第49話 クロの作戦

 ――トクン……


 風は……。


 ――トクン……


 おさまった様だな。


 ――トクン……ドクン……


 でも……。


 ――ドクン……ドクン……


 この胸の高鳴りが。


 ――ドクッ……ドクッ、ドクッ……ドクンッ!


 抑えられないっ!


 ――バキバキバキッ! メリメリ……メリメリメリッ!!


 体中からとめどなくあふれ出すパワー

 軽く地面を踏みつけただけのつもりが、気付けばコンクリート製の床が粉々になって砕け散る。


「グォロロロロ……!」


 野太い咆哮ほうこうがあたり一面の空気をふるわせ、生きとし生けるモノその全てに対して、絶対的王者の降臨こうりんを伝え広めて行く。

 僕ははやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと目を開き始めたんだ。


 ……薄暗い。


 まるでもやが掛かったかの様なその風景。

 視力は時の方が良かったかもしれない……。

 いや、まだいないだけなのか。


 だけど……どうしてだろう?

 その事に対して、全く不安を感じない。


 秒を追うごとに研ぎ澄まされされて行く感覚。

 視力に頼らなくとも、僕は辺りの事が……える。

 鮮明に……そしてハッキリと。


 指向性を持つ様々な音や振動。

 僕の体をすり抜けて行く風の感触。

 更にはその風によって運ばれて来る種々雑多しゅしゅざったな香りたち。


 それら微細びさいな情報の一つ一つが。

 僕の脳内に精緻せいちな情景をリアルタイムに造り上げてくれるんだ。


 目をつむっていたって分かる。

 いや、全てを感じ取る事が出来る。


 世界は……なんて広大で美しいんだろう……。


 全ての事柄が極彩色ごくさいしきいろどられ、その一つ一つが僕の誕生を祝福してくれているかの様に感じられる。


 あぁっ……あぁぁ……!


 心の底からあふれ出すのは、感嘆かんたんのため息のみ。

 そう言えば、これまで一度も魔獣クロの姿にChangeした事なんて無かったな。


 そんな初めての魔獣体験を謳歌おうかする僕の視線感覚の先には、なぜか一点の黒いらぎが見える。

 禍々まがまがしくも、空間がじ曲がったかの様に感じられるその場所には。


 誰だ?

 あそこに居るのは……。


 ようやくれ始めた視力を使い、その不穏ふおん見定みさだめてみる……すると。


 あれは……さっきの風魔法司教と同じ衣装。。

 ヤツらも教団の一味か。

 いや、それよりもヤツの体からあふれ出すあの妖異よういらぎは一体……。


 いやいや。

 そんな事より、その隣に居るのはっ!?

 絶対に間違い無い。

 黒トレンチコートの男。

 ヤツだ、ヤツも居るっ!


 何時だって最悪のタイミングに現れやがる。

 アイツだけは、もう許せねぇ。

 今すぐひねつぶしてヤルっ!


 沸々ふつふつき起こる負の感情。

 僕は黒トレンチコート男目掛めがけけて、一目散いちもくさんに走り出したんだ。


 ――ダダッ! ブワッ!


 うぉぉぉぉ!!


 突然の風圧が顔面を襲う。


 何だっ! どうしたっ!

 ヤツらの攻撃かっ!?


 軽く踏み出したはずの後ろ足。

 その推進力は想像を絶する加速度を伴って、僕の体を空高く押し出したのさ。

 

 ――ヒュー、バタバタバタッ!


 耳を打つ風切り音。

 己の体はまるで一筋ひとすじの矢の様に伸長しんちょうし、黒トレンチコート男の頭上目掛けて飛翔して行った。


 何だこの加速っ!

 やべっ、マジヤッベッ! って言うか、マジスゲェッ!


 眼前に捉えたままの黒トレンチコート男。

 その顔は驚きと恐怖に支配され、みるみるうちにゆがんで行くではないか。


 あはははは!

 驚けッ! そして泣き叫べッ!

 お前なんかっ。お前なんかっ、死んじゃえばいいんだ!!


「っぇ! ぇ!」


 黒トレンチコート男が突然叫んだ。

 その声と前後して、乾いた破裂音はれつおんが周辺の空気をふるわせ始める。


 ――パパン、パンパン、パンパン、パパンッ!


 コイツっ!

 撃った! 本当に撃ちやがったっ!


 生まれて初めての経験。

 銃口を向けられ、あまつさえ発砲されるなんて。

 この日本に一体どれだけの経験者が居ると言うのか?


 ……ぐぅっ!


