第57話 犯人の手掛かり
妖し気なレースのカーテンで仕切られたその部屋は、店全体の雰囲気からすると少々
黒い本革のソファーに、クリスタルのテーブル。
部屋の隅に飾られた身の丈程もある大きな花瓶には、生花を用いたフラワーアレンジメントが施されている。
当然僕レベルでは物の良し悪しは分からない。
ただ、その装飾に投入された費用が生半可な額で無い事だけは、容易に想像が付く。
「おっ、久しぶりだなぁ……えぇっと、誰だっけ? お前」
久しぶりだなぁ……って言っておいて、誰だっけ? は無いでしょうに。
「あぁ、はい。
僕は部屋の端の方で深々をお
学校の帰り。
今日は飯田の所へお見舞いに行く予定だったんだけど、その前に僕は渋谷にある
「おぉ、
あぁ……前回来た時は
流石にもう一度この店に
「えぇ、今日は別の用事がある様なので、僕一人で来ました」
完全に
「そうかぁ。それじゃあ二人に伝えておいてくれ。仕事が欲しくなったらいつでも俺に連絡しろってな。良い働き口を紹介してやるよ。まぁ、あのおっぱいのデカいねーちゃんだったら、俺の女にしてやっても良い。俺は
「は、はぁ……」
って言うか、そんな
それに、昔の男って何だよ。僕の事か? 僕の事を言っているのか?
「で、今日は何の用だ」
「はい、先日は危ない所を助けて頂きまして、そのお礼に伺いました」
例のビジネスホテルでの一件。
最終的に死を覚悟した場面で僕たちの事を助けてくれたのは、ブラッディマリーこと
実際問題、先生が個人的に助けてくれたと言うよりは、
それはつまり、北条くんが指示を出した……もしくは許可をしたと言う事に他ならないだろう。
とここで北条くんが
「いや、お前が気にする事は無い。俺にとっちゃ、単なるビジネスだ」
「ビジネス?」
「そうさ、ビジネスだ。将来的にラグナロクで活躍してくれるであろう選手を育成するのは、プロモーターとしては正当な投資って訳さ」
育成って……。
「だからまぁ、気にするな……とまでは言わないが、それを恩に感じると言うのなら、時々
「限界……ですか?」
「あぁ、そうだ。限界さ。人々はヒーロー、ヒロインを求める。絶対的な正義。絶対的な力。そういった
とここで北条くんの表情が曇る。
「ブラッディマリーはなぁ……強すぎんだよ」
「あ、あぁ……」
「子供向けのヒーローモノを見て見ろ。いや老人向けの番組だって構わない。ほら、最後に
なるほどぉ。
確かにそう言うものかもしれない。
「まぁ、そんなこんなで、色々と
北条くんは目の前に置かれたグラスから、
「ふうぅ……まぁ、そんな事の前に、ブラッディマリーが人を
北条くんの後ろに立つ
「って事で、
北条くんの真意は理解した。
確かに
ここは出場しておいても損は無いだろう。
「はい。そう言う事であれば、是非参加させて頂きます。ただ、今も学校に通っておりますので、そう
「あぁ、構わない。
「はい、分りました。よろしくお願い致します」
しかし……。
数か月前では考えられ無い決断だよな。
あの頃は人をい殴るどころか、人からまともに殴られた事すら無かった。
暴力なんて嫌いだったし、それを振りかざすヤツはもっと嫌いだった。
……あぁ、そうさ。嫌い……だった。
しかし、今はどうだ?
人は『力』を手に入れた途端。
それを使いたい……と言う欲求に駆られる。
しかも、その『力』が強大であればなおさらだ。
よく聞く話で。
ヒーローは自分の『力』を正義と平和の為に使いたい……と。
いやいや。
そんなの単なる言い訳さ。
ヒーローは。
強大な『力』を持ったヒーローやヒロインは。
己が『力』を使う……ただその場を欲しているだけなんだ。
人助け?
はんっ!
