第83話 黒褐色の悪魔たち

 ――シャンシャン、シャンシャン


 電動カートが揺れるたびかしましく鳴り響く鈴の音。

 そんな小さな鈴の音すら、俺の精神こころ逆撫さかなでてくる。


「おいっ、鈴は外しておけっ!」


「いや……でも」


「良いから外しておけっつってんだろっ! おいお前っ、後ろのカートにも鈴は外せって伝えとけっ!」


「はっ、はいっ。分かりました」


 倒産つぶれたゴルフ場。

 そこを買い取った際に、備品として残されていたのがこの電動カートだ。

 当初は売り払おうと思っていたんだが、これが意外に値が付かず。

 仕方なく、今では敷地内移動用の足として利用しているのが実情だ。


 もともとはゴルファーを熊から守るための鈴らしいが……。

 ゴルフ場の周囲は対人用の高圧電線で既に囲ってあるから、この敷地内で熊と遭遇する事などあり得ない。

 それより問題なのは、この鈴の音につられてが寄って来るかもしれないと言う事だ。

 今の時点で魔獣に遭遇そうぐうするのはなんとしても避けたい。

 すくなくとも、今の時点では……。


 ふぅぅ……。

 とにかく現場に付いたら、北条から必要な情報を洗いざらい聞き出すのが最優先だ。

 情報さえ聞いてしまえば、後はそこに居たヤツらを全員殺してしまえば良い。

 魔獣が血の臭いに釣られてやって来たとしても、腹さえ満たしてやれば、そうそう暴れる事はねぇだろう。


 ただなぁ。

 相手が例のグレーハウンドだって言うのが気にかかる。

 既に一人は喰ってるはずだし。

 北条と車崎くるまざき、あとは竹内……だったか。

 三人も居ればグレーハウンドの腹も膨れるだろう。

 もし、それでも足りないってんなら、連れて来た護衛の何人かを喰わせれば、それで済む話だ。


来栖くるすさん。そろそろ、指定のポイントっす」


「あぁ、分かった。おいっ、お前達二人は俺に付いて来い。それ以外はここで狙撃の準備だ。俺が合図したら、俺以外の全員を撃ち殺すんだ。いいな、しくじるなよ」


「はいっ、わかりました」


 電動カートには高性能の近赤外線サーチライトが取り付けられている。まぁ、今時の暗視装置は高性能のパッシブ系で、普通こんな照射ライトは不要なんだが。ただ、この暗闇の中においても、キロ単位で周囲を照らし出す事の出来るサーチライトは強力な武器だと言える。これさえありゃあ、俺達はまるで昼間の様に活動する事が出来る訳だからな。


 俺は暗視スコープのスイッチをいれると、おもむろに周囲を見渡してみた。


 問題無い。視界はクリアだ。


 更にズームアップ。


 ここから百メートルほど前方……人影が見えるな。


 二人……いや、三人か。

 一人は地面に倒れていて、残る二人がそれを見守る様に座ってやがる。


 横になっているのは、恐らく北条だろう。

 って事は、残る二人が竹内に車崎くるまざき、と言う事になるな。


 俺はもう一度だけ周囲を見渡してみる。


 魔獣の姿は……無し……っと。

 今の内だ。

 見つかる前に必要な事は済ませてしまおう。


「よしっ、付いて来い」


 俺は男二人を引き連れ、小走りで標的の元へと駆け寄って行ったのさ。


 ◆◇◆◇◆◇


「おい、お前っ」


「ひぃ!」


 いかにも気弱そうな男が軽く悲鳴を上げる。


 恐らくコイツが竹内だろう。

 俺達がこんなに近付いても気付かないとは、とんだ間抜けな男だぜ。


来栖くるすさん、お疲れ様です」


「おぉう。車崎くるまざきじゃねぇか。お前、今回の件については無関係だったんじゃねぇのか? なのに、どうしてココに居る? 若頭カシラに何か言われたか?」

 

