第133話 暗闇のラリアット
「
「……」
視線は正面に固定したまま。
背後に居るはずの
……チッ!
何気に周囲を見渡す振りをしながら、彼女の様子を横目で確認してみれば。
ベッドの上にへたり込み、魔界の異形にでも出会ったかのような目つきで呆然と私の事を見つめる
さすがに目の前で男のチ〇コ食い千切ってるの見せられちゃあ、足が竦むのも無理ないか。
私は周囲を取り囲む男達を牽制しつつ、後ろ手で
こうなったら引きずってでも出口に向かうよっ。
恐怖に震える
この娘だけは。
この娘だけは私が守らないと。
私は上半身血まみれのまま、居並ぶ男たちを鋭い視線で威圧し続ける。
来るなよぉ……。
出て来んじゃねぇぞぉ……。
フリじゃねぇからなぁ……。
マジで頼むぞぉ……。
何度も言うが、いくら獣人の力を手に入れたとは言え、腕力では十人並みでしかない私だ。
ここに居る数人の成人男性に襲われれば、ひとたまりも無いだろう。
私は最大限の虚勢を張りながら、出口へと向かってゆっくりと歩き出した。
幸いな事に、AV関連の男たち……監督や男優たちは体格は良いが荒事に関してはド素人なのだろう。
一言も発する事なく、私のために道を開けてくれている。
残るは若いヤクザが一人と、出口付近に陣取る数人の人影。
若いヤクザも修羅場での経験が少ないのだろうか。結果的にAV関連の男たちと同じように遠巻きで私のことを睨み続けているだけだ。
いや、そうでも無いか。
少しづつではあるけど、私たちの背後に回り込もうとしている様にも見える。
私たちが出口へと向かえば、出口付近にたむろするメンバーと挟み撃ちができるとでも考えているのだろうか。
だけど、こんな小娘二人に、そこまで警戒するかな?
私は当面の強敵である若いヤクザの動きを警戒しながら、背後に隠れる
「
一瞬、強く握り返される少女の手。
しかし、その力は中途半端なものでしかなく。
「だっ、大丈夫……だと思う」
うぅぅん……こりゃ、ダメだな。
このまま駆け出したとして、ほんの数メートルも進まないうちに派手にコケて膝小僧をすりむく
ここは彼女を奮い立たせるだけの『ナニか』が必要な場面と言えるだろう。
この恐怖に打ち勝つ程の『ナニか』って言ったら……。
「
「ひゃっ、ひゃいっ!」
「突然で悪いんだけど、賭けの話……しよっか」
「……賭け、ですか?」
その言葉と同時に、彼女の手の震えがピタリと止んだ。
「そう、賭けだよ掛け、ギャンブル。この場は私が抑えるからさ、
「ほう。それは連絡さえ取れればそれで良いと言う事ですか?」
くっ……微妙なトコ突いて来んな、この娘。
「いや、連絡と言うか、すぐココに助けに来てくれって、伝えてほしい」
「なるほど。となると、賭けの勝利条件は、
「そ、そうなるね」
「で、問題の掛け金ですが?」
「掛け金? そ、そうだなぁ。掛け金は
「え? ヒャク!?」
急に
その目には完全に疑いの色が浮かんでいて。
「いっ、いいや。ひっ百円じゃあちょっと少なすぎるだろうから、せっ千円ぐらいで……どうだろう?」
「そうですね。千円ですか? うぅぅむ。この状況からの脱出となると、私にも結構なリスクがありますからねぇ。せめて二千円はいただかないと」
「に、二千円っ! 二千円、二千円。ふうぅぅん、そう……二千円ねぇ。しょうがないなぁ。そんじゃ、二千円で勝負しよっかなぁ」
あっぶねぇ。
思わず百万円とか言いそうになっちゃったわ。
本当だと百万円でも安いぐらいなモンだけど、この手の現実主義者は百万円なんて大金を掛け金にしたところで、結果的に現実味がなくなっちゃって余計に信用なくすんだよなぁ。
って言うか、自分の命と二千円が釣り合うって所が、この娘のスゲェ所ではあるけれど。
「ところで、経費はどうします?」
「けっ、経費ぃ?」
「えぇ、経費です。仮に私が二千円儲かっても、経費がそれ以上掛かっちゃった場合は最終的に赤字になっちゃいますので。普通、経費は掛けの同元が負担するんですけど、そう言う事でよろしいですか?」
「あぁ、もちろん、出す、出すよ。全額負担させてもらう」
いや、マジでガメツイな、この娘。
私も貧乏生活して大概だったけど、完全にその上を行くわ。
「あとは……」
え? まだあるの?
