第109話 碧と赤に彩られた水晶

「もう其方たちに用はない。さっさとね」


 老人はそれだけを言い残すと、崩れかけた入口へと向かって歩き出した。


 藍麗ランリーちゃんはそんな神様老人に道を譲るため、壁際まで後退してからひざまずき、再びこうべを垂れて動こうとせず。

 蓮爾 れんじ様に至っては、先ほどから床に倒れ込んだまま、身動みじろぎ一つしていない。


 ヤベェな。ありゃ、完全に気を失ってるぞ。

 蓮爾 れんじ様っ! もう少しお待ち下さい。

 俺がっ、俺が何とかしますからっ! 


 とにかく俺は神様老人を引き留めようと、その後を追いかけたんだ。


「あっ、あの……私からも一言……よろしいでしょうか?」


 俺の言葉に、ふと老人が足を止める。

 やがて、おもむろに振り返った彼の眉間みけんには、年齢以上に深いシワが浮かび上がっており、それは明らかに老人の不機嫌さを物語っているようで。


「なんじゃ? まだ何か用か? 其方たちのについては、既にカタが付いた。それとも、神であるワシの仕置きに不満があると申すか?」


「いいえ、とんでもございません。聡明そうめいさにおいて全能神様をも凌駕りょうがすると噂されるパルテニオス神の御差配でございます。一介の司教である私が不満を持つ事など万に一つもございません」


 俺は老人の数メートル手前で大仰おおぎょうひざまずくと、土下座と見紛みまごうばかりに、深々と頭を垂れてみせる。


「何を申すのじゃ!? 全能神を引き合いに出すとは流石に無礼であろう!」


 そうは言いつつも、先程まで浮かんでいた深いシワは一瞬で影をひそめ、割と満更でもないようにも見受けられる。


 んだよ。

 神様だかなんだか知らねぇが、案外チョロいな。


 警視庁勤務を離れ、この教団に入信してからはや幾年月。

 だが、本庁の現場で培ったキャリア組の操縦方法が、こんな所で役に立とうとは思わなかった。


『芸は身を助く』とは良く言ったもんだな。

 よし、もう一押ししてみるか。


「いやいやいや。これは異なことを承りました。ご無礼もなにも、市井しせいの者たちの間では、常日頃より言葉に上る慣用句のようなものにござります。世に多くの神柱あれど、その聡明さにおいてパルテニオス神の右に出る者はいないと……」


「う、うむ。……そうかぁ? 市中ではその様な噂が立っておったか……うぅぅむ。確かに、これまでのワシの行いや行動を見れば、その様に噂されても致し方無い部分もあるにはあるがのぉ。何しろ、全能神は何気に頑固な面もあるし、最近はよう知らんが、当時は若い娘を常にはべらせるようなエロジジィじゃったからのぉ……」


 よしっ、釣れた!

 って言うか、釣るだけじゃなくって、全能神の余計アングラな一面まで聞いちまったよ。

 でもまぁ、ホント。

 この手の自尊心の高いキャリア組を釣るってぇのは、ホント簡単だな。


 俺は満面の笑みを浮かべて、更に歩幅一歩分ほどにじり寄る。


「はい、そんな聡明で明敏めいびん、まるで英知の泉より湧きでられたかのようなパルテニオス神に、ぜひともお聞き届けいただきたい願いがございます」


「ほほぉ、願いとな?」


 ほんの一瞬、爺さんの瞳に猜疑さいぎの光が浮かんでは消える。

 比較的チョロめの爺さんではあるが、さすがに他人からの頼み事ともなれば、怪しむのも仕方の無い事だろう。

 とは言え、俺たち人間なんざ、所詮しょせん地面を這いまわるアリ程度にしか見ていない連中だ。

 どうせ大した願いでは無いと高をくくっているのが、手に取る様に分かった。


「して、どの様な願いじゃ? そうまで言うなら、聞き届けてやらぬでもないが……」


「ありがとうございますっ!」


 俺はかなり食い気味に、大きな声で感謝の意を伝える。


 これが社会人リーマン常套手段じょうとうしゅだんってヤツだな。

 交渉相手がなんのかんのと条件を付け始める前に、とにかくさっさと礼を言っちまう。そうすれば、交渉は成立したも同然だ。

 まずは、そんな既成事実を造り上げた上で、後からゆっくりとこちら側の条件を突きつけてやればそれで良い。

 最初に礼を言われている関係上、許諾者側も被許諾者側の要求を断り辛くなるって言う寸法さ。


 そうやって俺は爺ィの退路を狭めつつ、ここぞとばかりに要求を訴えかけ始めた。


「パルテニオス神、我々は敬虔けいけんなパルテニオス教の信徒でございます。そんな信徒のうち二人が大変な怪我を負っており、生死の境を彷徨さまようような状態なのでございます」


