第128話 歴代皇帝の気持ち

「「おぉぉぉぉ!!」」


 ――パチパチパチ!


 一瞬のどよめきとともに、会場全体が割れんばかりの拍手に包まれて行く。


 注目されるって分かっちゃいたけど。

 いざその場になってみたら、尻ごみするって言うか、気後れするって言うか……。


 僕は鬱々うつうつとした想いを胸に、ステージへと向かって歩き出したのさ。


 僕に向けられる様々な視線。


 ねたみ、そねみ、あざけりに、嫌悪けんお……。


 居並ぶ大人たちの邪悪に満ちた陰湿な視線が、僕の心をさも当然の事であるかのように傷つけ、そしてむしばんで行く。


 くっそ……。

 反吐へどが出そうだ。


 ……それから後の出来事は一切覚えちゃいない。


 いや、正確に言えば、いない……と言った方が正解かな?


 何しろ会場を出た後すぐに、バックアップしてあったCOREを使ってしてしまったのだから……。


 そして僕はいま……見覚えのある応接室の中央に腰掛けていて……。


「おぉ、戻って来たか? 三代目ぇ。俺ぁ別にCOREを書き戻す程の事でも無かったと思うんだけどなぁ……」


 聞き慣れたその声。

 僕の左手にあるソファーから笑顔で語りかけて来たのは、新たに若頭へと昇格した来栖くるすさんだ。


「その三代目って言うのはヤメてもらえませんか? なんだか慣れなくって……」


「そうは言ってもなぁ。流石に会長オヤジって呼ぶにはチト早そうだしよぉ」


 確かに……。

 いくら来栖くるすさんが二十代に見えるとは言え、三十過ぎのオッサンから会長オヤジ呼ばわりされるのは流石に御免こうむりたい。


「いつもみたいに呼び捨てで構いませんよ。犾守いずもりか、武史たけしで」


「いやいや、そうも行かねぇよ。既に狭真会きょうしんかい三代目襲名のお披露目も済ませた後だしよぉ、第一そんな事じゃ他の組員に示しがつかねぇからな」


「はぁ……そう言うモノですか」


 僕は渋々承諾しつつも、他に誰か助け船を出してくれる人がいないものかと周囲を見渡してみる。


 部屋の中央に置かれた豪華なソファーセット。

 そこには、僕を含めて七人のメンバーが座っていた。


 僕から見て左手にある一人掛け用のソファー二席に座るのは、来栖くるす新若頭と、さん。

 右手にある三人掛けの長椅子には、北条君に車崎さん、それに香丸こうまる先輩が並んで座っている。


 って言うか……香丸こうまる先輩。

 そんな高らかに足を組んでたら網タイツの間からパンツが透けて見えちゃいますよ。

 え? あぁ……パンツの事なんて気にしてないと……。

 はい、そうですか。そうですよね。

 なんだか楽しそうですね。

 完全に出来上がってるって顔してますよ。

 その様子だど、もうだいぶ飲んでますね。

 そうですか、さっきの立食パーティの時ですね。

 そうでした、そうでした。

 ウェイティングバーに陣取って、バーテンさんにくだまいてる女性の後ろ姿は覚えていますよ。

 あれって先輩だったんですね。薄々気付いてはいましたが。


 向こう正面にある一人掛け用のソファーに座るのは如月きさらぎさんだ。 

 今日は何か重要な話があるって事で、来栖くるすさんが呼んでたんだっけ。


 後は……クロの姿が見えないけど。

 あぁ、如月きさらぎさんの膝の上に乗ってる黒い毛玉がクロだね。

 疲れてるのかな?

