第50話 三人の司教

「それにしても、久しぶりだねぇ……」


 そう声を掛けて来たのは上質な黒革くろかわのコートに身を包む一人の青年。

 無造作むぞうさにかき上げるしなやかな金髪かみは、都会のネオンに照らし出されて七色に輝いて見える。


 おっ、お前っ!?


「またキミに会えてうれしいよ……ブラックハウンド」


 聞き覚えのある声。

 見覚えのある顔。

 沸々ふつふつと心の底からおこるのはの痛みか? 屈辱くつじょくか? それとも……。


「キシャァァァァ! グワァオロロロロ!!」


 口をついて出たのは、辺り一面にひびき渡る咆哮ほうこう


 ドッ、金髪ドS野郎じゃねーか!

 なんでこんな所にお前がっ!?


 いや、現れて当然か。

 例の黒トレンチコート男だって居たんだ。

 あの男が金髪ドS野郎を呼ばない訳が無い。

 チクショウ!

 折角あと一息で逃げ切れるって所なのにっ!


 金髪ヤツは両手をコートのポケットに入れたまま、軽いステップで僕の目の前へと進み出て来たんだ。


 ヤバい、ヤバいっ!

 この男は絶対にヤバいっ!

 何しろブラックハウンドは金髪この男いる。

 って事は僕も金髪コイツには勝てない、つまり……。


 僕の心臓は早鐘はやがねの様に鳴り始め、足元はガタガタと震え出す始末。

 正直、立っているだけで精一杯。

 今にも腰砕こしくだけに座り込んでしまいそうだ。

 もしかしたら、尻尾だって負け犬の様に丸まっているのかもしれない。

 だけど、それを確認する余裕なんてあるはずも無い。


 られる。

 僕の方が……コロされるっ!!


 うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!!


「キシャァァァァ!!」


 闇夜やみよつんざ絶叫ぜっきょう

 気付けば僕は無我夢中むがむちゅう金髪ドS野郎おそい掛かっていたのさ。


「キシャァァァァ! キシャァァァァ!」 


 恐怖きょうふと混乱。

 そして一つまみの自惚うぬぼれ……。


 それら綯交ないまぜとなった激情げきじょうが、僕を無謀むぼうなる突撃とつげきへと駆り立てる。


「グワァオロロロロァァ!!」 


 鋼鉄こうてつを切り裂き、大地をも穿うがつ。

 繰り出したのは、魔獣渾身こんしん鉤爪かぎづめ


 ――ビシッ!! バキッ、バキバキバキッ! ズズゥゥン!


 屋上に埋め込まれた鉄骨はゆがみ、コンクリートが粉々となってはじけ飛ぶ。


「おいおい。まだ挨拶あいさつの途中だろ? これだから理性の無い魔獣は嫌いなんだよなぁ」


 チッ!! 外したかっ!


 金髪ヤツは僕の前足を難なくかわすと、まるで何事も無かったかの様に再び近づいて来るでは無いか。


因縁いんねんの対決とは正にこの事だな。随分ずいぶんと世話になったが、今回はそうは行かないよ」


 は世話になっただって?

 いやいやいや。

 結局、お前がブラックハウンドを殺したんだろっ!?

 ヤラれたのは僕の方だ!


「グォロロロロ……!」


 精一杯のうなり声と共に、金髪ヤツの事をにらみつける。

 しかし、金髪ヤツは全くかいさず。


「はははは。強者は強者を知る……と言う所かな? お前も僕に会えて嬉しいって事なんだろ? なぁ、ブラックハウンド?」


 何言ってやがる。

 お前に会いたいなんて思う訳無ぇだろっ!

 この戦闘狂バトルジャンキーがっ!


「キシャァァ!!」


 ――ビシッ!! バキバキバキッ! ズズン!


「キシャァァァァ!!」


 ――ビシッ!! バキッ、バキバキバキッ! ズズゥゥン!


 攻撃こそ最大の防御。

 金髪ヤツに反撃の切っ掛けなんてつかませやしないっ。

 このまま手数てかずパワーで押し切ってやるっ!


