第6話 最強の“正妻”ルッテ登場!


「さ、じゃあお兄ちゃん、次は着替えないと。はい、これが学校の制服だよ」


食事が済むとルーニャはレオ・バロウの着る制服を持ってきた。

日本の高校生が着ているようなブレザーの制服である。


「これを着るのか?」


「レオは筋肉もりもりだから、ちょっとキツいかもしれないな」


シュナはレオ・バロウの厚い胸板をぽんと叩いた。


「あ、お兄ちゃんちょっと待って!」


「なんだ?」


「お兄ちゃんのお着替えは妹の私の役目でしょ」


「んん?」


ルーニャはレオ・バロウの真正面に立つと、彼の首筋に手を伸ばした。


「お兄ちゃんのパジャマ脱がせてあげる」


首筋に触れたルーニャの柔らかい指先が滑るように鎖骨へと下り、さらに下降してシャツの第一ボタンを丁寧に外す。


「お、おい、俺は病人じゃないぞ!」


レオ・バロウは背を向けて、自分で脱ぎだす。


「恥ずかしがらないでよ。私がやってあげるってば!」


「やらなくていい!」


シュナがクスクスと笑い出した。


「ルーニャってば、嫌がられてやんの!」


ルーニャはキッとシュナを睨みつけた。


「アンタは黙ってて!」


そして無理やりレオ・バロウの視界の正面に割り込むと、


「ねえ、普通の男の子だったら、私のような完璧美少女を簡単に拒むことなんてできないはずじゃない? もっとドギマギして無抵抗に、なされるがままになるはずでしょ!」


レオ・バロウはしかめっ面になる。


「どうやら、お前は思い込みが強いタイプのようだな」


「思い込みじゃなくて、これは真理ですー! しかもその完璧美少女は、なんとお兄ちゃんの“妹”なんだよ!!」


「その謎の理屈が俺にはよくわからん!」


シュナがため息をつくようにぼそっと呟いた。


「ルーニャは異世界の読み物にすっかり毒されてんだよ。世の中の男がみんなそうなわけないだろ?」


「何よ、アンタだって男の人のことなんか何も知らないくせに!」


「な、なんだと!」


シュナは顔を真っ赤にして尻尾の毛を逆立てた。


「レオ、か、勘違いするなよ。俺だって人間の男と話したことくらいあるんだからな! い、一緒に川で釣りをしたことだってあるぞ!」


レオ・バロウは二人をとりなすように言った。


「……まあ、二人とも、そういう意味では俺も女子おなごのことはよく知らん。俺は生前の世界で性愛の喜びを禁じられて生きてきたからな。俺の愛する女性、ルッテの魔力を維持するには、彼女に清き乙女のままでいてもらわなくてはいけなかったのだ。それが主神エルランとの魂の契約でもあった」


「そういうことだったんだ……」


ルーニャは少し神妙な顔つきになった。


「まあしかし、だからといって俺とルッテとの間に何もなかったというわけではないぞ。……いや、どちらかと言えば、性愛の概念を超えるさらにもっとすごいことをだな……」


「……へ?」


ルーニャの瞳は急に色を失った。


「え、もっと……すごいこと?? お兄ちゃん、さらにもっとすごいことって!?」


ルーニャは顔を耳まで真っ赤にして、レオ・バロウにぐいぐいと迫ってきた。


「い、いや、それは簡単に言葉で説明できるようなものではないからな」


「何、何、何? 言葉で説明できないって、どういうこと!? 気になるー!!」


ルーニャの顔がさらに茹で蛸のような色になった。


「ったく、変態女め……。よく恥ずかしげもなくそんなことぐいぐいと聞けるよな。。。」


シュナも少し頬を赤らめながらぼやく。


「そうだ、ルルリエ!」


レオ・バロウが何もない空中に向かって突然呼びかけた。


「え、またあの天使呼ぶの!?」


「あの雷はもう勘弁だぞ!」


慌ててルーニャとシュナが物陰に隠れた。


上空に光の粒子が集まってきたかと思うと、神々しい後光に包まれた天使ルルリエがパッと出現し、舞い降りてくる。


「呼びましたか? レオ・バロウ」


「ひいいい!!」


ルーニャとシュナは怯えて肩を寄せ合った。


「うむ、実はオーレンシアから取り寄せてもらいたいアイテムを思いついたのだ。これから俺は学校へ行くらしいのだが、やはり外へ出かけるときはいつもの装備品がないと心が落ち着かなくてな。早速だが、お願いできないだろうか」


