第153話 愛欲のジャングル
エントランスを抜けると、そこは淡い間接照明に照らし出された薄暗い
BGMとして
世にいうカリビアンミュージックと言うヤツだ。
ほぉ……なるほど、なるほど。
そう来たか。
一人得心しつつ更にロビーの中を見回してみれば。
奥の壁にはビーチリゾート風のネオンサインが輝いており、フロア全体には背の低いヤシの木を模したオブジェが所せましと並べられている。
どうやら自分の予想に間違いは無いようだ。
このホテルのコンセプトは『南国の隠れ家』って所だな。
しっかし、これが噂に聞くアミューズメントホテルって言うヤツかぁ。
外観は少し古めだったけど、中は結構キレイだし、意外と良いかもなぁ。
ただなぁ……。
僕は右手を自分の顎に添え、まるで値踏みでもするかのように思案のポーズを取る。
僕的に言わせてもらえればだけどさぁ。
このヤシの木のオブジェは少々いただけないんだよねぇ。
何がダメかって?
とにかく数が多いよ。多すぎるんだよ。
これじゃあ、南国は南国でも、リゾートじゃなくてジャングルになっちゃうよ。
どうせリゾート風にまとめるんなら、もう少し整理して小綺麗にしなくっちゃ!
などと思い
「何してんのよ。そんな所で突っ立ってないで、早く中に入りなさいよ。後ろがつかえてるんだから!」
いやいや。
後ろがつかえてるって。
僕の後ろに居るのは
僕、誰にも迷惑かけて無いじゃん!
などと言う
その瞬間。
「……うぐっ!」
突然の事に
「ふざけた事
暴力的な熱い鉄拳とは裏腹に。
ドライアイスのように冷え切った
「はっ……はぁぁい」
こっ、これは……口答えしては絶対に駄目な時の
僕は
正直な話。
僕は初めてラブホテルと言う場所に入った。
当然、どうやってチェックインするのかなんて、
ただし、それはほんの数時間前まで……の話!
実は、即席ではあるけど
今回は自分でもビックリするぐらい、しっかりと予習して来たからな。
いまの僕には、不安など一欠片も無いのだよ。
はっはっは。
さぁ、ラブホテルど素人の
どどどーんと大船に乗ったつもりで、この僕に任せてもらおうか。
「えぇっと。最初は……っと」
僕は
この手のホテルには、必ず入り口近くの壁に部屋の写真が飾られたパネルがあると言う話だったけど……。
おぉ、あるぞ、あるある。
これだな、そのパネルってヤツは。
壁一面に貼られた部屋の写真パネル。
縦に五部屋。横にそれぞれ十部屋前後が飾られている。
全部で五十部屋以上あるようだ。
このラブホテルは確か五階建てだから、縦は恐らく階数を示しているんだろう。
それじゃぁ早速っと。
確か敵は階の上の方にいるってクロが言ってたからなぁ。
そんじゃ、この501号室あたりでっと。
なになに? 風呂はジャグジー。
部屋の中央にはレトロなオープンカーまで飾ってあるってか?
ほほぉ、これは男心をくすぐるナニカがありそうだな。
よしっ、決めた! ここにしよう!
善は急げ。
僕は手元にあるタッチパネルより、501号室のボタンを押下する。
――ピッ!
「……」
何事も無かったように静まり返るタッチパネル。
はて? 反応が無いな。
押しが弱かったかな?
もう一回押してみるか。
――ピッ!
「……」
それでもパネルは無反応。
うぅぅむ。
どう言う事だ?
これは一体、何が起きてるんだ?
確かにタッチパネルの横には、『カードキー受取口』と書かれたスロットが付いている。しかし、そのスロットからカードキーが出て来る気配は微塵も感じられない。
タッチパネルの前で、静かに
僕はついに、この謎を解き明かす『究極の真理』へと思い至ったのである。
なるほど。
そうか、そう言う事か
分かったぞ。
これは
ホント、仕方が無いなぁ。
余計な装飾に金を掛けるぐらいなら、パネルの方にもっと金を掛けるべきなんだよなぁ。ホントにもぉ!
僕はホテルの係員を呼び出すため、余裕の表情でパネル横にあるインターホンのボタンを押そうとした……のだが。
「ちょちょっ!
なにやら驚いた様子で
「いや、何って。パネルが壊れてるから、係の人に連絡しようと……」
僕が自分の行動を真摯に説明しようとしたその瞬間。
「……ぐふっ!」
いや、マジでヤメテ。ホントこれ、ホントマジで痛いから。
僕は涙目で
しかし、彼女はそんな僕の惨状など全くお構いなしだ。
「遊んでないで、サッサと行くわよ。次の人が来たら格好悪いじゃないのよっ!」
そう言いながら、不機嫌そうに僕の袖を引く
「え? 行くって、何処に? もう帰っちゃうの? だって折角ここまで来て……」
驚きを隠せない僕が
「……げぼっ!!」
ここかぁ……。
こんな所で今日イチが出るとはなぁ。
しかもまさかの天丼三匹目。
上天丼じゃんっ!
