第78話 清掃人の戯言(ざれごと)前編

 思えば……。

 俺の人生、ろくなもんじゃなかったなぁ……。


 こう見えても昔は、世間でもソコソコ名の通った有名企業に勤めていたんだ。

 当時世話になっていた先輩に頼まれて、なんだか訳の分からない契約書にサインしたのがケチの付き始め。


 名義だけだって言ってたのに……。


 それから程なくして、俺の家には借金の取り立て屋が来る様になった。

 もちろん、俺は借金なんかしていない。

 どうやら俺は、先輩が開業資金として借りた二千万の連帯保証人と言うヤツになっていたらしい。

 先輩はその金を持ったまま行方ゆくえ知れず。


 その時の俺は妻と娘の三人暮らし。

 優しい妻に可愛い娘。

 ようやくマイホームを手に入れ、浮かれていた事は否めない。


 ただでさえ家のローンに四苦八苦していたこの俺が、二千万もの大金を一度に払えるはずもない。

 何度も金融業者と話をしようとしたが、取り合ってすらもらえない。


 マイホームは機械的に売りに出され。

 妻と娘を連れて、築三十年のオンボロアパートへと引っ越す羽目になったのは、もはや自業自得。


 あの時の妻と娘の冷たい視線……今でも忘れられない。


 既に人手に渡ったマイホームの借金だけを延々と返すだけの日々。

 次第に俺は酒におぼれる様になり、無様ぶざまにも妻に暴力まで振るう始末。

 そんな俺に愛想をつかし、妻と娘が家を出て行くのに、そう長い時間は掛からなかった。


 心の強いヤツであれば、そこから人生の立て直しも出来たんだろうが。

 俺には……無理だった。

 何もやる気がしない。

 寝たきり老人の様な日々。


 とは言え、生きていれば腹も減る。

 しかも、妻からは慰謝料や養育費の請求が矢継ぎ早に送られて来る。


 働かなければ、喰わなければ。


 生来の真面目さが災いしているのだろうか。

 結局全てを放り出して逃げる……と言う選択すらできない、小心者の俺。


 そんな俺に、上手い儲け話があると声を掛けてくれたのが、狭真会きょうしんかい来栖くるすさんだった。


 来栖くるすさんが言うにはマジメで口が堅く、身寄りの無い俺の様な男が適任の仕事らしい。


 そうして紹介されたのがこの仕事だ。


「おい竹田ぁ、足の方を持ってくれ」


「はい、わかりました」


「それじゃ、せーので荷台にのせるからな。……せぇぇのぉ!」


 ――ドスン


「よぉし。荷台の方は俺が整理しとくから、お前は地面の方を片付けてくれ」


「はい、了解です」


 この辺りは砂地だから、放っておいても雨が降れば血の痕などすぐに無くなってしまう。

 だけど、ここは狩場ゴルフ場へと続く連絡通路になっているからな。

 なんならそこそこ人通りもあるし、こんな所に血だまりがあると余計に目立つ。


 俺は軽四トラックの荷台に積み上げられている砂をシャベルですくうと、血だまりの上にまんべんなく振りかけて行く。

 既に何度もこなしている仕事だ。

 なかなかの手際てぎわと言って良い。


「……だけど斎藤さん、珍しいですよね、ここで獲物が死んでるなんて」


「そうだなぁ。前にも一回か二回ぐらいあったはずだけど、お前が来てからは初めてかもな。まぁ、覚悟を決めて参加してるとは言え、直前でビビルヤツは必ず居るって事さ。ほら見てみろ。首輪が発動してるだろ? 多分逃げようとしたんだろうなぁ」


