第113話 スピーキングはカタコト

 くっそっ! 見つかったっ!

 どうするっ、コイツ一人か?

 それとも、近くにも仲間がいるのかっ!?


 Glockを握る右手にイヤな汗がにじむ。


 下手に仲間でも呼ばれようものなら、取返しがつかねぇ。

 もう、コイツは撃ち殺すしかねぇな。

 その上で、俺がおとりになって外へ踊り出る。

 そのすき蓮爾 れんじ様たちにはこの場から離れてもらうしか……。

 えぇい、仕方がねぇ。ヤルかっ!!


 正にイチかバチか!

 そう心に思い定めた直後だった……。


『なによぉ……もぉ! うるっさいわねぇ……今お仕事中なのよっ。ちゅうっ! それに、もうちょっとでそうだったんだからさぁ、アンタも少しは空気読みなさいよっ!?』


 突然、俺の隣に隠れていたはずの片岡が、気怠けだるそうな雰囲気をまといながら、ゆっくりと立ち上がったのだ。


『なっ、なんだお前ッ、こんな所で何してやがる!?』


『何をって……ご挨拶よねぇ。お仕事中って言ったら、お仕事中に決まってるじゃないのよぉ』


 片岡は少しはだけた胸元を俺から奪い取ったトガで覆い隠すと、モンローウォークを披露しながら、窓の近くへと歩み寄って行く。

 すると、兵士の方も急に納得した様子で。


『おぉ……そりゃ、男物のトガだな。I got itなるほど、そう言う事か。それで、ココはお前の仕事場って訳なんだな』


 何が『I got itなるほど』なのかは良く分からねぇが、もしかしたら、上手く誤魔化せたっぽいのか?

 って言うか、片岡って英語だと割とスラスラ喋るんだよなぁ。

 日頃アイツが無口なのは、日本語が下手なだけなのかもな。


『で? とはいつ頃終わるんだ? この辺りはもうじき焼野原になっちまうんだ。逃げるんなら今の内だぜ』


『えぇ? ココを焼いちまうのかい? そんな事されちゃあ、商売あがったりだよぉ! 他の建物はどうでも良いからさぁ、この建物だけは見逃しておくれよぉ』


 片岡が指先で兵士の厚い胸板をこねくり回しながら、不満を口にすると。

 兵士の鼻の下は、デレデレと伸びて行く一方で。


『うへへへへ。仕方ねぇだろ? ウチの雇い主様がヤレって言うんだからさぁ』


『雇い主様ぁ? へぇぇ……。その雇い主様って、一体どんな人なんだい?』


 いかにも興味ありげに話を続ける片岡。

 恐らく兵士の注意を引き付ける事で、俺達の事を隠そう言う狙いなんだろう。


『なんでも、北方大陸のお貴族様らしいんだが……俺達にゃあ、そんな雲の上の話はわからねぇな。でもまぁ金払いは良いし、別に悪い雇い主様じゃあねぇぜ。そんな事よりよぉ……』


 そう言いながら、若い兵士は人差し指を上に向けてクルクルと回して見せる。

 すると、片岡の方もその仕草の意味に気付いたのか、両手で髪をかき上げながら、ゆっくりと男の前で回り始めた。


 胸を揺らし、腰を振り。

 上目遣いの眼差しに加えて、振り向きざまのウィンクも忘れない。


『おいおい、子猫pussycatちゃんは、なかなかのを持ってるじゃねぇか。どうだい? 今の男が終わったら、次は俺って事でさぁ』


『そうだねぇ……アタシは別に構わないよ。それよりアンタ、金は持ってるんだろうねぇ』


 片岡はこれみよがしに自分の中指を若者の目の前で突き立てると、それをさも美味しそうに、何度もなんどもしゃぶってみせた。


 おいおい。

 そんなコトエロい仕草、いったいドコで覚えたんだ?

 阿久津あくつか? 阿久津に教えてもらったのか?

 いや、アイツは真面目なヤツだ。こんな高度な技を伝承出来るとはとても思えねぇ。

 となると、誰だっ!?