天使ルルリエは嬉しそうに微笑んだ。


「もちろん構いませんよ。それでいったい貴方は何を持ってきて欲しいのですか」


「うむ。俺の愛用していた“勇者の剣”をオーレンシアから持ってきて欲しいのだ」


天使ルルリエはゆっくりと頷いた。


「……わかりました。いいでしょう。ただ、私が現世へ行って冥界へ戻ってくるまでには少し時間がかかることでしょう。ですから私が戻るまでしばらくこちらでの面倒は見れませんがが、それでもよろしいですか?」


レオ・バロウは頷いた。


「うむ、大丈夫だろう」


「わかりました。では早速私は勇者の剣を手に入れに参りましょう」


天使ルルリエは小さく羽ばたくと、瞬時に弾ける光の粒となって姿を消した。


ルーニャたちが物陰から出てきた。


「よっしゃ。これでしばらくは冥界ではフリーダムね!」


こっそりガッツポーズをする。

シュナはレオ・バロウの足元に寄ってきて彼を見上げた。


「レオ、“勇者の剣”ってのを学校に持っていくつもりなのか?」


「うむ、そのつもりだ。俺のトレードマークだからな」


「……まあ、大丈夫か。地獄にルールなんてもんはないからな。剣がトレードマークだなんて、いかにも英雄って感じでカッコいいな!」


シュナは無邪気に笑った。


◇◇◇◇◇



空に光が弾けた。

天使ルルリエがオーレンシアの首都アットルムの上空に出現したのだ。

ただしここでは天使の姿では目立ってしまうので、白い鳥の姿に変身している。

眼下にはオーレンシアの広大な平原と豊かな森が広がっていた。

首都アットルムの中心部には優美な弧を描きながらシレーヌ川が流れている。

赤屋根瓦の建物や小さな教会、石造りの蔵が川沿いに並び、大広場には天幕の張られた市が賑わっていた。

市には花売りの少女や荷車を引く農民が行き交い、香辛料や毛皮、ミルク、大豆袋など雑多なものが並んでいる。

さらに市から商店通りに入ると、鍛冶屋や仕立て屋などの店が軒を連ね、土産物屋には特産のカラフルな色彩の伝統的な模様を織り出した羊毛の敷物が自慢げに飾られていた。

その幅の広い通りの中央には大きな英雄ブロンズ像が立っている。

威風堂々としたレオ・バロウの立ち姿である。

碑文には彼の生前の功績が刻まれていた。


<王歴256年、偉大なるレオ・バロウ、魔王アクゾディアスを撃退す>


「ここが彼の生きてきた世界なのですね」


天使ルルリエは優雅にアットルムの上空を大きく旋回すると、やがて王城の方角に向かって飛び去っていった。



◇◇◇◇◇



アットルム北に位置するウィッテン城の中へと一人の士官が慌てた様子で駆け込んでいく。


聖堂の内部には壮麗なゴシック式アーチが高々と並び、豪華なシャンデリアがいくつもぶらさがっていた。

窓は美しいテンドグラスに彩られ、広く滑らかな床は白い大理石が敷き詰められている。


「ルッテ様、大変です!」


「どうしましたか?」


報告にやって来た士官にルッテ・フィオーナは気怠げな視線を送った。


「北の山岳地帯にゴブリンの巣ができつつあるようです!」


「……そうですか。ではすぐに冒険者を集めて討伐に向かわせてください」


「はっ、それで……ルッテ魔術師長様はいかがなさいますか?」


宮廷魔術師長――。

それが今の彼女の表向きの肩書きだ。

亡き大英雄レオ・バロウのサポート役であり、魔王アクゾディアスを彼と共に倒した伝説の魔術師ルッテ・フィオーナ。その影響力は現在のオーレンシアにおいて計り知れない。

ボロボロの服を着て野宿していた冒険者の頃とは違い、今の彼女は貴族用の装身具を身に纏って威厳をもった態度を示さなければならなかった。

銀糸織りの絹のチュニックは肌理が細かく、外衣の表面はサファイヤのようなロイヤルブルーにきらめいている。胸には王家の威光を示す金の花模様があった。

ただ、戦闘時に使うイチイでできた無骨な杖だけは昔と変わらない。


「いつもいつも私が前線に出向いていては、冒険者たちのレベルが育ちません。ゴブリン程度なら彼らだけでも大丈夫でしょう。今回の件については、私はここで見守ることにします」