 確かに。

 首輪の破片が路肩のすみに落ちていた。

 ゲーム参加者への説明では、ゲーム会場から逃げ出そうとすると首輪が爆発すると伝えられているらしいが、実際のところそこまでの破壊力は無いらしい。

 もし、そんな量の火薬を仕込んでいるとしたら、扱う俺達だって気が気じゃ無いからな。


 仕組みとしては、首輪がある一定のエリアに近付くとまずは警告音が鳴り、それでもその場所から立ち退かない場合は、首輪に仕掛けられた少量の爆薬によって首輪内に仕込まれたワイヤーケーブルが巻き取られる仕様となっているらしい。


 このワイヤーケーブル。

 かなり強靭きょうじんで細いがために、首を締め上げると言うよりは、今回の様に首を切り落としてしまうそうだ。

 もちろん、人の力でワイヤーを切断する事なんて出来ようはずもない。


「竹田ぁ、ついでに首輪のロックも解除しておいてくれ。それから首輪に近付く時はビーコンカットしてから近付くんだぞ。一応、安全の為のルールだからな」


「はい、斎藤さん。承知です」


 首輪は回収する時には必ずロックを解除しておく必要がある。

 なに、いたって簡単な作業だ。

 首輪についているダイヤル式のロックを、規定の番号に合わせて外すだけ。

 これをやっておかないとGPS信号が出っぱなしになる。

 やり忘れると監視している本部側が文句を言って来るんだよなぁ。

 まぁ、基本モジュールは使い回しらしいし、電池だって減る。

 それからロックを解除して首輪を外しておかないと、火薬が暴発する危険性だってある。

 とにかく、早々に解除しておくに越した事は無い。


「おぉっと、近付く時はビーコンを切っておくんだったな」


 今回の場合は既に火薬が作動した後だから問題は無いと思うんだが、ルールはルールだ。

 意外とこの職場はルールにうるさい。

 残業代だってきっちり払ってくれるし、有給休暇だってある。

 限りなくブラックに近い仕事をするホワイト企業だと言っても過言じゃない。


 あぁ、話がそれたな。


 俺達運営担当者は全員ビーコンの発信機を持っている。

 大きさは携帯電話よりも二回りほど小さい装置で、ポケットに入れておくだけで良い。

 もし獲物が俺達に近付こうとすれば、このビーコンの機能によって首輪の爆薬が稼働する仕組みとなっている。

 つまり、獲物は決して俺達運営には近づけない様になっている訳だ。

 だから、首輪を回収する際にはこのビーコンを切っておく必要がある。


 ただまぁ……それでも俺達を襲おうと言う獲物は居るにはいる。

 確かに、完全武装の狩人ハンターに挑むよりは、俺達運営を狙った方が助かる確率は高いと考えるのも分からない事ではない。


 当然、運営の方だってそんな事はお見通しだ。

 俺達には全狩人ハンターと獲物の位置を把握するGPS確認用のタブレットが配布されていて、やつらの動き筒抜けな上に……。


 俺は自分の右のポケットに手をあてて、その重く固い金属の塊を確認する。


 俺達だって拳銃コレぐらいは持たされている。

 いくら獲物が束になって掛かって来ようとも、拳銃コレを持つ俺達には指一本触れる事はできないはずだ。


