第124話 我が麗しの都(後編)
もちろん巨大とは言ってもそれは木造船としては巨大と言う意味で、現代日本の石油タンカークラスには当然及ぶべくもない。感覚的には少し大きめのクルーザーと言った所だろうか。
更に近付いて見れば、左右の船側には上下二段ずつの
それは、クラシカルな木造船としての価値に加えて、巨大な美術品としての価値すら認められる貴重な一品とも言える船であった。
乗馬による移動は桟橋の手前までのようで、そこから先は歩いて移動する事になるらしい。
俺はエルヴァイン将軍に先導されるがまま、少し不安定な桟橋の上を歩いて付いて行く事に。
やがて、船尾のあたりまで来た所でふと船体を見上げてみれば、そこには赤地に金獅子の刺繍が施された巨大な旗がたなびいていて、それは、この船の所有者が持つ圧倒的な権力と財力をいやが上にも誇示するような雰囲気を醸し出していた。
うおぉぉ、スゲェ迫力。
ベルガモン王国ってヤツぁ、かなりエグいなぁ。
木造船だからと言って、
最新鋭って言うのは流石に微妙だが、少なくとも莫大な資金を投入した、真新しい新造艦である事は疑いようも無ぇ。
「
船の乗船口付近へと到着した所で、ゆっくりと手を差し出して来たのは宰相補のエミルハンだ。
どうやらココで待っていてくれたらしい。
「おぉ、エミルハン殿。今回はエミルハン殿の機転によりどうにか一命をとりとめる事が出来ました。本当にありがとうございます。……いや、正確には今回
俺は冗談めかした口調で差し出されたエミルハンの手を握り返した。
「いやいや。結果的には猊下を危険な目に合わせてしまいました事、心よりお詫び申し上げます。所詮、私の計略など児戯にも等しいモノであったと反省しておりますれば、何卒ご容赦いただきたく」
そう言いながら、深々を頭を垂れるエミルハン。
「止めて下さい、エミルハン殿。容赦するもなにも……私への謝罪は一切不要に願いたい。それよりも、
俺は話題を変える意味を込めて、軽く周囲を見渡してみる。
しかし、周囲に見えるのは荷役を担当する人足の姿ばかりだ。
「はい、
エミルハンの浮かべる笑みや言葉の端々には、重要な任務をやり遂げたと言う安堵感が感じられる。
よほど俺達が襲撃された事に対して、心を砕いていたのだろう。
そんな彼の気持ちを忖度するとするならば、こんな所で油を売っている場合では無さそうだ。
港の中にはベルガモンの兵が多く駐留しているとは言え、ここはまだメルフィの国内である。何が起こるかは分からない。となれば一刻も早く出航し、少なくともメルフィの国外となる外洋に出てしまった方が無難だろう。そうする事で、彼の当面の不安は解消されるに違い無いのだから。
とは言っても、流石にもう一言、二言ぐらいの時間はあるはずだ。
そう思い定めた俺は、エミルハンの右手を自分の両手で包み込んだ。
「エミルハン殿。私は本当に感謝しているのです。もし私に出来る事があれば、何なりと言って下さい。決して悪いようには致しませんから」
彼に与えてもらった厚遇に対し、今の俺に出来る事と言えば、残念ながらこの程度の約束を交わす事ぐらいしか思いつかない。
そんな俺の申し訳ない気持ちを汲んでくれたのか、エミルハンは軽い苦笑いを浮かべつつも、こう切り出して来た。
「そうでございますか……そうですなぁ。出来うるならば……謝罪を。そう、私からの心よりの謝罪をお受けいただきたく」
くっ! なんて真摯な人なんだ。
あれだけ言ったのに、まだ謝罪をしようとするなんて。
「いやいや。先程も申し上げました通り、過去の事は全て清算済です。その上で私の方に借りがあるのですよ。ですから、私が出来る事をと申し上げている訳でして……」
「えぇ、そうですね。過去の事は清算済……ですので、私は
「え? これから起こる……ことって?」
エミルハンの言葉の意味が理解できず、軽くフリーズ状態となる俺。
そんな俺の様子を嘲笑うかのような声が頭上より聞こえて来た。
「お待ちしておりましたぞ!