これはヤラレたぁ!
あまりの痛みに身動きの取れなくなった僕は、膝から床に崩れ落ちそうになるのを必死で堪え。やがて
途中、ヤシの木を模したオブジェの影からは、クスクスと言う笑い合う声もチラホラと聞こえて来る。
え? 何? って言うか、誰? 誰なの? 誰か居るの!?
お化け? お化けがココに居るのかしらっ!
「お化けなんて居る訳ないでしょ! それより、早くコッチ来てっ!」
僕の素朴な疑問に、秒で返答する
相方のボケを一つ残らず拾い上げてくれるとは。
流石は名ツッコミとしての
って言うかさぁ。
念話を使って僕の心を勝手に読むのはホント止めて欲しいんだよなぁ……。
ただ、
とは言え、他の眷属の声は普通に聞こえているようで。
「アンタ……ふざけた事ばかり言ってると、もう一発喰らわすわよ」
流石にこれ以上
僕は彼女に促されるまま、目の前にある小さなソファーへと腰を下ろした。
おぉ?! こんな所にソファーがあったのかぁ。
フロア全体に所せましと並べられている、背の低いヤシの木を模したオブジェ。
どうやらその影にはいくつものカップルシートが配置されていたようだ。
「
落ち着く間もなく、彼女は僕に小さな紙片を差し出して来る。
そこには、数字の『3』と、QRコードが印刷されていているようだが。
「なにコレ?」
「なにコレじゃないわよ。整理券よ、整理券。明日は休日で、しかも今は終電間際。どこのホテルだって超満員よ。さっきもパネルの所で見たでしょ? しっかり全部の部屋のランプが消えてたじゃない。そう簡単に部屋が確保できる訳ないのよ。だからホテル側が遅く来た客に対してこうして整理券を配ってるのよ」
さも当然と言わんばかりの
僕を見る目が
はいはい。
そんな事も知らないで、ホント申し訳ございませんね。
「あぁ、それでタッチパネルを押してもカードキーが出て来なかったのかぁ。でもさぁ、すでに満員だったらもう泊まれないって事だよね。今さら整理券配ってどうするのさ? このまま朝までココで待てって事?」
「そんな事ある訳ないでしょ。ココはラブホテルよ。それにさっきも言ったけど、今は終電間際。泊まりじゃない
ほほぉ。
なるほど。そう言う事か。
あっ! だからロビー全体がジャングルみたいになってたんだ!
ヤシの木の影には、それぞれ順番待ちをするカップルが潜んでいると。
確かに互いに顔を合わせるのも何だからな。開放的なリゾート感を演出するより、身を隠せるジャングル化が進むのも頷ける。
そんでもって、ヤル気満々のカップルたちが、部屋の掃除が終わるのを今かいまかと待ってるって寸法かぁ。
まさかこのリゾート感溢れるロビー全体が、そんな愛と欲望にまみれた野獣たちの潜む
「って事で、次はコレ」
「え? 何コレ?」
次に手渡されたのは、何かのケーブルが付いた黒い小さな電子機器。
「無線用の小型WiFiルータよ。そのLANケーブルをメス型のコネクタに差して来て欲しいの。フロアの四隅あたりか……あぁ、あの大型ディスプレイがあるでしょ? あの辺りにならきっとあるから……」
などと言う説明はすっかり上の空。
僕は
――ゴッ!
炸裂するような痛みとともに、脳が直接揺さぶられるような感覚が僕を襲う。
ぐーだったわ!
この
グーで僕の事を殴りやがったわっ!
僕がちょっとスカートをめくろうとしただけで。
この
「要らないから。そう言うの」
そう冷たく言い放つ
いやいや。
こっちこそ要らないから。
こっちこそ、そんな本域の暴力要らないからっ!
『これ以上変な事したら、ブッ殺すよ!』
いやいやいや。
それ、念話で言われると、めっちゃ心に来るわぁ。
ちょっと
マジで地が出てるよ! ホント、マジでそれやめた方が良いから。
そもそもそれって、美少女のセリフじゃないから。
ヤクザモンだから。それって、ヤクザモンのセリフだから。
命の危険を感じた僕は、これ以上の
彼女に言われるがまま、手渡された機器を部屋の隅にあったLANポートへと接続する事に。
途中、誰かに
ヤシの木に隠れてイチャついているカップルからすれば、僕の事など全くお構いなしだ。
結局は何の問題も無く、与えられた任務を無事完遂。
「それで、この後はどうするの?」
「まずはホテルの監視カメラを乗っ取るつもりよ。その上で、敵がどの部屋に入ったのかを確認するの。クロちゃんの話では魔力が集まっているのは、およそビルの中央付近って事らしいけど。このビルの中央は一階から五階まで全部吹き抜けになってて部屋が無いのよ。つまり残念だけどクロちゃんの情報だけじゃ敵がどの部屋に居るのかを判別する事が難しいの」
「ホテルの監視カメラって、そんな簡単に侵入出来んの?」
僕からの素朴な疑問に、ふと彼女の手が止まる。
「簡単じゃないわよ。普通はね。でもこのホテルの監視カメラは全て安価な海外製。認証キーもオレオレだし。後は管理者のユーザ名とパスワードさえ分かれば何とかなりそうよ」
いやいやいや。
この娘何言ってるのかしら?