 非常階段での参號さんごう惨劇さんげきが一瞬の内に脳裏のうりぎる。


 ヤバいっ!? 拳銃はヤバいかっ!?


 とは言え、自身は空中に浮かんでいる真っ最中だ。

 今さら方向転換など出来る訳も無い。

 しかも、多少体をひねった所で、どの程度被害を軽減出来るかすら分からない。逆に姿勢を崩して転倒、なんて事になったら洒落しゃれにもならない。


 あぁっ! チクショウ!! どうするッ! どうするッ!!


 思考は様々に乱れ、結局は正しい答えをみちびき出せぬまま。

 僕は黒トレンチコート男の頭部目掛けて、自分のを大きく振り下ろしたんだ。


 ――ドゴッ! メキメキメキッ!


 振り抜いたはずの右手。

 それが、の力により、受け止められてしまった。


 チッ!

 何だ? なぜ止められたんだ?


 いや、それよりも拳銃だ。

 僕の…僕の撃たれた体はっ!?


 右手の事など後回し。

 あわてて自身の体を振り返って見るが……。


 んん……?


 いや……特に……。

 って言うか、別に痛みも……。


 さっきは脇腹のあたりに何か当たった様な感じがしたんだけれど。

 今では痛みどころか、どこに当たったのかすら分からない。


 少し。

 ほんの少しだけ、左足の太腿ふとももの部分から、小さな湯気ゆげが立ち昇っているだけだ。


 おぉぉぉぉ……。


 どうやら僕のこの体は、拳銃程度であれば傷一つわないと言う事らしい。

 流石はブラックハウンド……と言う所か。

 グレーハウンドとは体の出来が根本的に違うんだろう。


 なんだぁ、そう言う事か。

 心配して損しちゃったなぁ。

 それならそうと、最初から言っといて欲しいもんだよなぁ。

 クロも気が利かないって言うかさぁ……。

 いや、待てよ。

 確か以前に、大人のグレーハウンドになれば自動治癒オートヒーリングが発動するって言ってた事があった様な、無かった様な……。


 ブラックハウンドがグレーハウンドの上位互換なら、自動治癒オートヒーリングの能力が継承けいしょうされていてもおかしくは無いはずだ。


 なるほど。

 今回の場合はその線が濃いな。


 と、ようやく納得した僕は、ここで右手の方へと注意を向けてみる事に。


 だけど、黒トレンチコートの男って、こんなに強いヤツだったのか?

 普通のヤツに見えたけどなぁ。まぁ教団の一人だしな。

 どんな能力を持っているのかは分からないって事か。


 でもそれなら、あんな拳銃に頼らなくたって良い様な気もするよなぁ。

 あぁ、防御力だけ高くて、攻撃力が低いから拳銃に頼っているとか?

 うん。まぁ、そう言う事もあるかもね。


 などと思いつつ、そっと右手を持ち上げてみると……。


 おりょりょ。

 誰だ、コイツ?


 見知らぬ青年が右手にしがみ付いたまま何かを叫んでる。


「うぉぉぉぉ!」

「どぉぉりゃぁぁぁ!」


 一体何がしたいんだ? コイツ。


 まぁ、僕の斬撃ざんげきを受け止めるぐらいだから、それなりの力は持ってるんだろう。

 確かに、コイツの体からも言いようの無い『』の様なモノが立ち昇っているみたいだしな。


 しっかし、体格差ぐらい見りゃ分かるだろ?

 単なる筋肉バカなのか? コイツ。

 少なくとも僕の脅威きょういじゃないな。

 って言うか、黒トレンチコート男は何処行った?

 それに、もう一人の司教っぽい老人じーさんは……?


 辺りを見回してみると、既にヤツらはビル屋上にある機械室の方へと撤収を始めているでは無いか。


 おいおい。

 今逃げられると困るんだよ。

 まだないといけない物もあるんだしさぁ。


 などと考えていた所で、足元の男が大声を上げ始めた。


魔獣グレーハウンドの分際でなかなかやるなっ! それではこれでどうだっ!」


 なんだよそれ。

 って言うか、誰目線。

 その言いぐさ、一体誰目線なの?

 しかも何だか笑ってるし。

 ちょっとキモイわ。

 かなりキモイわ、って……あれ?

 あれあれ?


 気付けば、男が抱き付いている部分が赤黒く光り始めたかと思うと、やがてそれは深紅しんくの炎となってメラメラと右腕全体を包み込み始めたでは無いか。


 ちょちょちょ。

 何コレ。

 あちっ! おいおい! 何んか熱いぞ、この男っ!

 って言うか、燃えてるっ、燃えてるっつーのっ!


