第111話 ごきげんよう、ヴェニゼロス

「失礼致します」


 仄暗ほのぐらい部屋の中に響くのは、低く抑揚よくようのない声。


 部屋の中央には、質の良いソファーが設えられており。

 その一脚に腰掛ける男性が、小さなうなずきをもって承諾の意を示した。


 すると、部屋の隅にある暗がりが次第にユラユラと揺蕩たゆたい始め、やがて、そんな闇の中からにじみ出るかのようにして、一人の男が姿を現したのだ。

 それは魔導のたぐいか、それとも妖の あやかし 技か。


 傍から見れば、不埒ふらちな賊の一人が押し入って来た……とも判断されるべき所なのだが、入室を許可した当の本人は当然のごとく意に介さず。

 黄金の杯に注がれたルビー色の液体を、ただただ静かに己の口元へと運ぶのみ。


「もう落ち着いたのか?」


 歳の頃は三十代半ばほどだろうか。

 肉付きの良い童顔な顔立ちだけを見れば、もっと若いような印象すら受ける。

 ただ、瞳の奥にらめく野望の光だけは、既に老練と言っても過言ではないほどの鋭い輝きを放っていた。


「ようやく……」


 闇の中より現れ出でた男が、ソファーのはるか手前で恭し うやうや ひざまずいてみせる。


「それにしても収束に時間が掛かったな、サロスよ。お前らしくもない」


「はっ、大変申し訳ございません。私の管理、指導が行き届かず、お見苦しい所をお見せ致しました」


「ふんっ」


 アゲロスはサロスの言葉を軽く鼻であしらうと、テーブルの上に置かれた金杯にむかって新しいワインを自ら注ぎ込んで行く。


 アゲロスは分かっていた。

 ここまで事態の収束に時間が掛かったのは、元を辿たどれば自分の所為であると言う事を。


 今回、アレクシア神殿の使者として圧力外交を展開するため、遠路はるばるエレトリアより三艘もの大型戦闘船を引き連れてやって来たのである。

 それだけでも、既に法外な出費だ。

 もちろんこの費用はアゲロス自身の自腹で、アレクシア神殿側が補填してくれる訳では無い。

 その上、自分が保有する兵団を輸送するともなれば、兵站を担う輸送船や奴隷を含め、更に大量のついえが必要になる事は明白であった。


 そこでアゲロスは大型戦闘船の漕ぎ手の殆どを、安価な奴隷身分の者たちで構成し、しかも示威行為として利用する兵士達は、ひとつ前の港に立ち寄った際に、傭兵として囲い入れる事にしたのである。


 所詮、金で買った傭兵たちの事である。

 子飼いの兵団とは異なり、緊急の時など対応が後手にまわるばかりか、一度パニックを起こすと、収拾がつかなくなるのは自明の理だ。


「だがまぁ……それはそれとして……」


 サロスには聞こえぬほどの小さな声で、そっと独り言をつぶやくアゲロス。


 あえて問題点を指摘するとすれば、まさかパルテニオス神殿の司教連中に、ここまでの被害が出るとは、流石に思っていなかった点だろうか。

 最悪の場合、共闘の盟約自体が失敗に終わる可能性だってあったのである。


 いや、思っていなかったと言うのは正確では無いだろう。

 この地に降り立ち、交渉相手であるヴェニゼロス大司教と会談をした際に、ふと不安がよぎったのも事実である。


 ヴェニゼロス大司教と、東京教区の大司教であるニアルコスとの不仲。

 エレトリアにまでその名が轟いている、蓮爾 レンジ司教枢機卿の動向。

 更には、不可解なまでの返答の引き延ばし……。

 数え上げればキリが無い。


 間違いなく、交渉の裏で何らかの力が働いている。


 それを見抜く事自体、百戦錬磨のアゲロスにとって、決して難しい事では無かった。

 その為に、わざわざハリボテとは言え、交渉場所近くの庭園に兵士たちを配置し、市中にまで監視の目を光らせていたのである。


 それがまさか、事もあろうに結界が張られているはずの神殿内において、蓮爾 れんじ司教枢機卿による、あれほどの祝福の力が開放されるとは。


 流石にこれは予想外としか言いようが無い。

 とは言え、もしこれが原因で盟約がご破算にでもなろうものなら、それは全てアゲロスの責任であり、言い逃れする事など出来やしなかっただろう。


「……が、しかし……だ」


 今回直接の交渉相手となるヴェニゼロス大司教、更にはこれまで色々と間を取り持ってくれたエレトリア教区のペイディアス大司教。アゲロスは、どうやらこの二人については無事であるとの情報を得ていた。