俺は反射的に声のした方へと視線を向けた。
「おっ、お前はっ!」
「ほっほっほっ。お前呼ばわりは酷いですなぁ。これでも一度は正式に名乗りあった仲では御座りませぬか。もうお忘れですかな? あの
とっつあん坊やのような風体に、全くそぐわぬ不敵な笑み。
そして彼の後ろにはひときわ大柄な戦闘奴隷の二人が控えていた。
「マ……マロネイア」
「あらあら、まぁまぁ。
間違いねぇ。
教団内部へと私兵を送り込み、クーデターを頓挫させ。
更には傭兵を使ってメルフィの街中に火をかけ、俺達の命をもつけ狙う。
何気に今回の事件の裏の仕掛け人と言っても良いレベルの男だ。
あっ!
そうか、そうだった。
確かにあの時、ヤツはこう言っていたっけ。
本国大司教であるヴェニゼロスⅠ世を推すのか、それとも東京教区の大司教であるニアルコスを助けるのか、はたまた
ヤツは俺達を捕まえて、一体どうするつもりなんだ?
ヤツの思惑は……ヤツの思い描く目的とは一体?
「エ、エミルハン殿……」
俺は腹の底からふつふつと沸き起こる怒りを押さえ込みつつも、目の前で薄ら笑いを浮かべるこの男を睨みつけた。
「これは一体どう言う……いや、いつからこの様な話に?」
「悪く思わないで下さいませ
そうか、そう言う事か。
俺達は交渉相手でもパートナーでも無く、ましてや『人』ですら無かったと言う訳だ。なにしろ俺達は『商品』だった訳だからな。
「いやぁマロネイア様。今回はよい商売が出来ました。今後とも末永いご愛顧をお願い申し上げます」
商売人の男は船上より見下ろす上顧客に向かって、深々とお辞儀をして見せた。
しかもそれは、俺の肩越しに……だ。
既に売却済の商品になど、全く興味を示さない。
それは正に、商売人の
「さぁ
船上の
しかし、そんなヤツの言う事を聞かなきゃならねぇ理由も
「マロネイア卿……もし……もしも俺がイヤだと言ったら? 俺ぁ、これでも司教位だぜ?」
地獄の底より絞り出したかの様な低いダミ声。
これまで何人もの犯罪者を震え上がらせて来た秘蔵の声だ。
しかし……。
「おぉ、恐い怖い。その様な恐ろし気な声で脅されては、夜も眠れぬ様になってしまいそうじゃ。しかしのぉ
アゲロスからの目配せに、戦闘奴隷の一人が船側のへりから太い鎖に繋がれたある
――ズル……ズルズルズル
「ほっほっほっ。
「……うぐっ!」
おのれぇ……アゲロスめぇっ!
絶対にお前は……お前だけはブッ殺すッ!
そんな血涙を流さんばかりの俺に向かって、アゲロスの野郎が更に追い打ちをかけて来た。
「おやおや? これはこれは。
そう言いながら、早速自身が纏うトガの裾をめくり始めるアゲロス。
「ほれほれ、タロスよ。しっかり支えておかぬか。
次々とエスカレートするヤツらの仕儀。
そんな
「まっ、待てッ! 分かったっ! 良く分かった。俺は抵抗しないっ! だから……だから片岡を……片岡を解放してやってくれっ!」
「ほっほっほっ。それは残念。あと少しお待ちいただければ、
俺はアゲロスに
桟橋から船へと架けられたタラップを一歩、また一歩と登って行った。
そして、船側へと辿り付いた俺は、甲板の上で力無く横たわる全裸の片岡に対し、自身の羽織るトガを静かに被せると、アゲロス野郎の目の前で仁王立ちとなった。
「ほっほっほっ、
そう言いながら、アゲロスは赤ん坊のように福々と肥えた右手を差し出して来る。
「ようこそ。我が麗しの都、エレトリアへ。このアゲロス=コルネリウス=マロネイアが責任を持ってご案内致します」
俺は気が狂わんばかりの怒りと憤りを奥歯で噛み殺しつつ、その忌々しい右手を握り返す事しか出来なかったのさ。
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