第115話 旧友遠方より来る

「ちょちょ、ちょっと待ってくれ、俺達は決して怪しい者じゃないっ!」


 自分で言うのも何だが、これって怪しい犯人ヤツが良く言う常套句じょうとうくだよな。

 こんな言葉を何の戸惑いも無く口にする日が俺にも来ようとはなぁ……正直思いもしなかったぜ。


 俺は両手を上げて声のした方へと目を凝らした。

 するとそこには身の丈を超える長さの槍をたずさえた、屈強な兵士数人が待ち構えていたのさ。


 何はともあれ、最初が肝心だ。

 今ここで、この屋敷の連中と揉める訳には行かねぇ。

 俺達の行く末は、まずコイツらとの交渉に掛かっていると言っても過言じゃねぇんだからな。


『ワタシノナマエハカモサカ トーキョーカラキタ チョウシハドウ?』


 俺は身振り手振りに加え、精一杯の愛想笑いを浮かべながら、なんとか親愛の情を表現しようとしたのだが。


『こいつ、何言ってるんだ? 怪しいヤツだ。捕まえて納屋にでもブチ込んどけ!』


 くっ! 俺の英語、全く通じて無ぇ!

 やっぱり俺のカタコトの英語じゃダメか。


「おい片岡っ! お前、コイツらに俺達が怪しく無ぇって説明してやってくれ」


「はい、わかりました」


 片岡は二つ返事で俺の前へと進み出る。


 流石だな片岡。全く物怖ものおじしてねぇ。

 こう言う時に役に立つのは、やっぱりネイティブなヤツだよな。

 ホント、片岡が帰国子女で良かったぜ。

 頼んだぞっ! 片岡ッ!


『いやぁん!』


 ……え?


『そちらの筋骨隆々のお兄さんたちっ、夜明けも近いのにギンギンねぇ? あ、夜明けだからそれも当然かぁ!』


『『……』』


 急に押し黙る兵士たち。

 想像のナナメ上を行く軽いノリ。

 これ、本当に大丈夫か? 片岡?


『……なんだお前っ、どうやって入って来た? どうせ火に追われて逃げ込んで来たんだろうが、ここはお前達の様な下賤げせんな者が入って来て良い場所じゃないんだぞ!』


 彼女の軽い態度に対して、兵士達は更に不信感をつのらせたようだ。

 しかし、この程度でくじける片岡では当然なく。


『んもぉ! なになにぃ? ノリが悪いわねぇ。それに、そんな物騒な太くて固くて長いもの振り回しちゃったりしてさぁ、いったい私たちに何するつもりぃ?』


『軽口はヤメロ。まずはゆっくりとひざまずいて、腹ばいになるんだ』


That's what she saidそれ、彼女が言ってた!』


『『……』』


 兵士達の顔には、更に戸惑いの色が浮かぶ。

 それとは対照的に、背後からは蓮爾 れんじ様たちの失笑が漏れ聞こえて来る。


『ちっ猪口才ちょこざいなっ! 娼婦風情ふぜいが何を言うかっ!? このアバズレめぇ! これ以上俺達を愚弄ぐろうするのであれば、ただでは済まさんぞっ!』


 隊長格と思われる兵士の怒号に合わせ、背後の兵士達が一斉に身構え始めた。


加茂坂かもさかさん……」


「なんだ? 片岡……」


「ダメですねコイツら……冗談ジョークが通じないみたいです」


 いやいやいや、片岡。

 この緊迫した状況で、良くその下ネタジョーク言おうと思ったな。

 俺からすれば、そっちの方が逆にスゲぇわ。

 それよりなにより、お前のネイティブな下ネタジョークはわかり辛ぇんだよ。

 って言うか、日本の読者にも全く伝わってねぇよ、たぶん。

 遥か彼方、明後日の方向に置いてきぼり状態だよ。

 なんとなく分かる人を加えたとしても、今の冗談ジョークが伝わった人なんて、ほんの一握りだと思うぞ!?

 

「で……どちらに致しましょうか?」


「どちらって? 何か方法でもあんのか?」


 なんだよ。意外と冷静だな。

 何だかんだと言っても、片岡は才女だからな。

 代替となる妙案を持っていたとしても、なんら不思議じゃねぇ。

 なるほどな、流石は片岡だ。

 そこまでを俯瞰した上での冗談ジョークだったって訳か。


「はい、全殺しか……半殺しかの選択が可能です」


 バカなの?

 ねぇ、この娘、バカなの?

 全然才女じゃねぇよ。

 単なるバトルジャンキーだったよ。

 脳みそが筋肉で出来てる以外に考えられねぇよっ!


「ダメだ、駄目だ。俺達はコイツらにかくまってもらわねぇといけねぇんだからよぉ! ここは穏便おんびんに話しを進めねぇとマズいんだって」


「でも加茂坂かもさかさん」


「なんだ? 片岡……」


「ここまで相手を怒らせたら、後はもう力で解決するしか無いんじゃないっスかね?」


 ナニ言ってるのキミは。

 怒らせたのはキミでしょ?