「いいえ、若頭カシラからは何も。ちょっと北条さんに用事がありまして」


 まぁ、車崎くるまざき若頭カシラ側の人間だ。そうホイホイと目的を白状ゲロする訳がねぇか。


「そうかい。仕事熱心でご苦労なこったな。俺はちょっと北条と話があるんだ。お前達は外してくれ」


「いやいや、来栖くるすさん。そう言われましても私は北条君の補佐ですから、いまこの場を離れる訳には……」


車崎くるまざきぃ。俺ぁ外せって言ったんだよ。補佐っつったって、そりぁ単なる北条のお目付け役って事だろっ? ふざけんなよ。俺が外せっつったら、外しゃいいんだよ!」


 ――ドガッ! ボクッ!


「えっ!?」


 鈍い打撃音。

 ただ、その不穏な音は目の前からではではなく、なぜか自身の背後から聞こえて来た。


「「うぅっ……うぅぅぅ……」」


「おいっ! お前ら大丈夫かっ!」


 振り向けば、護衛の二人が脇腹を抱え、地面でのたうち回っている真っ最中。

 と、同時に。


 ――ガッ!


 俺自身も背後から、首元をガッシリと固められてしまった。


「うぐっ!」


「はいはいはい。暴れない、あばれない。僕は別に怪しい者では無いですよ。ちょっとアナタと話がしたかっただけで」


 気付けば車崎くるまざきだけでなく、北条までもが普通に起き上がり、護衛二人を縛り上げ始めているではないか。


 コイツ!

 ついさっきまで息もえだったはずなのに。

 ブラフだったかっ!


「はいはい。護衛二人の武装解除も終わったし。さぁ、これでゆっくり話が出来ますね」


「なっ、何だ、お前はっ?! こんな事して、タダで済むと思うな……うぐっ!」


「そんな三文芝居みたいなセリフはいらないんですよ。あんまり無駄口たたく様だと、もっと絞めますからね。北条くん、この人で間違い無いんですよね」


「あぁ、そうだ。コイツがこのゲームの元締もとじめさ。さて、来栖くるすさんよ。手下てしただと思ってた半グレに拉致らちされる気分ってなぁどうだい?」


「てっ、手前ぇ、北条ぉぉ!」


「まぁ、認めたくねぇのも分かるが、お前を拉致らちった時点で、俺達の勝ちは確定だ。どうだい、折角だから俺の話に付き合わねぇか?」


「うぐっ、なっ、何だ話ってぇのは……」


 チッ! 狙撃班は何してやがるっ!

 こう言う時は、俺からの指示が無くても撃つもんだろっ!

 ホント、使えないヤツら……。


来栖くるすさんよぉ。仲間の助けを待ってるんだったら、あきらめた方が良い。そんな事ぁ最初はなからお見通しさ。今頃は武装解除……だったら良いが。まぁ、生きてるヤツぁ誰もいねぇだろうけどなぁ」


 なんだとっ!?

 暗視スコープと近赤外線サーチライトで武装したヤツラだぞ。

 どうやって、無効化したって言うんだ?

 って事はコイツら、仲間が他にも?!


「さぁて、良く聞けよ。俺達ぁ下剋上げこくじょうする事に決めたんだよ。まずは若頭カシラを追い落とす。そのあと、若頭カシラのシマとシノギは、俺が引き継ぐ事にしたんだわ。って事で、ものは相談なんだが……来栖くるすさんよぉ。お前さん、俺の下に付く気は無ぇか? せっかく立ち上げた金づるだ。ここで終わらせるには勿体ねぇ。どうだい? 俺と一緒に天下取ってみねぇか?」


 何が天下だよっ、この小僧がぁっ!


「てっ、手前ぇ、ふっざけんなよっ! 俺様がお前ぇの風下に立つなんざ……」


「だったらココで死んでくれ。正直に言っとくぞ。お前の代わりはいくらでも居る」


「なっ、何だとぉ!」


 ――ガチッ


 コイツ!

