第134話 五本目の足

 ――ザクッ……ビリッ、ビリビリッ……


 刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフが無造作に振り下ろされる。

 その凶刃は血濡れた春物のブラウスを軽く両断するだけでは飽き足らず、私の体に赤い縦一文字の負の烙印スティグマを刻み付けて行った。


「うぐっ!!」


 押し寄せる恐怖と、信じられないほどの激痛。

 今すぐにでも大声を上げて逃げ出したい。

 そんな衝動を必死でこらえ、私は鬼の形相で男の顔を睨みつける。


 痛っ!

 だけど、下手に動いたりしなくて……ホント良かった。

 

 もし反射的に手を出していようものなら、最悪、腕の一本や二本、簡単に切り落とされていたかもしれない。


 でも……これなら大丈夫。

 痛みはツライけど、首元から胸へかけての裂傷はさほど深くは無いと思う。

 この程度の出血であれば、まだ……動ける。


 こんな修羅場で看護師としての知識と経験が生きると言うのも皮肉な話だが。とは言え、今にもパニックに陥りそうになる私をすんでの所で医療のプロであると言う矜持きょうじが支え続けてくれている。

 今更ではあるけど、この職業を選んでおいて本当に良かったと思わずにはいられない。


 それに……。

 多少の傷や乱暴される事ぐらいは覚悟の上よ。


 私は唇を噛みしめながら、薄暗い廃工場の突き当りへと目を向けた。

 壁面中央には古ぼけた大きなシャッターが。

 その横には開け放たれたアルミ製のドアが風に吹かれてゆっくりと揺れている。


 私がBobyと格闘している最中、少なくとも綾香はあの扉を抜けて、なんとか外へと逃げ出したはずだ。

 彼女の後を追いかけて、フードを目深に被った別の男が外へと走り出して行ったようにも見えたけど……今の私にはもうどうする事も出来ない。

 後は彼女の健脚に期待しつつ、時間稼ぎに徹する事としよう。

 とは言え……。


 少しぐらい私の事を気にして、振り返ってくれても良かったんじゃね?

 って言うか、ちょっと薄情すぎね!?


 とも思わないでは無いが……まぁ、良い。

 今回ばかりは許すとしよう。

 なにせ、綾香が無事に逃げ切れなければ、私の未来も無いのだ。


「Oh,Girl ナカナカ、Nice Body ヨォ。デモ、ニゲタGirl、カワイカワイ、ダッタネェ、ダケド、シカタナイネェ。ワタシ、コッチデ、ガマンスルヨォ」


 チッ!

 なにフザケタ事言ってやがんだ、このカタコト野郎がよぉ。

 ぶっちゃけ、綾香あやかよりも、私の方がよっぽど可愛いっつーのっ!


 苛立いらだまぎれにりの一つもお見舞いしてやろかと意気込んではみたものの。

 残念ながら、髪の毛をガッチリと掴み上げられた今の状態では、あまり大きな動きは取れそうもない。


 どうする?

 目つぶしでも狙う?

 うぅん、身長差がありすぎるわ。

 私のリーチじゃ、絶対に届かない。


 それじゃあ、腕や体への打撃は?

 それも無理ね。

 何しろ相手は神々の終焉ラグナロクのファイナリストよ。

 非力な私の打撃が利くとは到底思えない。


 後は……金的を狙うとか?


 さりげに、男の股間へと視線を向けてみる。


 うぅぅん……でもなぁ。

 アレって……ホントに本物ぉ?


 ……。


 いやいや。

 

