第76話 認証ロック

「あんっ……はぁ……っはぁ……、あぁぁっ……」


 始めた時のように、僕にあらがおうとする様子はもう感じられない。


 あきらめ?


 いや、違うな。

 そんなチープな感情の訳が無い。

 いまの彼女をつつみ込むのは、これまでに感じた事の無い多幸たこう感と、それを上回る安堵あんど感。


 なぜそんな事が分かるのかって?


 不思議でもなんでもないさ。

 なにしろ彼女は僕に隷属れいぞくすると誓ってくれたのだから。

 生かすも、殺すも。

 苦痛も……そして快楽さえも、僕が全て与えてあげる。


「あっ……あの……」


「よく決心してくれたね。大丈夫。僕が一緒にいれば、絶対に大丈夫」


 涙に濡れた顔を押し付け、尚も僕にしがみ付こうとする彼女。


「そうか……辛い目に合っていたんだね。義理のお父さんがまさかそんな事を……」


「え!? どうして……それを……」

 

 何気ない僕のつぶやきに、彼女の瞳が大きく見開かれる。


「言っただろ? これからは僕がキミのご主人様だって。ご主人様はキミの事なら何だって知っているのさ」


 彼女のCOREは手に入れた。

 気まぐれにのぞき見た彼女の記憶境遇は、唾棄だきすべき光景のオンパレードだったけど。


「でも安心して、僕が必ず……」


「必ず……?」


「殺してあげるよ……キミの義理のお父さんも……そして、最愛のお母さん……


 彼女の瞳から、続けざまに大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ううっ……うぅぅ……」


「もう泣かなくても良いんだよ。僕に任せておけば、全て上手く行くよ」


 そんな僕の言葉に、静かにうなずき返す彼女。


 ようやく落ち着いて来たようだな。


「……あんっ!」


 僕は入れたままになっていたをやおら抜き取ると、上体を起こし、軽く周囲を見渡してみた。


 さて、どうするかな。


 右手の草むらには、ついさっき頭蓋ずがいつぶしたばかりの男が横たわる。


 まず、この男の事を調べてみるか。


 いまだ不思議そうに僕の事を見つめ続ける彼女をその場に残し、僕は死体となった男の元へと近付いて行ったんだ。


 首輪は……当然してる訳ないか。

 胸ポケットには……何も入って無いな。

 下半身は丸出し状態だし……。


 更に周囲を見渡すと、すぐ近くに男のズボンが無造作に脱ぎ捨てられていて。


 おっと、スマホみっけ。

 ラッキー。

 コレ、もらっとこ。

 何だったらコレで警察呼んじゃえば一件落着だ。


 更に着衣の下からライフルも発見!


 おぉぉぉぉ!

 ライフル手に入れちゃったよぉ。

 なんだ、なんだ?

 これ、序盤の最強武器入手に成功しちゃった感じぃ?

  

 うぉ! コレ、結構重いな。


 手に触れる部分なんかは、モデルガンみたいにプラスチック樹脂製な感じだけど。

 やっぱり銃身の部分はかなり重たい。


 すげぇ、スゲェ!

 やっぱ、こう言うのって、めっちゃめっちゃテンション上がるわぁ。

 あぁぁ、撃ってみたいなぁ。

 撃っちゃおうかな?

 でもヤバいかな?

 あ、そう言えば、まだ近くにもう一人居たよな。

 よし、そいつ撃ってやろっかな。


 なんて考えていたら……。


 ――ポンポロ、ポンポンポンポン


 何とも間の抜けた電子音。


 あ、ヤベ。

 電話が鳴ってる。

 出るか? それとも、このまま切っちゃうか?


 ――ポンポロ、ポンポンポンポン


 どっち? どっちだ!?

 でも、いきなり切ったら疑われるんじゃないかな?

 かと言って、電話に出ても何を話せば良いんだろ?

 どっちにしろバレるんだったら出ない方が良いよね。

 ね、ねっ!? そうだよね!

 って、僕は誰に聞いてるんだよっ!


 ――ポンポロ、ポンポンポンポン


 あぁぁぁぁん、もぉ!


 ――ピッ!


