第77話 窮獣猫を嚙み殺す

 ――バサバサバサッ! バキバキバキッ!


 突然、男の頭上から大きな物音がっ!


「うぉっ!」


「キシャァァァァ! グオォォォロロロロ!!」


 大地をもるがす雷鳴らいめいのごとき咆哮ほうこう


「うぉわっ! なっ、何だっ! うわぁっ!!」


 鬱蒼うっそうと茂る木々をなぎ倒し、天空より舞い降りた黒い影。

 その男は瞬時にその黒き塊へと取り込まれてしまった。


 壱號いちごう

 絶対に殺すな。取り押さえるだけにしろ。

 あとそれから、ヤツの左腕は喰うなよっ!


 ――バキバキバキッ!


「ぐわぁぁぁぁ!」


 ビロードの様な毛並みを持つ漆黒しっこくの魔獣は、これ見よがしに獲物の腕を喰い千切ちぎってみせる。


 あちゃぁぁ。遅かったか。

 もっと最初に言っとくんだったなぁ。

 でもまぁ、喰い千切ちぎっただけで、喰った訳じゃ無いし。

 壱號いちごう的にはセーフって言いたいんだろう。

 なんか、めっちゃ自慢げにくわえてるもんなぁ。

 はいはい。

 偉い、エライぞぉ、壱號いちごう

 これが参號さんごうとかだったら、今頃バラバラに食い散らかしててもおかしくないからなぁ。


「ふぅぅ……さて、治ったかな?」


 僕は二度も撃たれた右足に軽く力を込めてみる。


 うん。もう大丈夫。

 完治してる。


「さぁて、形勢逆転ですかね。えぇっと、何でしたっけ? 手を上げて、腹ばいになれ! でしたっけ? あははは。僕がする前に、アナタがする事になるなんてねぇ」


 その男は僕からの挑発ちょうはつに反論する事も無く、なぜか大きく目を見開いたまま微動だにすらしない。


 あれ? 死んじゃったかな。

 やべぇな。

 またバイタルエラーで運営にアラーム行っちゃうぞ。


壱號いちごうぉ、コイツ、死んじゃってるんじゃないのぉ?」


 壱號いちごうは獣ながらに困惑の表情を浮かべてみせると、今度はそそくさと男の様子を伺い始めた。


 で?

 あ、そう。

 死んでない?

 ホント?


 ……


 あぁ、ホント。

 気絶してるだけ?

 あらそう。

 なら、よかった。


 ん? ……でも?


 もう……死にそう?

 あぁぁ。そうだよね。

 だって、片腕もいじゃったもんね。


 ……誰がって?

 いやいや、キミが。


 まぁな。

 だから壱號いちごうは使いたく無かったんだよなぁ。

 何しろ完全にオーバースペックだよね。

 子供の喧嘩けんかに、国連軍の一個師団投入する様なものだからなぁ。

 こんなもろい人間に対して、手加減なんて出来る訳がない。


 僕はしぶしぶ、男の下半身の方へ回り込むと、やおら男のブーツを脱がしに掛かったのさ。


 まぁ、死ななかっただけでももうけものか。

 本当は色々と聞き出したい事があったんだけどなぁ……。

 流石にこの状態で聞き出すのは無理だろうし。

 って言うか、もうそんな時間は残されて無いわな。

 となると、またをするのかぁ。

 ホント、気が進まないんだよなぁ。


 ブーツの次はベルト。

 更にはズボンを引っぺがし。

 ようやく男のパンツに手を掛け始めた頃。


 いや待てよ。

 いつもならここでクロご主人様にオカズになってもらうんだけど。

 ヤバいなぁ。

 今回はオカズなしかぁ。

 オカズなしで白米食うのシンドイんだよねぇ。

 まぁ、もしかしたら、この暗闇だし。何とかなるかも……。


 と思ってパンツをずりさげてみたけど。


 かぁぁぁぁ!

 コイツ、見掛けに寄らず毛深いなぁ。

 しかも、尻毛かぁぁぁぁ。

 尻毛はちょっと……って言うか、全然無理だわぁ!