 それにときたら、流石にのわけが無いわね。


 は恐らく金カップファールカップ

 そう言えば、平常時でも身に着ける格闘家は多いと聞いた事があるわ。

 以前私の勤めていた病院で、血だらけになった自称格闘家が担ぎ込まれると言う事件があったの。

 街を普通に歩いていただけで、突然何者かに襲われたって事らしいんだけど。

 被害者は体格も良くって、かなり強そうな男性で。そんな彼を一体誰が襲ったのかと不思議に思ったものよ。

 しかし、彼が意識を取り戻した後で話を聞いてみると、ある程度のガタイをしていれば誰からも襲われないのかと言うと、実は微妙らしくて。

 意外にも街の腕自慢たちからいわれの無いストリートファイトを仕掛けられる事が少なくないらしいわ。

 強い人には強い人なりの事情と言うものがあるんだろうけど。

 となれば、どれだけ体格が良かろうが、腕っぷしが強かろうが関係ない。

 いついかなる時にも対処できるよう、金カップある程度の用心は必須であると言う事なのよね。

 って言うか、そんな事より。


「ちょっとぉ! いい加減っ……髪の毛から、手を……離しなさいっ……よっ! このクソ野郎っ!」


 有効な反撃方法がそう簡単に思いつくはずもなく。

 ただその場しのぎにジタバタと小さな抵抗を繰り返す事しか出来ない。

 結局のところ私は男のなすがまま。

 僅かに残った衣服は男の持つサバイバルナイフによって切り裂かれ、まるでゲームか何かのように次々と剥ぎ取られて行くだけ。


 あぁぁん、もうっ!

 ここまで来たら、抵抗しても無駄そうね。

 切り刻まれて痛い想いをするぐらいだったら、このまま大人しく輪姦まわされてた方がナンボかマシ……かなぁ?


 ひぃ、ふぅ、みぃ……。


 AV男優二人にBoby。

 後はヤクザの若いのと……あぁ、綾香あやかを捕まえに行ったフードの男も居たわね。

 五人抜きかぁ……ヤバいな。流石にコレは経験無いわ。


 飢えた野獣と化した五人の男たち。

 そんな男たちに輪姦まわされるあられもない自分の姿を想像し、思わず背筋に冷たいモノが走る。


 ――ブルブルブルッ!


 無理、ムリ、むり。

 やっぱ無理。

 こうなったら、ひと暴れしちゃう?

 いやぁ……でもなぁ、痛いのは嫌だしぃ。

 あぁ、でも流石に五人だとソッチも結構痛そうだよねぇ。


 あぁぁぁ、どうしよ、どうしよっ!

 どうしたら良い、どうしたら良いっ!!


 前門ぜんもんトラ後門こうもんの狼ならぬ、前門ぜんもんのサバイバルナイフ、後門こうもんの……あぁぁ、肛門こうもんは駄目。絶対にダメ。

 それじゃあスカトロになっちゃうじゃん!

 私、スカトロ耐性低いから。

 全然、そっち系は駄目だから。

 そこの所は最初にちゃんと説明しとかないとだわね。

 ……って、何考えてんだろ私。


 ――バァン!


 ちょうどその時。

 シャッター横のアルミ扉が再び勢いよく開け放たれた。


「離してっ! 離してよぉ!」


 追い打ちをかけるように、少女の金切り声が工場内に響き渡る。


 えっ!? この声は……綾香ちゃんっ!?


 再び連れ戻された彼女は早くも後ろ手に縛り上げられ、フードを被った男の小脇に抱えられたままの格好で工場の中へと入って来たのだ。


 うぅわ、マジかっ!

 もう捕まっちゃったの!

 何してんだよ、ホントにもぉ!


 しかし、考えてみればだ。

 さすがは現役女子高生と感嘆する程の走りを見せたあの綾香あやかである。

 そんな彼女を後から追い掛けて捕まえたと言うのだから、彼女を責めるより、あのフードを被った男の脚力を褒めるべきなのかもしれない。


 くっそ! 万事休す……か。


「Oh! cute baby! モドッテキタネェ。ソレジャBoby、cute baby、イタダクトスルヨォ!」


「おいっ! ちょちょっ、待てっ、コラ!」


 私の制止など全くお構いなし。

 Bobyは私の事をアッサリ放り出すと、そのまま何事も無かったかのように綾香あやかの元へ行こうとする。

 フードを被った男もその様子を見て、小脇に抱えていた綾香あやかを軽々とBobyの足元へ投げて寄越した。


「ぎゃん!」


 小さな悲鳴を上げ、コンクリートの床へと投げ出される 綾香あやか


「オイッ、何すんだよこのフード野郎っ! おいっボビー! お前の相手は私だろうがっ!」


「HAHAHAHA、ザンエンデスネェ、nice body girl. cute babyハ、Bobyノモノデース。ソノカワリ、Nice body girlハ、ニ、サシアゲマース!」


 振り返りもせず、片手を挙げて立ち去ろうとするBoby。


 んなろぉ!

 不用心にもほどがある。

 この私に無防備な背中を晒した事、ガッツリ後悔させちゃるわっ!