「
「でっどおああらいぶぅ?」
「はい、仮に私が
「いやいやいや、私が死んでたら掛けは成立しないでしょ。だいたい、死んでる私からどうやって二千円ふんだくろうって言うのよ」
「お香典で」
即答かよ。
「いやいやいや、ダメダメダメ。あらいぶ、アライブ。私が生きてる事が賭けの絶対条件だから、私が死んじゃったら、
「そうですかぁ。
え? なにそれ、なにそれ?
なんでそんなガッカリ感出してんの?
私が生きてる事って、そんなに深刻な問題なの?
ねぇ、ソコんとこ、できれば今日にでも新橋の居酒屋で朝まで議論したいトコなんだけど、ねぇマジで。ねぇ、ねぇ!
「となると、掛け金をもう少し上積みしていただかないとぉ」
「なっ、なるほどね。難易度が上がるって事ね。いいわよ、
「そうですか。それでは、二千五百円って事で」
「……」
安っす!
私の
差し引き五百円じゃん。
私の命の値段、結局五百円って事じゃん!
「え? ダメですか? それじゃ、二千四百円って事でどうでしょう?」
止めてやめて!
もう、やめてっ!
これ以上、私の命の値段を削るのは止めてあげてっ!
ねぇ、私何か悪いことした? ねぇ、何か悪いことしたんだったら謝るからさぁ!
だからもう、これで勘弁してっ!
「いっ、いや。やっぱり二千五百円で……お願いします」
「それじゃあ、交渉成立って事で」
先ほどまでの震えはどこへやら。
凛とした
いろいろと腑に落ちない事は沢山あるけど、まずは良い方向に転がったものと判断しよう。
いや、するしかないな。
「それじゃ、
「はい、いつでもダッシュ出来ます」
やっぱり即答かよ。
マジなのかよこの娘。
さっきのビビりはドコ行った?
私はもう一度だけ男たちの立ち位置を確認した後で、
「……行ってっ!」
私の掛け声とともに、
頭でっかちの娘かと
やっぱり
そんな私たちの動きに合わせて、若いヤクザも行動を開始。
私に向かって来るなら来いっ!
相手になってやる。
ガチの殴り合いでは勝てる気がしないけど、足止めぐらいなら何とか出来ると思う。
私は腰を落とし、レスリングのタックルを仕掛けるような態勢で身構えて見せる。
しかしここで、若いヤクザは予想外の行動を見せた。
なんと、自分の兄貴分である、年寄ヤクザの元へと駆け寄って行ったのだ。
マジか。らっきー。
てっきり私の方へ飛び掛かって来るものとばかり思ってたけど。
案外、私の『チ〇コ噛み切り攻撃』が、彼に精神的なダメージを与えていたのかもしれないわね。
たかが数秒、されど数秒。
若いヤクザが再び私たちを追いかけ始めたとしたとして、この時間的ロスを巻き返す事は難しいだろう。
先行した
私がこのまま振り返って全力疾走に切り替えたとして、出口付近でようやく
つまり、今の段階で
よし、勝った!
私も遅ればせながら、ヤクザ者の男たちに背を向け、先行する
走る、走るっ。
とにかく前へと向かってひた走るっ!
