第122話 くだらねぇ人生とクソったれな神

『『うぉぉぉぉ!』』


 地鳴りのような雄叫びを上げ、血に飢えた兵士野獣どもが俺のおりへと殺到して来た。


『メルフィ万歳! 王国万歳!』

『国賊には死を! 名誉と財宝は我が手中にっ!』


 自国を賛美する声に合わせ、聞こえ来るのは結局の所『殺せ』『殺せ』の大合唱だ。


 チクショウ。

 あんな禄でもねぇアジテーションに乗せられやがって。


 しかしこの光景、どこかで見た事がある。


 あー。


 以前に見たドキュメンタリー番組か何かだ。

 海の中で、アルミ製のおりの中に入ってサメに襲われるヤツだった。

 あの時は他人事のように……いやいや、他人事に間違いはないんだが……思って見ていたけど。

 実際、自分が襲われる立場になってみると、その恐怖感は半端無い。


『おりゃあぁぁ!』


 粉々になったヤツとは別の兵士が、俺たちのおりの中へと槍を突き刺して来た。


 ――グサッ! ズププッ!


 手元が狂ったのか。

 繰り出された穂先は手前に横たわる奴隷の脇腹をしこたまえぐった後、荷台の床へと突き刺さった所でその動きを止めた。


 兵士達にして見りゃ、無抵抗の人間を刺し殺すだけの簡単なお仕事かと思っていたが。

 ヤツらの目を見る限り、どうやらそうとも言い切れないようだ。


 その証拠に、ヤツらの目はことごとくが悪鬼のごとく血走り。

 血に飢えた獣よろしく、その興奮度合いが生半可では無い。


 それもそうか。


 ヤツらからすれば、このおりの中に居るのは得体の知れない悪魔とも思しき魔導士だ。

 それに、決して無抵抗と言う訳では無い。

 いつ、その摩訶不思議な力によって、自分自身が命を落とす事になるかも分かったものでは無いのだ。


 剣戟による戦いであれば、避けようも、逃げようもあるだろう。

 しかし、こればかりはそうも行かない。


 何処にいても命の危険は一緒。

 であれば、勇気を振り絞り、名誉と大金を掴んだ方が正解ではある。

 とは言え、当然ながら自分の命は惜しい。

 その結果、互いに様子を見ながら牽制しあう様子が手に取る様に分かるのだ。


 そんな揺れ動く葛藤かっとう狭間はざまで、自分の気持ちをグッと押さえ込み、それでもなお俺達に向かって槍を突き出して来る。

 それは中途半端な気持ちでは無く、肝の据わった攻撃となるのも当然と言えば当然の結果だろう。


 俺は既に息絶えた奴隷の陰に隠れながらも、立ち向かって来る兵士の顔を睨み付けた。


 槍を持つ手が震えている。

 まだ若いな。

 恐らく、十代半ばと言う所か。

 この歳で戦争に駆り出されるとは、とんでもねぇ国だな。


 どうする、撃ち殺すか?

 コイツにも親兄弟ぐらいはいるだろう。

 それよりもなによりも、コイツにはまだ未来がある。

 そんな未来ある少年から、俺はその全てを奪い取っても良いものだろうか?


 一瞬の躊躇ためらい。

 その躊躇ちゅうちょが生死を分かつ鍵になるのだと、あれほど自分自身に言い聞かせて来たはずだったのに……。


『うおぉぉりゃぁぁぁ!』


 くそっ、しまった!


 最速で繰り出される少年兵の槍。

 俺は反射的に彼の胸元へと銃口を向けた。


 ――パン、パン!


 雷鳴のごとき銃声が、レンガ造りの街中に木霊する。


 ――ビクッ!!


 一体何事が起きたのか!?

 自身が繰り出した槍の事すら忘れ、身をすくめる少年兵。


 撃ちやがったっ!

 って言うか、俺ぁ撃ってねぇ……って事ぁ、片岡の野郎かぁ!


 血塗られた奴隷たちの合間から、車列前方のおりを覗き見れば。

 遠く女子用のおりを取り囲む兵士達の輪が、一斉に崩れ立った直後であった。


 我慢しきれなかったか、片岡ッ!