そんなの後付けの理由に過ぎない。
強い相手が欲しい。
いやいや、ヒーローだって、自分の『力』を完全に
ただ、自分が全力を出せる。
そして、最終的に勝てる。
そんな場が欲しい。
……ただそれだけ。
至ってシンプル。
至って
至って、自己中心的な考え。
それしか無いのさ。
所詮、人なんて。
人なんて、そんなもんだ。
『えらく
脳へと直接響くクロからの思念。
あぁ、
僕は単純に、自分の欲求に従ったまでだ。
今までも、これからも。
単に、いままで出来なかった事が出来る様になり、
出来る様になった事を実際に行う。
ただそれだけ。
子供が自転車を手に入れて、遠くへ遊びに行きたくなる様に。
少しだけアルバイトをして金を手に入れたら、いつもより良いモノが欲しくなる。
そんな話だ。
僕は手に入れた『力』……それを使ってみたい。それだけさ。
『まぁな、分からんでは無いが、無益な殺生はヤメておけよ。同族殺しは本能に刻まれたルールに反する。本能に反すれば、その影響はいずれ、お前の魂を
あぁ……覚えておくよ。
後から思えば……。
この時の僕は、その言葉の持つ本当の意味を全く理解出来ていなかったと言えるだろう。……いや、理解しようともしていなかった……と言った方が正解かな。
それはまるで教科書に並んだ無機質な活字の様に、僕の目の中へと飛び込んで来たとしても、貴重な生きる為の教訓として脳内に刻み込まれるには、余りにも薄っぺらい
「あぁ、それからもう一つお聞きしたい事が」
「ん? 何だ、言ってみろ」
もう話は終わりだとでも言わんばかりに、半ば腰を浮かせかけていた北条くん。
彼は僕の声を聞いて、もう一度ソファーへと座り直した。
「いえ、実は僕が入院していた病院で小耳に
北条くんは真顔のまま僕の顔を数秒
「いや……知らんな」
「そうですか……ご存じありませんか……」
背中のリュックからクロが
『タケシ、どうする? あれは北条の手の者の仕業だと思うがな』
いや、ここで北条くんがシラを切るのであれば、これ以上問いつめても無駄だろう。
元々、ちょっと特殊な性格だとは言え、あまり裏表の無い人だと思う。
もしかしたら、本当に知らない可能性もあるし。
それに……証拠を掴む方法が他に無い訳でもない。
『たとえば?』
記憶を探るのさ。
飯田の記憶。
確かにクロからもらったこの力では、飯田の体を元に戻す事は出来ない。
ただ、一度
そうすれば、きっと犯人も……。
『なるほどな。となると、お前は寝たきりとなってる
あぁ……問題はそこだよ。
なぁ、クロ……それしか方法は無い……んだよなぁ。
『そうだな……無いな。残念だがお前のアイデアを形にするには、それしか私は方法を知らん』
「はぁ……良いアイデアだと思ったんだけどなぁ」
『いや、アイデア自体は悪くない。最終的にお前の気持ち次第と言う事だな』
あぁ、そうだな……。
それから僕たちは
その途中、思案に暮れる僕に向かって、クロが話しかけて来たんだ。
『どうした、タケシ。まだ悩んでいるのか? 犯人に報復するには、確かにお前の言う方法は有効だと思うぞ』
あぁ、そうだね。クロ。
でも、本当に大丈夫かな。
飯田は意識不明の重体。
そんな友人に闇の洗礼なんかしちゃって。
『まぁな。ただ、闇の洗礼自体は特に体に害がある訳では無いし、お前が手早く済ませれば、相手の負担もそう大きなものでは無いと思うがなぁ』
いやいや。
手早く済ませれば……って。なんだよそれ。
でもなぁ、クロォ。
手早く済ませる為にも、いつものヤツ……お願い出来るかなぁ。
『あぁ、そうだな。今回は人助けでもあるしな。主たる私がひと
うぅぅん。またこの選択かぁ。
前回も
それに僕が
でも今は固定費になったんだっけ?
しかし、何だよエロのサブスクって!
……あぁ、普通にあるかぁ。
にしても、ホント、ガメツイ女だよなぁ。
『ん? どうした、誰にするんだ?』
えぇっと、それじゃあ、今回は
『ん?』
あや……
やはり、この様な場面では、クロ様の
『ん? そうかそうか。仕方が無いなぁ。それじゃ、今回も私、自ら対応してやろう。しかし、たまには、
あぁ、そっか!
しまったなぁ。
『どうする? タケシ』
えぇっと、それじゃあ!
『それじゃあ?』
え? えぇっと、それじゃあ……まるで、僕が誰でも良いと思ってるみたいじゃないですか。いえいえ、トンでもありませんよ。僕が反応するのは、常に、常にお美しい、クロ様をおいて他にありません。えぇ、クロ様に比べれば、他の女性陣などゴミ同然ですよ。
『あっははは。そうかそうか。いやいや、そこまで言うな。流石にゴミは無いだろうゴミは。あっははは。まぁ、ゴミは勘弁してやれ。精々虫程度……かのぉ、虫じゃムシ。あっははははは! よし、気分が良いぞ。こうなったら、前回お前が泣いて喜んだ
はっ、はぁ……。
って言うか、前回、僕が泣いて喜んだって言うのは、何なの?
めっちゃ気になるんだけど。
しかも二回って? ねぇ、そう言う回数的な感じの事なの?
ねぇ、それってどう言う事? ねぇ! それってどう言う事ぉ!
はうはうはう!
『あはは、あっははははは!』
その後も
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