「かしこまりました!」


士官は深々と頭を垂れてから退出していった。


「ふぅ」


どしっとルッテは椅子に腰を下ろした。

さりげなく首を巡らせて誰も見ていないことを確認してから、ルッテは手団扇で顔を扇ぐ。


「もう飽きた……」


ここ最近、どうも公務に対してやる気が出ない。

ぼうっと窓を見つめながら頭に思い浮かぶのは、亡きレオ・バロウとの刺激に満ちた冒険の日々のことだった。


彼と過ごした日々は野性的で、刺激に満ちて楽しかった。

あの日々が懐かしい――。


「俺は魔王アクゾディアスを滅ぼさねばならん! この命に代えてでも!」


魔王の軍勢が迫ってきていると知ったとき、レオ・バロウはそう言った。

オーレンシアには彼とルッテのコンビに勝る実力者など存在しなかった。

だからもし彼らが戦わなければ、オーレンシアは一方的に魔王に蹂躙され、滅ぼされる運命にあった。

だがレオ・バロウにはこれまでの冒険で無理をしすぎてしまったせいで、すでに肉体の限界が近づいていた。

今度こそ魔王と戦えば本当に死ぬかもしれない……。


ルッテは胸の中で不安に掻き立てられた。

そして彼女はついに禁断の魔術に手を出してしまった。

古代アムナストラの遺跡で発見した魔道書に記されていたある秘薬を生み出す禁断魔法――。

輪廻の破壊ラプラス・デストラクション』。


「レオ・バロウ様、もしものときはこの薬を飲んでください」


ルッテは緑色に輝く液体の入った小瓶をレオ・バロウに手渡した。


「なんだ? この薬は」


「自分が死ぬ30分以内に飲めば、奇跡が起きます」


「それは……もしや最後の切り札というやつか?」


ルッテは静かに頷いた。


「わかった。大事に持っておくことにしよう」


それからレオ・バロウ率いるオーレンシアの王国軍は数々の激戦を経て、ついに魔王アクゾディアスの棲まう魔王城まで達した。


「お前が人間界最強の戦士レオ・バロウか。よくぞここまで来た!」


魔界の門が開き、重く低い地の鳴動が二人の胸をざわつかせた。

薄闇のカーテンが垂れ下がり、四方に黒い影が立ちこめた。

煙のように立ち昇る黒い影の向こうに、やがて暗い笑みが静かに浮かんでいるのが見えた。

人型ではあるが、胴から腕が四本生えており、背中には漆黒の羽が生えた異形の姿をした魔王。

諸悪の根源に相応しい邪悪な相貌である。

その禍々しい姿を目にしているだけで、心の中に黒いインクがポタポタと落ちてくるようだ。

意識の深淵から冷たい流れが溢れ出し、暗い力に飲み込まれてしまいそうな――。


「魔王アクゾディアス! 貴様をここで倒す!」


レオ・バロウは全身に気力を溜め込んだ。


「はああああ!」


「フン、我が力の前にひれ伏すがよい」


魔王アクゾディアスは黒い息を吐き出した。

それはすぐに荒れ狂う瘴気しょうきの風となって、レオ・バロウたちを取り巻いていく。


「レオ、あの切り札を使って! この攻撃は危険です!」


