第81話 信頼の確証

「おぅ、お疲れ。で、どうなってる?」


 俺はノックもせずにドアを開けると、中にいる連中にそう声を掛けたのさ。


 ロココ調を模したかなり広めの部屋。

 恐らくバブル全盛の頃に建てられた建物なのだろう。

 とは言え、良く見れば壁紙の一部は既にがれ落ち、長年の間、何の手入れもされていない事が良く分かる。

 そんなエセ高級感漂う部屋の中央には所せましとパソコンが並べられ、ヨーロピアンな内装の部屋と相まって、一種独特の雰囲気を醸し出していた。


 まぁ、運営側の使う部屋だ。

 雨露あめつゆしのげればそれで良い。

 とは言え、機械マシンたちは繊細せんさいだからな。

 空調については十分に配慮しておかないと。


 俺は乱雑らんざつに引き回されている大小様々なケーブル類に注意しながら、部屋の壁に掛けられた大きなディスプレイの前へと近づいて行ったんだ。


「あ、来栖くるすさん、お疲れっス。あれ、今日はこちらに来られる日でしたっけ?」


 派手なゲームチェアに腰掛け、やけにくつろいだ様子の男が俺に話し掛けて来る。


 おいおい。

 それが目上の人間に対する態度か?

 コイツにはヤクザの怖さってヤツを、一回わからせてヤル必要がありそうだな。


「竹田から緊急の電話があってな。今回、なんかヤベーヤツが入り込んでるらしいじゃねぇか」


「竹田さんっすか? えぇっと……竹田さん、竹田さんっと」


 ――カタカタ……カタカタカタ


 目の前の男が器用に片手でキーボードを操作すると、壁のディスプレイに緑の光点が映し出された。


「竹田さん達はっと……えぇっと、アウトの八番から九番の方へ移動してますね。そろそろイン側でも獲物の後片付けをはじめて欲しいんだけどなぁ。どうせゆっくり作業して、残業代でも稼ごうってつもりなんじゃないっスか?」


 コイツの言動からは、自分自身が重大な犯罪に加担している……と言う意識が全く感じられない。

 危機感の欠如。……いや。

 コイツにとって、全ての事件はディスプレイの中で起きている仮想現実でしか無いのかもしれない。


「そうか。竹田が電話して来たのがアウトの八番にある避雷小屋だったはずだ。そこにカメラは仕込んであるのか?」


「えぇっと、ありますよ。……確かね。日頃使わないんで、常時監視はしてないっスけど、ログには残ってると思います。見ますか?」


「あぁ、出してくれ」


 ――カタカタ……カタ


「いま、ファイル開きますんで。……えぇっと、どのぐらい前ですかね。時間単位でファイルがアーカイブされてるんで」


「そうだな。四十分……ほど前か」


「だとすると、このファイルですから、逆再生した方が早いかもですね。それで良いっスか?」


「あぁ、流してくれ」


「承知っス……よっと」


 ――カチカチッ


 六十五インチある壁掛けディスプレイ。

 そこに映し出されたのは、赤黒くにごった映像のみ。


「……ん? なんか画面がにごってますね。久しぶりに見たからなぁ。カメラが汚れてるのかなぁ?」


 更にそこから早戻し。

 画像の汚れが微妙に動いているのが見て取れる。

 と言う事は、この汚れは最近付いたものなのか?


 と、ここで突然、画像がクリアとなった。


「あっ、止めろ! ココで止めろっ!」


 先程までの画面の汚れは全て消え失せ、誰も居ない小屋の映像がくっきりと映し出されている。


「よし、ここから普通に流してくれ」


「はいっ」


 ――カチカチッ


 誰も居ない小屋の映像。

 画面右下に表示されているタイムカウンターだけが静かに積みあがって行く。

 十秒、二十秒、三十秒、そして一分……。


「大分行き過ぎてたみたいだな。もう少し先に飛ばして……」


 と言いかけた所で、画面下の方から一人の男がカメラに写り込んで来たではないか。

 濃いグレーのジャンパーを着込むその男。


「竹田だ……」


 男は画面奥にある常設電話の受話器を手に取ると、慌てた様子で誰かに電話を掛けはじめた。


 間違い無い。

 ここから竹田は俺に電話して来たんだ。

 となると……。


 案の定。

 竹田が電話口で何かを訴えかけているその途中。

 突然フレームインした何者かが、竹田の手から受話器を奪い取ってしまったではないか。

 