 流石にこれはたまらない。

 後から思えばこれ自体、自動治癒オートヒーリングのおかげで大した痛みも感じてはいなかったんだけど。

 ただ人として。いや動物全体としても同じだろう。

 自身の体が焼かれていると言う現象は、とにかく本能的に看過かんかする事はできない。


 んなろぉ!

 コイツ、ちょっと腹立つなぁ。

 甘噛あまがみしてやるっ!


 僕は何気ない動作で右手を持ち上げ、何とか男の体を腕から引き離そうと、軽く口にくわえただけのつもりが……。


 ――ゴリッ! メキメキメキョッ! 


 あっ。


 ――ゴリゴリッ! バキバキボリッ! ドシャッ! グシャッ!


 くだかれた腕や足。

 それらが、ボトボトと口元からこぼれ落ちて行く。


 もろい。

 もろすぎる。


 確かに。

 なかなか腕から離れようとしない男に対し、仕方なくくわえるあごに力を加えたのは事実だ。


 それにしたって、これは無いだろう。

 まぁ百歩譲ひゃっぽゆずって、まだこの体に慣れていないのが原因……と言うべきか。


 うへぇ。

 完全にんじゃったよぉ。

 生の状態で、動物にんげんんじゃった!


 めちゃめちゃ、気持ち悪っ……!


 ……


 ……くも、無いなぁ……。あれ?


 本来は生臭く感じるであろう人の血。

 ただでさえ人の時より周囲の色々なにおいをぎ分ける事が出来る魔獣いまの状態で、これはかなりキツイはずなのだが……。


 いや、逆にさわやかと言うか、何と言うか。

 早摘はやづみのトマトを頬張ほおばっている様な感覚だな。

 なんだかなつかしい。

 田舎のおばあちゃん家で食べた、あの新鮮なトマト。

 いやいや。

 うそうそ。

 僕は生まれも育ちも西東京だけどね。


 未だ、口の中に残る男の胴体。

 僕はそれをもう一度ゆっくりとみしめてみる。


 ――ボリッ、ゴリッゴリッ。


 生肉とあなどる事なかれ。

 塩味は確かに少ないけれど、はらわたの苦みと相まって、それはそれで一風変わった味わいをかもし出している。

 しかも、肋骨ろっこつくだく時の食感が……。


 ――ボリボリッ、バキボリッ。


 これがまた、良いアクセントになってて。

 なかなかに咀嚼そしゃくするのを止められない。


 おぉ、人間。

 意外とうめぇなぁ。

 大人になると味覚が変わるって言うけど、なんだかそれと近いのかもなぁ。


 それに、理由はちょっと分かんないけど、ついさっきまでは少しだけ疲れた感じがあったんだけど、それも適度に緩和されたっつーかさぁ。

 なんだ? 腹に少し入れたら元気になったって事なのかな?

 特にお腹が空いてた訳じゃあ無いのだけれど。


 僕は一通り男の事を飲み込むと、今度は足の下に広がる血だまりが気になり始めた。


 あぁ……勿体もったいない事したなぁ。

 初めて食べたから、全部こぼしちゃったんだよなぁ。

 ここでめたら格好悪いかなぁ。


 どうしよっかなぁ。ちょっとめたいなぁ。

 ほんの少しで良いからめておきたいなぁ。

 そうせ今だったら誰も見て無いし……。


 ここでふと機械室の方へ視線を向けてみる。

 すると、例の老人じーさんを始め、数人の教団連中がおぞましいモノでも見る様な目つきで、僕の事をガン見してるじゃないか。


 いやいやいや。

 めないよ。

 えぇ、床にこぼれためようなんて、僕はこれっぽっちも思って無いですからね。

 こう見えても、ちゃんとした家で育った子ですからね。

 えぇ、めません。

 めませんとも。


 えぇ……。本当に……。

 本当に、ちょっとしかめませんから。

 本当ですよ。えぇ、本当です。

 ほんのチョットだけ。ほんのチョットだけですからね。


 ――ビチャ、ビチャビチャッ! ズリッ、ズリズリッ!


 あぁ、ちょっと血ですべっちゃったぁ。

 だって、血ってヌルヌルしてて、すべるんだものぉ。


 あらあら。

 腕にも体にも血が付いちゃって。

 うぅぅん。困った、困った。

 こんなに血が付いてたら、折角の体がカピカピになっちゃいますよ。

 ホントにもう、僕ってうっかりさんですねぇ。

 仕方ない。ココにはティッシュも何もありませんからね。

 ちょっぴりはしたないけど、自分でめておくしかありませんね。


 ――ビチャ、ビチャビチャッ


 うまっ、うんまっ!