 これで、最低限の達成条件である盟約の締結は終わらせる事が出来るだろう。

 その上で、今回の被害についての責任をどう取るか……。


 何しろ今回の事件で、二桁にも及ぶ司教クラスの能力者がその命を落としているのである。

 パルテニオス神殿側の戦力低下ははなはだしく。

 この状況下では、盟約自体に一体どれほどの効果が期待できると言うのだろうか?


 アゲロスは思う。

 責任は自分にある……と言ってしまうのは簡単だと。

 たったそれだけで、良心の呵責かしゃくさいなまれる事もなくなり、罪の意識も消える去るに違いないだろう……と。


 しかし、己自身の判断一つに、エレトリアの住民のおよそ半数以上にも及ぶ、数十万の命や生活が懸かっているのだ。

 頂点に君臨する者として、安易に失敗を認める事など、決して許される行為では無い。


 ――トプ、トプ……トプン


 アゲロスの手から注がれたワインは既に金杯を満たしあふれ、更にはテーブルの端を伝って、床面に敷かれた豪奢な絨毯じゅうたんに赤い血だまりのようなシミを広げ始めている。


 と、ここでアゲロスはようやく注ぐのを止め、ワインで満たされた金杯を手に取ると、その縁より赤いしずくがこぼれる落ちる事すらいとう事無く、サロスの目の前へと突き出した。


「飲め」


「はっ」


 サロスは差し出されたワインを、一気に喉の奥へと飲み下す。


「うむ、其方の采配に問題は無かった。大儀であった。 それより、ヴェニゼロスとペイディアスの様子は?」


「はっ、先にご報告申し上げておりました通り、お二方ともご存命でございます。またお疲れの様子は見えるものの、今後の事についてご相談したいとのお申し出があり、現在別室の方で待機頂いております」


 万事抜かりの無いサロスの事である。

 伝令を通じてではあったが、主要な動向については既にアゲロスへ報告済であり、今回わざわざ彼が足を運んで来たのは、アゲロスと司教二人を面会させるためだったのだろう。


「そうか……。では入っていただくとしよう。それから、供の者は不要だ。人払いをせよ」


「かしこまりました」


 一礼すると、早速戸口より退出して行くサロス。

 しばらくすると、そのサロスに案内されて、慌てた様子の老人二人が部屋の中へと駆けこんで来た。


「どう言う事だ、アゲロス卿! 主犯である蓮爾 れんじは未だ見つからず、ニアルコスすら取り逃がしたと言うではないか。あれほど議場の外には兵を配置せよと申しつけてあったに、いったいどういう失態じゃっ!」