 上半身裸だと? 誰だコイツ。


 カメラが古いせいなのだろうか。

 残念ながら映し出される映像は、かなりの低画質だ。

 ただ、受話器を奪い取った男は少年と言っても問題無いほどの、歳若い男性である事は見て取れる。


 やがて。

 少年が立ち去ると同時に、軽く安堵の表情を浮かべる竹田。

 しかし、それも束の間。

 今度は何が起きたと言うのだろうか。

 顔面を引きつらせ、驚愕きょうがくの表情を見せる竹田の姿が映し出された。

 そして……。


「うおっ! こっ、コイツぁ……」


 俺はこの後、まばたきする事すら忘れ、その凄惨せいさんな光景を見つめ続ける事となる。


「「……」」

 

「くっ……来栖くるすさん……これ……コイツ……なんなんスか!? クマ? クマですかね? 灰色グマか何か……。でも、そんなの日本に居ましたっけ? ちょちょちょ、ちょっとヤバくないっスか? これ、めっちゃヤバく無いっすか!?」


「あぁ……」


来栖くるすさん! あぁ……じゃないっスよ。竹田さん、絶対に喰われてますって。コレ、ホントマジで喰われてますよっ! ねぇ! 来栖くるすさん! 来栖くるすさん!!」


「うるせぇ!!」


 俺は胸のホルスターから一気にベレッタM9を引き抜くと、いけ好かねぇパソコン野郎の眉間みけんへと押し付けたのさ。


「俺ぁ、いま考え中なんだよっ! 少しは黙ってろっ!」


 空気の読めねぇコイツの言動に、どうしても苛立いらだちが抑えられない。

 

 どう言う事だ?

 何が起きた?


 あの映像は紛れも無く本物だ。

 竹田はに喰われて死んだに違いない。


 それにしても、いったいなぜ?

 どうしてこんな所にがいるんだ!?



 ◆◇◆◇◆◇


 

「で? コイツは何なんだ?」


「え? 狩人ハンターさんですけど」


「いや。なんでその狩人ハンターがココに居るんだ? コイツ、生きてんのか?」


 フェアウェイのど真ん中。

 月明かりに照らされて、茫然ぼうぜんと立ち尽くす一人の男性。


 ちょっと北条君。

 を指ではじくのはヤメてよ。

 きっとそれ、痛いから。

 結構、彼としても痛いはずだから。


「生きてますよ。これが僕の能力なんです。を使って生み出した、狩人ハンターさんな訳ですよ」


「ははぁ……生み出した、ねぇ……」


 北条君に車崎くるまざきさん、それに真衣まいを含めた四人で取り囲んでいるのは、ハリーと呼ばれた狩人ハンター分身コピー

 二人の狩人ハンターから奪った携帯とスマートウォッチを装着させて、予めこの丘の向こう側まで移動させておいたのだ。


「にしても、どうしてコイツ裸なんだ?」


 だから北条君。

 を指ではじくのはヤメてあげてよ。

 間違い無く、痛いから。

 だって、ちょっと腰が引けてるじゃん。


「魔力で肉体を作る時には、服とか装飾品は生成されないんですよ」


「へぇぇ。魔力ねぇ。ところでさぁ、犾守いずもり君っていくつだっけ?」


「僕ですか? いま十七ですけど」


「へぇぇ。十七にもなって厨二って、これ如何いかに……だよなぁ」


 何が言いたいんだよコラ。

 やんのかコラ。

 やるんだったら、やってやるぞコラ。


「まっ、まぁ。仕方がないじゃないですか。僕もこの力の根源を“魔力”だって教わったからそう言っているだけで。別に厨二病な訳じゃないんですよ」


「あぁ……そう。そうなんだぁ……」


 コイツ、まだ信用して無ぇな。

 信用する気が全く感じられないんだけど。

 ねぇ、車崎くるまざきさんも何か言ってやって下さいよぉ。


 って思ったら、車崎くるまざきさんですら、僕の事を何か残念な子を見る様な目つきで見つめて来るしっ!


 うきー!

 どう言う事! どう言う事なのっ!

 僕、みんなの命の恩人なんだよっ!

 もぉ! プンプン!