ルッテの声を遮るように、分厚い黒の瘴気しょうきがレオ・バロウをさらに閉じ込めた。

これまで魔界の闇に閉じ込められてきた亡者たちの、血を吐くように苦しげな声、嗚咽おえつ哀叫あいきょうが渦を巻いて彼を浸蝕しんしょくしていく。

空間の至るところから闇がにじみみ出し、胸の底に黒いヘドロが溜まっていくようだ。

レオ・バロウはそれを力づくで振り払い、後方のルッテに呼びかけた。


「ルッテ、聞いてくれ!」


「何ですか!?」


ルッテは驚きサポート魔法の詠唱を中断した。


「俺が今までどんな強大な敵にも打ち勝つことができたのは、いつも隣にお前がいてくれたからだ! お前がいなければ俺はただの平凡な男に過ぎなかった……!」


「い、今はそれどころじゃ……前を向いて、レオ……!」


「俺を英雄に育てたのはお前だ、ルッテ! だから……」


レオ・バロウは切り札であるはずの秘薬をルッテに放り投げた。

ルッテはそれを反射的に受け止めてしまった。


「え?」


「……この世界がやがて平和になったとき、もう俺のような男は世界に必要ないだろう。むしろ必要とされるのはお前のほうだ。もしもどちらかが生き残るなら、それはお前であるべきだ!」


「な、何を言っているのですか? ……私はこの薬を貴方のために作ったんですよ。レオ・バロウ様! 貴方のために!!」


「ルッテ、その俺の最後の頼みだ!」


「やめて!! レオ……!!」


「うおおおおおお!!!」


ぬらぬらとした気炎がレオ・バロウの身体から立ち昇った。

怒張する背中は燃えるたきぎのように赤熱せきねつしている。

膨らみきった血管もはち切れんばかりに浮き上がり、全身の骨をぎしぎしときしませた。

彼の生命力の全てを込めた渾身の一撃が放たれようとしていた。

周囲の瘴気しょうきが吹き飛ばされて、きーんと耳鳴りがする。


「くらええええ!!! 魔王アクゾディアス!!」


レオ・バロウが一気に突進すると、銀色の光が前後左右に流れ、両者の影が交差した。

その瞬間、全ての音が消えた――。

あまりにも破壊的なエネルギーによって空間断裂が発生したのだ。

ルッテは、魔王の頭部が粉々に砕け散り、肉が裂け、そこから黒い血が噴き出すのを見た。

目も眩む激しい閃光が魔王を真っ二つに切り裂いていく。

そこに激しい空間爆縮が発生し、さらに全てが爆散した。

ルッテの視界は白銀に埋め尽くされ意識もその中に溶けていった――。


一面純白の光が徐々に薄らいでゆくと、再び闇の瘴気しょうきが至るところに立ち昇った。

魔王の笑い声が不気味に轟く。

頭を失い、身体が二つに裂けてもなお魔王アクゾディアスはしぶとく生きていたのだ!


「ククク、私の勝ちだ、人間どもよ。お前たちの英雄は力尽きて死んだ! 私にこれほどのダメージを負わせるとは、なかなかに恐るべき男ではあったがな。しかし私はついに耐えきったぞ。これでオーレンシアは私のものだ。これからお前たちのすべてを支配してやろう。この闇と混沌の力で!」