認証キーって何? オレオレって何?
もうちょっと文系にも分かりやすく説明して欲しいなぁ。
でもまぁ……良っか。
「って言うかさ、そのユーザ名とパスワードってヤツが難所なんじゃないの? どうやって調べるのさ。何かこう、パスワードを解析するアプリとかがあって、びゅわーっと時間を掛けて見つけるとか?」
彼女はつい先ほどまでの僕を
「バカじゃないの!?」
うひぃ! 氷の美少女から投げつけられる「バカじゃないのっ!?」
ご褒美、ごっちゃんですっ!
僕は困惑した表情を浮かつつも、心の中では勝利のガッツポーズを決めてみせる。
「そんなの映画やドラマの中だけの話よ。普通に総当たりでパスワード探してたらどれだけ時間が掛かるか分かったもんじゃないわ。もちろん、
なっ! なぜそれを知っているっ!!
突然発表された僕の個人情報。
戦慄はすれど、本当の事なので何も言い返す事が出来ない。
「まっ、まぁ。僕の事は良いとして。だったらどうやってユーザ名をパスワードを調べるのさ。今から事務所にでも潜り込むつもり?」
とここで彼女は、口の端を鋭角に持ち上げながら、ノートパソコンのEnterキーを軽く押下した。
え? なになに? 何が起こるの?
やがて。
――ビー、ビー、ビー……
遠くの方で断続的に聞こえる電子音。
アラームと言うよりは、ブザーと言った方が近い感じか。
BGMの流れるロビーにまで聞こえて来る事を考えると、かなりの音量であろう事は想像に難くない。
「いま、事務所にあるパソコンに侵入してアラームを鳴らしてるのよ。セキュリティパッチ漏れ漏れの古いパソコンだったから、この程度は朝飯前。問題はこの後よ、ほら良く見てなさい」
しばらくすると、彼女のノートパソコン上に、アルファベットの文字列が表示され始めた。
「いま、事務所のパソコンの画面にはこう表示されてるのよ。危険です! 早く監視カメラにログインして下さい。さもないと、ウィルスに感染しますよ! ってね。事務所の人たちは驚くでしょうね。しかも、何をどうやってもブザーは鳴りやまないんだから。だって、ブザーを鳴らしてるのはこの私。いくら止めようとしても、ここから何回でも鳴らす事が出来るんですもの。そして、事務所の人は仕方なく監視カメラのユーザ名とパスワードを入力する事になるわ。そうして入力されたのが、この文字列って事」
確かにユーザ名らしき文字列と、
「うわぁ、凄いな。これでユーザ名とパスワードがまるわかりって事か」
「そうね。でもあと、二、三回は入力してもらうわ。もしかしたら焦って打ち間違えしてるかもしれないし」
そう言いながら画面を見ていると、確かにユーザ名はほぼ同じだが、パスワードについては、微妙に異なるパスワードが何回か表示されているようだ。
やがて、入力される間隔も伸び、結局最初の頃に入力したパスワードが何度も繰り返し入力されるようになって来た頃。
「そろそろ潮時ね。……正常にログインできました……ウィルスも……無事……除去に成功しました……っと」
そう言いながら、ノートパソコンにメッセージを入力する
それに合わせて、遠くで聞こえていたブザー音もようやく途絶えたようだ。
「さて、このユーザとパスワードを使って監視カメラに侵入するわよ」
小気味よい音を立てながら打ち込まれるアルファベット。
やがて……。
「……ビンゴ! これでようやく監視カメラのログが確認出来るわ!」
更に忙しく指を動かし始める
ちょうどその時。
――ピンポーン
「3番の整理券をお持ちのお客様。お部屋の準備が整いました。カードキーを発行いたしますので、お手数ではございますが、正面受付にあるタッチパネルの所までお越しください」
互いに顔を見合わせる僕と
よし、ラッキー。呼び出しだ。
どうやら部屋の方にも問題無く入れそうだ。
僕たちは急いでパソコンをリュックの中に放り込むと、そのままタッチパネルのあった場所へと駆け出して行ったのさ。
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