「とりあえず魔力の件はちょっと置いておきましょうか。話が長くなるので。それで、この狩人ハンター分身コピーに、さっき倒した狩人ハンターの携帯とスマートウォッチを持たせておいて、適当にその辺りを周回させておく訳ですよ」


「なるほど。こうしておけば、GPSを見てる運営側からすると、まるで狩人ハンターが生きている様に見えるって訳か」


「そう言う事になります」


「だが、同じ場所を何度も往復してるだけだと、いい加減バレるんじゃねぇのか?」


「確かにその通りです。ただ、この分身コピーはあまり複雑な事が出来ないんですよ。なので、僕たちが身を隠すまでの時間稼ぎ程度と思って頂くしかないですね」


「なるほどな。で、犾守いずもり大将はこれからどうするつもりだ?」


「そうですね。まずはリュックを取り戻すのと、後は、とりあえず行き掛けの駄賃って事で、運営も含めて今回参加した人たちには、全員死んで頂こうかなと思ってます。まぁ、死人に口なしですから」


「おいおい、尋常じんじょうじゃねぇ事あっさりと言い出しやがったな。まぁ、百歩譲ってお前のリュックを探すのは構わねぇ。ただ、全員を殺すって言うのは賛成出来ねぇな」


「えぇ? どうしてですか? 僕、結構最近ストレス溜まってるんですよねぇ。ほらほら、北条君もゲームとかするでしょ? それで、ある程度強くなって来ると、自分がどの程度無双できるのか確認したくなる時ってありません? ね? あるでしょ? ほらほら、それが丁度いまの僕なんですよねぇ。折角こんな良い機会なんだし、ちょっと無双して、全員を血祭に上げる……なんて事、やりたいなぁって」


「おいおい、本気で言ってるんだったらマジでヤメてくれ。俺も道徳持ち出して人殺しはヤメろと言ってる訳じゃねぇ、損得で言ってるんだ。ここに居るヤツらは金持ちか、もしくはこのゲームの運営ノウハウを持ってるヤツかのどちらかさ。つまり、コイツらを殺しても、組織の方には何の影響も無ぇ訳だ。それだったら、このパイプを維持しつつ、逆に自分達のシノギに変えて行く事が出来れば、組織の力は弱まるし、逆に俺達の力が増えるって事になるだろ?」


 なるほど。

 組織を潰すと言っても、金の卵を産むニワトリまで殺す必要は無いものな。

 さすが、北条君の言う事には一理ある。


「なるほど、言われてみればその通りですね。それじゃ残念ですけど、この場は穏便おんびんに済ませましょうか」


「あぁ、それが良い。まずは最初の採石場に戻って、お前のリュックを見つけたら、その足で車崎くるまざきが乗って来た車に即移動。更にヤツらの態勢が整う前に、来栖くるすのマンションに乗り込んでヤツの身柄を押さえるって言うのがベストの選択だろう。後は若頭カシラに仲裁に入ってもらって手打ちにすれば良い。それ以降は出たとこ勝負って所だな。若頭カシラ的には金さえ生めば全て正義ジャスティスさ。そういう意味で言えば、若頭カシラが一番扱いやすいとも言えるな」


 蛇の道はヘビ。

 極道の世界には、極道にしか分からないルールやしきたりがあるんだろう。

 僕としてはクロさえ救出できればそれで問題はない。

 ここは北条君の案に乗るべきだな。


「わかりました。北条君の言う通りにします」


「よし。それじゃ、早速元の採石場に戻るとするか。にしても犾守いずもりぃ、話をぶり返す様で悪いが、お前のその魔力ってヤツをもう少し見せてもらう訳には行かないのか? これから俺や車崎くるまざき、その女も含めて命を掛ける事になるんだ。そんな得体の知れねぇストリーキングを生み出せます……って言われても、今一歩信用出来ねえ。それにお前、一番最初に首輪をどうやって外したんだ? それさえ出来りゃあ、わざわざ危ない橋渡って狩人ハンターや運営を殺さなくても良かったんじゃねぇのか?」


 北条君の言う事はもっともだ。

 もし僕の持つ特殊な力と言うのが嘘だった場合、この組織への裏切り行為事態が何かの罠である可能性も考えられる。

 僕の魔力を信用出来ないと言う以上に、僕の事を信用出来ない……って言うのが本音なんだろうな。


「あぁ、なるほどね。僕を信用するための確証が欲しい……って事ですよね」


「まぁな」


「分かりました。魔力はできるだけ温存しておきたいところなんですが、折角ですからお見せしましょうか。もちろん、色々と企業秘密もありますので、今回ご紹介するのはその一部だけ……と言う事で」


「あぁ、分かった問題無い」


 ふふっ。

 北条君も結構マジな顔つきになったな。

 まぁ、そうなるわな。

 これで、もし僕の言う事がウソだって事にでもなれば、いきなりここから敵対モードに移行する訳だからね。


「さて、先程も言いましたが、僕は魔力を使って新しく人体を創造する事が出来ます。と同時に、僕自身の肉体も再構成する事が出来るんですよ」


 と説明しながら、僕は軽く指を鳴らした。


 ――パチッ! バシュゥゥゥゥ……


 一面に立ち込める白い蒸気。

 その中から現れたのは……。


「おいおい、犾守いずもりぃ。俺ぁ、手品を見せろとは言ってねぇよ。けむりが消えたら裸の真衣まいが目の前に立ってました、ってだけじゃねぇか。なんだ? 服が消えたからスゲェとでも言いたいのか? 単なる早着替えかよ。って言うか、着替えてもねぇだろ? 脱いだだけじゃねぇか。犾守いずもりぃ、ふざけてねぇで、早く出て来いよ!」


