第56話 出しちゃ駄目

「精霊力の変換機能が再生成される際には、アセトアルデヒドと良く似た物質が生成されるの。これが、頭痛の原因ね」


 アセトアルデヒドって聞いた事があるぞ。

 確かアルコールを飲んだ時に体内で生成される有害物質だ。

 二日酔いの原因だとかどうとか……。


「それじゃあ、話の本題。頭痛を治すのにはどうすれば良いかって事よね。一度生成された亜アセトアルデヒドは肝臓が分解するのを待つしか方法が無いわ。安静にして肝臓の働きを助けてやれば、やがて頭痛も改善するはずよ。でも、実際にはそうはならない。ひどい時は数日間も頭痛が続く事があるの。それは何故かと言うと、精霊力の変換機能再生成にはとても時間が掛かるのよね。時によっては数日かかる場合があるわ。つまり、その間は肝臓で分解される量を上回る亜アセトアルデヒドが常に生成されているが故に、結局頭痛は治まらないって事なの。と言う事で、根本的に頭痛を治すには、この精霊力の変換機能再生成を早く終わらせる必要があるって訳」


 おぉぉ!

 急に先生っぽくなったぞ。

 って言うか、英語の授業じゃなくて、化学の授業だけどな。


「で、具体的にはどうすれば?」


「方法は二つ。一つは自分より魔力量の多い人のできるだけ近くに居る事。手を握るって言うのも有効よ。そうすれば、自分の体内の魔力量も増加するから、体の方が精霊力の変換能力が十分に回復したものと勘違いして、再生成のスピードが抑えられるの。その結果、亜アセトアルデヒドの生成量が肝臓での亜アセトアルデヒド分解量を下回れば、頭痛も起きなくなるって寸法よ。ただ難点は、再生成のスピードが抑えられる訳だから、魔法が使える様になるまで時間が掛かるって事ね。後は、魔力自体が完全に復活した訳じゃないから、定期的に魔力量の多い人から魔力の供給を受けなければならない事……かな。まぁ、そうはいってもせいぜい一週間もあれば完全に復活するとは思うけどね」


「それって、この前の戦闘の時にアノ司教がやってた技ですよね。他人の魔力を奪うってヤツ」


「あぁ……それと基本原理は同じだと思うんだけど、こっちは能力って訳じゃ無いからかなり時間が掛かるわね。多分一時間ぐらいは一緒に添い寝する必要があるだろうし、恐らく頭痛が治るまで毎日添い寝が必要になるわ」


 あぁ、確かにクロも時間が掛かるって言ってたな。

 にしても、毎日先生と添い寝って……。

 クロにでも頼むかぁ。

 でも、クロは僕より魔力量少ないんだっけ。

 あの時はクロも魔力使い果たしてたはずだから、僕に分ける魔力なんて無いだろうし。……うぅぅん、困ったなぁ。


「それじゃあ、もう一つの方法って言うのは?」


「もう一つの方法ねぇ……どうしても聞きたい?」


「えぇ、是非お聞かせいただけると助かります。何しろこれから毎日先生に手を握って頂くと言うのも申し訳ないので」


 先生に握ってもらってる手がほんのり暖かくって。

 今さらではあるけど、余りの気恥きはずかしさに身悶みもだえしそうになってしまう。

 いくら〇イメロを着てるとは言え、しっかりとした大人の女性である。

 出るところは出てるし、引っ込むところは引っ込んでる。

 しかも、なんだか良い香りもするし。

 色々と……ちょっとヤバい。


「そうねぇ。もう一つの方法はねぇ。直接、精霊力の変換機能を分け与える事……かなぁ」


「え? そんな事が出来るんですか?」


「そうね。出来るわよ。それにこの方法だったら変換機能自体を取り込む事になる訳だから、再生成の期間も短くなるし、なにより即効性があるわね」


 そうかぁ。既に失われた変換機能を外部から補充出来れば、わざわざ体内で生成する必要が無くなって、その結果、亜アセトアルデヒドの生成も抑えられるって事だな。

 考え様によっちゃ、輸血や、血液製剤みないなものか。

 体内に不足しているモノを、外部から入れる訳だからな。


「先生、それであれば、ここで一時間手を握って頂くのも申し訳ないですし、保健室だと、流石に他の生徒が来るかもしれません。もし宜しければ、そのもう一つの方法でお願いできませんでしょうか?」


