第10話・浜辺で令嬢拾いました


 一週間も過ぎればここでの生活にすっかり慣れた。今日もまた島の入り江付近でのんびり釣り糸を垂れる。ここは空気が良いし、海も底が透き通って見えるほど綺麗だし、なんてったって釣れる魚や、島の森で実っている木の実や果実が甘くて上手い。


 身を脅かす外敵となる猛獣もいないし静かだ。チョコと一人と一匹で暢気な島生活も悪くない。


(人間、平和が一番だよなぁ)


 魔王たちとの戦いの日々を思い出すと、ここでの生活は極楽と言えた。いくら相手が人間に害を成す魔族だとしても、その命を狩ることに躊躇いがなかったわけじゃない。正義の名のもとに打ち倒した魔王には、彼の遺骸に取り縋って泣く黒髪の女性がいた。魔王の情人だったようだ。彼女も戦いの最中で深い傷を負い、ぼろぼろの体で絶命した魔王の側に張って行こうとしていたので、その彼女に聖剣を突き立てる気にはなれなくて、最期の時くらい愛し合う者同士逝かせてやろうと魔王城を後にした。


 その後、魔王城は炎上したから跡形もなく消え去ったが、あの魔王とその情人の姿は他人事には思えなかった。もしかしたら魔王側が勝利していれば、あれは自分とアロアナ姫の未来だったかも知れないのだ。

 釣り糸をボーっと眺めていたら、チョコが鳴いているのに気が付いた。


「ニャーッ、ニャーッ」

「どうした? チョコ?」 


 さっきから俺の周囲をうろうろして、背後で何か見つけては一人遊びをしていたチョコが、つり糸を眺めている俺の腕に噛み付いてきた。


「痛てっ。何だよ。チョコ」

「ニャア」


 こっち来て。と、言いたげに、俺の服の裾を加えてどこかに引っ張って行こうとする。チョコは何か知らせようとしているように感じられた。


「何だよ? いったいどうしたっていうんだ?」


 俺が腰を上げたのを見て、チョコは浜辺に向かって走り出した。


「おい、チョコ。チョコ?」


 走るチョコの後を追いかけて行き、チョコが足を止めた先を見て驚いた。浜辺に人が打ち上げられていたのだ。うつ伏した状態で倒れている。着ている服がドレスで水色の長い髪をしていることから女性だと知れた。


「おい、大丈夫か?」

「……う……あう……」


 相手は若い女性だった。青白い顔をしていて、髪の毛は濡れそぼって海苔のようにべったり頬に張り付いている。血の気を失っていたが、かろうじて息をしていた。とりあえず住みかであるログハウスへ運ぼうと彼女の体を持ち上げた時、思ったよりも軽く感じられてさらに驚いた。ドレスを着ているので、てっきり水を含んで重くなっていると思い込んでいたのだ。それがどうだろう。


 ここまで流れ着く間に、何枚も布地が重ねられて縫われていただろう布地が、波に攫われたせいか、その層が薄くなっていて、表面の布一枚がやっとのことで肢体に纏わりついているように思えた。その布地の裂け目から見えた皮膚は、痣や傷が出来ていて痛そうだ。


「しっかりしろ。気をしっかり持て」


 意識が薄れている彼女にチョコが近付き、傷口を舐め出した。するとどうだろう。徐々に彼女の体の傷は見る間に消えうせ、顔や体には赤みが差してきた。チョコすげぇ。いったい、きみは何者なんだ? と、いう疑問はさておき、まずは目の前のこの令嬢をどうにかするのが先だと思って、清浄の魔法をかけると、べったりと頬に張り付いていた青みがかった海苔のような髪の毛は、さらさらとした指通りが良い髪に変貌し、彼女は見違えるように美しい娘となった。その彼女からは花のような甘い香りがしてくる。


 この洗浄の魔法は、魔王討伐の旅で習得した術の一つだ。旅行中は野宿する時もざらにあったので、風呂に入れない時には多いに助かった。特に俺の場合は皆と違って、寝付かれない時の右手の洗浄が多かったけど、言わなきゃばれないよな?

それにしても彼女は誰なのだろう? どこから来たのか?

 それが気になる。彼女の身なりからして庶民にはとても思えないし。裕福なはずのこの令嬢がここに流れ着いたことからして事件性を感じる。人攫いにでもあったのか? とにかく彼女を保護し、迎えが来るまで面倒を見ることになりそうだな。と、思った。


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