「あははは。やだなぁ北条君。僕と真衣まいが単に入れ替わった訳じゃ無いですよ。僕の肉体を再構成して、真衣まいの姿にChangeしたんです。その証拠に、真衣まいは北条君の隣から動いてませんよ」


「え? 真衣まい? え? えっ? 真衣まいが……二人?」


 北条君だけじゃない。

 車崎くるまざきさんや、当の本人である真衣まい自身すら、目を丸くして驚いている。


「ほら、さっきも言った通り、体を再構成すると、身に着けていたモノが全て外れてしまうんですよ。この仕組みを使って、例の首輪を外したんです。どうです? 信用してもらえましたか?」


 僕は未だ驚きの余り身動きが取れなくなっている北条君の右手を取ると、そっと自分の胸へと押し当てた。


「ほら、本物のオッパイですよ。間違いないでしょ?」


「あっあぁ……まぁな。どうやら本物のオッパイの様だな。でもまぁ、俺ぁ、こっちの真衣まいのオッパイを揉んだ事がある訳じゃあねぇからな。寸分たがわず同じオッパイかどうかは、直接オッパイに聞いてみない事にはオッパイとは言えねぇかもしれねぇなぁ」


 ちょっとこの人何言ってるの?


「まぁ、オッパイはオッパイで良いとして、それ以上にこれはスゲぇ力だな。って言うか、誰にでもなれるのか? 例えば、俺とか車崎くるまざきとか?」


「詳しくは説明しませんが、出来ますよ。でもまぁ、その為には少々前準備が必要になるんですけどね」


「あっ、あのぉ。犾守いずもりさん」


 今度は車崎くるまざきさんか。


「もしかしたら、最初に撃たれた傷……アレもその力で治ったって事……なんですか?」


「うぅぅん。大枠はその通りなんですけどぉ、でも、アレは僕にしか出来ない事で、他人が怪我をしたからと言って、僕が横から治す事は出来ません。そこのところは勘違いしないで下さい」


「はぁぁ……なるほど」


「いやいや、とにかくこれは凄ぇ力だ。何しろ色々と応用が利く。これさえあれば、本気でトップだって目指せるかもしれねぇ。犾守いずもりぃ、俺ぁ本気でお前と組む事にしたぜぇ。マジ、よろしく頼むわ」


 いやいやいや。

 やっぱり、今まで組む気無かったんかいっ!

 でもまぁ、ここは大人な対応が必要な場面でしょうな。


「えぇ、北条君、改めてよろしくお願い致します」


 とここで、横から真衣まいが割り込んで来た。


「あんた、本当にタケシなの? って言うか、そんな事はどうでも良いから、早く服着なさいよっ!」


「いやぁ、どうせまた魔力使ったら服は脱げちゃうんだから、着るの面倒くさくってさぁ」


「面倒くさくって……じゃないわよ。そんな格好でウロウロされたら、私が困るのよっ! それか、全裸のままでいるんだったら、元のタケシに戻りなさいよっ!」


「えぇぇ。元に戻るとまた魔力使うんだよねぇ。それもヤダなぁ!」


「とっ! とにかく服は着なさいっ! あぁ、駄目ダメ! パンツだけじゃダメッ! ちゃんとシャツも着なさいっ! シャツもっ!」


「んもぉ、うるさいなぁ。真衣まいは僕のお母さんじゃないだろ?」


「アンタの母親になんてなりたくないわよっ! って言うか、アンタが勝手に私になるからいけないんでしょっ!」


「ふわぁぁぃ」


 はぁぁ。面倒だけど、着るかぁ。


 僕は仕方なく、元々持っていた服を着始める事に。

 でも……。


 あれ、僕の服大きいな。このままだと、かなりブカブカだぞ。

 ちぇ。もう一回自分の体にChangeするしか無いかなぁ。


 などと思っていた矢先。


「あっ、あのぉ……もしかして。……皆さん、ご無事……だったんですねぇ……」


 隣のホールへと続く木立の中より、遠慮がちに姿を現したのは。


「あぁ、えっと、竹内です、わたくし、竹内と申します。先程は大変失礼致しました。みなさん、ご無事でなによりですっ!」


 このなんとも癇に障る話し方。

 コイツ、勢子せこの竹内だっ!

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