 だってさ、だってさぁ! あの佐竹とかだって、考えて見たらまだ高校生だったんだよ!

 まだ若さってもんがあったんだよ。

 あぁ、あったさ。間違い無くあったさ。

 すくなくとも、スベスベしてたもん。だってツヤツヤしてたもん。


 それがなぁ……。

 大人のなぁ……。

 ケツでさぁ……。

 尻毛でさぁ……。

 もじゃもじゃでさぁ……。

 うぅぅん。流石に今回は完敗の予感だなぁ……。


 さて、どうしたものか。


 あっ! そう言えば。

 居るじゃん、いるじゃん! クロご主人様の代わりになってくれるオカズが!


 真衣まい、聞こえてる?

 聞こえてるなら返事をしてくれ。


 ――ビクッ!


 暗闇の中。

 ヤンキー女が突然、ブルッと身を震わす様子が伝わって来る。


 真衣まい、もう一度言う。聞こえてるなら、返事をしろ。


「はっ……はい」


 またもや暗闇の中。

 今度は女のか細い声が聞こえて来た。


 声に出さなくても良い。

 思い浮かべるだけで良いんだ。


『はっ……はい』


 この真衣まいって女。

 元々魔法に関する素質があったのかもしれないな。

 何しろこの短時間で、もう僕の思念が読み取れる様になったんだから。

 でもこれはこれで助かったよ。

 普通に会話してたら、運営の方に情報が筒抜けになってしまうんだもの。

 その点、思念で会話が出来れば、その心配はしなくて良い。


 さて、真衣まい

 申し訳無いけど、僕の所まで来てもらえるかな?


『はっ、はい。あなたは……一体誰……ですか? ……でも、どうして……私の本名を?』


 だから言ったろ、僕は何でも知ってるんだって。

 あと、僕の名前を言って無かったね。

 僕の名前は武史たけし。タケシって呼んでくれ。


『わ、わかりました。タケシ……さん。あと……それから、これって……どうやって……会話……を?』


 あぁ、これは……うぅぅん。

 これは説明すると長くなるから、後で時間を作って詳しく説明するよ。

 とりあえず今は、真衣まいが言いたい事を思い浮かべるだけで会話が出来る、そんな新しい機械をキミに取りつけたと思ってもらえばそれで良い。


『あぁ……えっと……この……首輪か何かに?』


 もぉ、面倒だなぁ……。


 そうそう。そうだよ。

 キミの首輪に、新しい装置を追加したのさ。

 だってこの方が良く聞こえるだろ?


『えぇ……まぁ……』


 と言う事で、とりあえず、こっちまで来てくれるかな?

 あっと、それから一つだけ言っておくけど。

 コッチにはデカい犬がいるんだけど、これは僕の飼い犬だから。

 絶対にキミを噛んだりしないから。

 ところで真衣まいは犬……好き?


『私は……ネコ派』


 知らねえよっ。


 あぁ、いやいや。なんでもない。

 まぁ、そう言わず、犬だって結構かわいいよ。

 あとそれと。

 もう一人いた敵は、僕の犬がいま取り押さえているから。

 だからもう大丈夫。安心して。


『はっ、はい。わかりました』


 ――ガサッ、ゴソゴソ


 たどたどしい足取りで、真衣まいが僕の近くへとやって来た。

 途中、壱號いちごうの姿を見て何度か悲鳴を上げそうになってたけど。

 まぁ何とか勇気を振り絞って、ここまで来てくれたみたいだな。


『きっ、来ました』


 あぁ、悪かったね。ちょっと手が離せない状況だったもんだから。


『あっ、あのぉ、その人……し、死んでるんですか?』


 いや、気絶してるだけみたいだよ。

 ただ、僕が離れるとウチの犬が何をするか分かったもんじゃ無いからね。


『あっ……あぁ……』


 真衣まいがもう一度壱號いちごうの姿を見て、軽く身震いしてる。


 さて、早速で悪いんだけど、くわえてくれるかな?