「いいえ」


爆煙の中からルッテも姿を現した。


「敗北したのは、あなたのほうですよ、魔王」


「ば、馬鹿な!」


魔王は驚愕した。


「なぜレオ・バロウのお付きの魔術師に過ぎないお前が生きている!? あの爆発に巻き込まれたのならお前の肉体も消滅して死んだはず!」


「私は死にません。レオ・バロウ様の意志を受け継ぐために……!」


「ま、まあよい、お前のような雑魚が生き残ったところで何ができるというのだ。レオ・バロウに比べればお前など……」


涙がルッテの頬を伝った。

そして魔術師見習いの頃から使い続けているイチイの木の杖を掲げた。

そこに小さな光の輪ができた。

それは次第に大きく激しい光のほとばしりとなった。


「魔王アクゾディアス、あなたは何か勘違いをしていたようですね」


「むむ!? な、なぜお前がその禁断の術を……!? まさか、いや、その力は人間如きに許されるものでは……!」


「私は愛するレオ・バロウ様のために魔術を極めた。ボロボロの肉体だったあの人が今日まで戦い続けられたのも私が補助魔法で肉体強化をし続けてきたから……。それが彼の望みだったから。それなのに、よくも……!」


「や、やめろおおお! それは神域の……今の私ではもはや……」


ルッテは、唱えた。


「聖なる天空の神々よ、その理力によりて忌まわしき闇を払いたまえ! 我に真理と裁きの力を!! セレスティアル・スーパーノヴァ!!!」


ドグアァアアアァアン!!!


天を裂く轟音とともに、幾筋もの光線が降りてきて次々と魔王の身体を刺し貫いた。

おびただしい数の光の槍がさらに雨となって地に激しく降り注ぐ。

その光は魔王のいる一点へと収束していき、ついには凄まじい光の爆発が発生し無辺の大地に金波が津波のように広がった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!」


黒い炎の尾を引きながら、魔王アクゾディアスは奈落の底へと轟沈ごうちんしていく。


「おのれ、人間め、人間めえええ!!! というか、お前本当に人間なのかー!!?」


魔王アクゾディアスは魔界の門の向こう側へ押し戻され、門は固く閉じられた。

そして、門そのものがやがて空間から消滅していった。


こうしてオーレンシアは救われたのだった。


ルッテは悲痛な面持ちで国へ帰り、レオ・バロウの死をオーレンシアの国王タリアヌス三世に伝えた。

レオ・バロウは魔王を退けた英雄として、盛大に国葬されることになった。

とはいえ彼の遺体は激しい爆発の中で蒸発してしまったので、棺は空っぽであったのだが。

ルッテはレオ・バロウに次ぐ功労者として国王から莫大な報酬を与えられた。

しかし、どれほどの金を受け取ったところで彼女の心が満たされることはなかった。

彼は国王のために戦ったのではないのだから。

レオ・バロウを失った悲しみは誰にも癒やせない――。

彼女は追って宮廷魔術師長の役職に就くようにと王直々に請願された。

ルッテは政治に興味などなかった。

それでも影の実力者として国王を支えることにした。

レオ・バロウの遺言を忠実に守るためだ。

あらゆる魔術を極めた今の彼女にとって、もうこのオーレンシアに恐れるべき相手などいはしない。

ルッテさえその気なら、国王の権威ですらないがしろにして、何もかも彼女の思うがままにできることだろう……。

だがそんなことに興味はない。


ああ――。

やはり一人は寂しい。

そして退屈だ。


しばらくすると、また別の士官が彼女の聖堂に駆け込んできた。


「ルッテ様、ご報告します!」


ルッテはすぐに背筋を伸ばして、威厳のある表情で応対する。


「今度は何事ですか?」


「実はその、あの……レオ・バロウ様が生きているかもしれないとの情報が先ほど入りまして……」


「え、なんですって?」


「南の辺境の村で妙な噂が広まっておるそうなのです。実は魔王を倒したあと、レオ・バロウ様は記憶喪失になって生き残っていたのではないかと……」


「まさか、あの人が!?」


ルッテは咄嗟に口元を手で覆い、唇を戦慄かせた。

まさか、そんなことがあるはずは――。

だって、あの人は私の目の前で……。

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