第140話 火星からの使者(後編)

「組長、あれが新しい会長の女ですよ」


 美少女戦士に体当たりをかましたばかりの真瀬さなせ先生。

 そんな彼女は美少女戦士が礼儀正しくパンプスを揃えている間に皆藤かいどうの元へと戻って来ていた。


「しかも、あんな頓狂とんきょうな格好をしてますけど、狭真会きょうしんかいの中でも指折りの殺し屋らしいです。それに、あの女は私の攻撃をいとも簡単に捌いてみせました。これはかなり危険です。悪い事は言いません、この場は私に任せて、組長は安全な場所へと避難して下さい」


「そうだな、確かにお前の攻撃を耐えるって言うのは凄ぇな。でもアイツ……足ってたぞ」


 アンタも関西出身か?

 たって言っちゃってるぞ。


「ま、まぁそう言う事もあるでしょうが……。とりあえず、そんな危ない拳銃モノはしまっていただいて、早くこの場を離れましょう」


「いや、そうは言っても、小娘一人だしなぁ……」


「何言ってるんですか、彼女はこう見えて剣術の達人だと聞いています。特に薙刀を持たせたら敵無しと言う噂で……」


 そんな二人の会話を美少女戦士がどう聞いていたのかは知らないが。

 私のすぐ傍にまで来ていた彼女は、突然見事なまでの素振りを披露し始めたのである。


 ――ブン! ブン!


 小気味よい音だ。

 持っている武器の重さを全く感じさせない素振り。

 でも……。


 それもそのはず。

 彼女が手にしているのは、先端にピンクのハートが付いたマジカルスティック。

 どこからどう見ても、プラスチック製だ。


 逆にあんな軽いモノをあたかも木刀でも振り下ろしているかのように素振りしてみせる、そんな彼女の無駄な技量が恨めしい。


「ふんっ! ふんっ!」


 興が乗って来たのだろう。

 彼女の振り下ろす腕に更なる力が入ったその瞬間。


 ――カーン、カンカラカン……カン……


「あ」


 静まり返った廃工場内に、乾いたプラスチックの音が鳴り響いた。


 あぁ……飛んでったね。

 そうね、そうなるよね。

 だってそれ、子供のオモチャでしょ。

 そんな力いっぱい振り回したら、そりゃ先端のハート部分だって耐えられないわよ。


 あぁ、あぁ……。

 泣かない、泣かない。

 マジカルスティックの先っぽが飛んでったぐらいで泣かない。

 あなた、もう二十歳過ぎてんでしょ?


 え? なに?

 好きだったの?

 子供の頃から?

 そのマジカルスティックが?


 あそー。


 でも、美少女戦士はマジカルスティック持ってなくない?


 原作には無いヤツ?

 はいはいはい、アニメ版にだけ登場するんだ。

 大事にしてたんだねぇ。


 子供の頃から持ってたの?


 え? さっきドンキーで買ったばかり?

 特に思い入れは……?

 え? 無いの?

 あぁ、無いんだ。

 あそー。

 じゃあ、何で泣いてるの?


 買ったばかりなのに?

 壊れたから。

 結構高かった?

 六本木でウィスキー、ワンフィンガーは飲めるぐらい?

 それは高いねぇ。

 ドンキーでその価格だったら結構な高級品だわ。

 それなのに壊れたって?

 不良品だって?

 交換して来るって?


 ちょいちょいちょい。

 待った、まった。


 流石にそれは難しいと思うよ。

 使用方法が想定外だからね。


 いやいや。

 確かに振り回すって意味であれば、使用方法としては想定内かもしんないけど。

 振り回してる本人のパワーが想定外だから。

 想定外通り越して、人外だから。


「おいマリー、本当にコイツ殺し屋か? だいたい、コイツ薙刀なんて持ってねぇじゃねぇか。って事は特に恐れる事ぁねぇんじゃないか?」


「なっ、何をおっしゃいますか皆藤かいどう組長。本当に本当ですって。薙刀は無くとも、腕力だけでも超人クラスですよ。とても私たちの敵う相手では……」


 などと言う二人の会話が美少女戦士にどう聞こえていたのかは知らないが。

 ついさっきまで半べそをかいていた彼女は、突然、サイドチェストからのダブルバイセップスを連続で披露。

 

「ふんっ! ふんっ!」


 更に途中でキュートなサイドトライセップスを挟みつつ、最後はド迫力なモストマスキュラーでシメだ!


 今日もキレてるっ!

 デカい、デカいよっ!

 ナイスバルクッ!


 と言う渾身こんしんの掛け声も空しく。


 ――ビリッ! ビリビリッ!