 とここで、ふと頭をぎるのは、赤い瞳に銀色の髪を持つ少女。


 ……あっ!


 振り向いてみれば、紅麗ホンリーちゃんがなにやら満足そうな笑みを浮かべて、片岡の事を見つめているではないか。

 それは完全に弟子の事を見守る師匠の姿そのもので……。


 紅麗ホンリーちゃん……いったい何を教えてくれちゃってんの?

 駄目だよ、片岡アイツは、無駄に物覚えが良いんだからさぁ……。


『金ならもちろん持ってるさ。さっきも言っただろう、俺の雇い主様は金払いが良いんだって』


『ふぅぅん、そうかい、分かったよ。それじゃあ、今から戸口のかんぬきを外すからさ、アンタ一人で入って来なよ。それと入れ替えに、今の男には出て行ってもらうようにするからさぁ』


『よし分かった! 交渉成立だっ!』


 男はウキウキした様子で戸口の方へと走り去って行く。

 そんな若い兵士の姿が見えなくなった事を確認してから、片岡が急いで俺たちの方へと振り返った。


加茂坂かもさかさん、このような形になってスミマセン。もう少し誤魔化せるかと思ったのですが」


「いや、ナイスフォローだった。とりあえず片岡はこのまま男の注意を引き付けてくれ、俺は戸口の横に隠れて背後から男を殴り倒す。その後、男を縛り上げてからココを抜け出す事にしよう。他の皆は直ぐに出立できるよう、準備をしておいてくれっ」


 今ココで騒ぎを大きくするのは得策じゃねぇ。

 隠密裏おんみつりに進めるのが吉だ。

 流石にあの若い兵士が戻らなければ、他の仲間も不審に思うだろうが、俺たちが逃げるぐらいの時間は確保できるはずだ。


『おぉぉい、まだ終わんねぇのかぁ? 早くしろよぉ!』


 戸口の外から、若い兵士の声が聞こえて来る。

 俺は近くに落ちていた棒きれを拾い上げると、戸口の脇で大上段に身構えて見せる。

 そんな俺の様子を確認した後、片岡が戸口のかんぬきへと手を伸ばした。


『はぁぁい、今から開けるからぁ。そんなにせっつかないでおくれよぉ。アンタとアタシの夜はまだまだこれからなんだからさぁ』


 ――ガコン……ガコガコッ……


 太いかんぬきが引き抜かれ、やおら男を迎え入れようと、片岡が扉の取っ手を掴もうとした、その瞬間だった。


 ――ダダン! ドカドカドカッ!


お前らっ、動くなっFreeze! Nobody moves!!』 


 乱暴に開け放たれた扉からは、屈強な兵士達が続々となだれ込んで来た!


「うおっ!」


 気付けば、俺のあごの下には古びた大刀がピタリと張り付き、片岡は両腕を後ろ手に掴まれ、身動きできない状態に。

 さらに蓮爾 れんじ様と藍麗ランリー紅麗ホンリーの二人は、後から押し入って来た兵士達の手で部屋の中央付近へと引きずり出されてしまった。


 マズイ。

 コイツら手練れだっ。

 これっぽっちもすきが無ぇ。


 狭い扉にも関わらず、互いにけん制し合う事もなく部屋の中へとなだれ込む手際。

 瞬時に部屋の中の人数を把握して、効率よく制圧する役割分担に観察眼。

 正規に訓練された兵士たち……と言うよりは、これまでいくつもの修羅場しゅらばを乗り越えて来た、そんな熟練じゅくれんの技が感じられる集団だ。


『よぉし、よしよし。動くんじゃねぇぞ。ココにいるのは歴戦の猛者たちばかりだ。丸腰のお前達が束になったって敵う相手じゃねぇよ。それに、この建物の外には神官も大勢控えてる。いくらお偉い司教様だろうが、結界の中じゃあ普通の人間と変わらねぇって話だからなぁ』


