第114話 ルーティンの重要な意味
「「うわぁぁ! きゃあぁぁ!! 助けてくれぇぇ!」」
荒れ狂う邪悪な炎は老若男女を問わず、行き場を無くした
街が……街全体が燃えている。
石と
それがこんなにも火災に対して
確かに壁や建物、それ自体が燃えている訳では無い。
しかし、人間が日々の営みを行う上において、その生活必需品の全てを石と
出入口の扉に、窓に掛けられたカーテン。
その他、様々な調度品や家具類など、燃えるモノは至る所に存在している。
いや、街中どこを見ても、燃えるモノのオンパレードと言っても良いぐらいだ。
――ガラガラガラッ! ドドドォン!
吹き荒れる熱風にでも
行く手にあるレンガ造りの壁が勢いよく崩れ落ちた。
更に、両脇に立ち並ぶ建物の窓と言う窓からは次々と火の手が上がり、
チッ! この裏通りはもう駄目だ。
もとの場所に一旦戻るか?
とは言え大通りは逃げ惑う人々で既に
「大変申し訳ございません、この道はもう駄目です。一旦大通りまで戻って、
チクショウめ、完全に俺の判断ミスだ。
こんな事になるなら、黙って森の中へと逃げ込んでおくんだったぜ。
思えば、例の廃屋内での攻防。
リーダ格と思われる兵士は片岡の放ったエロトラップ付きの
そして、俺に大刀を向けていた手練れの男は俺自身が射殺した。
更に片岡に色目を使った若い男は太腿に放った銃弾一発で無力化に成功し、その他のヤツらも一瞬抵抗する素振りを見せはしたものの、俺のカタコトの英語による脅し文句に恐れをなしたのか、
後を追いかけて、全員始末しても良かったんだが、それだと銃弾がいくらあっても足りやしねぇ。
それに、もう十分に騒ぎが大きくなってるし、他のヤツらが集まって来るのも時間の問題だ。
余計な時間を食ってる場合じゃねぇからな、さっさとこの場は退散するに限る。
とは言え、俺達は何処に行けば良い?
ここが悩み処だ。
当面ヤツらからの追跡を
もう一度森に潜むか、それとも……。
一瞬の
それは、当初の目論見通り、街の中に潜伏する事だった。
俺達は、大人三人に子供二人の大所帯だ。
腹だって減るし、ある程度の安全が確保出来なきゃ、交代で眠る事すらままならねぇ。
この先、いったい何日間逃げ隠れする事になるか分かりゃしねぇからな。
流石に森の中での逃避行はキツ過ぎる。
それに……俺には
「
片岡の叫ぶ声が俺を現実へと引き戻した。
マズいな。
予想していたより、火のまわりが早い。
例の兵士達が放った火は、折からの北東の風に煽られ、市街地へと飛び火。
街全体を巻き込む大火災へと発展している。
いや、それだけが原因じゃねぇな。
なにしろ、俺達が例の廃屋から街中へ逃げて来てまだ間もない。
にもかかわらず、これだけの火勢だ。
こりゃ、街の方々で同時多発的に放火したに違いねぇ。
まさかとは思うが、この全てを俺達を捕まえる為だけにやってるとしたら……あのアゲロスとか言う野郎、アイツは本気で頭が狂ってるとしか思えねぇぜ。
「片岡っ! 何か足場になる様なもの、探して持って来いっ!」
「足場!? ですか?」
「そうだっ! 左手に壁が見えるだろう? アレを乗り越えるぞ。
「わかりましたっ!」
早速、手近な家の前に積んであった大きな木箱に目を付けた片岡。
彼女はその箱を楽々と持ち上げると、小走りの体で壁際へと移動を開始する。
俺も片岡の真似をして箱に手を掛けてみるのだが。
……あ、あれ?
ピクリともしない。
……ふんぐぅぅっ!
全っ然、動かないっ。
「それは私がやりますんで、
「おっ……おぉ、わかった」
火事場のバカ力ってヤツか?
