第127話 三代目襲名

「あれ? 今日はなんかいつもと雰囲気違くない?」


 渋谷駅からは少し離れたごく普通の裏通り。

 立ち並ぶビルの一階や二階にはファッション関連の店や、各種飲食店が軒を連ね、怪し気な雰囲気などは微塵みじんも感じられない……そんなはずのこの街が、今日だけはある種独特な雰囲気に包まれていたのだ。


 その原因の一端は、路地のそこかしこにたむろする、明らかに人相の悪い男たちの集団だろう。

 決してガラが悪い訳じゃ無い。

 身に着けているスーツや貴金属など、それら全てが逆に一般人では手に入れられないほどの高級品である事は一目瞭然だ。


「そ、そうだね。何かあったのかな?」


 俺は冬桜会ゆららの幹部である瑠璃ルリと新しくボディーガードとして仲間に引き入れた犾守いずもりを引き連れ、KF-PARKと書かれたビルの手前にある大きな階段を下りて行った。


「あれ、集合は事務所ビルの方じゃないの? まぁ、私は事務所の方には入った事ないけどさぁ」


「そうなんだ、実は後からメールで連絡が来てね。今日は開店前の悪夢ナイトメアの方に集合って事になったらしいよ」


 CLUB悪夢ナイトメア

 北条率いる半グレ集団、悪夢ナイトメアのたまり場であり、狭真会きょうしんかい下部組織の中でも、トップの成績を残した者だけがこのクラブハコを牛耳る事が出来る。


 人気クラブであるが故に、その売り上げも相当デカい。

 しかも、このクラブハコを押える事が出来れば、更に膨大な収益が見込める神々の終焉ラグナロク興行の権利までもが転がり込んで来る。


 もちろん、ケツ持ちである狭真会きょうしんかいへの上納金も莫大なモノとなるのは確かな事だが、それらを差し引いたとしても、手に入れた際の利権は計り知れないと言って良い。


「失礼ですが……」


 階下に広がるエントランス。

 足を踏み入れたと同時に、黒背広ブラックスーツの男たちから声を掛けられた。


「あぁ、えっと。名前を言えば良いのかな? 冬桜会ゆらら真塚まづかですが」


 普段であれば悪夢ナイトメアも顔パスで入れる俺だが、なぜか今日は勝手が違うようだ。

 実際、この男たちとも面識はない。


 男はハンディの金属探知機を使って俺たち三人のボディチェックを行った後、真顔のまま入り口の扉を開けて奥へ進むようにと促して来る。


「なんか感じ悪かったね。狭真会きょうしんかいに呼ばれた時って、いつもこんな感じなの?」


「いや、いつもは直接立花さんの所へ売上の会計報告をしに行くだけだからね、あんな風にボディチェックをされたのは始めてだよ」


 心配そうに尋ねて来る瑠璃ルリに対し、俺は平静を装いながら返事をする。

 しかし、その内情は全然違う。

 いつもと違う男たちに、いつもと違う対応。

 空調の利いた室内にもかかわらず、嫌な汗が全く止まらないのだ。


「誰か……上の人でも来てるのか?」


 その可能性は十分に考えられる

 ビル周辺の警戒態勢。

 入り口での厳重なボディチェック。

 これらの条件から導き出される答えは、この奥にセキュリティに注意を払うべき人が居ると言う事だろう。


「なんか言った?」


「ううん、なんでもないよ。こっちの話」


 俺は瑠璃ルリからの質問をごまかしつつ、会場となる大ホールへと足を踏み入れたのさ。


 ――ザワザワ……ザワザワザワ……


 地下である事を忘れてしまうほどの大空間。

 常設されたステージ上には金屏風の他に演説用の台が設えられており、一段下がったフロア全体は立食パーティ形式のようで、多くの人々が飲み物片手に談笑しているようだ。


「お飲み物は何になさいますか?」


 シックな装いの黒バニーガールが近寄って来た。

 小さいタキシードのような衣装を羽織っているので露出は控えめだが、モデル顔負けのスタイルに加え、顔面偏差値が異様に高い。

 狭真会きょうしんかい系列の嬢を集めたのか、それともどこかのモデル事務所にでも声を掛けたか?


