第84話 暗闇から聞こえる謎の呪文

標的ターゲットはコイツだっ! その男を仕留しとめるんだっ!」


 俺は眼前の少年を指さしながら、あらんかぎりの声で指示を出したのさ。


 チクショウめ!

 他にも能力者が来てるのか?

 司教か? 司祭か?

 いったい何処に? 何人いるんだ?

 まさか……このゴルフ場ごと、包囲されてるなんて事ぁ……?!


 そのあまりにも絶望的な未来予想に、思わず足のふるえが止まらなくなる。


 いや、待て。


 この場に居るのは、コイツ以外に北条と車崎くるまざき、それに竹内。

 この三人は狭真会きょうしんかいの連中だ。司教や司祭とは考えにくい。

 今のところ結界が張られた形跡けいせきもねぇし、俺の精鋭をつぶしたのは目の前にいるコイツだと北条が言ってたはずだ。

 つまり、今この場に居る能力者はコイツただ一人。って事は、コイツさえつぶしちまえば、後はどうとでもなるって事か。


 俺は少年との距離を取るため、さらに大きく飛び退すさってみせる。


 コイツの能力。

 ありゃなんだ?

 一瞬、ゼノン神の祝福の様にも見えたが……。

 少なくとも俺の精鋭を発砲一つ許さずに沈黙させたんだ。

 生半可なまはんかな力の訳は無ぇし。


 だがなぁ。

 コイツの体からあふれ出る魔力の量。

 それが、思いのほか少ねぇんだよなぁ。

 ヒトだ。人やエルフは太いソリナスを持つが故に、強大な魔法を使う事が出来ると言う。しかし、この魔力量を見るかぎり、さして太いソリナスを持っている様には感じられねぇ。


 司祭?

 いや、せいぜい助祭クラスか?


 だとすれば、俺の敵じゃねぇな。

 下手に能力を発動される前に、一気にカタを付けるとするか。


「グァウゥゥゥゥッ! グァウゥ、グァウォォ!!」


 俺の手により召喚された褐色の悪魔たち。

 そんな魔獣の群れが、目前の獲物へと次々に襲い掛かって行く。


「うぉっ! なんだ、チクショウ! チェンジ……あぁっ! コイツ!」


 少年は防戦一方。

 時折なにやら詠唱えいしょうを試みようとしている様だが、そうは問屋が卸さねぇ。

 相手の隙を見逃す事なく繰り出される、波状攻撃の数々。

 一頭が注意を引き付け、別の一頭が腕を取り足を取り、そしてもう一頭が背後へと静かに忍び寄る。


 レッサーウルフが得意とするのは集団戦だ。

 しかも狩りの対象となるのは、一般的な野性動物だけじゃねぇ。

 中には魔道を駆使する、大型の魔獣だって含まれる。


 魔力の流れをいち早く察知し、魔導の発動を食い止め、阻止する。

 そんな芸当が出来るって言うのも、数ある魔獣の中ではレッサーウルフぐらいのもんだ。


「グァウゥ、グァウォォ! グァウォォ!!」


 しっかし、コイツもスゲェな。

 素手でレッサーウルフとヤリ合うとは恐れ入るぜ。


 次々と襲い掛かるレッサーウルフをものともせず。

 飛び掛かる獣の横顔や鼻先、時には大型犬ほどもある魔獣の横っ腹を殴りつけ、数メートル先まで吹き飛ばしているじゃねぇか。

 とても常人のワザとは思えん。


 人体強化のアレクシア神系統か?

 いや、噛まれた場所が急速に回復している様にも見えるし。

 って事はもしかすると、アナスタシア神系統の可能性もアリか?

 だとすると超貴重種だ……マジか。

 もしアナスタシア神系統って事なら、なんとしてでも自陣に引き入れたい所だが……。


 どうするっ、どうするっ! 