 この男の血、マジ、うんまっ!!

 五臓六腑ごぞうろっぷに染みわたる、とは正にこの事っ!


 って……。いやいや。待て待て。


 流石に、このぐらいにしておきましょうか。

 別にこの体になったのは、人の生き血をすする事が目的だった訳じゃあ無いからね。

 ん? ……いや、まぁ目的っちゃ目的だけども。

 うぅぅん。そうそう。

 ちゃんとはやらないとね。


 僕は急に思い立ったがごとくその場を離れ、最初にうずくまっていた場所から、既に顔部分をを運んで来たのさ。


 さてさて。

 ついさっきまでは、クロったら何て作戦考えるんだ! って思ってたけど。


 目の前に並べられた三つの遺体。

 当然一つは僕で、残りの二つは綾香あやか香丸こうまる先輩だ。


 いくら演技とは言え、これをうのか? と思うと、身の毛もよだつ思いがしたもんだが。

 今となってはそれも昔。

 新鮮しんせんな肉体から立ち上る芳醇ほうじゅんな香りが、僕の食欲をき立てて止まない。


 それでは早速頂きましょうか。


 ――ボキボキッ、バリ、ゴリゴリッ!


 うほぉ! うまっ、うんまっ!

 さっきの男もうまかったけど、やっぱり女性特有の柔らかさって言うか、脂の乗り? いやぁ、格別。格別だわぁ。

 これと比較したら、やっぱりさっきの男なんて、筋張すじばってて、全然美味しく無いもの。

 雲泥の差。月とすっぽんぐらいに違うね。

 僕って特にグルメな訳じゃあ無いけど、この違いは大きいわぁ。

 やっぱサンマは目黒に限るっ! って感じだよ。


 こうして僕は人間四体を自身の胃袋にしっかりと収め、更には両手に付いた血を綺麗さっぱりめ尽くし終えたんだ。


 そして、やおら機械室の方を覗いてみれば、入り口から見えるのは老人じーさん一人に、侍従っぽい若者が一人だけ。


 よしよし。

 しっかり最後まで見ててくれた様だな。

 これでは完璧だ。


 そう言えば黒トレンチコート男たちが見当たらないなぁ。

 しばらく周囲のにおいをいでみたけど、やっぱりヤツらの存在は感じられない。


 僕が先輩たちをってる間に逃げたか……。

 だが、まぁ良い。

 元々この作戦は先輩たちを死んでしまった事にして、後は僕が教団連中を引き連れて、出来るだけ遠くに逃げればOKって事だからな。


 そう。

 当然僕が喰ったのは、オリジナルの綾香あやか香丸こうまる先輩じゃあ無い。全て僕がBootした偽物コピーだ。


 しかし、今回はかなり危ない賭けだった。


 魔力の回復と蓄積は、一体どれだけ溜まっているのか本人では判断が付かない。

 使用する魔力と残存する魔力量が均衡きんこうする場合、もし魔法が発動してしまうと、術者本人の命まで損なわれる危険性があるんだ。

 一方、蓄積された魔力量を大きく凌駕りょうがする魔法を発現しようとしても、実際の魔力残量が大幅に少なければ魔法は発動しないし、魔力自体も減る事は無い。


 そこで僕とクロは考えた。


 まずはじめに、残存する魔力で綾香あやか香丸こうまる先輩、出来れば自分の分身を一体ずつBootする。

 そうすれば、僕の中の魔力量が確実に減少するはずだ。

 その上で、ヤツらが結界を解除するそのタイミングまで、常にChangeをとなえ続けると言う作戦だ。


 クリアすべき課題は三つ。


 一つは目は、最初にChangeの魔法を唱えた時に魔法が中途半端に発現しない事。

 僕の魔力残量が思いの他多い場合、これは非常に危険な賭けになる。

 ブラックハウンドにChange出来てしまえばまだ良いが、この前の参號さんごうの時の様に、ブラックハウンドにChange出来ないばかりか、魔力を全て消費してしまう事にでもなれば、僕自身の命が危うい。

 しかし、これは無事クリアだ。

 最初にChangeをとなえた時は、流石に緊張で声が上ずったけどな。


 二つ目は、ヤツらが本当に結界を解くのかどうか。

 前回と同様、結界を一時的に開放して魔法で攻めて来る方法以外に、結界を張ったまま人海戦術で僕たちを捕らえに来ると言う手も考えられる。

 ヤツらがどちらの手を使って来るのか?