「竹田ぁ、早く首輪を回収して車に乗れ。次の回収の連絡が入ったぞ」


「あっ、はい。にしても今回は早いですね。いつも俺達の出番はゲームが終わった後って事が多かったと思うんですけど」


「そうだなぁ。今回は二十人超えてるからなぁ。回収に朝までかかるかと思ってたが、この調子で仕留めてくれれば残業はしないで済むかもなぁ」


「そうですねぇ。残業は意外にありがたいんですけど、やっぱり明るくなってからグログロな死体片付けるのって、結構キツイですからねぇ」


「あははは。そうだなぁ。ただ、次の回収はハリーさんとミックさんが仕留めた獲物らしいぞ」


「うわぁぁ。そうですかぁ……」


 つい先ほどまでのお気軽な思いが一気に萎えた。


 ハリーさんとミックさん。

 このゲームの超常連ヘビーユーザさんだ。


 確か運営の人たちの噂では、二人とも都内の大手病院に勤める医者らしい。

 有り余る金を使っての道楽遊び。

 そんな二人の行動には大きな特徴があった。


 ハリーさんはとにかく殺し方が汚い。

 相手がもがき苦しみ、それでもなお銃撃を止めない。

 死体がグズグズになるまで弾を撃ち込むものだから、後で死体を回収するのが一苦労だ。


 一方、ミックさんは犯して殺すがワンセット。

 いつも狙うのは女ばかり。

 今回は確か女が三人含まれていたはずだから、気合が入っているのかもな。

 それであれば、早い時間帯での回収と言うのもある意味うなずける。


「場所はアウトの八番、避雷小屋のすぐ近くだな。ここから近いし、すぐに行くか」


「はい、そうしましょうか」


 俺は軽トラの助手席に乗り込むと、早速タブレットの操作を開始する。


「えぇっと獲物は、一、二、……おぉ、五人ですね。これは凄い。今日のMVPはこのお二人ですかね」


「そうだなぁ。でもミックさんはどうせ女しか狙わないし、ハリーさんは後半の狙撃には参加しない。って事は、やっぱMVPは狙撃班の誰かじゃないかなぁ」


 このゲーム。

 一番獲物を仕留めた人には賞金や商品が出る。


 まぁ、ゲームに狩人ハンターとして参加するヤツらは、ほとんどが金持ち連中だからな。賞金なんて欲しいとも思わないんだろうが、まぁ、ゴルフコンペの商品なんかと同じ感覚なんだろう。要は金額の多寡たかじゃないって事だ。


 それから、ゲームはおよそ二時間ほど。

 その間にこの広いゴルフ場でわずか二十名程の獲物を見つけるのは至難の業だ。

 そこで、運営側は狩人ハンターに上手く獲物を狩らせる様、いくつかの仕組みを施している。


 その一つが勢子せことよばれるサクラ集団。

 獲物たちの中に紛れて、上手く獲物を狩人ハンターの近くへと誘導する係だ。

 勢子せこは自分のグループとして登録した獲物が狩られるたびにポイントが加算される仕組みで、今日のゲームにも三名程の勢子せこが紛れ込んでいる。

 ヤツらも俺達が持っているのと同じ、GPSの情報が見れる携帯を持っているから、できるだけ自然な形で狩人ハンターの目の前へと獲物を誘導する事が出来れば、狩人ハンター側からチップをもらえたりもするらしい。