 眠っているようだけど。

 最近、北条くんと何か相談しながら色々と単独行動が多かったようだし。

 仕方が無い、寝かせておきましょうか。

 どうせ起きてても碌な事は言わないだろうからね。


 さて、いまこの場に居るのが、主要メンバーと言った所かな。

 本当は狭真会きょうしんかい繋がりと言う意味だと真塚まづかさん達も呼べば良いんだろうけど。彼らには僕やクロの秘密は教えてないし、将来的な危険性を考えたら教えるつもりも無いわけで。

 世の中には知らない方が幸せなコトもある……って事だよね。


 後は……そうだなぁ。

 クロと僕の秘密を知ってるって言う枠で考えると、真瀬美里さなせみさと先生が居るよなぁ。

 でも流石に聖職者として、反社の会合に出る訳には行かないって事で、今日の出席は見送ったそうだけど。

 でもそんな事言ってる割には、結構な頻度で神々の終焉ラグナロクに出場してんだよなぁ。今回もブラッディマリーとして出席すれば良かったのに……って思うけど。そこはそれ、彼女なりの線引きってモンがあるのかもしれんわな。


 ブラッディマリーかぁ……。

 最近じゃあ神々の終焉ラグナロクでも何度か戦って結構良い所まで行くこともあるんだけど、やっぱり人間の体のままじゃあ彼女には到底及ばない。

 無尽蔵の体力魔力に鉄壁の防御。

 修練を積んだ格闘技術に、生まれながらのセンスが加わって、実質無敵状態と言って良い。 

 僕がブラックハウンドになっても勝てるかどうか……そんな感じのレベルだ。


 今度採石場の方にでも来てもらって、一回ガチでバトってみても良いかな? なんて思う事もあるけど……いや、でもヤメておくか。

 もし本気で来られたら、ガチで殺されるかもしれないしな。

 もっと誰か、本気で彼女を止められる人が現れてから考えても遅くは無さそうだ。


「本当にアレって必要だったんですかね?」


 結局の所、誰も助けてくれそうにない事を理解した僕は、無駄だとは承知しつつも同じ質問を繰り返してしまう。


「もちろんさ」


 来栖くるすさんはいつも即答だ。

 この人には迷いもブレも見受けられない。

 深慮遠謀、即断即決……と言うよりは、最近では純粋に単細胞なんじゃないか? と疑いたくなる。


「必要に決まってんだろう? まず第一に、犾守いずもり……いやさ、三代目よぉ。お前さんはもう俺達の兄貴分なんだからな。そんな前さんが、会の若衆に軽く見られんのは癪に障るんだよ。と言う事で三代目にゃあ悪いが、会のトップに立ってもらう事にしたって訳さ。現時点では実質会のトップは会長代行の立花さんだが、三代目は将来の会長オヤジ候補な訳だからな。若衆のヤツラも当然一目置くだろうし、他の組連中に対してだって睨みが利くってもんだ」


 そう、得意げに話す来栖くるすさん。

 向かいの席に座る北条君も、半ば笑いを堪えながらも頷いているようだ。


「そんで第二に、立花さんはもうこの世には居ねぇ。真衣まい若頭カシラの身代わりさせんのも限度があるって事さ。

 だいたい、組の若頭として色々と動きまわらせるのは、流石に真衣まいには酷ってもんだからな。となれば、立花さんには会長代行として第一線を引いてもらって、今後の狭真会きょうしんかいの運営は俺が直接手を下した方が早ぇし、丸く収まるってもんよ」


 この話は確かに納得できる。

 実際、立花さんの格好をした真衣まいが、器用にもソファーの上で女の子座りを披露しながら、大きく頷いてみせている。


 思えば、例のゴルフ場での一件で、立花さんは既に他界している。

 今ごろはレッサーウルフたちの腹の中だ。

 ……いや、もう消化されて、糞になって、下水に流されてから久しい。


 しかし、狭真会きょうしんかいの顔とも言うべき若頭カシラが死んだなんて、おいそれと発表できる訳が無い。

 仕方がなく僕たちは真衣まいにその役目を任せる事にしたんだ。


 最初はかなり抵抗していた彼女だったけど。

 何処へ行くあてもなく、借金まみれ……と言っても、実質彼女の借金では無かったのだけれど……の彼女にとって、断ると言う選択肢は無かったのだろう。


 それ以降、自分が済んでいたアパートを引き払い、立花さんや自分の母親が住んでいたマンションも全て処分して、今では狭真会きょうしんかいが所有するこのビルの一室に居候しているらしい。


