第8話・侯爵令嬢シャルロッテの悲劇2


 いつも可愛い私のシャルと呼んでくれていたのに。一体、どうしてしまったというの? マニスさま。


 シャルロッテは、足早に急ぐ殿下の背を見つめながら後に続いた。以前なら同じ歩幅で歩いてくれた。隣に並んでゆっくり歩いてくれていたのに今の彼にはそういった気遣いなど感じられなかった。そればかりか早くこの場からシャルロッテを引き離してしまいたいと思っているようでもある。


「さあ。乗ってくれ」


 一台の馬車の前で振り返った殿下は、中に乗り込むようにシャルロッテを促した。ここでも以前はあった彼のエスコートはない。シャルロッテは塞ぎこみたくなる思いに蓋をして、ドレスを自ら抱え込むように持ち上げると、二人の様子を訝るように見ていたサラが「わたくしが」と、手を差し出してくれた。

 サラは殿下を睨むが、マニス殿下にそれを気にした様子はなかった。シャルロッテが馬車に乗り込むと、その後から自分も乗り込んだ殿下は信じられない行動に出た。


「お嬢さま……!」

「馬車を出せ」

「サラっ」


 王子の後に続いて乗り込もうとしたサラの目の前で彼はドアを閉めたのだ。その上で御者に命じ、サラをその場に残し馬車は進み出した。シャルロッテは窓に張り付いて懇願した。


「馬車を止めて。まだサラが……」

「おまえとふたりだけで話がしたい。侍女なんて置かれたら監視されているみたいで良い気がしないからな」


 サラを気にかけるシャルロッテに、マニス殿下は冷たく言い捨てた。馬車の中には許婚である男女がふたりきりでいるというのに、そこには甘い空気などなかった。


(殿下は別人になってしまわれたみたい……)


 シャルロッテには、目の前の席に腰掛けているマニス殿下が、以前の彼と同じ人とはどうしても思えなかった。


「この際だ。はっきり言っておく。おまえとは婚約破棄する」

「婚約破棄? どうして?」

「愛する女性が出来た。その女性と結婚する。だからおまえとは結婚はしない」


 殿下の口から飛び出したのは、思いがけない言葉だった。婚約破棄すると言われて、「はい。そうですか」と、了承できるものでもない。シャルロッテは唖然とした。


 マニスとの婚約は、彼の父である陛下が取り決めたものである。マニス殿下は陛下が寵愛していたとはいえ側妃が産んだ息子。その母はすでに亡くなっていた。母方の親族は低位貴族でマニス殿下の後ろ盾になれるほどの力もなく、その彼の後見役を見込まれたのが宰相で、その孫娘で侯爵令嬢であるシャルロッテなら年のころも良いという理由で決められたものだった。

 それはマニス殿下も良く分かっていたはずで、現在ハートフォード家にはシャルロッテ以外に子供はないので、殿下がシャルロッテの婿になり次期ハートフォード侯爵となるのは決定事項だった。


 それを殿下は他に愛する者が出来たからおまえとは結婚しない。婚約破棄すると言い切った。今まで殿下とは、良い関係を築けてきていたと思っていたシャルロッテにとって、それは酷い裏切りだ。


 婚約者がいるのに他の異性に浮気したと認めたようなものだ。

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