 俺はここで一旦話を区切り、爺ィの顔色を伺ってみる。

 しかし、老人は何の表情も浮かべず、何なら少し不思議なモノでも見るかのような顔つきで俺の事を眺めている状態だ。


 あれ? まだ伝わらないか?

 ホント、爺ィは物分かりが悪くていけねぇやな。

 仕方ないなぁ、もっとしっかり言わねぇと駄目かぁ。


 そう思い直した俺は、更に直接的な言葉を付け加える事にした。


「畏れ多くはございますが、われら信徒にとってパルテニオス神は父とも言える御方。ともすれば、信徒はパルテニオス神の不肖ふしょうの子と言う事になります。そんな子ら二人が御父の慈悲を求めているのでございます。ぜひ、この二人の信徒子らに対し、パルテニオス神の祝福をもって、その命を救っていただく事はできませんでしょうか?」


「……」


 引き続きの沈黙と静寂。

 しかし、それでも爺ィからの返答は……無い。

 あれ? これでも駄目か?


「あ、いや……。ですからこの二人はですね……」


 俺が多少言いよどみながらも、更に言葉を付け加えようとしたその直後。

 爺ィが片手を上げて、俺の言葉をさえぎってきた。


「其方は何を申しておる? 分からぬ事を申すのはヌシの方じゃ。先に説明した通り、この件については既にワシの差配は済んだ。この現状は彼奴らの自業自得であり、彼奴ら自身が受け止めるべき現実と言うものじゃ。その結果、本人が命を落とす事になろうとも、それらは全て森羅万象しんらばんしょう、自然界の大きな流れの中のさざ波に過ぎん。まずはそれを理解し、残り少ない命で神に祈るも良し、あえて生へと執着し何らかの行動を起こすも良し。その全てはワシの預かり知らぬ事じゃ。好きにせい」


 そう言うなり、老人は再び歩き始めようとするのだが。


「おっ、お待ちください」


「なんじゃ、まだ分からんのか?」


「いいえ、パルテニオス神のお話しは誠にもっともかと存じます。ただ、私が申し上げておりますのは、先程までの件とは全く別のお話にございます。それは新たな願い。司教として身も心もパルテニオス神に捧げし敬虔けいけんな信徒である私の全く新しい願いにございます。是非とも。ぜひともこの加茂坂かもさかの願いをお聞き入れいただく訳には参りませんでしょうか!?」


 涙ながらにそう訴えかける俺。

 流石に某芸術劇場の舞台に上がるのは無理だろうが、下北沢の小劇場ぐらいであれば、十分にまばらな拍手が貰える程度の熱演であったとは思う。

 しかし、そんな小芝居が通用する相手ではもちろんなくて……。


「うむ、言いたい事はそれだけか? ならばあえて聞こう。仮にワシがこの二人の命を救った場合の見返りは何じゃ? 其方は何を差し出せる?」


「見返り……でございますか?」


 え? 神様ってそう言う事を言う感じなの?


「そうじゃ、当然じゃろ? 下々の声を聞いてポンポンと人を救う行為など、出来るだけこの世界に介入せぬよう気遣っておるワシらからすれば、正に本末転倒じゃ。故に、その二人の命を救うのであれば、それ相応の対価を求めるのが道理と言うものよ」


「道理……にございますかぁ……」


 なんだなんだ、このクソ爺ィ。

 急に面倒臭い事言い始めやがったぞ。


「そ、それでは、これでは如何でしょう? 私がこれまで捧げた祈りの重さに免じて……と言う事で?」


 なぁんて、宗教チックに言っては見たが。


「ダメじゃな。だいたいワシはつい先ほど目覚めたばかりじゃ。其方がどの程度祈っていたのかなど全く知らん。そんな自己申告な理由は却下じゃ」


 なんだよそれっ!

 寝てたのはお前の落ち度だろっ!