 元々引き金を引くタイミングが少々早いヤツではあったが、この状況下であれば仕方がねぇ。


 しかしだ。

 残弾数は限られてる。

 ココで使い果たして本当に良いのか?

 いや、いま使わないでどうする?

 死んじまったら、それで終わりだ。


 くっそ! 何が何でも生き残るっ!

 それしかねぇ!


 俺は目の前に立ち塞がる少年兵に向けて、再び銃を構え直した。


 悪ィな少年。

 俺の事ぁ、恨まねぇでくれよ。


 ――パン!


『ぐはっ!』


 胸部に弾丸を受けた少年兵が、もんどり打って倒れ込む。

 9mmパラベラム弾は貫通力に難があると言われてはいるが、この国の一般兵が着込んでいる木製のよろいぐらいであれば、余裕で貫通するようだ。


 申し訳ないが、無駄弾を撃つ余裕はない。

 威嚇射撃無し!

 全弾必殺で行く!


 ――パン! パン! パン!!


 その後も勢いよく駆けこんで来る兵士たちに向かって、二度三度と銃撃を行った。


 元々接近戦を挑んで来る相手である。

 おりの手前まで引き付けさえすれば、たとえ俺の腕前程度だろうと外す事はほぼ皆無と言って良い。

 そして、更に五人目を撃とうと身構える頃には、敵方も遠巻きに取り囲むだけの状態となっていたのさ。


 それもそのはず。

 おりへと近付くだけで、兵士が次から次へと血反吐を吐いて死んで行くのである。

 拳銃の存在を知らぬ者からすれば、それはもう悪夢でしかないはずだ。


 よしっ! 落ち着け、落ち着くんだ。

 今の所上手く行っている。大丈夫だ、大丈夫。

 ただ、弾も残り少ない。

 これ以上長引くのは危険だ。

 頼むっ、これで引いてくれっ! 頼むっ! 頼むっ!


 そんな俺の願いも空しく。

 例の演説アジを行った兵士の声が再び朗々と響き渡った。


『落ち着けッ! 皆、落ち着くんだッ! あれば魔道では無いっ! 魔道具だ! 所詮魔道具でしかないっ! 距離を取れ! そして、遠くから矢を射かけ、射殺してしまえっ!』


 くぅぅぅっ!

 骨董品レベルの装備しかねぇ兵士たちのクセしやがって、指揮官だけは優秀だなっ!


 怯え、遠巻きにしていた槍兵たちが後方に下がると、代わりに出て来たのは二段に並んだ弓兵達だった。


『構えぇぇ! ……放てッ!』


 ――ドシュドシュ、ドシュ、ドシュ!


 不気味な羽音を響かせ、数十本の矢が一斉に飛来する。

 殆どの矢は太いおりの格子に遮られはしたものの、数本の矢が中の奴隷たちへと突き刺さった。


 ――ドス、ドスドスドスッ!


「うグッ! 痛ってぇ!!」


 右肩が焼けるように痛い。

 運悪く俺の肩口にも一本突き刺さったようだ。


「こんちくしょうめっ!」


 俺は反射的に矢羽根部分を鷲掴むと、力任せに引き抜こうとしたのだが。


「止めておけ!」


 そんな俺の行動を制止したのは他でも無い。

 隣で寝転ぶ神様爺さんだった。


「このやじりには返しが付いとる。そのまま引き抜くと肉が根こそぎ持って行かれるか、もしくはやじりが体の中に残ったままとなるぞ」


 何かの本で読んだ事がある。

 戦闘用のやじりには返しが付いていて、しかも簡単に矢柄から抜けるようになっているからやじりが体内に残りやすいとか……。しかもやじりが体内に残されてしまうと、かなり大がかりな手術が必要となるらしい。


 なぜそんな事をするのか?