「えぇぇ、良いの? 本当にぃ?」


 なんだか恥ずかしそうに笑う美里みさと先生。


「えぇ、大丈夫ですよ。逆に先生にご迷惑じゃないですか? それとも注射みたいに痛いとかってありますかね?」


「うぅぅん、私は全然迷惑じゃないわよぉ。それから、注射って言えば、ある意味注射だけどぉ、それに痛いかって言われれば、痛いもあったし、痛いのも嫌いじゃ無いしぃ」


 ん? 何かちょっと話が噛み合わんぞ。

 大丈夫か? これ?


「あ、あのぉ、先生? 具体的にはどの様な方法でそれってヤルんですか?」


「えへへへ。どの様な方法も何も、だけよ。だけぇ」


 いかにも恥ずかしそうに両手で顔を覆い、イヤイヤと身をよじる先生。


 んん? ぅ?


「それじゃあ、本人たってのご希望と言う事でございますので、この大役無事務めさせて頂きます」


 何? その時代劇がかった演出。


「それじゃあ、頂きまぁす!」


 そう言うなり、先生は僕の服を手際よく脱がせ始めたでは無いか。


「せせせっ! 先生っ!」


「大丈夫、だいじょうぶ! 全て私に任せて。なんだったら犾守いずもり君は天井のシミでも数えてれば良いわ、直ぐに済むから。大体さぁ、この前の司教ったら、全然使えないヤツでさぁ!」


 先生っ!

 保健室の天井にはシミ一つありませんよっ!

 って言うか、先生ったら、この前の司教に何したの?

 一体、先生は何をシタって言うのっ!

 そんなこんなで、気付けば僕は全裸状態に。

 はうっ! はうはうはうっ!


 とここで、急に先生の手が止まった。


「あ、犾守いずもり君、大切な事を一つだけ……」


 え? 何々? 大切な事って何っ!?

 この期に及んで一体なんなの?!

 僕は固唾かたずを飲んで先生の次の言葉を待ったのさ。

 すると、先生は愛らしい声で一言。


「出しちゃ駄目だからねっ!」


 え? 出しちゃ駄目? 出しちゃ駄目なの?

 出すと、魔力的に何か問題が起きるの?

 ヤバいの? それってヤバい事なのっ!?


「今日ね、危険日なの」


 えぇぇ! 何それ、魔力全然関係無いじゃん!

 何が言いたいの? 先生、結局何が言いたいの?!

 って、そのまんまか、そのまんまの文意解釈かぁ!


「って言うか、そんなんで大丈夫なんですかっ!?」


「あぁ、大丈夫、だいじょうぶ。犾守いずもり君が出さなきゃね。って言うか、アレ付けてたら意味ないし」


 えぇぇぇ! 意味無いんだぁ!

 って言うか、それって……えぇぇぇ!


 そんな情報過多の中、頭の中がぐるんぐるんしている最中に、先生からもう一言。


「あ、ちなみに知ってると思うけど、私ドSだから。それに犾守いずもり君って、切ってもまた生えて来るんでしょ? 便利よねぇ。もう、そう言うのを待ってたのよぉ」


 いやいやいや、待ってないから。

 僕は一ミリも待って無いからぁ!


「あ、そうそう。死にそうになったら言ってね。クロちゃんにも即死させたら流石に復活しないって言われてるから。適当な所でギブってちゃんと言うのよぉ」


「あ? あっ、あのぉ……ギギギ、ギブッ!」


「もぉ、犾守いずもり君ったら面白いわねぇ。まだ何にもしてないぞっ!」


 とか何とか言いながら、布団の中から顔をのぞかせる先生。

 その右手に握られているのは、なんと医療用の大きなハサミ。


「先生ッ! それっ、それどうするの!」


「しーっ! 大きな声出しちゃ駄目よぉ。誰か来ちゃうでしょお。大丈夫、だいじょうぶ。犾守いずもり君が出さなきゃ使わないって。でも出しそうになったら、ちょん切るからねっ! 注意してねっ! うふふふっ」


 いやいやいや!