 下卑げびた笑いを浮かべながら、一番最後に部屋へと入ってきた大柄の男。

 恐らくこの男が兵士達のリーダ格なのだろう。


『おかしらぁ、ほらほら、言った通りでしょ! 俺の目利きは確かだってぇ』


『あぁ、確かにお前ェの言った通りだったな。これで、たんまりと報奨金ほうしょうきんを弾んで貰えるぞ』


 リーダ格の男は無造作に周囲を見渡すと、ふと片岡の所で目を止め、脂ぎった右手を伸ばして、彼女の首根っこを鷲掴みにする。


『ほほぉ、コイツは上玉だなぁ』


『あっ、お頭っ! あのぉ、ソイツは……』


『なんだ? 俺に何か言いてぇ事でもあんのか?』


『あぁ、いいえ、そう言う訳じゃあないんですが、出来ればソイツぁ、俺の獲物って事で……』

 

 若い兵士の消え入りそうな御託ごたくなど完全に無視。

 リーダ格の男は片岡のはだけた胸元に手を突っ込むと、何の躊躇ためらいも無く彼女の乳房を揉みしだき始めた。


っ!」


 屈辱と激痛。

 両者綯交ないまぜの感情に、思わず顔を歪める片岡。

 しかし、助けに行こうにも、首元にあてられた大刀の所為で、俺自身、微動だにする事が出来ない。


『お前ェら、よぉく聞け。ご依頼主様からは、見つけ次第全員殺せとのお達しだ。とは言え、どうせ持って行くのは首から上だけだからな。つまり、首から下がどうなっていようと構やしねぇって事さ。女を殺すのは、下の口を存分に味わってからにするぞ』


『『へいっ!』』


 兵士たちからは、喜々とした威勢の良い声が上がった。

 その中で俺は大刀に怖れおののいた振りををしながらも、ヤツらの様子と配置を頭の中へと叩き込む。


 とりあえず、蓮爾 れんじ様たちの周りに四人。この四人はどうやら中堅と言った所か。

 次に、片岡を後ろ手に捕まえているヤツと、その横に若い兵士が一人。片岡を捕まえているヤツはソコソコの手練れだな。横に居る若いヤツは最初に声を掛けて来たヤツに違いねぇ。コイツは新米ルーキーと言う所か。

 後は、俺の喉元に大刀を突き付けてるコイツと、リーダ格の男。この二人は完全に手練れだな。全くすきがねぇ、俺一人じゃあちょっとばかり荷が重いぜ。

 全部で八人か……かなりキツイな。

 こんな時に阿久津あくつが居てくれたら……とは思うが、居ないものはしょうがない。

 

『よぉぉし、よしよし。まずは俺様が味見をしてやろう……。奥の女も捨てがてぇが、俺ぁ、こう言う尻のデカい女の方がどっちかってぇと好みでなぁ……どれどれぇ?』


 そう言うなり、リーダー格の男は片岡のストラの裾へと手を伸ばした。

 しかし、そんな手の動きをまるで嘲笑あざわらうかのように、彼女は自分の右足をゆっくりと持ち上げ始めたのだ。


『うふっ、ふふふっ……』


 見た事も無い様な恍惚こうこつの表情を浮かべる片岡。

 そんな彼女自身の意思により、白い生足が徐々に徐々にと、持ち上げられて行く。


『アンタ……お頭なんだってぇ?』


『おうよ。大人しく俺の言う事を聞いてりゃあ、もしかしたら命だけは助けてやらねぇでもないぜ?』


 やがて、彼女のくるぶしまで覆っていたストラの裾は、持ち上げられた足の所為で、太腿ふともものあたりまでめくれ上がって。


 コラコラ、片岡っ!

 そのまま足を上げ続けると、パンツが見えちまうぞっ!


 リーダー格の男も下卑げびた笑いを浮かべながら、解放されつつある片岡の股間を覗き込み始める。


 おいおいおい!

 もう、止めろ!

 ヤメロ、片岡っ!


 かく言う俺も含めて、片岡の正面に位置する野郎どもの視線が、彼女のストラの奥底にある秘境部分へと集中する。


 パパパ、パンツがっ!