 戦争において有効なのは相手を殺す事では無く、相手を負傷させ継戦能力を奪う事にあるそうだ。


 死体は放置すればそれで済む。

 しかし、傷ついた仲間は放置する事が出来ない。

 結果的に負傷兵を一人作るだけで、仲間を庇うが為にその他数名の兵士の時間と体力を奪い、その結果敵軍全体のパフォーマンスを下げる事が可能となる。


 このやじり一つとってみても、できるだけ敵に負担を強いるようにと計算されているが故の仕組みなのだろう。


「くっそっ! 爺さん頼むっ! 何とかしてくれっ!」


「そう言われてもなぁ。さっきも言った通り、ワシがいま使える魔法ではどうしようも出来ん。これも全てイベントじゃ。とりあえずワシの手助け無しで頑張ってみよ」


「頑張れっつったって、これじゃあ一体どうすりゃ良いってんだよっ!」


 そう言っている間にも、俺達の入っているおりには次から次へと矢が射かけられており、こんな狭いおりの中では移動する事すらままならない。

 唯一出来る事はと言えば、既に死体となった奴隷たちの間へと身を隠す事ぐらい。


 どうする、どうすりゃ良い?

 この攻撃の具合からして、既にベルガモンの守備兵たちは全滅した後だろう。

 このままだと完全にジリ貧だ。


 まずはあの弓兵の何人かを撃ち殺して、隙を作った上でおりから外に。

 いやいや、どうやっておりから外に出るんだ?

 まずはおりの鍵を壊さないと!

 でもおりの鍵を壊す為には、飛んでくる弓を何とかする必要がある。

 となると、やっぱり最初は弓兵で。

 それを片っ端から全員撃ち殺してさえしまえば……そうすれば俺は無事東京に帰る事が出来て……そして久しぶりに娘にも会いに行って……たまには二人でメシでも食いに行ってさぁ……それで……それで……って、あれ?


 俺は……俺は一体何を考えてるんだ?


 肩の痛みもさる事ながら、それ以前に思考が全然まとまらない。

 首筋から脊髄せきずいにかけて、何やらイヤなしびれと痛みが断続的に伝わって来る。


 なんだこりゃ、この感じ……なんか違うぞっ。

 そうか……毒っ……毒か!

 

 恐らくやじりに何某かの毒が塗られていたんだろう。

 心拍数は上昇し、呼吸は荒く、しかも、吐き気に眩暈めまいの症状も感じられる。


 これは……かなりマズい。


 俺は朦朧もうろうとする意識の中で、蓮爾 れんじ様の乗る荷車を探した。


 蓮爾 れんじ様……蓮爾 れんじ様をお助けしなければ……。


 しかし、俺の乗る荷車は奴隷用のおりの中でも最後尾で、ココからは一つ前に止まっている奴隷搬送用の荷車の姿しか見る事が出来ない。

 その荷車とて、おりの中では射殺された女奴隷たちが折り重なる様にして死んでいるような状態だ。


 ……駄目だ。

 俺にはもう、どうする事も出来ねぇ。


 さっきまで聞こえていた片岡の銃声も聞こえなくなった。

 全弾撃ち尽くしたに違いない。

 そして、豪雨のように降りそそぐ矢群を受け、前の女奴隷たち同様、全身ハリネズミのようなむくろを晒している事だろう。


 ふと気付けば、俺の手の中にはまだ相棒Glock17が握られている。

 右腕は完全にしびれ自由は全く利かねぇが、今ならまだ左腕は使えそうだ。


 俺は肉の壁に隠れながら血濡れた左手で相棒Glock17をしっかりと握り直した。

 そして、ヤツらの視界から隠れるように、その銃口を自分のこめかみへとあてがったのさ。


 結局のところ、護衛とは名ばかり。

 終わってみれば、とんだ役立たずな俺だった。

 思い返せば、愛する人を護れなかったのは、生涯これで二度目だ。

 あんな辛い思いは二度とすまい……そう心に誓ったはずなのに。

 

 人生って言うヤツぁ、本当にままならねぇモンだな。

 でもまぁ、中途半端な俺にゃあ、これぐらいが丁度お似合いなのかもしれん。


 ――ドシュドシュ、ドシュ、ドシュ!


 ――ドス、ドスドスドスッ!


 頭上を飛び交う激しい矢音。

 怯懦きょうだに震える左手は主人の言う事を全く聞こうともしない。

 それでも俺は引き金トリガーの上に乗せた指先に、無理やり力を込めて行ったのさ……。


 このくだらねぇ人生と、クソったれな神に、不幸あれ……。


 ――パン!

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