 Bobyと私の距離はおよそ五メートル。

 ヤツの背中に渾身のドロップキックをお見舞いするには、絶好の距離感だ。


「うらぁ!」


 掛け声一発!

 Bobyの背中に向かって全速力で駆け出そうとしたその瞬間。

 私の両腕が何者かによってガッシリと押さえ付けられたのだ。


「うがっ!?」


「おぉっとぉ! 嬢ちゃんの相手はこのだぜぇ!」


 え? 誰っ!


 左右を見れば、私の両腕を押えるのはAV男優の二人連れ。

 しかも、その背後には例の若手ヤクザが控えていて。


「しっかし、やってくれたなぁ、お嬢ちゃんよぉ。ウチの兄貴は大層ご立腹でなぁ。今はおェに食い千切られたチ〇コ片手に、速攻病院行きよぉ!」


 でしょうね。


 そう言えば、例の監督をはじめとしたスタッフ連中が見当たらない。

 恐らく、兄貴分とやらを病院へと連れて行ったのだろう。


「嬢ちゃんよぉ! 楽に往けると思ったら大間違いだぞぉ。散々なぶりになぶり尽くした挙句、生きたまんま東京湾に沈めてやるからよぉ! 覚悟しとけや、ゴラァ!!」


 あぁぁぁ……ヤバい。

 詰んだ。

 完全に、詰んだわ。


 どうする?

 使っちゃう?

 

 ここで? 使っちゃう?


 いや、まだ早い。

 早いよ。


 使うのであれば、もう少し様子を見てから。

 残念だけど、切り札は不可。

 本当に最後のさいご。

 ここぞと言う時にしか使っちゃダメなんだから。


「いやぁー! ヤメテッ! ヤメテーッ!!」


 目の前では綾香あやかがBobyの巨体に組みしだかれ、身動きできない状態で泣き叫んでいる。


「Hey baby ナカナイデェ、ダイジョブ、ダイジョブヨォ。Bobyノイチモツ、ナミダヨォ、キット、マンゾクヨォ!」


 くっ!

 ごめんね。綾香あやか

 申し訳ないけど、お願いだからココは我慢して。

 ヤラれるだけだから。

 ヤラれるだけなら、死にはしないんだからっ。


 綾香あやかは自分が守ると大見得を切ったくせに、結局は助けるどころか、身代わりになることさえ出来ていない。

 そんな不甲斐ない自分に出来る事と言えば、とにかく固く両目をつぶって、現実から目をそらす事だけ。


「いやぁー! いやぁー!!」


 当然ながら、いくら目を閉じようとも、綾香あやかの悲鳴は消せやしない。


 ごめん、綾香あやか

 ごめん、ごめん、ホント、ゴメンなさいっ!


 何度もなんども、心の中で繰り返し続ける謝罪の言葉。

 ヤラれるだけ……なんて事が言えるのは私を含め、ほんの一握りの人だけ。

 分かってる、そんな事ぐらいは分かってる。

 だって世の中にはレイプされた事を苦に、自らの命を絶つ人だっているんだから。


 私は……その人の気持ちをちゃんと理解しているんだろうか?


 薄情な母に育てられ。

 義父には手籠めにされて、借金のカタに風俗へと沈められた。

 そんな私の感覚がズレていると言われれば、それまでの事なのかもしれない。


 でもね、でもね。

 生きてさえいれば。

 どれだけ泥水をすすろうと。

 他人から後ろ指さされようと。

 生きて、生きて、生きて。

 生きてさえいれば、必ず、報われる時が来るって……。

 私……武史たけしに教えてもらったんだ。


「きゃぁぁぁぁ!!」


 ひと際大きな叫び声。

 

 あ、綾香あやかちゃんっ!


 その大きな悲鳴に促され、思わず固く閉じていたはずの両目を開くと。

 そこには下着姿となったあられもない綾香あやかの姿が。

 そして、そんな彼女の目の前にそそり立つのは……。


「あっ……あぁ、あぁ……」


 あ、あれ……金カップじゃ……無かったの!?

 ウマ……ウマなみ、って言うか、モロ、ウマじゃん。


 いぃぃや、いやいや。

 いやいやいやいや。

 いぃぃや、いやいや。いやいやいやいや。


 違う違う。

 そうじゃないよ。

 って言うか、ナニあれ?

 あんなトコって、そんなコトになる……の?