 矢継やつぎばやに繰り出される斬撃ざんげき

 その一つひとつが必殺であり、一度ひとたびでもその身に触れようものなら、人の体などズタズタに切りいてしまう事だろう。


「キシャァァ!!」


 ――ビシッ!! バキバキバキッ! ズズン!


 しかし、金髪あの男百戦錬磨ひゃくせんれんま

 僕の大振りの攻撃がすんなりと当たる訳も無く。


 人並外れた身体能力に、特徴的な長い耳。

 金髪ヤツもどうやらエルフらしい。


 だが、金髪ヤツがエルフかどうかなんて関係ない。

 いくら超人エルフと言えど、所詮しょせんは人間モドキ。

 ブラックハウンドとはくらぶべくもない。

 このまま、消耗戦しょうもうせんに持ち込みさえすれば、いつか必ず機会チャンスが訪れるはずだ。


 焦るな。

 これで良い。これで良いんだ。

 その証拠にヤツは全く攻撃して来ないじゃないか。


 そう割り切った僕は、攻撃を繰り出す腕に更なる力を込めて行ったのさ。

 しかし。


 ――フォォンッ! キィィィィン!


 これはっ!


 研ぎ澄まされた僕の聴覚ちょうかくが、右後方から迫り来る空気のゆがみを察知さっちする。


「グゥッ!」

 

 咄嗟とっさに半身をひねってかわそうとしたが間に合わないっ!


 ――シュバッ! 


「グルゴアァァァァッ!」


 やられたッ! 右足ッ!


 視界の端には高々と吹き上がる血飛沫ちしぶきが映る。


 クッ! 喰らったっ!

 この魔法わざは、例の司教だなっ、間違い無いっ!

 何処だっ、何処に居るっ?!


 即座に周囲を見渡してみたけど、その痕跡こんせきすらつかむ事が出来ない。


 って言うか、結界が張られてたら魔法は使えないんじゃ無いのかよっ!

 クロめぇ! 嘘つきやがったなっ!


 こんな所で文句を言っても始まらない。

 でも言わずにはいられない。


 チクショウ! 何処だっ、何処に居るんだっ!


「キシャァァァァ! グワァオロロロロァァ!!」


 敵の所在は分からない。

 今の僕に出来る事と言えば、周囲に向かって闇雲やみくも斬撃ざんげきを繰り出す事だけ。


 ――フォンッ! キィィン! フォォンッ! キィィィィン!


 その間も敵からの攻撃は間断かんだん無く僕の体を引き裂き続ける。


 ――シュバッ! シュバッバッ!


 肩に腕、後ろ足に脇腹。

 至る所からほとばし鮮血せんけつ

 既に全身は血まみれの状態だ。


「キシャァァァァ! キシャァァァァ!」


 駄目だっ! このままじゃ、このままじゃあっ!


 度重たびかさなる見えない敵からの攻撃。

 何とかしなければとあせる気持ちが重圧プレッシャーとなり、パニックを引き起こし掛けたその時。


『……ケシ! 落ち着け、タケシィッ!』


 突然、脳内に鳴り響く強い思念。


 はぁ、はぁ……っはぁ、はぁ……。

 クッ……クロぉ!?


『タケシ、聞こえるか、タケシ』


 うっ。うん。聞こえる。

 聞こえるよ。クロ。クロォ……。


『大丈夫だ、タケシ。落ち着け、まず暴れるのを止めろ。このままでは自動治癒オートヒーリングによる回復が追いつかなくなる。それにもう一度自分の体を見直してみるんだ。確かに痛みは感じるかもしれないが、傷の殆どは既にふさがっているはずだ』


 え……?


 僕はクロに指示された通り一旦その動きを止め、次に自身の体の状態を探ってみた。すると……。


 確かにクロの言う通りだ。

 攻撃を受けた直後は痛みを感じるものの、しばらくするとその痛み自体は急激にやわらいで行く。

 気付けば、体中のあちこちから濛々もうもうとした水蒸気が舞い上がっているじゃないか。

 これは、間違い無く自動治癒オートヒーリングが効果を発揮しているあかし


 でもクロ、このまま何もせず、ジッとしてる訳にも行かないだろ?