「あぁ、えっと。僕にはコーラを。後ろの彼女にはジンジャーエールで……良いかな?」


 振り向けば瑠璃ルリが小さく頷き返してくれる。


犾守いずもり君は何にする?」


「僕は水……で、ガス入りがあれば、そちらを……」


 ガス入り……炭酸水か。

 犾守いずもり君は見かけによらず、渋いオーダーをするなぁ。

 初めて会った時には肝は座っているけど、少し垢抜けない少年……ぐらいにしか見えなかったけど。

 まぁ、神々の終焉ラグナロクのファイナリストにもなってるし。

 日々成長しているって事なのかな。


「承知いたしました。ただ今お持ちしますので、こちらでお待ち下さい」


 黒バニーガールの指し示す先には小さなウェイティングバーが併設されており、彼女と同じ黒バニーたちが来客に対してカクテルや軽食を提供しているようだ。


 しばらく見ないうちに、少し様子が変わったか?


 元々悪夢ナイトメアは敵対する北条の持ち物であり、冬桜会ゆららの代表である自分がその売り上げに貢献してやる義理も道理もありはしない。

 とは言え、同じ狭真会きょうしんかい系列の店でもあり顔も利く事から、月に一度ぐらいは冬桜会チームのメンバーを連れて顔を出す事ぐらいはして来たつもりだ


 そう言えば、店の管理が車崎くるまざきさんに代わってから、一度も来て無かったな。


 元々若者向けのクラブにしては高級路線を貫いていた店ではあったが、更にその傾向に拍車が掛かったと言った感じに見える。

 となれば、これらの改修は車崎くるまざきさんの経営方針と言う事だろう。


 以前からセンスも良く、参謀向きの人だとは思っていたが……まぁ良い。


 裏方としての業務だけでなく、実際に自分自身が経営者としても立ち振る舞う事が出来るとなれば、少し方針転換が必要になるかもしれない。

 自分が悪夢ナイトメアを手に入れた暁には、幹部の一人として迎え入れるつもりだったが、場合によっては北条同様、の対象になりうると言う事だ。


 俺はホールの壁際に用意された料理には一切手を付けず、飲み物を片手に会場の中を観察してみる。


 完全に大人の世界だ。

 その殆どがダークスーツに身を包む男たちで構成されていて、場合によっては政治家が主催する政治資金集めの献金パーティの方がよほど華やいで見える。


 広い会場の中でもステージ側となる前方の上座には、派手なスーツに身を包む年配の男を中心に、いくつかのグループが形成されている。

 恐らく狭真会きょうしんかい系列の主要メンバーなのだろう。


 いや……違うな。


 狭真会きょうしんかいの主要メンバーは俺でも顔を見ればなんとなく分かる。実際に会話の中心となっているのは、初めて見る強面こわもての男たちばかりだ。

 あの取り巻きの様子を見る限り、狭真会きょうしんかいと同等か、もしくはそれ以上の組織に所属する男たちではなかろうか。


 会場の後方にはいくぶんカジュアルなメンバーがつどっているようだ。

 狭真会きょうしんかい系列会社の社長やそ関係者たちだろう。

 顔見知りの土建屋の社長や、水商売のオーナー。金融屋の姿も見える。

 大店おおだなクラスのママになると、こんな昼間の時間帯にもかかわらず、着飾った嬢を何人も引き連れて来ているようだ。

 これだけの規模のパーティである。顔を売っておくだけでもメリットがあると踏んでいるんだろう。


 更に末席、出入り口に近い部分。

 とは言っても、本当の出入り口近辺はボディガードよろしく、黒服の男たちが陣取っているから、出入り口から少し外れた会場の角の部分に、俺達下部組織の半グレ仲間が押し込められている格好となっていた。