 そうなの? そう言うものなの?


「Hey Hey Hey!! Bobyノ、スゴイ、デショォォ!」


 いやいや。

 凄いとか、すごくないとかの問題じゃなくって。

 それは人類か? ウマか? って言う問題なのよね。


 でも、どっからどう見ても、アレは人が所持して良いシロモノではないわ。


 えぇ、そうね。

 と言うことは、あれは……ウマよ。

 そうね、そうね。

 うん、ウマ、ウマ。

 少なくとも、アノ部分はね。

 えぇ、間違いないわ。

 私、小学校の頃の遠足で見た事あるもの。

 アレよアレ。まさにアレ。

 完全にウマのソレよ。


 ちなみに、地球上の動物で一番おっきいのはシロナガスクジラだって聞いた事があるんだけど。なんと、その長さは二メートルから三メートルもあるんだって。

 その他にも一般的なクジラやシャチなんかも超巨大。


 あとは地上で行くと……やっぱり、馬よね。

 『ウマ並み』って言葉もあるぐらいだし、ウマは大きいわよ。

 なんてったって、五十センチから、六十センチぐらいあるらしいから。


 でもちょっと待って。

 良く考えてみて。


 クジラも馬も人間と比較すると、かなり体が大きいわよね。

 って事は、当然チ〇コも大きくったってあたりまえ。

 となると、人間ぐらいの縮尺で換算してみる必要がありそうね。


 たとえば、シロナガスクジラは全長が二十メートルから三十メートル。

 そんなクジラさんのチ〇コの長さはおよそ二メートルから三メートル。

 と言う事はよ。

 身長のおよそ十分の一ぐらいが、チ〇コの長さって事になる訳よね。

 人の身長をおよそ百七十センチメートルと仮定すると、チ〇コの長さはおよそ十七センチメートル。


 うぅぅん。

 十七センチメートルかぁ……。

 ……結構ヤルわね。


 私としては、ちょっとどうなの? って言うレベルだけど。

 一部の国や地域だったらありえなくもない数字じゃないかしら。

 日本人の平均は十二センチ前後だけど、アフリカや中南米の平均は十七センチ前後って聞いた事もあるし。

 うんうん。まぁ妥当、妥当。


 となると、ウマはどうなのかしら?

 ウマの全長はおよそ二メートル五十センチから三メートル。

 そんなお馬さんのチ〇コの長さはおよそ五十センチメートル。

 ごっ! ごじゅうぅっ!?

 自分で言っておいて、あらためてビックリしたわ。

 結構ヤルわよね。おウマさん。

 つまり、自分の身長のおよそ五分の一が、チ〇コの長さって事になる訳よね。

 人の身長をおよそ百七十センチメートルと仮定すると、チ〇コの長さはおよそ三十五センチメートル。

 こっ……これは、デカい。

 さすがお馬さん。期待を裏切らないわ。


 ところで、もっと凄いデータもあるわよ。

 驚かないで聞いてね。

 バクって……知ってる?

 そう、あの夢を食べちゃうって言う、バク。

 とは言っても、空想上の生き物の方じゃなくって、実物の方ね。

 バクの全長はおよそ二メートル。

 にもかかわらず、そのチ〇コの長さは一メートルもあると言われているの。

 一メートルよ、一メートル。

 つまり彼のチ〇コは、自分の身長のおよそ半分もあるって事なのよ。

 ちょっと驚きじゃない?

 これもまた人間の大きさで比較してみるわよ。

 人の身長をおよそ百七十センチメートルと仮定すると、バクのチ〇コの長さはなんと、驚異の八十五センチメートル!


 ほほっ。

 おほほほほっ。

 おーっ、ほっほっほっほっほ!


 ちょっとソコのあなた。

 八十五センチメートルのチ〇コって、どうよ、どうなのよ?

 もう、ここまで来たら、足よ足。五本目の足。

 なんだったら、もう尻尾と区別がつかないんじゃないかしらっ!!

 なんてことっ! なんて事なんでしょう!!


 おーっ、ほっほっほっほっほ!

 おほほほほっ。

 ほほっ……。

 ……。


 ふぅ……。


 って、ちがーうっ!

 こんな、現実逃避してる場合じゃなかったわっ!

 とにかく綾香あやかが。

 綾香あやかが大大、大ピンチなんだからっ!!

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