廃工場のようなこの建物はかなり広い。
っていうか、出口までがめっちゃ遠いっ。
なんだったら出口のシャッターまで、軽く五十メートル以上はあるだろう。
「はぁ、はぁ、はぁっ!」
前を行く
ただ、さすがは現役の女子高生。
今のところスピードが落ちる気配はない。
私だって二十台半ば。
体育の授業はすでに記憶の彼方に追いやられてはいるけれど。
獣人化の筋力強化も相まって、
あえて、あえて苦言を呈するとすれば、走り辛いからと言う理由で脱ぎ捨てたパンプスの事ぐらいか。
ちっくしょぉ!
あのパンプス高かったんだぞぉ!
出口まで、あと四十メートル。
あと三十メートル。
あと二十メートル。
薄暗い廃工場の突き当り。
身長の二倍をゆうに超えるであろう、大きなシャッターが目の前へと立ちふさがる。
どうやって開ける?
連れて来られた時にはシャッターの下をくぐったような感じがしてたけど……。
いや、大体こういったシャッターの横には人が出入りするための普通のドアがあるはずだ。
しかも、これだけ古い工場であれば、付いてる鍵だってタカが知れている。
おそらく簡易的なサムターン錠で間違いないだろう。
であれば、内側からなら簡単に開けることができるはず。
大丈夫、何とかなる。
私は念のため軽く後ろを振り返った。
追っ手は……無い。
はるか遠く。
明るい照明の下ではヤクザ者二人と一緒に、AV撮影チームが右往左往している様子が伺える。
ウェェェイ! 楽勝ぅ!
そう確信した私は、手前を走る
――グヮキッ!
突然、顔面に走る激痛!
「うぶっ!!」
え? ナニにぶつかったの!?
ココ、何にも無かったはずですけどぉ!
ブチ当たったのは残念ながら顔面だけ。
となれば当然体は前へ進もうとして、私の両足は前方へと大きく投げ出される格好に。
――ゴガキッ!
もんどりうった私は、派手にコンクリートの床へと後頭部を強打。
「痛ったぁぁぁい!」
顔面と後頭部。
ダブルパンチでもたらされたあまりの激痛に、とにかく地べたをゴロゴロとのたうちまわる事しか出来やしない。
痛い、痛い、痛い、いたいぃぃぃ!
「
何だ、英語かっ!?
どこのどいつだお前っ!
痛む頭を抱えながら、正面を見据えてみれば。
そこには二メートル近い巨漢が片腕を水平に伸ばした格好で立ちふさがっているではないか。
この薄暗い廃工場の中でサングラスに黒のタンクトップって……。
保護色かお前はっ! 見える訳ねぇだろっ!
そんなもん、誰でもブチ当たるわっ!
って言うか、それってラリアットだろっ!
その丸太みたいな太ぇ腕、ブンブン振り回すんじゃねぇよっ!
心中で渾身のツッコミを返してみるも、もちろんそんな事を口に出すほどの余裕などなく。
あぁぁ! コイツ、見た事あるぞぉ。
確か名前は
遠目にレスラーみたいなヤツが居るとは思ってたけど、コイツだったかぁ!
瞬間、片膝を付いて身構えてはみたものの、軽く
くぅ! ヤベェ、マジヤベェ!
こんなん、絶対に敵わないじゃんっ!
「ダメダヨォ、ニゲチャ オジキニ、オコラレチャウヨォ」
ニヤニヤとしただらしない笑顔を浮かべるBoby。
彼は私の髪の毛を無造作に鷲掴むと、軽々と持ち上げて見せる。
痛たたたっ、痛いっ!
髪の毛はダメっ! 駄目だってっ!
掴まれた手を振りほどこうと何度も暴れてはみたけど、Bobyは全く気にする素振りもなく。そればかりか、どこからともなく手のひらサイズのミリタリーナイフを取り出すと、やおら私の首元へと押し当てて来た。
「オジョサン、アンマリウゴク、アブナイネェ。アーンド、ソノフク、ヨゴレテルヨォ。ダカラ、ヌガシテアゲルネェ。ヤサシィネ、Boby、ヤサシイネェ」
そう言うなり、Bobyは左手に持つミリタリーナイフを一気に引き下ろしたのだ。
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