 幸いな事に、ヤツらは結界を解放する手を選んだ。

 これにより、僕は一時的に精霊の力を取り込み、魔力を回復する事に成功したのさ。


 そして三つ目。

 これが最後の試練。

 ブラックハウンドにChangeした僕は、ヤツらの見ている目の前で綾香あやか香丸こうまる先輩を殺害する。

 こうする事で、この屋上には僕以外、誰も居ない事になる訳だ。

 そこで僕が魔獣の姿のままビルの外へと逃走。当然、教団連中は僕の事を追って来るだろう。

 そして、このビルの監視が手薄になった所を見計らって、今も屋上の手摺てすりの向こう側に隠れていている先輩たちがビルから逃げる……と言う手筈てはずだ。


 この時、教団連中をできるだけ引き連れながら逃げる必要がある訳で、このあたりの繊細せんさいなニュアンスは流石の壱號いちごうにも無理だろう。

 それに、Bootした体は結界によって僕からの魔力供給が途絶えれば、数分程度で消滅してしまう。やはりここは僕自身がChangeしないと駄目って訳だ。


 さて。そろそろ良い頃合いだな。


 依然、結界は張られたままの様だけど、Change状態の僕には何の支障も無い。

 まぁ、続けざまに拳銃で撃たれたりして自動治癒オートヒーリングが発動しっぱなしにでもなれば、体内の魔力が枯渇こかつするって事も考えられるけど。

 幸いな事に、黒トレンチコート男の集団は既に逃げた後だ。


 そう言う意味では、教団側の作戦は軒並み裏目に出てるって感じだよな。

 あはは。ご愁傷様しゅうしょうさまっ!


 僕はやおら立ち上がると、先輩たちが隠れている手摺てすりとは反対方向へと歩き出したんだ。


 機械室に隠れてる老人じーさんが何か慌ててる様だけど、そんな事はお構いなし。

 ただまぁ、この巨体ではビルの非常階段を下りる訳にも行かない。

 それではと言う事で、隣のビルまでの距離を目測もくそくしてみるけど。


 うぅぅん。どうするかなぁ。

 結構遠いなぁ……。


 この魔獣の体であれば飛び越えられなくは無い様に思う。

 だけど、未だ人間の時の感覚も持ち合わせている……と言うのが実情だ。

 九階建てのビルの屋上で、飛べるかどうか分からない隣のビルに向かって飛び移るなんて、今の僕にはとても出来そうにない。


 それであれば、いっその事、地上目指して飛び降りてみるか?


 いやいやいや。そっちの方が怖い。

 考え様によっちゃあ仮に地上に落ちたとしても、即死さえまぬがれればバックアップから復活する事も可能なはずだし……。


 ん? いや、待てよ。


 仮に地上に降りたとして、そこでも結界が張られたままであれば、魔力の回復は望めないと言う事になる。となると、バックアップからの復活も無理って話だ。

 あれあれ?

 それであれば、一か八かで飛ぶって言うのも、最悪の手でしかないんじゃ……。


 あれ? ヤバいぞ。

 ここからどうやって逃げれば良いんだ!?


 しばし、屋上の手摺てすりの前で思案に暮れる僕。

 図体のデカいブラックハウンドが手摺てすりの前で躊躇ちゅうちょする姿って、想像しただけでちょっぴりシュール。


 チェッ! シュールで悪かったな。


 でもクロったら『サッサと飛べ!』とかって思ってんだろうなぁ……。

 でもさ、でもさぁ。

 人間飛べないって! 普通、絶対に飛べないって!

 あのマトリ〇クスのキアヌ〇ーブスだって落ちてるからねっ!

 あのキアヌですら、落ちたんだからねっ!

 いや、マジだから。いや、本当にマジだから。


 更に躊躇ちゅうちょする事……五分。


 はぁぁ。どうしても良い案が浮かばない。

 仕方ない、飛んでみるか。

 もう、こうなったら飛ぶしかない。

 思い出せ、さっき黒トレンチコート男の所まで飛んだだろ?

 たったあれだけ走っただけで、飛べたんだ。

 今回はマジ全力で飛べば、隣のビルまでだってひとっ飛び……に違い無い。


 本当かぁ?

 はぁぁ……。ぇぇぇぇ。


 僕は助走距離を稼ぐ為、しぶしぶ屋上の中央付近へと戻る事に。

 そして、ここで再びの声を聞くハメになったのさ。


「ブラックハウンドよ。お前達は人語を理解する知能があると聞く。もし私の言葉が分かるのであれば、その場で静止せよ」


 この静かに語り掛けて来る声って……。

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