「はい、モシモシ……」


 あちゃぁぁ。

 出ちゃったよ。

 電話に出ちまったよぉ!


「突然すみません。運営ですけど、ミックさん、大丈夫ですか?」


「あっ……あぁ。大丈夫……だけど、どしたんですか?」


「いや、ミックさんの声は女の首輪から聞こえてたんですけどぉ、バイタルデータが突然消えたので、何かあったのかと思いまして」


 え?

 なにそれ。

 突っ込み処満載まんさいなんっスけど。

 まず、女の首輪から声が聞こえてたって?

 あらやだ。

 女のよがり声だけならまだしも。

 僕のピロートークまで聞かれてたって事?

 何てコトっ! 何てコトなのっ!

 僕の……僕の秘め事を聞いてたって言うのねっ!

 はははっ、恥ずかちー!

 うぉぉぉぉ!

 いまだエッチ初心者マークのこの僕が、ネット情報を駆使して挑んだピロートークなのにっ!

 そそそ、それを聞いていたヤツがいるなんてっ!


 はうはうはう!


 ヤバい、今日はちょっと立ち直れないかもしんない。

 もう、ちょっと帰りたくなって来た。

 はぁぁ。ダメだ駄目。

 全然、駄目ダメちゃん。

 やる気ゼロ。 完全にHPが底をついたわ。

 今の攻撃効いたわぁ。

 一撃だもの。

 ほんと、ゴッソリ持ってかれたわぁ……。


 だぁってさぁ。

 こういうのって、男女間の秘め事だから良いんじゃん。

 それを赤の他人が横で聞いてるって、どうなの?

 ねぇ、アンタ、これ、どう思う?

 聞いてるなら聞いてるって、最初に言っておいて欲しいもんだよね。

 って言うか、そう言えばこれ、盗聴とうちょうされてるって北条君も言ってたな。


 ……チッ!


 そんな事より、バイタルデータって何だ?

 バイタル……バイタル。

 バイタルって……生命……だっけ?

 つまり、生きてるかどうか……って話か。

 

 ん? そう言えば、コイツ……死んでるよな。

 って言うか、僕が殺したのか。

 いやいや、そんな事はどうだって良い。

 どうして死んでる事がバレたんだ?


「あっ……あぁ。特に……特に異常は……無いよ……たぶん……きっ、機械の故障……なんじゃないっかなぁ……」


 うわぁ、怪しいぃぃ!

 自分で言ってて、めっちゃ怪しいぃぃ!


「あぁそうですか? 分かりました。機材の不調なのかもしれませんね。もし良ければ一度腕時計を外してから、もう一度ハメ直してもらえますか? もし駄目そうだったら、一度クラブハウスの方に来て頂ければ交換しますけど」


 腕時計?

 あっ、あるある。

 コイツの腕にスマートウォッチが付いてるわ。

 なるほど。

 この腕時計がバイタルデータってヤツを感知してるのか。

 そう言えば、この手の腕時計って、心拍数とか測れるらしいからな。

 その情報をアップしてるって事なのか?


「わっ、わかりました。やってみますので、あぁ、でも駄目だったら別に良いですよ。それより、コッチはコッチで色々と忙しいので」


「はいはい。承知してます。それではまた不具合があれば、フロントの方をコールして下さい。フォローしますので」


「あ、ありがとうございます。それじゃ……」


 ――ピッ


 ふぅぅぅぅい! ヤバかったぁぁぁぁ。

 でも、出ておいて良かったぁぁ。

 あのまま電話に出なかったら、アイツら調べに来たかもしれないからなぁ。


 しっかし、運営の方も意外といたれりくせりだな。

 よっぽどこの男が良い金づるなのか?

 まぁ、このゲーム自体もネットで配信されてて、結構な利益を生んでるんだろうけど。


 でも、このままコイツのスマートウォッチを残して行くのはマズいよな。

 一応故障って事で納得してもらえたっぽいけど……。


 とりあえず、男の手から取り外したスマートウォッチを自分の腕にハメてみる。


 ちっ! 画面ロックかかったよ。

 腕から外すと自動的にロックが掛かる仕組みなのか。

 解除にはパスコードを入れろってか?