 笑ってるよ。この人、笑ってやがるよ。

 右手に大きなハサミを握りしめて。

 左手にか弱い僕のを握りしめてっ!

 嫌っ、イヤッ、ヤメテ、ヤメテぇぇぇ!

 うわあっ! ……うわあぁぁぁぁ!


 ◆◇◆◇◆◇


 ――ブシュゥゥ!


 目の前に広がる真っ白な蒸気。


「おぉ? 何だなんだ? どした?」


 ここは……。


 ひんやりとした床の感触が足先を通じて伝わって来る。


 あぁ、僕は床の上で正座しているのか。


 えぇっとぉ。どうなったんだ?

 先生のマイメ〇部屋に連れ込まれて、その後、先生に乱暴されそうになって……。

 はっ! 僕の体、僕の体は!


 両手で自分の体をまさぐりつつも確認すると。


 あぁ、大丈夫だ。

 五体満足の様だな。

 唯一の問題点は全裸状態だって事、それだけか……。


 ……それだけって。

 それだけでも、十分大変な事態だよな。


 うぅぅむ。また記憶が飛んでる。

 って事は、僕の身に何かマズい事があったって事だな。

 でなきゃ、を使うはずが無い。


 とここで、床の上にある赤い文字に気が付いた。


 えぇぇ……。何コレ。怖っ!

 何か、赤い塗料で走り書きしてあるなぁ。

 なになに……。


 決して……記憶を……見るな!


 ふおっ、ふおぉぉぉぉっ!


 これ、僕から僕へのダイイングメッセージだ。

 しかもこれ、赤い塗料じゃなくて、完全に血だな。

 ホラーだよ。完全なホラー……。


「あら、犾守いずもり君、気が付いたの? ホント凄いわねぇ。アッと言う間に完全復活じゃない。これはがあるわねぇ」


「せっ、先生!」


 カーテンの外からひょっこりと顔を出す美里みさと先生。

 ただ、その手には大きなゴミ袋が握られていて。


「先生……それ、それって……もしかして」


 半透明のゴミ袋の中には、赤く血に染まったシーツが詰め込まれてる。


「あぁ、これ? そうそう。あれだけ注意したのに犾守いずもり君ったら、出るっ! 出ちゃうっ! って言い出すんだものぉ」


「えぇぇ……僕、そんな事……言いました?」


「言ったわよぉ。おかげで、本当に切っちゃった! てへっ!」


 いやいやいや。

 もう全然。

 もう、全然可愛くないよ。

 全然、全く、可愛くないんだよ。

 

 てへっ!


 とか言ったって、全然無理。

 単なるドSかと思ってたら、完全にサイコパスの方だったよ。

 アンタ、オカシイよ。

 ちょっと頭のネジぶっ飛んでるよぉ!


「へっ……へぇぇ。そそそ、そうですか」


「でも本当に凄いねぇ。アッと言う間に完全復活だもん。ねぇ犾守いずもり君。今日、私の家に来ない? もっと面白い器具が一杯あるんだぁ!」


 いやいやいや。

 何その新しいゲームがあるんだぁ……感。

 全っ然、楽しそうじゃないから。


 って言うか、器具って?

 器具って何? 何の事?

 器具って言われても、危惧しか思い浮かびませんよ。

 えぇ、本当に、マジで危ないものしか想像できませんよっ!


「うふふっ、で? どう?」


「え? どう? ……って? 先生のご自宅に行く……話?」


「違うわよぉ。もう忘れたの? 頭痛よ、頭痛。チョットは治ったの?」


 あぁ……頭痛。


 確かに。

 ついさっきまで感じてた、頭の割れる様な痛みは完全に消え去ってしまった様だ。


「あぁ、えぇっと。……はい。治った……みたいです」


「ほぉぉらねぇ。頭痛治って良かったじゃないっ! 先生の言う事は何でも聞いておくもんでしょお!」


 軽くガッツポーズをしながら、得意満面の笑みを浮かべる美里みさと先生。


 いやいやいや。

 頭痛は消えたけど。

 これ……新しい頭痛のタネが増えましたから。


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