「くそっ! 獲物は殺すなっ! 四肢をもぎ取り動けなくするんだっ!」


 いまの状況で、ヤツを殺さねぇのはリスクが高いって!?

 そんな事は分かってるっ!

 だが、アナスタシア神系統の能力者ともなれば、話は別だ。

 そのリスクをおかしたとしても、得られるモノは、はるかに大きい。


「グァウゥゥゥゥッ! グァウゥ、グァウォォ!!」

「グァウゥ、グァウォォ!! グロロロロォ!」


 いくらアレクシア神の祝福と言う、強靭きょうじんな肉体を持とうとも。

 いくらアナスタシア神の祝福と言う、高度な治癒ちゆ能力があろうとも。

 十数頭の褐色の悪魔レッサーウルフに取り囲まれて、ひとが長く耐えうる事など出来ようはずもない。


 案の定。

 大勢が決するまでに、そう長い時間は掛からなかった。


「ようしっ! そこまでだ。お前達は一旦離れて結界を維持しろっ! それから、何頭かは横の人間どもを取り囲んで逃げられない様にしておくんだ。喰うんじゃねぇぞ、喰うのは後だからなっ!」


 俺は一旦レッサーウルフの群れを少しだけ遠ざけた後、既に四肢全てをもぎ取られ、無様ぶざまに横たわる少年の元へと近づいて行く。


「おい、少年よぉ。どうだ、分かったか? これが力の差ってヤツだ。お前ぇが司祭か助祭か……そんな事はどうだっていい。どうせ、金や女目当てに教団に入り込んだだけなんだろ? だったら悪い事は言わねぇ、俺と手を組め。金なら教団の倍出そう。それに、女にも不自由はさせねえ。どうだ? 良い話だろ?」


 はたして俺の声が届いているのか?

 少年は依然苦悶くもんの表情を浮かべたままで、小刻みに震えているだけ。


 少しヤリすぎたか?

 まぁ、魔獣使いの難しい所ではあるな。

 何しろ攻めるも守るも、魔獣の気分次第。

 大枠の指示は出せるが、微妙な力加減が思う様には行かねぇ。

 だが……。


 ――シュシュシュゥゥ……


 この濃密な結界が張られている中においても、未だコイツの体からは濃い魔力の蒸気が噴出し続けている。


「おい。返事はどうした? もし、お前が回復するための時間稼ぎをしてるんだったら、あきらめた方が良い。レッサーウルフは相手を取り囲む事で結界を張る事が出来る。お前がいくら太いソリナスを持っていたとしても、新たな精霊の力を得る事はできん。じきに魔力切れを起こすのが関の山だ。しかもだ……」


 俺は手近な所に落ちていた木の枝を拾い上げると、引きちぎられたヤツの腕の部分を数回突いてみせた。


「ぐぉおおおっ!」


 少年がうなる様な声で悲鳴を上げる。


「痛いか? 痛いだろうなぁ。痛覚はそのまんまだからな。レッサーウルフの唾液だえきには血液凝固と防腐の効果があるんだ。人間なんて四肢をがれりゃあ、数分のうちに出血多量でおっ死んじまうもんだが、レッサーウルフに噛まれた場合はそうは行かねぇ。まぁ、これもレッサーウルフの生活の知恵ってヤツなんだろうけど。南方大陸は苛酷かこくな場所だ。そうそう新鮮な肉にはありつけねぇ。だから、こうやって仕留めた獲物が簡単に腐らねぇ様にと、コイツらなりに進化した結果って事なんだろうよ」 


 俺の話には本当の部分と、嘘の部分が含まれている。

 後半のレッサーウルフの唾液の話は本当の話だが、問題は前半の部分。


 確かにレッサーウルフには結界を張る能力がある。

 この結界の中において、魔法を使う事は出来ないはずだ。

 にも関わらず、これは一体どう言う事だ?

