第6話・チョコは可愛いから許す


「お~い。チョコ、あまり遠くに行くなよ」


 海岸で釣り糸を垂れていると、チョコが駆け出した。昨日、天上から顔に落ちてきたものは、一匹の猫だった。灰色した短い毛の猫で光の加減では銀色にも見える。体はほっそりしていて顔は小さい。くりくりした瞳はエメラルドグリーン色。手足が長くて歩く姿は優美だ。

 あまり鳴くことはなく大人しい。その割りに人懐こくてすぐに擦り寄ってきた。大層毛並みが良く艶々しているから絶対野良猫じゃないだろう。どこかの貴族が飼っていたんじゃないかな? ちょこちょこ後をついて回るので、そこからチョコと、名付けた。


 この島は昨日何度も歩き回ったから、こちらを害するような生き物がいないことは分かっている。それでもチョコは好奇心旺盛で、岩場であっちこち覗き込み、隠れていた小さな蟹や貝に手を挟まれてギャンギャン鳴く。その度に救出してやるのだが、どうもチョコは学ぶということを知らない様で、何度も似たようなことを繰り返し目が離せない状態になっていた。


 そのおかげで俺も生傷が耐えないが、チョコにはなんと治癒能力? みたいなものがあるようだ。みたいな? と、いうのはチョコに舐められると傷の直りが早くなるからだ。

 何度か以前、光属性の魔法を使えるアロアナ姫に、稽古で怪我した体に治癒魔法をかけてもらったことがあるが、それに似たものとでも言うべきものか? でも受けた感じが治癒魔法ではないのはなんとなく分かる。本質は違うけれど効能は一緒という感じだ。


 とうとう釣り場から離れ大人しくなったチョコが、今度は何に興味を持ったのかと近付けば、チョコの観賞相手はヤドカリで、チョコチョコと利き手を伸ばしていた。


「ほどほどにして置けよ。チョコ」

「ニャアン」


 分かっています。と、言われたようで苦笑する。こいつは本当に分かっているんだか。でもこの後、チョコがどんな反応を示すのか楽しみでついつい、目で追ってしまう。

 これってなんだか恋でもしているみたいじゃないか? そう思うと可笑しくなってきた。以前はアロアナ姫の姿をちらちら目で追っていたことがあるが、遠い昔のように思える。そう思えるようになったのはチョコのおかげだ。


 あれだけ姫の事が好きだったはずのに、今の俺の心ははやり病から解放されたかのように凪いでいるのだから。無理もないか。このチョコは手がかかって目が離せないからな。


「ニャー」


 釣竿はいいの? と、言ってるように聞こえた。置いてきた釣竿の糸が張っているのが見える。


「あ、やべ……!」


 慌てて釣竿へと戻り竿を引けば獲物がかかっていた。つり竿を引き上げると大きなアジがかかっていた。それから時間を置かずに三匹アジを吊り上げる事ができた。

 これで夕飯はアジの刺身になめろう、アジの塩焼きに決まりだな。空腹を感じてごそごそ懐を探ると、お昼にと持参したお握りが出てきた。こっちの世界にはサランラップはないので竹の皮で包んでいる。

 この島に来て驚いたのはいたるところに竹が生えていたことだ。何かに用立てないかと思っていた矢先に、魔王討伐の旅でオウロがよく残ったご飯をお握りにしてくれたが、その時、この世界にはサランラップがないので、彼は何かの皮でご飯を包んでいた事を思い出した。


 代わりにそこで竹を切って(えっ? 何でって? 当然、聖剣さ)皮をはぎ、洗って乾かしてサランラップ代わりに使っている。食べ物の腐敗を防ぐのに竹の皮は多いに助かっている。


 こっちの世界の良い所は、もといた世界と、食生活はそう変わりないってことだ。野菜や魚、肉など食材となるものはどれも同じなので、食生活で苦労したことはない。米や味噌が存在したことに感謝した。

 やっぱさ、日本人は米と味噌は欠かせないでしょ。でもそれらはこの国では庶民が食する物とされていたので、王城にいた時に一度も出される事はなかったんだよなぁ。 


 王城では洋食がメインで朝からパンにスープにサラダが普通だった。朝はごはんに味噌汁、納豆の生活が当たり前だった俺には、何か物足りなくて食べた気がしなかったから、魔王討伐の旅に出て宿屋などで振る舞われた時には、涙が出るほど嬉しくて感激したものだ。それを見ていたオウロたちには奇妙なものでも見るような目で見られドン引きされたけど。


「ニャアウウ」

「分かってるさ。おまえにも分け前をやるよ」


 チョコは、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らしてきた。現金なやつである。でもチョコは可愛いから許す。チョコのおかげで? 一人寂しくここに転移させられた理由など忘れかけていた。

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