「きゃっ! ちょちょっと、いやーん!」


 何が『いやーん!』だよ。

 そりゃ、そんだけ筋肉に力を入れりゃぁ、服の一つも破けちゃうでしょうよ。


 美少女戦士は破けた衣装を必死で押さえ、そのままコンテナの影へと隠れてしまった。


 元々が安物のコスプレ衣装である。

 ボディビルのポージングはあくまでも切っ掛けでしかなく。

 最終的にこう言う結末を迎えるであろう事は、誰にでも容易に想像出来ていたはずだ。


 そう考えれば、特に驚きも無いか。

 あはははは。


「「……」」


 しかし、周囲の人々からすると、かなり度肝を抜かれた様子で。

 一体何が起きたのか訳が分からず。

 ただその場で茫然と立ち尽くす皆藤かいどう組長と、そのお仲間たち。

 真瀬さなせ先生に至っては、頭をガシガシとかきむしりながら、忙しなげに辺りを歩きまわっている。


 そして、数分が経過した頃。


「いやぁ……お待たせ、お待たせぇ」


 再び衆目の前へと現れた美少女戦士。

 そんな彼女の衣装は、なぜかパツパツ具合が驚きの三割増し状態に。

 って言うか、エロエロ度合いに至っては百五十パーセント増量大バーゲンセール中だ。


 どうなってんの、それ?


 あぁ、背中の所がパックリと破けたんだ。

 それで、どうしたの?


 安全ピンで止めて来た?

 あそー。


 安全ピン持ってたんだ。

 え? ドンキーで衣装買った時に、ついでに買ってたって?

 買っといて良かったねー。

 安全ピン。

 何かと使う事多いもんねぇ。


 って言うか、最初から使ってたんだ。

 安全ピン。

 なになに?

 元々、胸の所はパツパツだったから、

 ファスナーが閉まらなくて?

 それで、安全ピンで止めていたと。

 それに……?

 胸はキツかったけど、ウェストはゆるゆるだったって?


 あははは。


「むふー」


 ほほぉ……。

 なに、そのドヤ顔?

 ねぇ、なにドヤ顔してんのよ。

 なに自慢?

 それって、なに自慢なの?


 そりゃアンタはナイスバディかもしんないけどさぁ。

 それって、ちょっと感じ悪くね?


 え? 私もナイスバディだって?

 胸だってそこそこ?

 ウェストだって?

 ヒップだって捨てたもんじゃない?


 そ、そうかなぁ……えへへへ。


 え?

 私には及ばないけどね……って?

 おいコラ。

 舐めてんのかコラ。

 喧嘩売ってんのかぁ!?


「マリー。おい、マリー!」


 痺れを切らした皆藤かいどうが、こっそりと姿を消していた真瀬さなせ先生を大声で呼びつける。


「あぁ、はいはい。ココです。ココに居ます」


 よほど居たたまれなかったのだろう。

 真瀬さなせ先生は再び頭をガシガシと頭をかきながら、皆藤かいどうの元へと戻って来た。


「おい、マリー。やっぱりアイツポンコツじゃねぇか。とりあえず軽く弾丸マメ食らわしておきゃあ、それで良いんじゃねぇか?」


「そうですね、この際ですから何発か撃ちこんでやれば……」


 完全に投げ槍な状態の真瀬さなせ先生。

 でも途中で自分の言っている事に気付いたようで。


「……って、いえいえいえ。流石に拳銃はマズいでしょう。えぇっと、あぁ……そうそう。そうです。仮に撃ったとしても絶対に当たりませんよ。何しろ彼女の反射神経は群を抜いてますからね。撃つだけ弾の無駄ですよ」


「マリーよ、さっきからお前ェの言ってる事は全然あてにならんからなぁ」


「いえいえ、本当ですって。今度こそ本当! それに素人かたぎ相手に拳銃使うなんて、ちょっと過剰反応すぎるんじゃないでしょうかねぇ……」


 何とかこの場を取り繕うとしている先生だが、一度疑い始めた皆藤かいどうは意見を変える気は無さそうで。


「どっちにせよ、撃ってみれば分かるってモンだ。おい、お前。その拳銃チャカ寄越せ」


 そんな皆藤かいどうの行動を、冷静な面持ちで見つめていた美少女戦士。


「死にさらせぇ、この小娘がぁ!」


 ―パン! パンパン! パンパンパン!


 拳銃を手にするやいなや。

 何の躊躇ためらいもなく引き金を引く皆藤かいどう

 一方美少女戦士はと言えば。

 両手を広げ、反復横跳びの要領で全ての弾丸をかわす気満々の状態だ!


 やるな、美少女戦士

 すごいぞ、美少女戦士。

 まるでマトリ〇クスのキアヌリ〇ブスのようだぞ、美少女戦士っ!

 これなら全ての鉛玉をかわす事だって全然余裕だ!


 ――キン!


いたっ!」 


 え?


 ――キン! キン! キキキン!


「あ痛っ! 痛いっ、痛たたたっ!」


 ウソ!?


 当たってるやん。

 全弾、見事に命中してるやん。

 一発もかわしてないやんっ!

 この美少女戦士、めちゃめちゃどんくさいんだけど!

 どっちかって言うと、全弾自分から止めに行ってるって言うか、当たりに行ってるって言うか。

 サッカーのゴールキーパーならMVPモノだよっ!