 運営の中からも何人か勢子せこに鞍替えしたヤツも居るんだが、俺は願い下げだ。いくら時給が高いからと言って、こんなゲームの矢面に立つのは御免こうむりたい。

 それであれば、裏方として死体を運んでいる方がよほど気が楽だからな。


 あとそれから、獲物たちに希望を持たせる為に、セーフティエリアと呼ばれる場所が設定されている。

 このエリアに制限時間内に逃げ込めば、命は助けてもらえる上に借金もチャラになると言う触れ込みだ。


 ちなみにこのエリア、ゴルフ場のほぼ中央にあるクラブハウスが指定されている。

 最終的に制限時間が迫ってくれば、獲物はクラブハウスの方へと勝手に近づいて来ると言う寸法だ。

 しかもこのクラブハウスの屋上で待ち構えているのが、例の狙撃班と呼ばれている四名。射程二キロとも言われる高性能ライフルを持って周囲を監視しているらしい。

 まずこの四人の狙撃をかいくぐってクラブハウスに到達する事など出来ようはずもない。

 実際過去に一度もセーフティエリアにまで逃げ込んだ獲物はいないと言う話だ。


 そこまでしても、クラブハウスに近寄って来ない獲物も確かに居る。

 そうなると、あとは延長戦。

 まだ一匹も撃っていない狩人ハンターに対して、獲物の位置情報が公開され、少なくとも一人ぐらいは撃ち殺せる様になっているそうだ。

 ただまぁ、延長戦の獲物はMVPの集計には加えられないから、あくまでも参加賞的な感じなんだろう。


「斎藤さん。ハリーさんとミックさんは二人とも七番ホールの方へ移動したみたいですね。それに周囲にはドローンも飛んでないみたいです」


「そうか、それじゃあ、手っ取り早く回収を始めるか」


 俺達は避雷小屋の前に軽トラを停め、タブレット片手にGPSの指し示す場所へと移動を開始する。


 この虐殺ジェノサイドの状況は、ドローンによって逐次撮影され、会員限定の有料サイトで公開しているらしい。

 その利益もかなりの額に上っているいるそうだ。

 当然、俺達裏方がドローンの撮影に見切れてはいけない。

 しっかり撮影が終わった後に、死体を回収すると言うのがプロの仕事と言うものだ。


「おぉ、ここだ、ここ。しっかし今回は派手にやったなぁ」


「これは……結構スゴイですねぇ」


 避雷小屋のすぐ裏手。

 そこには大量の鉛玉を撃ち込まれ、上半身と下半身が完全に切断された死体があるかと思えば、なぜか腕や足がバラバラにがれ、散乱している死体まである。


 しかも、その奥の方には男二人に女が一人。

 この死体は損傷が少ない様だな。

 確かに衣服には大量の血が付着しているけど、五体は満足の様だ。


「斎藤さん、奥の三人はまだ綺麗な遺体ですね。どうしましょう。先に奥の方を片付けますか?」


「そうだなぁ。先に奥のヤツを積んだ方が荷崩れしにくいだろうし、そうするか。それじゃ、まずは首輪の回収から初めてくれ。奥のヤツはまだ首に付いたままだろうし、危ないから先に取り外してしまおう」


「わかりました」


 俺はルール通りにビーコンのスイッチを切った後で、奥の死体へと近づいて行く。


 男は派手なスーツ野郎に、黒服の男。


 ふぅぅん。

 結構良い服を着てるじゃないか。

 何をしたのは知らないが、こんな所で撃ち殺されてちゃ話にもならん。

 次に生まれかわったら、もっと真っ当な仕事をしろよ。

 まぁ、俺に言われたくも無いだろうがな。


「ふっ……」


 俺は自分自身の不甲斐なさを、自嘲じちょうも含めて軽く笑い飛ばしてみる。


「それじゃあ、こっちの女の方はっと、あぁ……結構美人さんだなぁ。勿体もったい無い」


 歳の頃は二十代前半と言ったところか。

 クッキリとした目鼻立ちに加えて、やはりその若さが華をそえている。

 少々キツめの化粧が逆にマイナスポイントになっている様にも感じるが、まぁそこは本人なりに背伸びした結果なんだろう。


「この女もミックさんにヤラれたのかなぁ。それにしちゃあ、衣服の乱れが少ないな」


 ミックさんにレイプされた女たちは多かれ少なかれ半裸の状態で、必ずと言って良いほど首元に絞められた痕があった。

 恐らくそれはミックさんの性癖によるものなんだろうが、それにしても、こんな綺麗な状態の仏さんを見るのは始めてだ。


 俺は女のスカートの裾を摘まむと軽く持ち上げてみる。


 まぁ、そりゃ穿いてないわな。

 当然と言えば当然か。


 折角なので、支給されている懐中電灯ハンドライトで中を観察。


 割と綺麗なもんだが、まぁ、使用済みな感じだわなぁ。


 まだ濡れているのか?

 懐中電灯ハンドライトで照らされた部分がテラテラと輝いて見える。


 ――くんくん。


「うおっ、くっせ!」


 こりゃ確かに使用済だ。

 間違い無くザーメンの臭いだな。間違いない。


「ちょっとアンタッ! なに勝手にのぞいておいて、くさいだなんて失礼ねっ!」


「え!?」


 コイツっ、死んでるんじゃ!?

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