 当初の驚くべき回復力では無いにせよ、見ているそばから少年の四肢が再構築されているのは間違いない。


 やべぇなぁ……。

 結界に穴でもあるのか、それともコイツの持つ魔力が無尽蔵むじんぞうなのか?

 あまりうかうかしてると、コイツ完全復活しちまうぞ。


「うぅぅ……あぁ……うぅぅ……」


「ん? なんだ? やっと仲間になる気になったか?」


 俺は今にも消え入りそうなコイツの声を聞く為、少年の口元へと耳を近付けたのさ。すると。


「あぁ……クソ野郎ぉ……お前っ……絶対に……コロス」


「ンだとぉ! コラ! もういっぺん言ってみろっ! コォルア!」


 ◆◇◆◇◆◇


 分かっていたはずだ。

 この前の戦いで。

 魔法を使った戦いの時には、最終的に『結界』が勝敗の行方を決するのだと言う事を。


 うぅぅっ……痛いっ。

 体中が張り裂けそうだ……。


 あははっ……。

 何を言ってるんだろうな、僕は。

 見てみるが良い。

 左右の腕は既に食いちぎられ、右足は大腿から欠損。左足も膝の関節から先は既に感覚が無い。

 体中が張り裂けそうだって?

 もう十分張り裂けてるよ……って話だ。


「うぅぅ……あぁ……うぅぅ……」


 誰かに助けを求めようにも、今はまともに声を出す事すら出来やしない。


 思えば最初に調子に乗っていたのが失敗だった。

 まさか、相対したヤツが能力者だったとは。


 来栖くるす……だったか?

 ライフルに暗視スコープ。

 完全武装で僕の前へと現れた男。


 確かに脅威ではあったけど。

 僕には魔法による自動治癒オートヒーリングがあり、魔力にも壱號いちごう弐號にごうを繰り出すだけの余裕があった。

 短期決戦ともなれば、魔力消費は大きいけれど、自分自身をブラックハウンド化する事だって出来たはずだ。


 そのおごりが、敵に対して先手を許す結果へと繋がってしまった。


 確かに。

 僕の周りを、あの狼モドキが駆けまわり始めた頃には、既に予感はあった。

 周囲一帯を、何か別の力が支配しようとする感覚。

 あれが結界か……。


 後は防戦一方。

 壱號いちごう弐號にごうを繰り出そうにも、精神を集中させるいとますら与えられない。

 気付けば、僕の中に残された魔力は、自身の体を回復するので手いっぱい。


 いや、やれなくは無かった。

 出そうと思えば、出せなくは無かったはずだ。

 でも、あまりの怒涛どとうの攻撃に、自身の守りを優先させてしまった。

 そう、怖かったんだ。

 もし、壱號いちごうを出してしまったが為に、魔力が底をついたとしたら。

 もう、自動治癒オートヒーリングが利かなくなってしまったとしたら……。


 ……恐ろしい。

 想像するだけでも、身の毛がよだつ。

 直ぐ手の届く先にある……死。

 その恐怖が僕の判断をにぶらせた。


 結果はこのザマだ。 

 何の手を打つ事も出来ず、ワンサイドゲーム。


 精霊の力をさえぎられ、魔力補充の道は絶たれた。

 残された魔力はどの程度あるのか。

 壱號いちごうぐらいなら出せるかもしれない。

 でも、その後でもう一度攻撃を受ける事にでもなろうものなら、後はどうする事も出来なくなってしまう。


「……だったら悪い事は言わねぇ、俺と手を組め。金なら教団の倍出そう。それに、女にも不自由はさせねえ。どうだ? 良い話だろ?」


 何を言ってやがる。

 僕は教団とは何の関係も無い。

 ただ、どうやら狭真会きょうしんかいと教団は敵対関係にはあるらしいな。

 だとすれば、どうする?

 もう一度、教団とは何の関係も無い事を説明してみるか。

 その上で、狭真会きょうしんかいくみする事を約束するって言うのはどうだ?