「あ、ちーっす、真塚まづかちゃん」


 話し掛けて来たのは、俺と同じ半グレ組織を率いる野口さんだ。

 確か詐欺オレオレの集団を率いていて、調子が良い時の上納金の金額だけで行けば、恐らく冬桜会ゆららの数倍以上は稼いだ事があったと思う。

 ただ、冬桜会ゆららのケツ持ちが本家筋若頭の立花さんであるのに対し、野口さんのケツ持ちが狭真会きょうしんかい会長の舎弟頭義兄弟筋と言う事もあってか、随分先輩であるにもかかわらず、いつも気さくに声を掛けてくれる。


「ウチは今来たトコなんだけど、真塚まづかちゃんトコは?」


「いや、ウチも今来た所ですよ。ところで今日のパーティはかなり盛況なようですけど、これって何の催し物か野口さんってご存じですか?」


 俺の反応が意外だったのだろうか?

 少し驚いた表情を見せる野口さん。


「え? 真塚まづかちゃんってば、何も聞かずに来ちゃった系? 流石、本家筋はヤル事がエグいっスね。まぁ、ナニが流石なのかは知らんけど」


 知らんのかい。


真塚まづかさんトコの立花さんも来栖くるすさんも、ブッ飛んでるからなぁ……でもまぁ、しゃーないっスね。ウチん所の親父オヤッさんから聞いた話だと、本家の会長が代替わりするって言うんで、お披露目も兼ねて人を集めたみたいよぉ」


 会長が代替わり?

 狭真会きょうしんかい会長オヤジ真田さなださんだ。

 噂では齢七十を過ぎて、今なおの方も元気だと言う話だ。

 最近じゃ事務所の方に顔を出す事も少なくなって、ほとんど茅ヶ崎にある別荘で暮らしていると聞いていたのだが。


 って事は、お体でも悪くしたか?


 とは言え、実質狭真会きょうしんかいを支えていたのは若頭カシラである立花さんだし。

 仮に真田さなだ会長が引退されたとしても、立花さんが会長オヤジになればそれで済む話だ。


「ははぁ……なるほどねぇ……それでかぁ……」


 ようやくパーティの趣旨を理解した俺は、少し余裕が出て来たのか、テーブルに置かれていたデザートの果物を一つ、二つと口の中へ放り込んだ。


 何にせよ、大した話では無かった様だ。

 確かに下部組織の俺達には大して影響のある話ではないが、組織全体を俯瞰ふかんする上においては、見ておいても損は無いパーティではある。

 そのあたりを鑑みて、立花さんや来栖くるすさんも俺達に声を掛けて下さったのだろう。


 まぁ、あえて言わせてもらうとすれば、もう少し詳しく教えてくれても良かったのになぁ……とは思うのだが。

 いや、それぐらいは言ってもバチはあたるまい。


「あー、あー。テステス。えー、お集まりの皆様、聞こえますでしょうか? 大変長らくお待たせ致しました」


 気付けば、ステージ上では来栖くるすさんがマイクを持って話し始めていた。

 折角ここまでしっかりと会場を設営したのだから、司会も外部からアナウンサーなり、芸人なりに頼めば良いものを……と思わないでもないが。

 恐らく、目立ちたがり屋の来栖くるすさんの事だ。どうしても自分がヤルと言って聞かず、他の人たちを困らせたであろう事ぐらいは想像に難くない。


「これより、狭真会きょうしんかい会長代替わりに伴うお披露目式を執り行わせていただき


 って……。


「まずは、前会長の真田よりご挨拶させていただき


 だから、って……。


 そんなツッコミを入れている間にステージの上へと現れたのは、車椅子に乗せられたヨボヨボの老人であった。


 ――ザワザワ……ザワ……サワザワ……


 ……真田さん。


 以前にお見掛けした際は、往年のヤクザ映画に出て来る俳優のような威風堂々とした風貌を持ち、とても齢七十には見えない精力的な人であったはずだ。

 それが今は見る影もなく。


「あー……、うーあー……」


 マイクを通して発する言葉は全く意味を成さず、開いている両の眼はおぼろげで、焦点を結ぶ事すらおぼつかない。

 来栖くるすさんはしばらくその様子をながめてから、適当な所で老人に代わって話し始めた。


「えー、御覧のように前会長の真田は持病の進行が著しく、会話の方が非常に困難な状況にございます。そこで、本お披露目式の前に開催されました役員会での決定事項を私の方で代読させていただきます」