 狩人ハンターから拳銃奪ってやがったかっ!


「じゃあなっ!」


「まっ、待ったっ!」


 ――ドン、ドンッ!


「おぉぉぉぉい! おいおいっ! 俺ぁ『待った!』って言ったぞ! にもかかわらず撃つなよっ! しかも二発もっ! しかも、しかもこんな近距離でぇっ! 鼓膜こまくやぶけるかと思ったわっ!!」


「いやぁ、だって返事が遅いからさぁ、思わず撃っちまったわぁ」


 コイツ! マジ狂ってやがる!


「わっ、分かった。降参だ、降参っ! 俺ぁ、お前の下に入る。だから、撃つのはヤメてくれ」


「んだよぉ。途中で折れるぐらいなら最初から折れてくれよ。時間がもったいないからさぁ」


 あぁ、勿体もったいない。確かにもったいない。

 ホント、俺達にはが無いんだ。

 何しろこの辺りには魔獣がうろついているんだからな。

 しかも、これだけの銃声だ。

 魔獣の耳に届かない訳がねぇ。

 音に敏感なヤツらは、必ずこの場に集まって来る。

 問題はその時どうするか……だ。


「で? 俺はお前の軍門に下った訳だが。それで、どうすれば良い? 指でも詰めてお前に渡せば良いのか? それともなんだ? 盃でも交わすってか? しかし、お前は半グレだから分からねぇだろうが、俺達ヤクザの世界で子が親に弓引いて、ただで済むとでも本気で思ってんのか? 最終的には序列に厳しいもっと上の方から潰されるのがオチだぞ?」


「そうだな。そこの所はこれから考えるわ」


「なんだよ、行き当たりばったりかよっ!」


 いや、それは嘘だな。

 北条は一時いっときの感情でこんな事をするヤツじゃねぇ。

 しかも、これだけ組織立ったクーデターだ。

 近隣の組からの援助があったとしてもおかしくはねぇ。

 となると、まずは身の安全を図りつつ、当面は事態を静観……って所か。


「って事で犾守いずもりぃ。もう放しても良いぞ」


「本当に良いんですか? この人、いつ裏切るか分かりませんよ?」


「まぁな。だが、お前だったら特に問題はねぇだろ? もし、来栖くるすがまた裏切って俺や車崎くるまざきに手を出そうとしたら、その時はお前がこの男を始末すれば良い。どうせ俺が死ねばこの計画は白紙だ。そん時は思う存分お前が暴れて、死屍累々ししるいるい積み上げればそれで良いじゃねぇか。そしたらお前もスッキリするだろ?」


「まぁ、そうですね。その時はきっと北条君のかたきも取ってあげますよ」


「おいおいおい。お前ら、えらく物騒な話をしてる様だが、他に仲間はあとどれだけ居るんだ? 俺の狙撃班を無効化したとなりゃ、かなりの腕利うでききがそろってるって事だとは思うが」


「あははは。腕利きねぇ。ちなみに、その狙撃班とやらを壊滅させたのは、その後ろにいる犾守いずもりだ。あえて言うなら、俺の兄貴分はこの犾守いずもりさんだからよぉ。せいぜい、お前もご機嫌取っておいた方が良いぜぇ」


「なっ、何ぃ!」


 どう言う事だ?

 北条の兄貴分がこの子供だとぉ!?

 んな訳ねぇだろ?

 冗談か? 冗談だろ?


 ……いや、でも待てよ?