 当然の疑問。

 何の打開策だかいさくも無く、攻撃を受け続けるばかりではジリ貧だ。


『いや、あせるなタケシ。グレーハウンドの背中は他の部位よりも強度が高い。恐らくはブラックハウンドでも同じだろう。まずは顔、腹、足先なんかの弱い部分をおおい隠すんだ』


 クロに言われた通り。

 僕はその場にうずくまると、体を丸くして防御の姿勢を取り始めたのさ。

 その間も何度か背中に斬撃ざんげきを受けた感はあるけど、さっきまで感じていた様な激しい痛みはない。


 クロ、これなら大丈夫そうだ。

 あんまり痛くない。


『よし、タケシ。ようやく落ち着いて来た様だな』


 本当に助かったよ。クロ。

 あのままだったら、ホントマジでヤラれる所だった。

 さっきはチョットひどい事を言ったりもしたけど、やっぱりクロは頼りになる。


 って言うか、クロ、今何処に居るの?

 思念って結界内だと使えないんじゃ……。


『その通りだ。良く聞けタケシ。私は今、お前の足元まで来ている。本来はお前が敵を他の場所へと誘い出した後、私が如月きさらぎ香丸こうまるを連れて逃げる算段だったが、あまりにもお前が不甲斐ない状況だったものでな』


 あっ、あぁぁ……確かに。

 隣のビルへと飛び移る決心が出来ず、かなりの時間を浪費ろうひしてしまったんだよな。

 クロに無用の心配を掛けてしまった様だ。


『そこでお前と話をすべくお前の足元まで近寄ってみたは良いが、その後すぐにこの戦闘が始まってしまったからな。戻るに戻れなかったと言う訳だ』


 あぁ……申し訳ありません。


『いや、謝る事は無い。いくら魔獣の体に変わっているとは言え、この高さで飛ぶのはかなりの恐怖だろう。しかし、あまり時間は無い。例の氷を操る司教までが参戦して来たとなれば、こちら側に勝てる見込みは限りなくゼロだ』


 あぁ、やっぱり無いんだ。


『無い。司教一人だけでも十分手強てごわいのに、三人を相手に戦うなど自殺行為に等しい。タケシ、ここは冷静になれ。ヤツに復讐ふくしゅうしたい気持ちも分かるが、ここは一旦撤退てったいする事を考えろ』


 いやいや。

 別に復讐ふくしゅうがどうとかなんて思ってた訳じゃないけど……でも確かに金髪ドS野郎を見た途端、逆上ぎゃくじょうしていたのは事実だ。そうだ、本来の目的は戦う事じゃない。まずは綾香あやか香丸こうまる先輩を逃がさないと。


『そうだ、その通りだタケシ。前にも話した通り、ビルの尾根伝いに隣の建物へと逃げる手段も考えられるが、今現在その方向には如月きさらぎ達が隠れている。しかも、どうやら何処まで行っても建物の高さは殆ど同じらしい。結局は何処かで地上へと下りねばならん』


 そうなんだよ。

 問題はそこなんだよ。


『そこでだ。隣の建物に飛び移るのではなく、いっその事、このままこの建物から飛び降りる事にしよう』


 いやいや、ちょっと待って、クロ。

 隣のビルに飛び移るのだって怖いのに、ここから飛び降りるって、一体どういう事?

 って言うか、そっちの方が怖いよ。


『説明が不足した様だな。飛ぶと言うよりは、外にある非常階段を伝って下りて行く感じだ。ブラックハウンドの爪は鋭い。先程から何度もお前がやっている通り、この建物の外壁程度であれば簡単に爪を打ち込む事が出来るだろう。しかもだ。外非常階段は露出部分も多く爪を掛けやすい。ここを伝って地上へと下りて行くんだ。現在いまのお前の体格であれば、半分程も下りれば、あとは飛び降りても大した怪我は負うまい。あとは自動治癒オートヒーリングが発動する事を祈ろう』


 おいおい。

 祈るって、一体誰に祈るんだよ。

 チェッ、結局最後は神頼みかよ。


 しかしまぁ、それしか方法は無さそうだな。

 時間を掛ければかけるほど、ヤツらの戦力は増えて行く一方だ。 


 分かった、クロ。やってみるよ。


 そうと決まれば善は急げだ。

 僕は丸めた体の陰から、ほんの少しだけ鼻先をのぞかせてみた。


 すると……匂う。におう。

 自分達が上って来た非常階段の方角は右斜め前。

 距離もそう離れてはいない様だ。

 しかも、僕が防御姿勢を取ってからは、見えない敵からの攻撃もまばらになっている。


 魔力を使い果たしたのか、それとも攻撃が無意味であると悟ったのか。


 いや、それ以上に不気味なのは金髪ドS野郎の方だ。

 金髪ヤツは最初に話し掛けて来たっきり、その後一向に攻撃して来る様子が見受けられない。


 ……なぜだ?


