第137話 抗争激化の糸口

 突然のカミングアウトに、先生の言葉の意味が理解できない。


「どう言う事も何も……ねぇ。そう言えばアナタって犾守いずもり君に近しい位置に居るからてっきり組の事情にも詳しいのかと思ってたけど、どうやらそうでもないみたいね」


 少し呆れた様子の真瀬さなせ先生。


「他のメンバーが来るまでまだ時間もあるし、折角だから色々と教えてあげるわ。アナタだって何も知らないでこんなゴタゴタに巻き込まれるって言うのも納得が行かないでしょうからね」


「え? 他のメンバーって?」


「あぁ、その件は一旦置いておいて。うぅぅんと、何処から話そうかな……」


 真瀬さなせ先生に聞かされた話は特に目新しい話では無く。

 自分が狭真会きょうしんかいの立花を演じていた時に、薄々感じていた内容を裏付ける物であった。


 結局の所、狭真会きょうしんかいの跡目争いが事の発端と言う事だ。


 狭真会きょうしんかいの元会長である真田老人には弟分がいた。

 皆藤かいどう組を率いる皆藤かいどう浩市組長だ。

 狭真会きょうしんかい内での立場は舎弟頭。


 舎弟頭である皆藤かいどうには、当然本家筋である狭真会きょうしんかいの人事に口出しする権限はない。

 イメージとしては本社の社長人事に、グループ会社の社長が異を唱える事が出来ないのと同じか。


 とは言え、皆藤かいどう組長は真田元会長の弟分筆頭である。

 次代の会長として立花を推す事自体に不満は無いが、せめて事前に相談の一つもあって良いのでは? との不満がくすぶっていたらしい。


 そこに来てだ。

 狭真会きょうしんかい内での二番手、三番手を差し置いて、新しい若頭カシラに就任したのが来栖くるすさんだと言う。


 残念ながら来栖くるすさんの狭真会きょうしんかい内での立ち位置は良くて五番手前後。

 最近ではを卒なくこなし、頭角を現して来たとは言えるが、まだまだ若手グループの域を脱していない。


 皆藤かいどうの大きな不満はどうやらココにもあったようだ。

 彼の野望としては、自分の息の掛かった二番手、三番手の中から、次代の若頭カシラを排出したかったのだろう。


 不満に思った皆藤かいどうはその足で真田元会長の元へと駆けこんだらしいのだが。しかし、その場で見たのは皆藤かいどうの言葉に全く耳を貸さないボケた状態の真田元会長の姿だった……。


 それはそうだろう。


 その頃には既に真田元会長はレッサーウルフの腹の中。

 いや、既に排泄されて汚水処理場で綺麗なお水になっていた頃かもしれない。

 つまり、皆藤かいどう組長が実際に会ったのは、クロちゃんがChangeした偽物の真田元会長だったのだから。


 そりゃ話が通じる訳がない。

 でもこの事は絶対に秘密。

 命を助けていただいた真瀬さなせ先生にも絶対に教えられない。


 ちなみに、真瀬さなせ先生とBobyは狭真会きょうしんかいに所属しているのだと思っていたけど、実際には皆藤かいどう組の所属で、立花が悪夢ナイトメア神々の終焉ラグナロクを立ち上げた際に、期限付きでレンタルされていたらしい。


 ようするにだ。

 犾守いずもり君や来栖くるすさんの世代交代が拙速だったが為に、起こるべくして起き抗争だと言う事だな。


「って事でね、皆藤かいどう組長だって、なにも立花さんに楯突こうって腹じゃ無いわけよ。来栖くるすさんが子飼いにしてる女の子を数人攫って痛めつけて。適当な所で手打ちにして自分の意見を立花さんに押し通す……その程度の思惑と思うんだなぁ……」


「え? だった……? ですか? 過去形?」


「そう……だったの。過去形」


 って事は、今は違うって事?


「こういった内輪もめのゴタゴタってさぁ。あって無いようなもんだけど、一応守るべきルールやしきたりってモノがあってね。例えば互いの組員は殺さないとかぁ、双方の屋台骨が揺らぐような経済的な損失は与えないとかぁ……。後はお巡りさんみたいな国家権力の介入はご法度とか」


 あぁ、なるほど。

 それで微妙に関係を持っている私たちが狙われたと言う訳か。

 ヤクザなんだから、もっと直接的にドンパチするのかと思ってたけど。

 そう言う訳じゃないのね。


 って言うか……あ!


 そう言う事か。

 小競り合いで済ませたいなら、互いの構成員に危害を加えちゃダメって事なんだよねっ!

 もし危害を加えちゃったら、小さな小競り合いで済まなくなっちゃって、本格的な抗争に発展しちゃう……そう言う事なんだよねっ!


「それでもって、今回はになった訳でしょぉ……」


「はい……。でも、でもですよ! 私、ヤクザ者に危害を加えたって言っても、無理やり『しゃぶれ!』って言われたから、思いっきりチ〇コ噛みちぎっただけで、別に殺すつもりだった訳じゃないんです! そうです、これは不可抗力って言うか、当然の正当防衛って言うか! それに、そのヤクザ屋さんは病院に行ったんですよね。まだ死んでないですよね。だから大丈夫ですよねっ!!」


 いや……無理やり『しゃぶれ!』とは言われてねぇな。

 私から口でスルって言ったんだっけ?