「でもさぁ真衣まいちゃんさぁ。いつまでそのむさ苦しい男の格好してんの? いい加減、元の姿に戻れば良いのにぃ」


 香丸こうまる先輩が立花さんの格好をした真衣まいを指さしながら、酔っ払い特有の軽いノリで指摘し始めた。


 この天然娘めぇ。


 気付けば二人は年齢が近い事もあってか、かなり仲が良いらしい。

 いや、年齢が近いからじゃないな。

 単に二人とも、大酒飲みなだけのような気もする。

 実際、この前も二人で朝まで渋谷の街を練り歩いていたらしいからな。

 大虎酔っぱらいの二人が練り歩く渋谷って、一体どこのジャングルだよっ! と、僕は声を大にして言いたい。


「あぁ、えぇっと。実はそう簡単にも行かなくってさぁ。クロちゃんに聞いた話だと、私の魔力量はどうも普通らしくってね。しかも獣人の人たちみたいに溜め込む事も出来ないらしくてさぁ。一回変身するとガチで体にガタが来るわけよ」


「へぇぇ。どんな風になんの?」


「えぇっと、アレアレ。生理の一番重い時ぃ? あんな感じが三日ぐらい続く訳なのよぉ」


 あぁ、魔力酔いってヤツか。

 僕もブラックハウンドを出した時になった事がある。

 僕の場合は頭痛と吐き気だったが、女性の場合は少し症状が違うのかもしれないな。


「うわぁ、それは大変だねぇ」


「そんでもって、その間はもちろん魔力もなんも使えないし、ただただ、どんよりしちゃうしさぁ。それに、ココって狭真会きょうしんかいのビルの中でしょ? いつ誰が入って来るかわかんないじゃん。そうなると、必然的に変身しない法がラクだなぁ……って思っちゃう訳よ」


「なるほどねぇ。それなら仕方が無いか。よし、真衣まいちゃん、仕方が無いから飲むかっ!」


「だよねっ、香丸こうまるっちがそう言うなら、飲むしか無いよねっ!」


「「うぇい、ウェイ、ウェェェイ!」」


 ――プシュ、プシュゥゥッ! ガコガコッ!


 一体どこから持ち込んだのか?

 ストロングレモンのロング缶を勢いよく開けて、突然乾杯を始める二人。


 なんだよそのノリ。

 どこのパリピなんだよって話だよ。


「ぷはぁ! キマるわぁ!」


「だよねぇ! ウェイ、ウェェェイ!」


 もう良いよ。

 この二人は放っておこう。

 元々意見を聞く気も無かったし。


 突然酒盛りを始めた二人を後目に、僕と来栖くるすさん、北条君に車崎くるまざきさんがテーブルの上で互いの顔を寄せ合った。


「とりあえず立花さんの事については当面真衣まいに影武者を頼む形で問題はねぇだろう。元々会長なんざゴルフして女の家に入り浸る事ぐらいしかヤル事ぁねぇからな。それに真衣まいだったら余計な金使わねぇんだから、よっぽど真田さんの頃より会の運営は楽って話だ」


 そんな来栖くるすさんからの説明に、北条君が眉間に皺を寄せながら割り込んで来た。


「でも来栖くるすよぉ、本当に大丈夫だったのかぁ? 組織の上だってバカじゃねぇんだ。それに舎弟頭の皆藤かいどうの件だってあるしよぉ」


「コノヤロウ、なに人の事を呼び捨てにしてやがんだよっ! これからはちゃんと若頭カシラと呼べや、このガキがぁ!」


「んだとぉ、このとっつあん坊やぁ! 一回赤いランドセル背負しょわせて、小学校連れてくぞこの野郎っ!」


「「ぐぬぬぬぬっ!!」」


 徐々にヒートアップする二人の間を、車崎くるまざきさんが慣れた感じで仲介する。


「はいはい、二人とも小学校じゃなくて、幼稚園からやり直してくださいね。そんな事より北条さんの言う通り、問題は上位組織との交渉と、舎弟頭の件でしたよね。まずは上位組織側との交渉は上手く行ったのですか?」


「あぁ、上位組織の方はなんやかんや言っても、結局は金でって事で話は付いた。上納金はこれまでと同額。それ以外に世代替わりを認める為の特別上納金として、払えって事だ」


 来栖くるすさんの方を見ると、大きく両手を広げている。


 指一本十万円って事は無いだろうな。

 となると、指一本百万円か。

 って事は、全部で一千万円!?

