祖父が、体調を崩したといって職を辞したのは三ヶ月前のことだったと気が付いた。


「まさかお爺さまが宰相職を辞したのは?」

「なんだ聞いてなかったのか? あいつは反対したんだ。私達のことを」


 マニス殿下のいう私達とは、マニス殿下と自分のことではないことをシャルロッテは悟った。祖父はマニス殿下が自分の孫と婚約していながら、他の女性を宮殿に住まわせていることに苦言を呈したのではないかと思った。


「あいつにとってもそう悪い取り引きではないと言うのに。まあ、いい。おまえの父には、父上から彼女の養父になる許可を取り付けたからな」


 それを聞いてシャルロッテはゾッとした。


「おまえと彼女は姉妹となるのだよ。彼女はおまえの姉となる。おまえの父はあの頑固者の爺さんとは違って柔軟で良かった」

「……お父さまが? 裏切ったのですか?」

「裏切る? おまえの父は非常に賢い選択をした。それだけのことだ。馬車を止めろ」

「ここは?」


 下ろされたのは船着場だった。日はとっぷりと暮れて真っ暗になっていた。明かり一つない桟橋に連れて来られてシャルロッテは戸惑った。


「おまえはつまらない女だった。あの堅苦しい宰相の後ろ盾を得る為だけに、一生こんな女の機嫌を取って暮らしていくのかと考えたら、最悪にしか思えなかった」


 殿下がドンっとシャルロッテの胸元を押す。シャルロッテはふら付いて桟橋の端へと蹲る。


「でもあの人に会えた。これでおまえとはおさらばだ。じゃあな。シャルロッテ」

「で、殿下……」


 マニス殿下は容赦なくシャルロッテを蹴り落とした。泳げない彼女は海上に顔を出し、助けを求めて殿下に呼びかける。その彼女を見て殿下は忌々しく眉根を寄せた。


「おまえが生きていると邪魔なんだよ。ハートフォード家の令嬢は彼女一人でいい」


 そう呟いて殿下は、桟橋にかけてあった船のオールを手に、シャルロッテの頭上へと振り落とした。



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