 ありゃ、忘れたなぁ。

 まぁいっか、そんな細けーコト、誰も覚えちゃいねぇだろ。


「あぁ、ごめんごめん。そっちはたぶん大丈夫。チ〇コ食い千切られたのはアイツが馬鹿だからだもんねぇ。その事については一切おとがめは無いと思うよ」


 おぉぉ。良かったぁ……。

 知らない男のチ〇コを噛んだが為に、穏便に済ませようと思っていたヤクザ同士の抗争が激化しちゃったりして、その結果犾守いずもり君に迷惑を掛けたとあっちゃ、私の女がすたる所だったわ。


 だどすると……コッチかぁ……。


「ボ……ボビーを……殺っちゃった……コト……ですかね? でも、Bobyは正式な構成員じゃ無いですよね。用心棒なんですよね。って事は、今回のルールに照らし合わせると、ギリセーフって事に……なりませんかね?」


 閻魔大王の目の前で最後の審判を待つ亡者の如く。

 私は泪目になりながらも真瀬さなせ先生の判決を待った。


「……」


「……っ」


「……」


「……っ!」


「……ファイナルアンサー?」


「ふぁ、ファイナルアンサー!」


「……」


「……くっ!」


「……セーフっ! おめでとー! Bobyの件はセーフでーす。御指摘の通り、Bobyは用心棒枠で皆藤かいどう組の構成員ではありませーん。まぁ、単なる助っ人外国人な訳よね。皆藤かいどう組長にしてみれば、いくらでも代わりが居るって事よ」


 長ぇよっ!

 マジめが長すぎるよっ!

 そんだけ溜めが長かったら、魔貫光〇砲だって打てちゃうよっ!


「ふえぇぇ……良かったぁ!」


 まぁ、Bobyを殺しておいて、良かったもナニもあったものでは無いのだが。


「って言うか、Boby死んでないし」


「え?」


「だぁかぁらぁ、Bobyは死んでないって。ちょっと気絶してるだけだし」


「えぇっ! マジですかっ!」


「マジマジ。アナタの魔獣ちゃんにチ〇コ噛まれて、気絶してるだけだから」


 またもやチ〇コかよっ!

 まぁ、出てたけど。

 ボロンと出てたけどもっ!

 Noirノワールちゃん的に、喰い付きやすそうな位置でぶらぶらしてたけれどもっ!


「えぇぇ! でも首元から大量の血があふれててっ!」


「あぁ……アレね。後で向こう側に行ってみれば分かるけど、アレってチ〇コ噛まれたBobyの血尿だから。恐らく気絶した前後で失禁したんでしょうね。チ〇コが長すぎて首元に血だまりならぬ血尿だまりが出来るって、ちょっと引くわよねぇ……」


 いやいや、それをさも楽しそうに話すアナタの方がドン引きですよ。


「それに、チ〇コ噛まれたぐらいで気絶するなんて、駄目な男よねぇ。そう言う意味だと、アナタがチ〇コ噛み千切ったヤクザの方がよっぽど立派だったわよねぇ」


 いやいやいや。

 立派かどうかは知らんけど。

 そんな事どうでも良いけど。


 とにかく。

 とにかくBobyが死んでなくて、マジ良かったぁぁぁぁ!


「えぇぇ……それじゃあ、ナニがどうダメなんですか? 私、他には誰も殺してませんよっ!」


 だとすると、他に何の問題が?

 何か他のルールに抵触したって事?

 なんだ、なんだ?

 ナニがマズかったんだ!?

 AV野郎どもか、問題はアイツらって事なのか?

 それとも照明さんか? 監督かっ!?

 かあぁぁぁぁっ!

 どうせ大事おおごとになっちまうんだったら、ヤツらも最後に一発ぐらい殴っとくんだったよっ!!


 これまでの流れをもう一度思い返してみても、マズそうな事象がこれっぽっちも思い浮かばない。


「実はさぁ……」


 焦る私とは対照的に、真瀬さなせ先生は落ち着いた物腰でこの場を離れ、少し離れた場所にある大きなコンテナの影へと入って行った。

 そして、ものの数秒もしない内に、どこかで見た事にあるを抱えて帰って来たのだ。


「せっ、先生……それって……」


「ホント、困っちゃうわよねぇ。ちょっと気絶させようと思って小突いただけなのにぃ……。って事で、コレ、アナタがヤッたって事にしてくんない? お願いっ!」


 手に持っていたモノを無造作に床へと放り投げ、小首を傾げて両手を合わせるお茶目な真瀬さなせ先生。


「いやいやいや、駄目ですよ。流石にそれはヤバいですって!」


「えぇぇ! だってさぁ、アナタの命を救ったのはこの私なのよぉ! このぐらいのお願い聞いてくれたってバチは当たんないと思う訳よぉ。だってコレがさぁ、皆藤かいどう組長の耳に入って御覧なさいよぉ。私にだって立場ってモノがあるのよぉ!」


 おいおいおい。

 ナニ逆ギレしてんだよ、このアマァ!


「ねっ、ねっ! 後生だからっ、ねっ! お願いっ!」 


 私の目の前で何度もなんども手をこすり合わせる彼女。


 そんな彼女の足元に転がっていたのは、既に死相の浮き出た若いヤクザに他ならなかった。

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