 パンツが見えちまうぞっ!


 そして、高々と持ち上げられた右足は優に彼女の頭上を越え、ほぼI字バランスの状態にまで到達。


 パンツ……パン……パ……。

 ……あっ!


 ――ドガッ! メキョメキョッ!!


 とここで突然。

 が鈍器で殴られた様な打撃音に続けて、異様な破壊音が部屋の中に響き渡った。


『誰の尻がデカいって!? ホント、ドコ覗き込んでんだいっ! この腐れ〇〇〇野郎っ!』


 男たちが部屋の中へと持ち込んだ松明の光に照らされて。

 テラテラと青白い輝きを放つ、片岡の生足。

 それ単体だけを見れば、妖艶ようえんの一言で片づけられるものを……。

 しかし、今時点ではそうも言ってはいられない。

 なぜなら、そのつややかにもスラリと伸びた右足は、目の前にいるリーダ格の男の脳天をおもいきり打ち据えただけでは飽き足らず。

 彼女のかかと部分が、本来彼の頭蓋骨があるべき領域にまで、しっかりと侵食してめり込んでいたのだから。


「って言うか、おッ! パパパ、パンツ穿いてぇじゃねぇかっ!!」


 I字バランスの状態から繰り出された片岡渾身こんしんのかかと落とし。

 それが、リーダー格の男の頭上へ炸裂したと同時に、俺の渾身のツッコミも炸裂っ!


『こここっ、こんのアマぁ! お頭になんて事しやがるっ!』


 突然の片岡の凶行に、色めき立つ兵士達。

 当然、そのその視線は片岡の方へと向けられる。


 もちろん、こんな千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを逃す様な俺様じゃねぇ。

 慌て始めた男たちの一瞬の隙を突いて、俺は大刀の切っ先をかわすと、後方に向かって飛び退いたのさ。


『あっ、この野郎っ!』


 慌てた手練れの男が俺に向かって大刀を大きく振りかぶった。


 ――パン、パン!


 プラスチックフレームが多用されたGlock。

 その銃口から射出された9mmパラベラム弾は、数センチの狂いも無く大刀男の左胸と人中に着弾。


 跳弾ちょうだん無し。

 頭蓋、射入口および射出口からの出血を確認。

 マル対は即死無力化と判断……次っ!


 敵は動揺している。

 たたみかけるなら今だ。


 俺は迷う事なく、片岡の横にいる若い兵士に向かって銃口を定めた。

 左手を添え、腰を落とし、脇を絞める。

 移動による手振れを最小限に抑えながら、速やかにマル対との距離を詰めて行く。


『くっ! 来るなっ! なんだそれはっ! 魔導か!? 魔道なのかっ!』


 若い兵士新たなマル対の発言に、部屋の中の緊張感が一気に高まった。


 この国の人間は、魔法や魔道と言うものに、ある一定の恐怖感を抱いているらしい。

 実際問題、これは魔法でも、ましてや魔導でも無いんだが。

 まぁ、わざわざそれを教えてやる必要も無い。


 俺は狙いを定めて、引き金トリガーを引き絞る。


 ――パン!


 若い兵士新たなマル対太腿ふとももに一発。


『うがぁ!』 


 大腿、射入口および射出口からの出血を確認。

 マル対は無力化と判断。

 この男の脅威は低い。だから、殺す必要は無い。

 弾は貴重だ。残弾の確保もサバイバルの基本……次っ!


 俺は片岡の背後にいる兵士へ狙いを定めると同時に、視線だけを動かして部屋の中の状況を把握する。


 蓮爾 れんじ様を囲む中堅のヤツらは頭目を潰されて、いまだ動揺している状態だ。

 よし、向こうの四人は、後で始末すれば良い。

 やはり問題は目の前のコイツだ。


『オイッ、オマエ! 女ハナセ、両手アゲロ!』


 あぁ、悪い。

 最初に言っておくが、俺ぁ、英語のヒアリングは割と得意なんだが、スピーキングの方は、ちょっとカタコトだ。

 許せ。

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