 どうにも腹の虫が治まらないのか、挨拶も早々に怒鳴り声を上げるのは、首席大司教であるヴェニゼロスだ。

 そんな癇癪かんしゃくを起した老人のすぐ横で、ただオロオロと間を取り持とうとしているのは、エレトリア教区の大司教であるペイディアスである。

 この二人は旧友でもあり、今回の『神々の共闘』に関する話し合いにおいては、アゲロスの意見に対して、賛同してくれた二人でもある。


「まぁまぁ。ヴェニゼロス大司教、少しは落ちついで下さらんか? そんな一度に問いかけられては、答えられるものも、答えられぬではないか」


「これが落ち着いてなど居られようかっ! ワシはあの蓮爾 れんじめによって、殺されかけたのだぞっ!」


 アゲロスはそんな二人の様子を『微笑み』をもって受け流しつつ、自身はソファーに座ったままの格好で、二人に着席するよう手招きをしてみせる。


「うぐっ!」


 そんなアゲロスの仕草に対し、ヴェニゼロスは更に怒りのボルテージを上げ始める。


「あっ、アゲロス卿っ! そっ、其方! どの様な権限があってその様な態度を……!」


 いくら貴賓きひんとして招かれたとは言え、アゲロスの立場は他教であるアレクシア神の助祭枢機卿じょさいすうききょうでしかない。

 そんな彼がソファーに腰を下ろしたままの格好で、大司教に対して席に座るようにと促すなど言語道断。

 このまま極刑に処せられたとしても、文句の言えるような状況ですら無い。


「ヴェニゼロス大司教。アゲロス卿の申す通りじゃ。ここは一旦落ち着いて話をするとしようではないか。それにほれ、御覧の通りアゲロス卿はまだ若く、世間の諸事情などにも疎いのじゃろう。そこは年長者として、おいおい指導して行けば良いだけの事じゃ。なぁ、そうであろうヴェニゼロスよ」


 そんなペイディアス大司教の取成しに、納得は行かぬまでも、他に優先せねばならぬ事があるのも事実。ヴェニゼロスは不満たらたらの表情を浮かべたまま、アゲロスの向かい側の席へと腰を下ろした。

 

「で? 何の話でございましたかなぁ、ヴェニゼロス大司教」


「何の話じゃとっ!? 蓮爾 れんじはっ、蓮爾 れんじはどうしたのじゃっ! いったい何時になったら捕らえられるのかっ!」


 その様子を見計らい、アゲロスは大仰おおぎょうに足を組み直してみせる。


「そうですなぁ。蓮爾 れんじ司教枢機卿と言えば、この結界が張られた神殿の中にもかかわらず、祝福を発動せしめたと言う英才ではござりませぬか。それを捕らえよとは、これはまた無理難題をおっしゃる。何しろ、大司教であるお二人ですら留め置く事が出来ぬ程の力を持ったおでございましょう? それを、我らごときが捕らえる事など出来ようはずもござらん」


「くっ……そっ、そんな事は分かっておる。しかし、既に蓮爾 れんじめは力を使い果たしておるはずじゃ。それに、其方であれば、魔導士の幾人かは抱えておろう。蓮爾 れんじに力を回復させてはならん。早く、早く彼奴きゃつを見つけ出し、煉獄れんごくおりに閉じ込めるか、さもなくば、その命を絶つのじゃっ! 一刻の猶予もまかりならんぞっ!」


 あまりの鬼気迫るヴェニゼロスの態度に、アゲロスは軽い鬱陶うっとうしさを感じ始めていた。


「はぁぁ……ヴェニゼロス大司教も、もう少し話の分かる御方かと思っておりましたが。難しいものですなぁ……」


 長い溜息ためいきの後に続けて、さも残念そうな表情を浮かべるアゲロス。

 その仕草は多分に芝居がかっていて、見る者によっては相手を嘲笑ちょうしょうしているかのようにも見えた事だろう。


 少なくともヴェニゼロス大司教にはそう見えたし、アゲロスの方もそう見えるようにと振る舞っていたのは間違いない。


「アゲロス卿っ! 良い加減になされよっ! 其方は所詮しょせん助祭枢機卿じょさいすうききょう。普段のワシとは目通りすら叶わぬ身分でしか無いと言う事を良く肝に銘じてもらおうかっ!」


「ほほぉ、普段……と申されましたか。普段、普段……。確かに普段であれば、お目通りする事すら難しい間柄と言う事になりますかなぁ。では問わせていただきましょう。今は普段……でございますか? この危急の事態が普段と仰せか? 今、この時をもって、どちらが強者で、どちらが弱者であるのか? ヴェニゼロス大司教においても、十分肝に銘じていただきたいものですなぁ」