 いや、いまその疑問を探っている余裕は無い。

 まずは非常階段を足掛かりにして、地上へと逃げる。

 まずはそれが最優先。


 僕は周囲を警戒しつつも、非常階段に向かって走り出すタイミングを図り始めたんだ。

 すると。


「キミが来るとは思わなかったよ、アイスキュロス」


 この声は風魔法の司教。

 何処だ、何処にいる?!


 耳をそばだて、声のする方向を探ってみるけど、なぜか方向が定まらない。

 まるで洞窟の中にでも居るかの様に、ヤツの声が色々な所から反響して聞こえて来る。


『タケシ、ヤツは風魔法の使い手だ。恐らく、風を操る事で音の伝わりをじ曲げているんだろう。声の方向からヤツの居場所を割り出すのはあきらめた方が良い』


 クロの言う通りだ。

 そう言えば壱號いちごう達は、ヤツに触れる事すら出来なかった。

 恐らく魔獣の持つ高度な知覚でも感知できない、何らかの方法を使っているに違いない。


「いやいや、バジーリオ司教も人が悪い。折角こんな楽しい現場があるのなら、一声掛けて下さってもよろしいでしょうに」


 こっちの声は金髪ドS野郎だ。

 コイツの居場所は分かる。僕の左側、恐らくビルの塀の上に立っているんだろう。


「いや、キミは先日の作戦ミッション蓮爾 れんじ司教ともどもしたばかりだからね。まずはその傷をいやす方が優先だと考えたのだよ。これも先輩司教としての気遣いさ。悪く思わないでくれたまえ」


「……失敗?」


 金髪ドS野郎の声に不満の色が強くにじむ。


「おや? 失敗と言う言葉がお気に召さなかった様だね。まぁそうだね。あの失敗はキミの所為では無いな。全ては敵の戦力を甘く見た蓮爾 れんじ司教の責任と言う事になるだろう。安心したまえ。手駒てごまのキミがいちいち気に病む事では無い」


「……」


 不満が……更に怒りへと変わって行くのが手に取る様に分かる。


「さて、誰に呼ばれて来たのかは知らないが、キミの役目は無いよ。まぁ、せいぜい私の邪魔はしない事だね。これ以上失敗を重ねれば、司教になりたてのキミと言えど降格は免れないからね。あははははは」


 風魔法司教の鼻につく高笑たかわらい。

 僕が金髪ドS野郎の立場だったら、間違い無く一発ぶん殴っている所だ。


「ふぅ……そうですか。それではバジーリオ司教のお手並みを拝見させて頂く事に致しましょう。少々このブラックハウンドとは因縁があったのですが……まぁ良いでしょう。きっとの機会もあるでしょうし」


「ふっ、バカな事を。ブラックハウンドは私がココで仕留めます。再戦の機会などありませんよ。せいぜい長生きをして、新たなブラックハウンドの誕生を待つ事ですね」


 とここで、新たな声が。


「フォッフォッフォ。そうじゃ、その通りじゃぞ、アイスキュロス。折角の機会じゃ。年長者には花を持たせると言う事をここで学んで行け。今は蓮爾 れんじの所に居るが、この先どうなるかは誰にも分からぬ。のぉ、アイスキュロスよ」


 なんだよ、老人じーさん司教まで出て来やがったぞ。

 完全に囲まれたっ!

 クロ、どうする、行く? 今行くっ?!


『あぁ、司教連中が無駄話を続けているこの内に、サッサと非常階段から地上に下りる事にしよう』


 よしっ、分かった!