 おいおい。

 今回はは使わねぇのかよ。

 途中でキャラ変更すんなよ。

 って言うかキャラ作りに飽きたんだろうな……たぶん。

 いやいや、そんな事より、今は会長の話が最優先だ。


 その後、来栖くるすさんより語られた内容には、かなり衝撃的内容が含まれていた。


 まず一つ目。

 真田会長は自身の体調を憂慮して会長職を退くと言う。

 これは見ていれば分かる。当然だろう。

 この状態で狭真会きょうしんかいを率いて行くのはかなり難しいと言わざるを得ない。


 そして二つ目。

 ここが最も重要な問題だ。

 なんと会長には歳を取ってから出来た子供が居ると言うではないか。

 つまり隠し子って事だな。

 そして、狭真会きょうしんかいはその子に全て引き継ぐと言うのだ。


 これまで数々の浮名を流して来た真田会長であったが、残念ながら子宝には恵まれず、後継者は若頭カシラの立花さんで確定だと思われていた。

 それが、ここに来ての方針転換。

 これでは立花さんの立つ瀬がない。

 場合によっては狭真会きょうしんかいを二分する抗争に発展してもおかしくはない事態だとも言える。

 この言葉を聞いた時点で、会場中にピンと張りつめた空気が漂った。


 更に三つ目。

 本決定は上位団体である共燦きょうさん連合も承認済みとの事だ。

 今日のパーティにも来賓として、共燦きょうさん連合の幹部が立ち会っているらしい。

 しかも、後継者の新会長は未成年である事から、当面は立花さんが会長代行に就任し、新しい若頭には来栖くるすさんが、そして、新しい本部長には車崎くるまざきさんが昇格する事になったと言う。


 俺はブラックスーツを着込む集団の様子をつぶさに観察してみるが、意外にも表立った動揺は見受けられないようだ。

 恐らく何も聞かされていなかった俺たちとは違い、組織関連にはあらかた根回しが済んでいたのだろう。

 しかも、上位団体である共燦きょうさん連合が承認しているとあっては、表立って文句を言う訳にも行くまい。


「えー。それでは新役員ご挨拶の前に、まずは三代目狭真会きょうしんかい会長をご紹介したいと思います」


 へぇぇ……来てるんだ。

 未成年って事だから、今日も会場には来てないのかとも思ったけど、流石に上位団体の幹部が来ている場だし、流石に欠席と言う訳にも行かないだろう。


 しっかし、真田さんに隠し子が居たとは驚きだな。

 いったい、どんなツラしてんだろうな。これはちょっと楽しみだぞ。


 俺は半笑いのまま、興味本位で舞台袖部分へと視線を向けた……丁度その時。


 ――カッ!


 ステージの天井部分や二階バルコニーなど、少なくとも三か所以上に設置されたスポットライトが突然点灯。

 暗闇の中で薄ら笑いを浮かべるこの俺の姿を見事に浮かび上がらせたのだ。


「え? なに? ナニこれ?」


 どう言う事だ、一体何が……何が起きたんだ?

 俺? 俺なのか? 俺の事なのか?

 え? 俺にはれっきとした両親が居るぞ。

 って事は、あの二人は俺の本当の両親じゃ無かったって事なのか?!

 いや、母さんは本当の親なのかもしれんな。

 少なくとも、父親の方は違うと言う事か。

 と言う事はつまり……俺は……俺は、二代目狭真会きょうしんかい会長の隠し子だった……って事なの……か?


 俺は突然のスポットライトに視界を奪われただけでなく、冷静な思考能力の一部までをも喪失してしまう羽目に。

 そんな支離滅裂な想いは来栖くるすさんの次の一言で、跡形もなく消し飛ぶ事になるのであった。


「それでは早速登壇していただきましょう! 三代目狭真会きょうしんかい会長を襲名致しました、犾守いずもり武史たけしでございますっ! どうぞ、こちらへ!!」


 ……


 ……えっ!?


 …………えぇっ!!

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