いや、いや。
片岡の場合は、元々がバカ力だからだな。
俺みたいな
うんうん、そうさ、そうに決まってる。
俺が普通で、アイツが変なんだ。
「
「おぉ、どうした?」
燃え盛る炎から
そんな彼女たちが、真剣な眼差しで前へと進み出て来る。
「先ほどより結界の濃度が上がっている様に感じます。恐らく私たちの居場所が敵方に把握されたものと考えるべきでしょう。ですので、一刻も早くこの場を立ち去る必要があると考えます」
「あぁ、そうか……そうだな。俺もそう思う。だから今、あの壁を乗り越えようと片岡が準備を進めている所なのさ。そんな状態なもんだから、もう少しだけ待っていてもらえないかな?」
焦る気持ちは良く分かる。
だが、この状況下では他への逃げ場も無いのが実情だ。
ここは片岡の体力に掛けるしか……。
「いいえ、
あぁ、そうか。
そう言えば
なにもかもお見通しって訳か。
「あぁ、そうさ。まだ確信が持てなくて、言うべきかどうか迷ってたんだが、俺の考えた目的地は、恐らくこの大きな壁の向こう側で間違いない。ただ、簡単にこの壁は越えられそうにねぇからな。
「はい、ございます。
いやしかし。
ここで祝福の力を使っても良いものかどうか?
俺達の場所が特定されてしまうんじゃ……。
「先ほども申し上げました通り、既に敵方には私たちの居場所が特定されているものと思われます。今さらそれを恐れても
はは、これも読まれてたか。
でも、話が早いと言う意味では、これはコレで便利だな。
「確かにその通りだな。でも、さっき
「はい、その通りでございます」
俺の指摘をアッサリと認めたのは、他でも無い
「ただし……」
「ただし?」
「私には
結界が関係無いってどう言う事だ?
って事は、
「いいえ、
おぉそうか。そう言う事か。
二人は祝福の発動を俺に止められていたから、いままで口出しして来なかったって訳か。
もともと二人に祝福の力を使うなって言ったのは、敵に居場所を把握されないようにって言う理由だったからな。
もう見つかっちまってるんなら、何の支障もねぇって話だ。
「あぁ、分かった。どうやるのかは知らねぇが、この際だ、思う存分やってもらって構わねぇ。ただ、あんまりド派手なのは困るぜ、この壁も完全に破壊するのは無しだ。後から敵が来た時に防げねぇようじゃ、本末転倒って事になるからな」
「承知いたしました。それでは早速対応させていただきます。あ、片岡さんには、ちょっと横でお休みいただける様、お願いできますでしょうか?」
俺は頷きかえすと、大声で片岡の事を呼び戻した。
「はぁ、はぁ……。どうしました?
俺の目の前までやって来て、肩で息をする片岡。
見れば、あれだけの短時間にもかかわらず、周辺の木箱やらツボやらをかき集め、既に壁の中程までは積み上げていた様だ。
とにもかくにも、片岡のバカ力と勤勉さには本当に頭が下がる。
だが、そうは言ってもまだ壁の中程だ、周囲の建物には既に火が回っているし、これ以上の資材を集めるのは、かなり難しいと思って間違いは無い。
それでも、一言の不平も言わず、馬鹿正直に資材を集める片岡が少し
「いや、良くやってくれたぞ、ありがとう片岡っ。後は
俺はちょっと毛量の多い片岡の頭に手をのせ、少々乱暴にではあるけれど、ガシガシと撫でてやる事にする。
あぁ、この手触り、この感触。
なんか、昔飼ってたゴールデンレトリーバーを思い出すなぁ。
それに、この毛量。
ちょっと
実は最近、抜け毛が多くてさぁ。
枕に付いてる髪の毛を見る度に、ちょっと悲しくなるんだよなぁ。
どうしようかなぁ。
新しい育毛剤買おうかなぁ……。
などと思いを馳せている最中も、ずっと俺の成なすがままに頭を撫でられ続ける片岡。
こころなしか、彼女の尻にあるはずの無い尻尾が、ブンブンと音をたてて振られている様に感じられるのも、決して気のせいでは無いと思う。
そんな事をしている間に、
俺と片岡は
「
「あぁ、問題は無いだろう。
やたらと自信満々の
まるで我が子の成長を
やがて、
すると今度は、彼女の正面で相対するように、
「え?
「
「はっ、はぁ……」
静かに瞳を閉じる
そんな
え?
更になんと、
ほんの少しだけ顔を傾け、ゆっくりと、しかも確実に。
え? ヤバっ! マジでっ!?
燃え盛る炎を背景に。
己が唇を妹の唇へと重ねて行く
やがて、二人のシルエットが一つに重なって……。
うわぁ……百合やぁ。
ガチ目の百合やぁ!
めちゃめちゃ正統派美少女による、美の共演やぁぁ!