 これが高いのか安いのか? 一般庶民の僕には到底理解が及ばない。


「それで済んだのであれば、計画は大成功でしたね」


 車崎くるまざきさんが安堵の表情を見せる。


「おうよ。それに、真田さんの証言もあったからな」


「真田さんの証言? あの真田前会長ですか? 良くあんな状態で証言が取れましたね」


 確かに前会長が跡目を誰にするのかを告げれば、上位組織だってそれを尊重しようとするだろう。

 とは言え、今日のお披露目会でも登壇してたけど、どうみてもヨボヨボのお爺ちゃんでしか無かったからな。

 よくあの状態で証言が取れたものだと言わざるを得ない。


「あぁ、それは俺から説明しようか」


 ここで北条君が身を乗り出してきた。


「あの真田前会長の件だが、あの爺さん、つい一週間ほど前まではピンピンしてやがってなぁ。既に七十も越えたって言うのに現役でよぉ。そこで、クロ大先生のお出ましだぁ。こっそり夜伽の相手として潜り込み、真田前会長のCOREを奪ってもらったって訳だ」


 あぁ、それで最近クロが出かけてばかりいた訳か。


「その後、愛人宅から出て来た所を俺のチームが拉致らちって、そのまま例のゴルフ場へと直行よぉ」


「え? って事は、真田会長ってもう……」


「会長じゃなくって、前会長な」


 そう言うトコっ!

 来栖くるすさんって大雑把なように見えて、意外とこういう上下関係とか肩書に細かいんだよなぁ。メンドくせっ。


「そうだな。今頃は骨の一つも残ってはいないだろうよ」


「それじゃあ、今日出て来てた真田……前会長って誰なんです……って、あぁ……そう言う事ですか。クロが身代わりに?」


「ピンポォン! 正解だ。今日舞台に出てた真田前会長はクロさん。立花さんは真衣まいがそれぞれ入れ替わってたって訳よ。まぁ、クロさんに難しい話はさせらんねぇからな。とにかく、『あー』だの『うー』だの、訳の分からん言葉を話してもらってたって事だ」


 なるほど。

 これでようやく状況が理解出来たぞ。

 クロもお疲れ様だったんだね。

 そりゃ、眠くもなろうってもんだ。


 と言うか、ここまでの段取りはこの三人が全て計画して実行してたって事か。

 あくまでも裏社会の話だからって、何してるのか全然教えてもらって無かったけど。

 それにしても、エグイぐらいの迅速さと粛清っぷりだ。

 気付けばヤクザ組織のナンバーワンとナンバーツーを、アッサリとあの世送りにしてる訳だからな。

 と言う事は、僕だってそのうち……。


 ――ブルブルブル……


 突然の悪寒が背筋を駆け抜ける。

 あぁ……中国の歴代皇帝の気持ちが少し分かった様な気がするよ。

 これだと、いつ寝首をかかれるかが心配で、夜も寝れやしない。


 そんな不安な気持ちを抱える僕の事など気にも留めず。

 車崎くるまざきさんが淡々と事務的に話を進めて行く。


「上位組織との調整が上手く行ったって事は承知しました。残る問題は舎弟頭の皆藤かいどうさんですね。こちらの方も次のフェーズに移りますか?」


 車崎くるまざきさんからの提案に、来栖くるすさんと北条君の二人が頷き返した。


「承知しました。あぁ……えぇっと如月きさらぎさん。ちょっと良いですか?」


「え? あ、ひゃい!」


 完全に虚をかれたのだろう。

 突然車崎くるまざきさんから名前を呼ばれた綾香あやかは、妙ちくりんな声を上げながら弾けるようにその場で立ち上がってみせたんだ。

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