第48話 特異体質

(時は少しさかのぼる……)


 ――ズキン!


「くっそ! ってぇ……」


 右足……右足だよな。

 鉄柱の隙間すきまにでも挟まれたか?

 暗闇くらやみの中では何がどうなっているのかさえも分からない。

 だけど、少なくとも僕の腕の中ではかすかな息遣いきづかいが続いている。


 よし、大丈夫。

 先輩と綾香あやかは何とか無事だ。

 となれば……。


「クロ……」


 反応が無い。


「クロ……クロ……大丈夫か? クロ……」


 唯一自由に動かせる左腕。

 その届く範囲で探ってみるけど、指先に触れるのはささくれ立った鉄骨に冷たいコンクリートだけ。


 クロが……居ない。

 ついさっきまでグレーハウンドの姿をしていたはずなのに。

 あれだけの巨体が急にいなくなるって事は……。


 ――ゴソゴソッ……


『タケシ……気付いたか?』


「おぉ、クロッ! 良かった、何処行ってたんだよ! それに、気付いたか……じゃないよ。大体クロの方が気を失ってたんだぞっ!」


 左腕に感じるかすかな重み。


『あぁ、悪かった。相手がいくら司教位であっても一人であれば遅れは取らんつもりだったが。脇を固める侍従の二人も相当な手練れだったのでな』

 

 確かに。

 例の侍従二人も何やらあやし気な魔法を使っていたっけ。

 しかもクロには先輩と綾香あやかって言うハンデもあるし。

 いくらグレーハウンドに変身したとは言っても、苦戦は避けられなかったんだろう。


「あぁ、僕の方こそゴメン。急に文句ばっかり言って。別にクロを責めてる訳じゃ無いんだ。ちょっと……どうして良いか分からなくって、つい……」


『あぁ、分かってる。気にするな。それより今、どう言う状況か分かるか?』


「あぁ……えぇっと。僕が屋上に上がって来たのは、今から五分か十分ほど前って所かな。そこでいきなり司教たち三人と戦う事になっちゃってさ。そう言えばその時既にクロ達はここで倒れてたな。それから侍従の一人は参號さんごうが倒して、もう一人の侍従も弐號にごうが深手を負わせてる。ただ司教の方はまだ無傷だよ。それで一旦体勢を立て直そうとココに来た所で、この広告塔ごと倒されて閉じ込められちゃったって訳」


 時折クロの身動みじろぐ様子が左手に伝わって来る。

 このサラサラとした手触り。

 どうやら子猫の状態に戻っているらしい。


『そうか、なるほど。お前タケシが気を失っていたのも精々せいぜい一、二分と言った所だからな。まだ戦闘を始めてからそんなに時間は経っていないと言う事か。それで、お前タケシでもやはり司教にはかなわなかったと?』


「いや、かなわなかったって言うかさ、アイツ変なワザ使って来んだよね。突然消えたり、参號さんごうがブッた切られたり。それで、参號さんごうをもう一度呼び出そうとしたら突然体中の力が抜けて……ねぇクロ? これもアイツらの魔法攻撃って事なのかな?」


『そうだな。消えたり、切られたり。その二つは間違い無くあの司教の持つ祝福の力だ。ヤツはアンブロシオス神の祝福、つまり風魔法の術者だからな』


「か、風魔法?」


 まぁ、分からないでは……無いかな。

 要するにカマイタチって事か。

 気流や気圧の変化を引き起こす事で、切断する力を得ているんだろう。

 それじゃあ、消えるのは?

 うぅぅん、こっちはちょっと原理が分からんなぁ。

 

『そうだ、風魔法だ。ただ、最後の"力が抜けて"……と言うのは別の原因だな』


「別の原因? って事はこれはヤツらの魔法の所為せいじゃないって事?」


『いや、元を辿たどればヤツらの魔法なんだが……。お前はこの力に覚醒かくせいしてからまだ日が浅い。魔力の状態を見る事も感じる事も出来ないから分からないのだろう。まず、今現在、私達の周りには魔力によるが張られている』