その道のプロ
そのあまりの衝撃映像に、ガクガクと膝が揺れはじめ、まるで腰砕けのように、ふらふらと地面にへたり込みそうになってしまう自分がいる。
ふと横を見れば、
――ゴゴゴ……。
うぉぉ! 百合の破壊力半端ねぇ!
それにしても、俺ってこんなに百合が好きだったんだなぁ。
だって俺もう、足腰立たないもん。
って言うか、
――ゴゴゴ、ゴゴゴ……。
え? ごっ、ごごご?
なに? この音?
ふと正気に返ってみれば、足元の地面が地鳴りと共に、小刻みに揺れ始めているではないか!
うおっ!
地震だっ!
なんだこれっ!
百合、全然関係ねぇじゃん!
――ゴゴゴ、ゴゴゴゴッ! ズドドォン!!
締めくくりは、ひと際大きな揺れに合わせて、爆発音のような地響きが発生。
それとともに、目の前に立ち塞がっていたあの大きな壁が、およそ五メートルほどの長さに渡って、一気に地中へと陥没してしまったのだ。
「なんだこりゃ、いったいどう言うこった!?」
「驚いたか、
うっそ、マジか。
自在に地震を起こせるって、どんだけ危険な能力だよっ!
「
この声は
いち早く壁の内側へと移動していた彼女が、俺達を手招きしてくれている。
さっきまでの百合の余韻が全く感じられないのは少々残念な様にも思えるが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「おぉ! いま行くぞっ!」
俺は
「いやぁ、
中に入る時間は短縮出来た。
しかし、この壁を敵が来るまでに修復するのは無理そうだ。
仕方がねぇ、中の人間と交渉して誰か見張りでも立ててもらうか、それとも……。
「
「え? そんな事まで出来るのか?」
「はい、可能でございます。それに、これは私の力ではございません。全て妹である
「そっ、そうか。それじゃあ時間もねぇ事だし、早速お願いできるか?」
「はい、畏まりました。それでは
言うが早いか、
そして当然、スル事と言えば、ただ一つ。
――むちゅぅぅ。
あぁ、悪ぃ。
これは完全に俺の心の中でのアフレコだ。
気にするな。
当然、美少女二人による接吻は、こんなおっさん臭い音がする訳がねぇからな。
いやなに、こうでもしなきゃ、俺の精神的なアレが保てないって言うかさぁ……なぁ、分かるだろ? 羞恥心的なアレな、アレ。
――ゴゴゴ、ゴゴゴゴッ! ズズズゥゥン!
などと、少女二人のあられもない姿に見とれている隙に、例の崩れ去った壁のあった場所には、全く同じ幅と高さで作られた土の壁が出来上がっていたんだ。
「ほへぇぇ。すげぇな、こりゃ」
壁に直に触れてみると、予想以上に硬い事が良くわかる。
土と言うよりは、岩に近いような感覚だ。
これであれば、十分に敵を防いでくれる事だろう。
「しっかし、本当にビックリしちまったぜぇ。こんなスゲェ壁まで作れるなんてよぉ。流石は
俺はこころなしか声のトーンを低くしてから、さりげなく
「あのさぁ、なんつぅかなぁ。あのぉ……さぁ、なんつぅの? 接吻? って言うか、ちゅう? 的なヤツ? アレってさぁ、そのぉ、二人の間でのルーティンって言うかさぁ、おまじないみたいな、儀式的なヤツなの? って言うか、アレって、毎回しないと駄目なヤツなの?」
いったい何処でセクハラ判定されるか分かったもんじゃねぇからな。
これでも俺なりに、言葉を選んで、選んで、選び倒した結果がこれだ。
そんな俺の
「拙いものをお見せして、大変申し訳ございません。実はキスには重要な意味がございまして」
ほほぉ、意味か? 意味があるのか。
それじゃあ仕方が無いな。
でもなぁ、四十過ぎのおっさんには、あの破壊力ある映像は、心臓に悪いんだよなぁ。
それが毎回続くとなると、ちょっとこれはどうなの? って感じもする。
せめて、もう少し見えないようにちゅうしてもらうとか、何か方法を考えてもらわないと、精神衛生上よろしくないよなぁ。でも、まずはその『重要な意味』ってヤツを聞いてみない事には始まらないし……などと思っていた矢先。
『おいっ! お前達っ! そこで何をしているっ!』
背後より聞こえて来たのは、野太い男の声。
一難去ってまた一難か。
どうやら、
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