 それも手と言えば手だ。

 そうなったら、北条くんや、車崎くるまざきさんはどうなる?


 ……


 知った事か。

 まずは自分の安全が最優先だ。

 まずは自分の幸せ、余った力で他人の幸せ。

 それが僕のポリシーじゃないか。


 よし、降参しよう。

 これ以上痛い思いをするのはイヤだ。

 早く、一刻も早く楽になりたい。

 とにかく、この結界を解いてもらうんだ。

 そうすれば、精霊の力を吸収して、健康な体にChangeする事だって出来る。

 完全復活!

 何事もなく、この辛い記憶ともオサラバさ。

 そうすれば……それさえ出来れば……。


 ――ズキッ!!


「ぐぉおおおっ!」


 このクソ野郎っ! 何をしやがるっ!

 僕のっ、僕の腕に木の枝を突っ込んで来やがったっ!


 バカか? コイツ、バカなのかっ!?


 駄目だ、ダメだっ!

 こんな馬鹿の言う事なんて信じちゃ駄目だっ!

 危なかった。

 一瞬、こんなヤバいヤツの言葉を信じる所だった!


 考えてもみろっ。

 四肢をがれて、何の抵抗も出来ない人間の傷口に、木の枝を突っ込む様なクレイジー野郎だぞ!

 そんなヤツとの約束が履行りこうされる訳が無いっ!


 コイツっ、殺すっ! マジコロス!!


「うぅぅ……あぁ……うぅぅ……」


「ん? なんだ? やっと仲間になる気になったか?」


「あぁ……クソ野郎ぉ……お前っ……絶対に……コロス」


「ンだとぉ! コラ! もういっぺん言ってみろっ! コォルア!」

 

「……Boot 壱號いちごう!」


 ――バシュゥゥゥゥ……


 あたり一面に立ち込める白い蒸気。

 突然の蒸気に驚いた敵は、幸いな事に僕のそばから物凄い勢いで離れて行ってしまった。


「クソォ! やられたっ! まだ魔力が残ってやがったかっ!」 


 ラッキーだ!

 このまま時間を稼ぐぞ。

 せめて両足が復活すれば、結界の外まで逃げ出す事だって出来るはずだ。

 そうすれば、そうする事が出来れば。


「キシャァァァァ! グオォォォロロロロ!」

 

 もうもうと立ち込める白煙の中より姿を現したのは、体高二メートルを優に超える巨大な影。全身を覆うシルバーの体毛が月明かりに照らされて、キラキラと輝いて見える。


「……グロロロロォ!」


 周囲を取り囲むレッサーウルフの群れからも、明らかな動揺が伝わって来る。


「へへっ……形勢逆転……だなぁ。はぁ……はぁ……。アンタの言う通り、僕の体の治りが遅いのは……そのレッサーウルフの仕業なんだろ?……そうとわかれば……そこにいる……レッサーウルフ……全部殺せば……僕の勝ち……だあっ! 壱號いちごうぉ! その狼モドキを全て血祭にあげろぉっ!」


「キシャァァァァ! キシャァァァァ!」


 闇夜に高らかとこだまするのは、大厄災とも呼ばれし魔獣の咆哮ほうこう


 よしっ、この調子だっ。

 このまま押し切ってしまえっ!


 と思った矢先。

 暗闇の奥の方から、なにやら呪文の様な言葉が聞こえて来た……。


「エイブランデエィウム ゴズメイルラ ウル サムディリオ……」


「キシャァァァァ! グワァオロロロロ……」


「どうした壱號いちごう! そんなチンケな狼モドキっ、お前の敵じゃないぞっ! さぁ、何をしているんだ! さっさとコイツらを片付けて……って、おいっ壱號いちごう。どうしたんだ壱號いちごうぉ!?」


「……ヴァイルダン コム クワイオルディン ザルィウグ……」


 なんだ? どう言う事だ。

 壱號いちごうが……動こうと……しない!?

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