 ねぇ、この先行き真っ暗な状況に追い込んだのは、間違いなくキミなんでしょ!

 そのキミが、そんな事言う?

 ねぇ、キミがいまそんな事言うの!?


『横合いより失礼致します。こちらの建物はベルガモン王国が所有する領事館で間違いないでしょうか?』


 これまた、礼儀正しくも、ネイティブな発音。

 その声音は年相応と言うよりも、日本語の時よりも少し大人びて感じられるのは、決して気のせいでは無いだろう。


紅麗ホンリーちゃん!」


加茂坂かもさか様。ようやく加茂坂かもさか様のなさりたい事が理解出来ました。ここは私にお任せいただけますでしょうか? 先程、加茂坂かもさか様のお供として参りました際に、私にも少々のツテがございますので」


「おぉ、流石だな紅麗ホンリーちゃん。それじゃあ、通訳も含めて任せても良いかな?」


「承知いたしました。この紅麗ホンリーに全てお任せ下さいませ」


 そう言うなり、兵士達の前へと進み出て行く紅麗ホンリーちゃん。


 コイツは心強ぇや。

 片岡とは安心感が違うな。

 アラサーの才女がこんな少女に安定感で負けてるってぇ言うのも、どうなんだろうなぁ。


 最初は何事かといぶかしんでいた兵士達も、冷静沈着な紅麗ホンリーちゃんの態度にようやく落ち着きを取り戻した様だ。


 ふぅ……。

 一時はどうなる事かと思ったぜぇ。


 ようやくひと心地付いてから周囲を見渡してみれば。

 神殿の広大な庭園とは比ぶべくもないが、隅々まで手入れが行き届いた花壇では美しい花々が咲き誇り。塀や壁には周囲の邸宅に見られる様なレンガではなく、切り出された大きな石材が使われていて、その表面には精緻せいちなレリーフが施されている。

 どことなくではあるが中東辺りの国々を連想させるような、異国情緒じょうちょあふれる景色だと言えるだろう。


 そうなんだよ。

 俺の目的地はココだったのさ。


 昨日の夕方、エントランスホールで突然始まった陳情ちんじょう合戦。

 最初に声を掛けてくれたのは、ベルガモン王国だった。

 その後、ベルガモン王国の宰相補の取り計らいで、取引のある豪商を含む晩餐会ケーナへと招待されたんだが、それがこの屋敷だったんだよな。


 蓮爾 れんじ様や、司教会での情報を繋ぎ合わせると、ヴェニゼロス大司教を中心とした教団執行部は敵認定確定だ。ヴェニゼロスと繋がりのあるエロエロ貴族のアゲロスも完全に黒。それに、東京教区の大司教であるニアルコス自体もどこまで信用出来るか分かったもんじゃねぇ。

 となると、逃げ込める先として考えられるのは、メルフィ本国ぐらいのもんだが、基本、本国は教団側とは相互不可侵と言う事で一線を引いているらしいし、ここまでアゲロスが無茶苦茶しているにもかかわらず、未だ表だって動いている様子も見受けられねぇ。こりゃ黒とまでは言わねぇが、かなり黒寄りのグレーって所だろう。


 とここで、俺は横目でチラリと紅麗ホンリーちゃんの様子を確認。

 すると、兵士の一人が敬礼してから、屋敷の方へと駆け出して行くのが見えた。

 どうやら交渉は上手く進んでいる様だな。

 流石は紅麗ホンリーちゃんだぜ。感心感心。

 