 ヴェニゼロス大司教のこめかみに浮かぶ青黒い血管がドクドクと脈打つたびに、その姿を尋常じんじょうならざるほどに肥大化させて行くのが分かる。


 と、ここで突然、ヴェニゼロス大司教が立ち上がった。


「アゲロスよっ! いままでアレクシア神の使いと言う事で甘い顔をしておったが、もうココまでじゃっ! ワシはパルテニオス神殿の大司教、ヴェニゼロスである。其方のような人間ヒトごときに、ゴタゴタと指図されるいわれなどないっ! 即刻、ワシの祝福で、其方の首を引きちぎってくれようぞっ!」


 突き出された指先が、真っすぐにアゲロスの眉間へと向けられる。

 しかし、アゲロスの方とて引き下がる気など毛頭無い。

 そればかりか、ヴェニゼロスが突き出した指先へと、逆に己が額を近づけて行こうとまでする始末。


「ぐぬっ、ぐぬぬっ……」


 ヴェニゼロスは唸り声を上げ、アゲロスの顔をただひたすらめ付けるのだが、特に何の変化も無いようだ。


 とここで、二人の間に割って入ったのは、やはりこの人であった。


「ヴェニゼロスよ、この建物自体も神殿の結界の中じゃ。この中で我らは祝福を発動させる事は出来ぬ。我々が助かったのも、それは全てパルテニオス神の御心により救われたと言うだけの事。ここで仲たがいをして一体何になる? 元はと言えばアレクシア神とともに共闘すると決めた我らじゃ。ここは我慢のしどころじゃぞ。アゲロス卿もアゲロス卿じゃ、上位者に対しては敬意を持って当たるのが良かろう。其方はまだ若いが、若いうちからその様な事をしておっては、今後どのような厄災に見舞われるか分かったものでは無いぞ。ささ、この場はワシに……エレトリアのペイディアスの顔に免じて、手を結ぼうではないか?」


 ペイディアスはそう言って二人の手を持ちより、互いに握らせようとするのだが、最初にその手を振りほどいたのは、ヴェニゼロスの方であった。


「ペイディアス、ワシはこの人間ヒトと言う種族がどうしても気に食わんのじゃ。互いに争いを起こしたと思えば、他人を騙し、嫉み、憎しみ合う。こんな種族が他にあろうか? なぜに神はこのような種族に対して、微笑みを投げかけられるのか、いまだこの歳になっても理解できぬっ! ワシはこの件から降りる。後はペイディアス、其方の好きにするが良かろう。アゲロスよ、全てはペイディアスと話を進めよ。今後一切、ワシに話し掛ける事を禁ずる。良いなっ!」


 それだけを言い残し、ヴェニゼロスは戸口の方へと向かって歩き出し始めた。

 そんなヴェニゼロスに対し、アゲロスは一旦ソファーから立ち上がると、その場で深く跪い ひざまず てみせたのだ。


「承知いたしました、ヴェニゼロス大司教。このアゲロス、大司教のお言葉を忠実に守り、今後はペイディアス大司教とご相談させていただく事に致します」


 どういった心境の変化があったと言うのか?

 驚きの表情を浮かべるペイディアスを後目に、アゲロスは晴々とした笑顔を浮かべて面を上げる。


「ヴェニゼロス大司教、最後にもう一つだけ」


 アゲロスからの声掛けに、嫌々ながらもヴェニゼロスが振り向いた。


「ごきげんよう、ヴェニゼロス」


 アゲロスは更に満面の笑みを浮かべ、手を振りながらヴェニゼロスの事を送り出す。


「ふんっ、最後は呼び捨てかっ! 本当にお前は無礼なヤツ……」


 ――ザン……バシュゥゥ……


 ――ゴン、ゴロゴロゴロ……


「ああぁっ! うあああっ、あぁぁぁ、あぁぁぁっ!!」


 ヴェニゼロスの紡ぎ出すべき言葉は、鈍いによりさえぎられ、その後を追うかのように、ペイディアスの悲鳴ともうめきとも取れぬ声が、部屋の中に充満して行く。


「よくやったサロス。今回の一件は、全てヴェニゼロスの不手際が原因と。アレクシア神には私の方からその様に報告するとしよう」


「承知いたしました」


 たった今、人ひとりの首を跳ね飛ばしたにもかかわらず、まるで何事も無かったかのように振る舞うサロス。

 彼にとっては、このような事は日常茶飯事と言う事なのだろうか?

