第144話 ニュース速報
――バンバンバン! バンバンバンバン!!
突然、雷鳴のような
「なっ、何っ! なんなの、コレッ!」
あまりの出来事に、傍にいた
先程までの不気味な静寂から一転。
フロアにいた客だけでなく店の従業員までもが、僕たちのいる喫煙コーナー席へと目掛けて押し寄せて来たのだ。
「三代目っ! これで入り口塞ぐぞっ!」
「あっ、はいっ!」
僕は
――バンバンバン! バンバンバンバン!
その間もガラス壁を叩く轟音は鳴りやまず、更に激しさは増す一方だ。
「
ヤクザ者の本領発揮か。
あの
「ヤメロ
「はいっ!」
そんな彼のすぐ後ろ。
――ビシッ! ビシィッ!!
最終防衛線となりつつあるガラス壁に、甲高い破裂音とともに筋状のヒビが入り始めた。
アイツらマジか!
安全面を考慮してなのか、それとも装飾としての造りの問題か。
喫煙フロアを仕切るガラス壁は予想以上の厚みがあったようだ。
それを人の手だけで叩き割るのは容易では無いと判断したのだろう。
ガラス壁に取りついた人々の後ろから、更に何人もの客たちがガラス製のコップやら陶器の皿なんかを手あたり次第に投げつけ始めたのだ。
――カシャーン、パリーン、ビシィッ!
ファミレスで使われているようなコップはシンプルで、その分耐久性もある。厚みのあるガラス壁とは言え、そう長い時間は耐えられまい。
「ねぇねぇ! あれって全員が教団の人間なの!?」
悲鳴のような
「いや違うな。ヤツらからは魔力の流れは感じられん。恐らくは祝福の力によって操られているだけだろう」
「操られてるって簡単に言うけど、そんな人を操れる様な祝福なんてあんの!?」
「ある。ただし、多少変則的ではあるがな。しかもこの魔力の流れ……どうやら敵は一人のようだぞ」
クロのその言葉に、今度は
「ひとりだとっ!? クロさん、そいつぁどう言う事だ? 俺たちゃ教団のヤツらに囲まれてたんじゃなかったのか!?」
「いや、あまりの濃い結界に、複数の神官たちに囲まれたのかとも思っていたのだが……どうやら誤りだったようだ」
僕の知る限り、張り巡らされた魔力を感知する事が出来るのは、クロに
ただし、
恐らくだが、魔力の流れを感知する能力と、結界を張る能力には何らかの因果関係があるのではないだろうか。
残念ながら僕やクロ、
少なくとも僕はからっきしダメだ。
祝福を覚えたての頃に魔力がダダ漏れになっていた事があったらしいけど。
本人にその自覚は全く無い。
そして、この結界を張る能力は、ある程度種族的な得意不得意があるのかもしれない。
例えば獣人は結界を張るのが不得手で、人間は得意だとか……。
確か人間は獣人と比べて太い
結界が一定の強さで魔力を放出し続ける能力であるとするならば、太い
となると、僕の立ち位置はかなり微妙だけどな……。
少なくとも人を凌駕する身体能力を手に入れた時点で、人類の枠の中には収まりきらない事ぐらい覚悟している。
最終的に僕は人間なのか、それとも獣人なのか?
その答えを知る術を僕は知らないし、少なくともいまは知る必要性すら感じない。
まぁ、どっちでも構わないけどな。
僕がそんな余計とも言える思考に
ふと気付けば、僕の隣でバリケードを支えている
「って事ぁ、外に出られりゃ、逃げられるって事だよな!」
「そうだな。魔力の流れからして、能力者本人はあの群衆の中に紛れているはずだ。しかもこれだけ濃密な結界を創り上げた後だからな。相手がタケシのような規格外のバケモノでも無い限り、この場から離れさえすれば追って来る事もあるまい」
「よぉし、そうと決まれば話は早ぇ。速攻、窓から逃げるぞっ!」
相手が教団で無ければ、確かにそれも選択肢の一つだろう。
教団は複数の神官が協力して結界を張る戦術を取る。
例のビジネスホテルの時がそうだった。
しかも結界を張る神官はその間無防備になるから、必ず数人の護衛がその周りを固めると言うのがセオリーらしい。
もし相手が用意周到な教団であれば、仮に僕たちが窓から逃げ出したとしても、当然のごとく結界を張る神官と出くわして、戦闘に突入する事態は避けられない。
しかし、今回はどう言う訳か、単独での襲撃らしい。
たまたま僕たちと遭遇しただけなのか、それともよほど腕に自信があるヤツなのか。
少なくとも荒事を避けるのであれば
そんな僕の脳裏に一瞬ではあるけれど、例の
「
いまの僕には十分な魔力がある。
体調も万全だ。
やろうと思えば
それに、敵はいかに人数が多いと言っても所詮はただの人間だ。
決して僕の敵とはなり得ない。
しかし、そんな僕の自信ありげな態度に、
「三代目ぇ、武闘派なのはヤクザ者として大変結構だが、そいつぁ蛮勇ってヤツだぜ。少なくとも向かって来てるヤツらはには何の罪もねぇ。一体誰に操られてんのかは知らねぇがな。ソイツらをひっくるめて殺しちまうって言うのは、戦いでもなんでもねぇ、単なる
確かに
しかし、『自分は獣人で、人間の事など知った事か!』と公言して
僕は少し考え込むようにして下唇を噛んで見せる。
ただ、
今度は僕の肩に手を回し、親し気に顔を覗き込んで来た。
「まぁ、
いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。
僕の中のナニカが。
そう、野性の勘と言っても良い。
そのナニカが『ヤツを殺せ』『今しかない』『いまコロスんだ!』と騒いでるんだ。
「あっ、あのぉ
「
僕の伝えたかった本当の想いは、横合いから飛び込んで来た
「よぉし!