『え? くわえる?』


 そう、くわえるの。


『え? 何を?』


 そう、ナニを。


『え? ナニって……ナニ?』


 いやいや、コレコレ。

 ほら、プラプラしてるでしょ。

 これだと使えないから。


『はぁ?』


 いやいや。

 ご主人様に向かって……はぁ? は無いでしょ。はぁ? は。


『いや、でもさすがに、それはちょっと……』


 えぇぇ。でもさっきシたじゃん。

 さっきは思いっきりシた仲じゃん。


『えぇぇ。でも、もうそんな気分じゃないし。私いまシたくないし』


 あぁ、いやいや。

 ダイジョブ、大丈夫。

 僕、真衣まいとスル訳じゃないから。


『え? じゃあ誰とスルんですか?』


 これこれ。この人とね。


『うえぇ? マジ? タケシ、そっち系?』


 いやいや。そっち系じゃないよ。

 ホント、本当。

 全然違うから、本当に違うから。

 って言うか、なんかちょっとタメ語になってない?


『うわぁ……引くわぁ……』


 えぇぇぇぇ!

 いきなりご主人様の威厳いげんが地に落ちたよ。

 あれだけ高かった支持率が、たった一言で急落だよっ! 

 って言うか、真衣まいは僕に言ったじゃん。

 ちゃんと僕に隷属れいぞくするって誓ってくれたじゃん!


『いやぁ……ソレとコレとは話が別だし』


 うわぁぁ。

 でもちょっと、ホントマジで必要なの。

 本当は僕もヤリたく無いんだよ。

 でもさぁ。これヤっとかないと、色々と困るのよ。

 何て言うかなぁ、色々と示しがつかないって言うかさぁ。

 ホント、マジで協力して、ホントお願いっ!


『えぇぇ。ちょっとイメージくずれるなぁ……』


 いや、ホント。

 何度も言うけど、僕もヤリたくないんだよ。

 って言うかさ、これがさ……えぇっと。

 あぁ、そうそう。

 復讐ふくしゅうなんだよ。復讐っ!

 僕、コイツに恨みがあってさ。

 それで、コイツのケツ、絶対に掘ってやるって、死んだじーちゃんに誓いを立ててたんだよ。


『なによ、その変な誓い。誓われたじーちゃんが可哀そうだわ』


 そうそう、そうなんだよ。

 誓われたじーちゃんの為にも、はやくヤル事やって、もうじーちゃんにはサッサと成仏じょうぶつしてもらいたいんだよ。じゃないと、死んだじーちゃんも浮かばれないよ。だからさぁ。ホントマジ、協力して! お願い、一生のお願いっ!!


 なんて、半ば土下座する勢いでお願いしてみたら。


『ふぅぅ……。もう、仕方ないなぁ。それじゃあ今回だけだからね。今後もこんな事する人だったら、ご主人様的なヤツ、ナシにするから』


 うぅぅわぁぁ!

 真衣まいちゃん、ホント神。

 めっちゃ可愛い。

 こんなかわゆくて、優しい女の子に初めて会ったわ!


『そりゃそうでしょ。横で熊みたいにデカい犬に押さえつけられて気絶してる人のオカマ掘るなんて。そんなのに協力する女子、世界中探しても私ぐらいのもんよっ!』


 いやぁ、ありがとうぉぉ!

 それじゃあ、早速お願いしても?


『んもぉ……はいはい。分かりましたよ。ほら、早くコッチ向いて』


 はいっ!

 よろしくお願いしますっ!


 ……


 おほっ!

 おほほっ!

 これこれっ。

 やっぱ、こうじゃないとね。

 いくら若いっつったって、ついさっき一回抜いたばっかりだもんなぁ。

 よしよし。

 これなら闇の洗礼も何とかイケそうだぞっ!


 さぁぁて。

 コイツから情報を抜き終えたら、そろそろ反撃と参りましょうか。


 まさに窮鼠猫きゅうそねこむ。


 まぁ、ネズミだったらむぐらいで済むのかもしんないけど。

 残念ながら……こちとら魔獣なもんでね……。

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