 いや、そうでは無い。

 本来であれば、この様なは、弟のタロスが引き受ける場合が多いのだ。しかし、残念ながらタロスは現場の方に出向いていて、今この場にはいない。

 今回は仕方無く、彼がその役目を負ったに過ぎないのだろう。

 とは言え、彼の口元に浮かぶ小さな笑みは、常日頃より磨いている剣の腕が鈍ってはいないかを判断するために、今後も時折このようなを行うのも悪くはないな……とでも思っているかのように見えるのは、気のせいだろうか。


「あぅあっ……あぁぁぁ……」


 気付けば、ペイディアス大司教が首だけとなったヴェニゼロスを抱え、うずくまりながらも、打ち震えている。

 その様子を視界の端に捕らえつつも、アゲロスは次々と新たな指示を出し続けて行った。


「サロス。この男はエレトリアへと連れて行け。恐らくこの神殿の宝物庫にも、第三級聖遺物である、ディオニシオスの手枷てかせがあるだろう。それを嵌めてやれば良い。それから、この神殿は閉鎖する。今後はエレトリアの神殿を主席神殿とするよう、触れを出しておけ」


「アゲロス様、それでは信者たちが混乱しませんでしょうか?」


「そうだな。それでは、この神殿が修復されるまでの一過性の措置であると周知すれば良かろう。それに元はと言えば、エレトリアからこの地へ神殿を遷移したのはこのヴェニゼロスだ。元に戻った所で、そう大きな反動はあるまい」


「承知いたしました」


「後は、東京教区との繋がりだが……」


「如何致しましょうや?」


「どうやら、東京教区のニアルコスは、神界とこの世との分離を望んでいるようだ。それはそれで構わぬ。放っておけ。それより、ヤツらが変なちょっかいを出して来れぬよう、この神殿にある特異門ゲートは完全に破壊してしまえ」


「その様な事をしても、大事ございませんか?」


「あぁ、大丈夫だ。アレクシア神殿にも特異門ゲートはある。一つぐらい潰した所で、さしたる問題は無い」


「承知いたしました。本件についても速やかに処置致します」


「それよりも、そろそろメルフィの国軍が介入して来る可能性が考えられるな」


「はい、その件についてはどの様に致しましょう」


「そうだな。放ってある草へと指示を出し、街中に火を掛けよ。その混乱に乗じて、我々も本国へと帰還する。出航は明朝、日の出の時刻としよう。委細、滞りなく遂行するように」


「はっ、承知仕りました」


「あぁそれから……蓮爾 れんじ司教枢機卿の事だが……」


「はい、どの様に致しましょうや?」


「見つけ次第……殺せ」


「よろしいのですか? 彼女は人族として、たぐいまれなる祝福を持っておりますが」


「あぁ、構わん。混乱に乗じ、街中を虱潰ししらみつぶ に探し出し、殺せ。ただし、子飼いの兵士は使うな、傭兵たちにらせるのだ。もし出航の刻限までに見つけられずば、それはそれで構わん。その場合は捨て置け。ただし、逃亡者を発見出来なかったその責は、傭兵のリーダ格に取らせよ」


「はっ、御意のままに」


 用意周到と言う意味において、アゲロスに勝るとも劣らないと言う自負を持つサロスである。しかし、今回の件については、己が主人が一体どこまでの絵を描いていたのか見当も付かない。


 まさか、まさかではあるが、蓮爾 れんじ司教枢機卿がクーデターに加担し、祝福を発動する事まで、読んでいたのではあるまいか?

 更に思考を進めてみれば、サロスの預かり知らぬ所で、東京教区の大司教であるニアルコスともつながりがあったのではとも考えられる。


「いや……そんな事はどうでも良い。今はまずアゲロス様の命令をこなす事が最優先だ」


 そう思い直したサロスは余計な思考を頭の片隅へ一旦追いやると、まず最初に自分が成すべき事案について考えを巡らせ始めたのだった。

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