 さて、もう一度思考を戻そう。

 そこで俺は考えた。俺達の味方になってくれそうなヤツは他に居ねぇのか? とね。

 初めて来たこの国で、俺の知り合いなんざ、殆ど居やしねぇ。

 顔見知りと言えば、教団内部の人間と、宿泊先のエントランスホールに集まって来た陳情ちんじょう客たちぐらいが関の山だ。

 となれば、その中から一番信用できそうで、ヴェニゼロスやアゲロスと対抗できて、かつ俺達を匿う事である程度の利益が見込めるヤツと言えば……。


 思いつくのは、ベルガモン王国の宰相補一択だったって訳さ。

 しかもこのベルガモン王国ってトコは、貿易で成り立つ商人の国だって話だからな。利に聡い商人の事だ、互いにメリットがあれば、必ず話に乗って来るに違いねぇ。

 儲けゲインとリスク……それをどうやって理解させるか。

 それが、これから俺達が生き残る最大のポイントって訳だ。


「おぉ! おぉ! これはこれは……カモサカ猊下げいかではございませんか!」


 屋敷の方より大声を出しながら駆け寄って来たのは、例の宰相補だ。

 名前は確か……エミ……エミル……。そう、エミルハンだったな。


 いま思えばだが、宰相補クラスになると、流暢りゅうちょうな日本語を話すんだよなぁ。おかげでこの国の公用語が英語だって事をすっかり忘れてたぜ。

 この国では神語と呼ばれる日本語を話す事が上流階級としての一種のステータスとなっているらしいからな。

 流石に一国の宰相補ともなれば、この程度の言語スキルは当たり前と言った所か。


「おぉ、宰相補殿、昨日は大変素晴らしい晩餐会ケーナにお招きいただき、ありがとうございます」


「いやいや、とんでもございません。猊下げいかにお喜びいただけたのであれば、本望にございますよ」


 俺はにこやかに挨拶を交わしつつ、蓮爾 れんじをはじめとする全員の紹介を手短に済ませた。


「レンジ猊下げいかにカモサカ猊下げいか、高貴なお二方に揃って当屋敷へお越しいただけるとは何たる僥倖。このエミルハン、望外の喜びにございます。はははは」


「いやいや、なになに、はははは」


「「……」」


 互いに笑みをたたえたままで、小さくうなずき合う二人。


 ふん。早速腹の探り合いか。

 大体、空も白み始めぬ真夜中に、司教位二人が突然訪れたにもかかわらず、この余裕だ。しかもこの男、普段通りの服装で出迎えるあたり、完全に予想していたとしか思えねぇ……ちっ! マズったか!?


 でもまぁ。街中が火の海になってて、普段通りに寝てられる方がオカシイって話だし、屋敷の中は特に慌てた様子も見受けられねぇ。

 流石に俺達が来る事まで予想出来るとは思えねぇからな。

 まずは、このエミルハンって野郎がどこまで情報を持っているのか……がポイントになりそうだな。 


「エミルハン殿、実はこの様な夜分に突然お伺いしたのには、少々訳がございまして……」


「ほほぉ、どの様なご用件でございましょう。是非お聞きしたいもので」


「実は昨晩より、教団内部にて多少のゴタゴタが御座いましてな。それに輪をかけ、夜盗モドキが街へと入り込んだのか、街中に火を放った様で、市中は大いに混乱しております」


「えぇ、その様ですな。私どもの屋敷は高い塀と広い庭園に囲まれておりますから、多少の火事程度であれば特に問題にはならないのですが、流石にこの騒ぎでは寝ている事もできず、兵士達には塀の周囲を見張らせていた所なのですよ」


「なるほど、流石は宰相補のエミルハン殿ですな。打つ手が早い」


「いやいや、当然の事でございましょう。それよりカモサカ猊下げいか、いついかなる時でもお越しいただくのは全くもって問題ございませんが、お恥ずかしながら真夜中と言う事もあり、十分なおもてなしを用意する事が出来かねましてなぁ。もしよろしければ、明朝改めてお越しいただくと言う訳には参りませんでしょうか?」


 しらじらしい……。

 教団内部のゴタゴタの件については、完全にスルーか。

 こりゃ、ある程度の情報を持っていると見て間違い無さそうだな。

 それに、明日の朝に出直して来いだと?

 かくまうにしても、何にしても、エミルハンにしてみりゃ、俺達に早く『助けてくれ!』と言えって所だな。

 しかし、ここで下手に出るようじゃ、買いたたかれるのは目に見えてる。

 この辺りの腹芸は望むところだが、正直俺達には時間が無ぇし、切れるカードも少ねぇ。仕方がねぇな。ここは先に折れるか……。


「エミルハン殿の申される事は誠にごもっとも。その上で、折り入ってエミルハン殿に頼みたい事があるのだが……」


 俺は真剣な眼差して、宰相補に語り掛ける。


「実は昨晩……」


 と言い始めた所で、エミルハンが突然、片手を上げて俺の言葉を遮った。


「委細については後ほどお聞きする事と致しましょう。まず最初に重要なのは猊下げいかが私を信用していただけるかどうか……と言う点で御座います。商売は信頼関係が第一でございますからな。それが確認できれば問題はございません」


「そっ、そうか」


 想定外の反応に虚をつかれ、二の句が継げなくなってしまった。

 しかし、エミルハンの方にはまだ言い足りない事がある様で。


猊下げいか、商売に信用は不可欠ではございますが、もちろんそれだけでは商売としては成り立ちません。いかがでしょう。ぜひ猊下げいかがお考えの『』について、もう少しお話しを詰めさせていただけますかな?」


 ――ゴクリ


 人が好いと言う以外に特徴の無い宰相補の顔。

 それがなぜか今は、恐ろしく冷ややかなモノの様に感じられる。

 その急激な変化を目の当たりにした俺が唯一出来る事と言えば、緊張した面持ちのままで固唾をのみ込む事だけ。


 そんな俺の様子をエミルハンは承諾の合図と受け取ったのだろう。

 彼はいつもの温和な表情に戻ると、後ろに控える兵士達へと声を掛けた。


「これはめでたいっ! 遠路はるばる私のがお越し下された! 奴隷を起こせ! 給仕を呼び集めよっ! 急ぎ歓待の準備だ! それからエルヴァイン将軍にも伝えよ! ただ今の時刻をもって門を固く閉ざし、何人たりともこの屋敷への一切のを禁ずる。聞きたがえるな! 出入り全てだ! 猫の子一匹通すでないぞっ! 警備を厳にっ! 繰り返すっ、警備を厳にっ!」

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