「わかった!」
言うが早いか、彼女はスカートの裾を無造作にたくし上げ、両腕を頭上でクロス。
そのまま、何の
――ガッシャーン!!
「うそっ!
このファミレスはロードサイドにありがちな二階建て構造だ。
一階は壁の無い駐車場、二階が店舗となっている。
つまり
窓の高さを考慮すれば、地上まで軽く四メートル以上はあるはずだ。
マジで大丈夫っ!?
そんな僕の心配など、どこ吹く風。
屋外の様子を窓際で確認していたクロがアッサリと親指を立てた。
「よし、次は
「でも、私より他の皆さんの方が先に……」
流石は
口は悪いが、顔と心は清らかで奥ゆかしい。
でもね、
今はそんな事言ってる場合じゃないんだよ。
とにかく早くこの場を離れなきゃだからね。
それに、
つまり、キミが一番危険度が高いって事さ。
そう、遠慮する事は無いんだよ。
さぁ、早くお逃げ……。
と、言おうと思った所で、僕の目の前に
「なぁにビビってんのよっ! アンタもクロちゃんズの一員でしょ! いい加減腹ぁ
そう言うなり、
「いや、ちょっ! ダメ駄目だめっ! 私、高いの苦手だからっ、ホント、マジで高いのダメなんだからぁ!!」
「んもぉ! 面倒臭いわねぇ! いいからそのまま目ぇつむってなさいっ! ほら、行くわよぉ!」
最初から
「きぃぃやぁぁぁぁぁ! だぁぁぁめぇぇぇぇ!!」
絹を裂くような悲鳴が延々とこだまする。
流石にこれはマズかったのでは? と心配になったが。
しかし、やはりここでも屋外の様子を確認していたクロがアッサリと親指を突き立てた。
うん。どうやら大丈夫だったみたいだね。
うんうん。良かった、良かった。
ん? 良かった……のか?
「よし、次は
しかし、呼ばれた
「アタシは後で良いよ。って言うか、私だったらこのぐらいの高さ、一人で飛び降りれるしぃ」
まぁ、確かにな。
その結果、獣人としての身体能力の向上が見受けられるのだ。
常人を
僕や本当の獣人であるクロ、更には
「えへへぇ。だからねぇ。私はココにいるのっ!」
そう言いながら、健気にも僕の隣でバリケード用のテーブルを支え始める彼女。
隣に腰掛けただけで、既に甘い香りが漂って来る。
しかも、少しルーズなタンクトップの隙間から覗く白い柔肌が妙に艶めかしい。
「ねぇ
笑顔で僕の肩にしなだれかかる
「え、なに?」
軽く話し掛けられただけで、思わずドギマギしてしまう。
「えっとねぇ、ちゅー……する?」
彼女の
「え? なんで!?」
「うぅぅんとぉ。なんか、そんな流れだったから」
ちょっと、なにこの娘。
どう言うつもりなのかしら?
一体全体、どこにそんな流れがあったと言うのかしら?
とんと検討が付きません事よっ!
しかも、こんな所で? こんな時に?
無理よ、無理。
絶対に無理!
本当にもぉ、こちとら多感な高校生なんだからねっ!
時と場合によっちゃ、見境なくなっちゃう可能性だって、決してない訳じゃないんだからねっ!
本当にもぉ!! プンプン!
「ちっ、仕方がねぇな。そんなに三代目の傍が良いなら、そこに居ろっ! それじゃ、次は
「わかりました。
流石はヤクザ組織だ。
上意下達がしっかり出来てる。
残されたのは僕の他に、窓際にいるクロと
――バンバンバン! バンバンバンバン!! ビシッ、ビシィッ!!
喫煙ルームを仕切るガラス壁の方はそろそろ限界に近い。
テーブルを立てかけた簡易バリケード自体も、押し寄せる人の圧力に負けて崩壊寸前だ。
「よぉし、三つ数えるぞ! そしたら全員、一気に窓へと走れ! 行くぞぉ、良いかぁ!」
「サン……ニィ……イチッ! 走れっ!」
号令一下、全員が一斉に窓へと向かって駆け出し始めた。
窓際に居たクロはアッサリと窓の外へ。
元々身軽なクロである。何の心配も無いだろう。
――バキバキバキッ! バキィッ!!
背後でバリケードとなっていたテーブルが打ち破られる。
が、構う事は無い。
「きゃっ!」
僕は少し遅れる
一歩、二歩、そして三歩。
スローモーションの様に後方へと流れゆく景色がもどかしい。
先頭を行くのは
彼が既に破られた窓枠の中へと体を滑り込ませる。
一瞬、
いや、大丈夫だ。
そこまで無理をする必要は無い。
窓までは、あとほんの数メートル。
この短い距離で追いつかれる可能性はゼロだ。
僕は満を持して
ちょうどその時。
――ビシッ、ビシィッ!! ガラガラガラ、ガシャーン!
フロアと喫煙ルームを
室内の空気が一気に禁煙ルームへと雪崩れ込んで来た。
ん!?
「
僕と
僕はその場で瞬時に身を屈めると、そのまま力任せに
「
為す術も無く空中で手を伸ばす
そんな彼女が放物線を描いて窓枠を通り過ぎた、その時。
――ドンッ!!
◆◇◆◇◆◇
ニュース速報です。
本日午後五時頃、都内国道沿いのファミリーレストランで「爆発があった」との通報がありました。当時現場にいたレストランの従業員や来店客が火傷などの怪我を負い病院に搬送された模様です。このうち少なくとも一人は意識不明の重体ということで……。
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