 って言うか、良く考えたら俺も別に神様に祈った事なんて無かったけどな。


「祈り以外に其方が差し出せる物は何じゃ? 何だったら其方自身の命でも構わんぞ。どうする、自らの命を差し出すか? そうすれば、今回は大出血サービスで、そこな血まみれとなっておる二人の命を救ってやっても良いぞ」


 大出血サービスって、なんだよそれっ! 

 全然上手くないよっ!

 って言うか、俺が死ぬのかぁ……。

 俺ぁ蓮爾 れんじ様の護衛だからな。

 俺が死ぬ事で蓮爾 れんじ様が助かるのは、アリっちゃアリだが。

 でも、そのオマケで片岡の命も……って言う所が微妙だよなぁ。


「あのぉ、パルテニオス神。例えばでございます、例えばでございますよ。私一人の命で二人分の命を救っていただけるとの事でございましたが、二人のうち一人だけ救っていただいたとして、その代わり、私の命も助けていただくって言うのは……アリでございましょうや?」


 とここで、右腕を抱えたまま床面をのたうち回っていた片岡が、突然声を上げた。


加茂坂かもさかさんっ! 私の事は心配しないでくださいっ! 蓮爾 れんじ様をっ、蓮爾 れんじ様を救ってあげて下さいっ! くぅっ!」


 大丈夫だよ片岡。

 最初っからそのつもりだから。

 ホント申し訳ないけどお前、俺と蓮爾 れんじ様の代わりに死んでくれ。

 って言うか、そんな瀕死ひんしの状態にもかかわらず、よく俺の話聞いてたな。

 マジでコイツのゴキ並みの生命力はあなどれん。

 とすると、コイツは放っておいてもマジで大丈夫かもしれんな。


 ちょっと横やりは入ったが。

 爺ィは俺の言葉を吟味ぎんみするかのように、自分のあごへと手をあてる。


「ふぅむ……一瞬、それでも良いか? と思ってしまったが、よぉぉく考えて見れば加茂坂かもさかとやら、其方は結局何のリスクも負っておらんではないか?」


 あ、バレた。


「其方が差し出せるモノを申せ。その上で対処を考えよう」


 爺ィがどことなく小ズルい表情で、俺の顔をのぞき込んで来る。


 チクショウ、このクソ爺ィめ。

 完全に面白がってやがんな。

 神様ってヤツぁ、どんだけ娯楽が少ねぇんだよ。


「そそそ、そうですな。となると、金銭では如何でしょう? いかほどご用意すればよいでしょうか?」


「そうさのぉ……金か。寄進と言う意味では、それも良いかもしれんなぁ。何しろ、この神殿もかなり破損しておるし、金品であれば、復興にも役立つと言うものか? うむ。それであれば一人あたり、百万クランが相場じゃったな。二人分だから、二百万クランを用意せよ」


 えらく事務的に話を進めようとする神様。

 どうやら、本当に金で解決しても問題は無いらしい。


 しかし、こっちの通貨がどの程度の価値なのか、ぜんぜんわからねぇな。

 どうする、やっぱり確認は必要だよな。


「あのぉ……パルテニオス神。大変不躾ではございますが、私、東京教区の出身なものでして、残念ながらクランの通貨価値を存じ上げておりません。もし宜しければ、円換算にてご提示いただけると非常に助かるのですが」


 と言う俺の言葉に、ほんの少しだけ不満顔となる爺さん。

 しかし、根は真面目ななのだろう。

 いきなり中空を見つめて、なにやら独り言を話しはじめた。


「……サクラよ。今の通貨レートで円換算すると、百万クランはどのぐらいじゃ?」

「……ふむ。……ふむ。……そうか。……ふむ、ふむ」


 ねぇ、それって、誰に聞いてるの?

 神様って、どっか右斜め上ぐらいに見えない秘書でも居るの?

 あぁ、天使さんとか? そんな感じ?

 でも、天使さんって、もっと弓矢とか持ってたりする感じだよね。

 キューピットさんとかね。そんな感じだよね。

 それなのに、そんな円換算の為替計算までしてくれんの?

 なんて便利な天使さん持ってんだろ。

 意外と神様って快適だな。

 って言うか……さっきからちょくちょく出て来るサクラって……誰っ!?