 でも、確かこのタイプは本体のスマホの方でロック解除できるはずだ。

 どうせ指紋認証だろうし。

 この男の人差し指か何かを引き千切ちぎって持ち歩けば特に問題は……。


 って、おいおい。

 このスマホ、顔認証かよっ!?

 どうすんのコレ? だったらコイツの顔を持ち歩くの?

 もぉ、面倒だなぁ。

 とりあえず一回認証を解除して、僕の腕にスマートウォッチをハメておけば、当面はバイタルデータが送信されるだろう……ん!?


 おいおいおい!

 よく考えたら、コイツの頭ってつぶれてるじゃん。

 って言うか、僕が握りつぶしてたじゃん!

 あぁぁぁぁ! 早まったぁぁ!

 持ち運びがどうのって言う前に、コイツの頭、もうぐグッチャグチャじゃん!

 これじゃぁ、絶対に顔認証なんて出来ないよっ!


 あいたたたぁ……。


「おいっ!」


 なんだよぉ。


「おいっ、お前っ!」


 だからなんだよぉ、僕は今、後悔こうかいねんに押しつぶされそうになってんだぞっ!

 気軽に話しかけて来んなよっ!


「そこの全裸のお前ッ! ゆっくり手を上げてから、腹ばいになれっ!」


「え?」


 誰、ダレ、だれ?


 声のする方へと視線を向けてみれば、そこには僕に向かって銃口を向ける男の姿が。


「おいっ、お前っ。そこで何してる? お前、全裸じゃねぇか。首輪もしてねぇし。狩る側か? いや、スタッフの方か?」


「あぁ、いえっ、あのぉ。僕はたまたま……ちょっと通りがかっただけで……」


「こんな山奥のゴルフ場で、たまたま通りがかるヤツなんている訳ねぇだろっ! ふざけた事言ってっとブチ殺すぞぉっ!」


 うわぁ、ヤバい、ヤバい。

 コイツ、ログハウスで待ってたはずの、もう一人の方だ。


 ――タタッ、タタタッ!


「ぐっ!!」


 痛ぇっ! コイツ何なんだよっ! いきなり撃って来やがったぞっ!


「お前がさっさと腹ばいにならねぇから撃たれるんだぜぇ。へへへ」


 ゲーム開始と同時に撃たれた右ふともも。

 それと全く同じ個所に激痛が走る。


 うわっ! 絶対にコイツ、最初に僕を撃ったヤツだ。

 ヤツに間違い無いっ!

 って言うか、そんな事どうでも良い、コイツだけは……コイツだけは!


「へへへ。仲間の中には逃げ惑う獲物を撃つのが好き、ってヤツも多いんだが、俺ぁちょっと違うんだよなぁ。俺は命乞いして来る獲物に、情け容赦なく、グズグズになるまで撃ち込むのが好きなんだ。何しろはらわたなんざ、ぐちゃぐちゃになってよぉ、へへへへ。お前っ、都合よく全裸だからな。俺がお前の腹の中、しっかり見届けてヤルから安心しろぉ。ゲヘヘヘヘ」


 あぁぁ……コイツ。

 終わってるわ。

 完全に脳みそブッ飛んでるグロ野郎だわ。

 どうすっかなぁ……マズったなぁ。


 自分の足元ではさっき撃たれたばかりの銃創じゅうそうが、軽い蒸気の発生とともに、みるみるウチに塞がって行くのが見てとれる。

 この調子なら、一分と経たずに全快するのは間違い無いだろう。


 ただ、ヤツまでの距離は十メートルとチョット……ぐらいか。

 たとえ僕の俊足で駆け寄ったとしても、どうしたって射撃のすきを与えてしまう事になる。

 体に数発受けるぐらいなら問題無いが……。

 アイツ、フルオートで撃って来るからなぁ。

 流れ弾が頭や胸に当たるのは流石によろしくない。

 即死、イコール一発でゲームオーバーだ。

 流石にそんな危ない橋は渡れない。


「どうだ? 痛ぇだろぅ? 足を撃たれちゃ、もう逃げられんわなぁ。げへへへへ。次はお前の胸のど真ん中に風穴開けてヤルからよぉ! 覚悟しなっ!」


 チッ! 仕方が無いな。


 ……れ。

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