 もしかしたら、この子供が別の組の血縁……って事もアリっちゃあ、アリか。

 だとしたら、話の辻褄つじつまも合う。

 となれば、やっぱり下手に出ておいた方が良さそうだな。


「あのぉ……って事は、犾守いずもりぃ……さんは……どこか御高名な組の縁者の方……かなにか……でしょうか?」


「ぷふっ、そんな事ありませんよ。僕の父親は普通のサラリーマンです」


「何だとぉ、コラッ! どう言う事だよコラっ! どこかの御曹司ですらねぇのかよっ! なのに、なんでお前が北条の兄貴分なんだよっ!」


「おいおい、来栖くるすよぉ。お前ぇ、なに調子こいて俺の兄貴分にタメ口利いてんだよっ。一回泣かすぞ、コラ」


「北条ぉ! お前もいい加減、茶番はヤメロ! コイツ、単なる子供じゃねぇか。もっとちゃんと俺に分かる様に説明しろよっ!」


「困ったヤツだなぁ。どうする? 犾守いずもりぃ。どうせコイツも仲間にするんだったら、例のヤツ、ちょっと見せてやった方が良いんじゃねぇか?」


「例のヤツ? なんだよソレ?」


 俺がいまだ怪訝けげんそうな顔をしていると、その犾守いずもりってヤツが俺の目の前にシャシャり出て来やがったのさ。


「そうですねぇ。仕方無いなぁ。少しだけですよぉ」


 ――パチン! バシュゥゥゥゥ……


 軽い指の鳴る音。

 とその直後にどこからともなく噴き出して来た白いもや


「ゴホッ、ごほっ!」


 何だこりゃあ、煙幕かなにかか? ……いや、これは水蒸気……だけじゃないっ!


 何だっ、なんだ、なんだっ!

 この肌を突きさす様なピリピリとした感じはっ!


 ヤバいっ!

 コイツヤバいぞ、この蒸気には魔力が含まれてるっ!


「じゃーん。真衣まいの姿になりましたぁ! ほら、本物のオッパイですよ。揉んでみます?」


 目の前に現れた謎の女は、突然俺の手を掴もうとして来やがった!


「ふぐぅっ!」


 俺は咄嗟とっさに身をひねると、そのままほど後方へと飛び退る。


「え? ウソ」


 驚きの表情を浮かべる謎の女。


「おい、女っ! お前ぇ教団の人間かっ! そうか、そうなんだろっ! って事は、北条のバックには教団が付いたって事かっ! チクショウ! 俺が浅はかだったぜぇっ! まんまと北条の口車に乗せられてよぉ! 最初っから狙いは俺だったって事かっ!」


「なになに? え? 教団ってなんの事?」


 このおよんで、まだ知らばっくれるつもりかっ?!

 駄目だ、いまコイツらを逃がしちゃならねぇ。

 あと少し、あと少しって所なのにっ。

 ここで……こんな所でつぶされる訳には行かねぇんだよっ!


「教団関係者って事なら手加減は無しだっ! 特異門開放ゲートオープンッ!」」


 俺の指先から放たれた青白い光が数メートル先の時空間と干渉。

 七色に輝くの放電現象を巻き起こす。


 ――バリッ! バリバリバリッ!


 やがて、プラズマ荒れ狂う中央付近には、時空の割れ目とも言うべき、暗黒の空間が広がり始めた。


でよっ!」


 俺の呼び掛けに応え、漆黒に染まる亀裂よりゆっくりと姿を現したのは、黒褐色に輝く毛皮を身にまとう悪魔の集団。


 体高はおよそ七十センチ。

 体重は四十から五十キロぐらいか。

 一頭単体であれば、ベテラン戦士が数人がかりで制圧する事も出来るだろう。

 しかし、このけものの真骨頂は集団戦。

 常時四頭から数十頭程の群れを作って狩りをする習性がある。


 その名は、レッサーウルフ。


 名こそ下位レッサーだが、全然劣ってなんかいない。

 この世界に住むウルフと同等、いやそれ以上の知能と力を備えた魔獣たちだ。


「グルルルルロロロロロ……」


「へへっ、今回は最初から全力で行かせてもらうぜ。 レッサーウルフよっ! コイツら全員を狩り殺せっ!」


「グァウゥゥゥゥッ! グァウゥ、グァウォォ!!」


 俺の手によって召喚された悪魔の集団。

 彼らは己が本能に従い、目前の獲物へと一心不乱いっしんふらんに襲い掛かって行ったんだ。

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