「あぁ、加茂坂かもさかよ、待たせて悪かった。ようやく分かったぞ。おおよそ今のレートで行くと、百万クランはだいたい一億円ぐらいじゃな。と言う事で、二人合わせて二億じゃ。それでは早速耳を揃えて用意せよ。金の受け渡しが終わった所で、二人を治療してやろう」


「いやいや、パルテニオス神。それでは困ります。御覧の通り私には手持ちがございません。金を用意するまで治療を受けられないのでは、それこそ本末転倒。まずは二人の治療を行っていただき、その後、私が必要な金を準備すると言う事でご了承いただきたく」


「いや、それはならん。初見の相手をそんな簡単に信用はできん」


 いやいやいや。それってコッチのセリフだよ。

 本当に治るかどうかも分かんねぇのに、金なんて払えるかっちゅーの。


「パルテニオス神、私も困ります」


「ならん!」


「困ります!」


「ならん!!」


「困ります!!」


 結局、話は平行線。

 って言うか、神様って呼ばれてるヤツと、ガチめで交渉するなんて。

 俺って意外と凄くないっ!?


 とここで、俺の背後から声が掛かった。


「お待ち下さいませ。パルテニオス神、加茂坂かもさか様」


 この可憐な声は?


「お初にお目にかかります。藍麗ランリーの妹の紅麗ホンリーでございます。甚だ不敬な事とは存じますが、私のような一介の信徒よりお声がけさせていただく不明を、何卒お許し下さいませ」


 俺が交渉と言う名の不毛な言い争いをしている最中に、どうやら藍麗ランリーちゃんが紅麗ホンリーちゃんを呼んで来てくれた様だ。


「おぉ、其方が藍麗ランリーの妹の紅麗ホンリーか。苦しゅうない。おもてを上げよ」


 少女に対して、そう気さくに声を掛ける爺ィ。

 なんだよぉ。さっきは全能神の事をエロ爺ィとか言ってたくせに。

 こっちの爺ィは、爺ィじゃねぇかよ。


「はい、ありがたく存じます。ただ今のお話し、不躾ではございますが、横合いにて拝聴させていただきました。私の主である蓮爾 れんじ様、さらには私の弟子である片岡に関する件でございます。司教である加茂坂かもさか様にご負担をお掛けするのはあまりに心苦しく、その責務については、私と姉の二人に肩代わりさせてはいただけないでしょうか?」


 いやいやいや。

 何を言い出すんだ紅麗ホンリーちゃん。

 そんな肩代わりだなんてっ!

 って言うか、蓮爾 れんじ様はまだしも、片岡の師匠って……それって、ねや限定の師弟関係って事だろ!? そんな胡乱うろんな師弟関係ってだけで、肩代わっちゃって良いの! 本当にそんなんで良いのっ!


「……師匠っ……」


 いやいやいや、片岡。

 いまお前は出てくるな。

 話がややこしくなるからな。

 って言うか、片岡もなに目をうるませて、紅麗ホンリーちゃん眺めてんだよ。

 あの娘、お前のねやの師匠なんだぞ?

 しかも、お前はもう三十路アラサーなのに、向こうは完全に幼女だかんな!

 大の大人が、幼女の弟子って……。

 しかもねやの弟子って……。

 片岡ぁ! お前にはプライドってもんが無いのかっ!?


「ほほぉ、肩代わりとな。藍麗ランリー紅麗ホンリー。其方たちはいったいどうすると言うのじゃ?」


「はい、蓮爾 れんじ様と片岡、ふたりの治癒と引き換えに、私たちの命を差し上げます。加茂坂かもさか様の命には及ぶべくもありませんが、どうか私たち二人の命にて、ご容赦いただけないでしょうか?」


「……なるほど。そう言う事か」


 なぜか納得した様子のクソ爺ィ。


「いやいや、お待ちください。それでは話が違います。今お願いしているのは、信徒二人の命を救って欲しいとのお願いです。二人の命を救うのに、更に二人の命を捧げるのでは、全く意味がありません。しかも、先程パルテニオス神はこうおっしゃられた。私の命一つで、二人の命を救っても良い……と。神に二言はありますまい。ましてや全ての神々の中で最も聡明そうめいと噂されるパルテニオス神に限って、その様な事があろうはずが……」


「……無いな。そうじゃ、その通りじゃ。聡明なワシが言うのであるから、間違いはない」


 多少食い気味で完全否定する、お爺さん。


 ホント、この手の爺ィは、喰い付きが良いわ。

 ほぼ入れ食い状態。

 人がめったに来ない人工池のブラックバス並みの喰い付き……って言っても過言じゃねぇな。


「よし、其方たちの言いたい事は分かった。世俗には関与せずの方針を貫くワシも、信徒たちの互いを思いやる気持ちを踏みにじる訳には行かんしな。よし。今回は其方たち三人に免じて、命を奪うのは控えよう」