「だーかーらー! なーんーでーだーよー!」


 そのあまりにもグダグダな様子に、真瀬さなせ先生がついにキレた!


「聞いてた話と全然違うじゃねーかよー。お前ホント、ただのポンコツじゃねぇかよぉ!」


 ですよねぇ……。

 確かにそう言いたくなるのも分かる。

 うん、うん。

 わかる、分かるよぉ。

 なにしろ、あれだけ強いだの危険だのってあおってたのに。

 この女、なにから何まで、全然ダメ駄目なんだもの。

 逆に、へっぽこフラグ回収に来てんだもの。

 どっちかっちゅーと、受け狙いの方へ自分から寄せてる様にしか見えないんだもの。


 そんな軽く涙目となった真瀬さなせ先生の肩に皆藤かいどうがそっと手を置いた。


皆藤かいどう組長ぉ、大変申し訳ございません! 確かにコイツ、組長の言う通りマジでポンコツの出来損ないの酔っ払いのクソ女でしたっ! もう気にせず、ひと思いにっちゃって下さい!」


 おいおい、真瀬さなせ先生。

 言うに事欠いて、何を言い出す。


 そんな諦めモードの真瀬さなせ先生とはうってかわって、皆藤かいどうの瞳はなぜか真剣そのもので。


「いや、マリーよ。やっぱりコイツ、只者じゃねぇな」


「え?」


 只者じゃない?

 まぁ、確かにね。


 ヤクザひしめく廃工場に、美少女戦士のコスプレで登場し。

 泥酔して足はわ、衣装は破くわ、弾は全弾命中するわで、良い所が一つもない。

 これを只者じゃないと言わずして、一体誰を只者じゃないと言えば良いのだろうか。


「この女、鉛玉喰らったはずなのに、ピンピンしてやがるぜ。一体、どうなってやがんだコイツ。確かにマリーの言う通り、かなりヤバいヤツかもしれねぇな。とりあえず、最初の女の耳ぃ削いだら、サッサとずらかった方が良さそうだ」


 あぁ……そっち。

 そっちねぇ……。

 うんうん。

 確かに、確かにね。

 一般的に考えると、そっちの方がビックリポイントだよね。

 言われてみれば、拳銃で撃たれて『痛たたたたっ!』で済む女って、超ビックリだよねぇ。


 って言うか、そんな事より……。

 やっぱり、私の耳ぐの!?

 やっぱりぐんだ!

 マジまじマジ!

 いぃぃやぁぁぁ!


「へ? あっ……はい。そ、そうですね。あんなハイパー馬鹿は、流石の私でも手に負えませんよ。サッサと耳いで帰りましょう!」


 そう言うなり、真瀬さなせ先生は私の元へと全速力で駆け寄って来たではないか。とにかく、この場を早く終わらせたいとの想いがミエミエだ。

 そして、何処からともなく小さなナイフを取り出すと、私の頭をガッシリと抱え込んでみせたのである。


 ひぃぃ! ヤメてっ!

 お願いっ! お願いだから、耳はがないでぇぇぇぇ!


 そんな私の想いが届くはずもなく。

 妖し気に頬を赤らめた真瀬さなせ先生の顔が近づいて来る。


 ヤメロ! やめろぉ!

 この変態女ぁ!

 Sか? お前、正真正銘のドSなのかっ!


「大丈夫、ちょっとチクッとするだけだから。天井のシミでも数えてなさい」


 いやいやいや。

 天井高すぎて全然見えてないから。

 シミなんて何処にあるの? 全然わからんわっ!

 って言うか、チクッ……で終わるはず無いでしょ!

 絶対ギコギコするんでしょ!

 そんなの、絶対痛いに決まってるじゃん!

 めちゃめちゃ痛いに決まってるじゃーん!

 ひぃぃぃぃ!!


 ――チクッ


 ひっ、ひぃぃぃ!


 ひっ……。


 ひっ。


 ひぃ?

 

 あれ? チクッ……それだけ?


 いいえ、そんなはずは無い。

 絶対にこれで終わりなんて、あり得ない。

 やがて訪れるであろう激痛に備え、私は全身の筋肉を硬直させたまま身構えた。


 しかし……。

 そんな私に訪れたのは、叫び出したくなるほどの激痛……では無く。

 真瀬さなせ先生からの予想外の言葉だったのである。


「そのまま痛がってるして、耳を押さえてなさい。それから、このピアスって、貴女の大切なモノ?」


 いつの間に取り外したのだろうか。

 彼女の細い指先には私のピアスが。


 確かこのピアスは美少女戦士香丸っちと先週渋谷で飲んだ時に勢いで買った安物だ。特に失くしたからと言って、後悔する程の品じゃない。

 私は即座に首を横に振った。

 すると彼女は小さく微笑んでから、ゆっくりと振り返ったのだ。


「組長、ぎ終わりました」


 そう事も無げに言い放つ真瀬さなせ先生。

 そんな彼女の手には誰のモノとも知れぬ血濡れた片耳と、たった今私の耳から取り外した小さなピアスが握りしめられていたのだ。

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