 僕は非常階段のある方向をもう一度確認。

 魔獣の足であれば、わずか数歩と言う距離だ。

 そのまま非常階段脇の手摺てすりに爪を掛け、下半身をビルの外へ。

 更には空いた片方の腕で、非常階段本体をつかむ事が出来れば、まずは体を固定する事ができる。

 その後は臨機応変りんきおうへんだな。

 出たとこ勝負ではあるけれど、今はそんな贅沢ぜいたくを言ってはいられない。

 

 脳内でのシミュレーションは完了。

 よしっ、行くぞっ!


 僕は完全回復した下半身に力を込め、思い切りコンクリート製の床を蹴り上げたのさ。


 ――ドゴォォン、ドドドドドドッ!


 え!?


 突然の爆音とともに訪れたのは、言い様の無い浮遊感ふゆうかん


「キシャァァァァ!」


 うわぁぁぁぁぁぁ! 何だ、どうした!?


 ――バキバキバキ、バキバキバキッ!


 本来は非常階段にむけて高速で飛翔ひしょうしているはずの僕の体。

 しかし、視点は先ほどと同じ高さのまま。

 いや、どちらかと言えば更に低く、埋没まいぼつしている感じすら……。


 埋没まいぼつっ!?

 しまった、落とし穴かっ!


 気付けば自分の踏みしめた屋上部分が大きく陥没かんぼつし、完全に下半身が埋まってしまった状態に。


『タケシ! 何をしている、早く出ろっ! さもないとヤツらからの攻撃がっ!』


 クロが叫ぶ。

 それとほぼ同時に聞こえて来たのは、あの耳障りな音。


 ――フォォンッ! キィィィィン!


 ――シュバッ! シュバッバッ!


「キシャァァァァ! グワァオロロロロァァ!!」


 四方八方しほうはっぽうから次々と打ち込まれる斬撃ざんげき

 屋上の床面から露出している上半身は、自身の流す鮮血によって、みるみる内にあかく染め上げられて行く。


『タケシ! タケシッ!』


 駄目だっ、下半身が完全に埋まった!

 しかも足先には何もない空間が広がっている。

 全く踏み出す場所が無いんだっ!


『なに!? それであれば、上半身ごと一回下に落ちろ! 完全に落ちてから、改めて建物の壁をぶち破れば良い。タケシ、まずは一旦……あっ! あぁっ!』


 クロが目にしたもの。

 それは同時に僕の目にも映っていた。


 こっ、これって!


 先程大きく陥没かんぼつした大穴。

 それがみるみる内に修復され、僕の上半身だけを残してきれいさっぱり復元されてしまったのだ。

 

 はたからみれば、屋上のコンクリートの床面にブラックハウンドの下半身だけが綺麗に埋められてしまった様な格好だ。


「フォッフォッフォ。どうじゃ、驚いたか? コンクリート等を扱うのは少々骨じゃったが、まぁ、この際だから仕方が無い。それに、一般市民を巻き込むのも気が引けたでのぉ。先に加茂坂かもさかに言って、避難させておったのじゃ。まぁ、それにしても見事にハマってくれたのぉ。フォッフォッフォ」


『タケシッ! この老人、クリストフォロス神の祝福を持っているらしい。地盤はヤツの能力で如何様いかようにも改変できるぞっ!』


 んだよ! その不思議能力っ!


 下半身は依然足場が見当たらず、踏ん張る事が出来ない。

 かと言って、上半身も胸の部分から上だけでは腕のストロークも限定されて、コンクリートの床を撃ち砕く事なんて出来やしない。


 駄目だ、これじゃあ、手の打ちようが無い。

 しかも、そのもがいている間も、見えない斬撃ざんげきが絶え間なく襲って来るんだ。


 ――フォォンッ! フォォンッ! キィィィィン!


 ――シュバッ! シュバッバッ! 


 腕と言わず、頭と言わず。

 全身から白い水蒸気が止めどなく噴き出しているのが分かる。

 それでも、回復のスピードが全く追いついて行かない。

 そればかりか、だんだんと……いや、目に見えて回復の速度に遅れが。


 クロっ、ヤバいっ。

 体に……体に力が入らない。

 これ、もしかして魔力が切れて来たんじゃぁ……。


『タケシッ! タケシィッ!!』


 徐々に消えゆく意識の中、クロの悲痛な声だけがリフレインしていたんだ。

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