「え? 三人って……私は?」


 ……片岡。

 だから、お前は入って来るなって。

 話がややこしくなるから。

 って言うか、ほらみろ。

 お前が入るとややこしくなるってみんな分かってるから、完全に全員無視してんじゃん。

 だって、俺に聞こえるぐらいの声だもの。

 他の三人……いや、エルフ二人と神様一柱か……にだって、確実に聞こえてたはずなのに。


 と、完全に片岡の言動は無視したまま、話は爺ィ主導で勝手に進んで行き……。


「それではこうしよう。命までは取らぬが、彼奴ら二人の癒しと引き換えに、其方たちの体の一部をもらい受ける。それで良いな?」


 神様クソ爺ィはそう言いながら、大剣を出した時と同じ要領で、手の平サイズほどの小さな剣二本を創り上げると、無造作に俺達の前へと投げて寄越した。


「これを使うが良い」


 ……かぁぁ。

 マジかぁ。

 マジだよな。マジマジ。


 でもなぁ。

 でもここで俺がひよる訳にも行かねぇし。

 大体、日本でびを入れる方法ってのは、アレしかねぇよな。


 仕方がねぇ。

 ヤルかぁ。ヤルしかねぇだろうなぁ。

 って言うか、アレって、任侠にんきょうの世界の話だよな。

 俺って、どっちかっちゅーと、おかみ側って言うか、警視庁出身なんだけど。


 でもさぁ。

 指一本無いと、結構、温泉とか海外旅行とか行き辛いんだよなぁ。

 色々となぁ。それが二本かぁ……。

 でも仕方がねぇよなぁ。

 人の命には代えられねぇし。

 それに、とりあえず拾って持ち帰ったら、またくっつくかもしんねぇしな。

 できるだけサックリと綺麗に切るのが重要だよな。

 そんでもって、あとは野となれ山となれで……。


「って言うか、オイオイオイっ! お前らっ!」


 俺がウダウダと悩んでいるウチに、藍麗ランリーちゃんと紅麗ホンリーちゃんの二人が、朱色に輝くナイフを拾い上げているではないかっ!


「おいっヤメロ、二人ともっ! 悪ぃ事は言わねぇ。そのナイフを俺に寄越すんだ。大丈夫、俺がなんとかするから。二人とも、変な気を起こすんじゃねぇっ!」


「いいえ、加茂坂かもさか様。この件については加茂坂かもさか様にご迷惑をお掛けする訳には参りません。これは紅麗ホンリーと私が成すべき事です。ねぇ紅麗ホンリー


「いやいやいや! そんな事藍麗ランリーちゃんにやらせたら、俺が後で蓮爾 れんじ様に叱られちまうってっ!」


「はい、お姉さま。これはお姉さまと私の問題です。私など蓮爾 れんじ様の侍女である上に、私は片岡さん師匠なのですから。ねぇ、お姉さま」


「いいや、いやいや! 片岡はどうでも良いんだよ。片岡の事ぁ、ほんとどうでも良いんだってよぉ! なんだったらアイツ頑丈だから、このまま片腕落とした状態ぐらいで、ホント調子良いぐらいなんだよ、いやマジでっ! ホントマジだから! ……って! あぁっ! あぁぁぁぁぁ!!」


 星明りの差し込む廃墟のような部屋の中。

 俺の制止する声など全く気にも留めず。

 ただ小さくうなずきあう二人。


 朱に輝く小さなナイフを捧げ持ち。

 やがて、まるで予め申し合わせていたかのように。

 ゆっくりと……ただゆっくりと。

 碧と赤に彩られた小さな水晶へと向かって、その剣先を突き立てて行く。


 ――つぷっ……


 まばたき一つする事なく。

 ましてや、悲鳴すらも上げる事なく。

 目尻からあふれ出した赤褐色の液体は、ほほを伝い、首筋を伝い。

 やがて、オフホワイトのストラを、赤く黒く、ただ静かに染め上げて行く。


「うむ。藍麗ランリー紅麗ホンリー。見事じゃ」


 二人の一部始終を見届けたパルテニオス神は、満足そうに微笑みながらうなずくのみで。


 でも……その時、俺はこう思ったのさ。


 コイツだけは絶対に許さねぇ……俺が……コロス……と。


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