「結界? あぁ、この前クロが言ってたヤツか。ふぅん、結界ねぇ……」


 残念ながら今の僕には何の実感もない。

 依然として目の前は真っ暗だし、左腕にはクロの感触があるだけだ。


『以前説明した通り、魔法とは精霊の助けを借りて奇跡を引き起こす物だ。しかし一度結界におおわれてしまうと、私達の声は精霊に届かなくなってしまう』


 あぁそうだ、そうだった。

 確か、精霊に対して魔法を使わせてくれって言う連絡が届かなくなるんだよな。

 まぁ、要するに妨害電波って感じだな。


「って事は、クロとの思念が通じなくなったのも、それが原因って事?」


『そうだ、その通りだ』


「でもさ、今思念で会話出来てるじゃん。これってどうして?」


『これは、単純に距離が近いからさ。しかも今は触れ合っているからな。触れてさえいれば、どれだけ結界を張られても思念は通る』


 はいはいはい。

 電波障害が発生してる地域では、無線は駄目だけど有線ならOKって事ね。


「で? その結界と僕の力が抜けたのとにはどんな関係があるの?」


『お前は参號さんごうを呼び出そうとした……と言っていただろう?』


 あぁ、確かに。

 急に力が抜けたのは参號さんごうを呼び出そうとした時だった。


『つまり、魔法を発現させようとしたにも関わらず、結界によりお前の要請は精霊に届かなかったと言う事になる。普通、魔力量が大幅に不足している時など、魔法は発現しようとさえしないものなんだが、恐らくお前の場合、体内にある程度の魔力が蓄積されていたんだろう。お前の体は自身の体内に蓄積された魔力をもって参號さんごうを具現化しようとしたに違いない』


「えぇ?! 魔法ってあんなに体力奪われるものなの?」


『魔力とは生命力と同義だ。魔力の枯渇こかつは死を意味する』


 マジか、マジなのか?

 って事は、俺、結構ヤバかったって事?


『結界さえ無ければ魔力は精霊の力により自然に回復して行くので心配は要らない。しかし、あくまでも結界が無ければ……の話だ。結界を張られた状態で魔法を使うのは自殺行為にも等しい』


 あっぶねぇ!

 とんでもない事しでかす所だったって訳だ。


「でもさクロ。僕、さっきからそのぉ、体の力が抜けてたヤツ? 意外と治ったんだけど」


『うぅむ。ここからは私の推測になるが、結界を張っているのはいま戦っている眼前の司教では無く、恐らく別の人間なのだろう。元々結界と言うのは複数の魔道士により、広域を取り囲む様に張り巡らせる物だからな。しかも、この結界は影響する相手を選ばない。つまり司教達さえも結界の影響を受けてしまうと言う事だ』


「あぁ、教団のヤツらが結界を張ると、その中では司教達ですら魔法が使えないって事ね」


『その通りだ。私達と戦う司教が魔法を使えないのでは困るからな。途中で一時的に結界を解いていたと考えるのが自然だ』


「でもそんな事したら、相手側だって魔法が使えるって事にならない? 結局お互い様って事でさ。実際僕の体力も復活しちゃったし」


『まぁな。ただ、いつ結界を解くのかと言うタイミングが我々では掴めない。魔法を発現するにも多少の時間差ライムラグがあるからな。タイミングが分からなければ発現のしようも無い』


 なるほどね。

 ヤツらは何等かの方法で連絡を取り合っていて、僕たちへの攻撃に合わせて結界を張ったり開放したりを繰り返してるって訳か。

 これはヤバいな。

 上手く考えてやがるぜ。

 このままだとジリ貧ってヤツだ。


「って言うかさ、これからどうする? 何とかこの場から逃げないと」


『あぁ、そうだな。幸いな事にヤツらからの攻撃は小康状態だ。それに、こちらには香丸こうまる如月きさらぎが居る。この二人を抱えたままで戦闘を続ける事は出来ん。どうにかしてこの包囲網を抜け出さないと』


「チクショウ、折角ヤツらの手の内が分かったって言うのに、Bootすら出来ないんじゃ戦い様がないよなぁ」


『うぅぅむ……』


 降伏か?

 一旦降伏して、折を見て脱出を図る……って感じかな。

 それしか方法が無いんじゃ……。


『いや、降伏はしない。我ら獣人族の戦士は決して降伏などしない。それであれば名誉の戦死を選ぶ』


 えぇぇぇ。

 ここで戦士の誇りプライド持ち出して来たぁ!

 ちなみに、ボク、獣人でも戦士でもなくって、ただの一般人なんですけどぉ!


『タケシ、お前は私の一番奴隷なのだろう! それであれば主人とともに戦場にて露と散れ!』


 えぇぇぇ!

 散るの!? ここで散っちゃうの!?

 まだ高校二年生なのに?

 戦場って言うけど、訳の分かんないビジネスホテルの屋上で散っちゃうって事!?

 まだ先輩ともないのに? まだ綾香あやかとも無いのに?

 あぁ綾香あやかはシテも良いって言ってないか。まぁそれはそれとして。

 うえぇぇぇぇ!!


『うるさい! 駄々をこねるなっ! それに、これはあくまでも例えばの話だ。最後まで諦めず、何か方法を考えてだなぁ! ……ん? と言うか、タケシ。お前、本当に元気だな』


「あぁ、うん。元気だね。さっきこの看板が倒された時に結界が開放されたのかな? たぶんその時に魔力が補充されたのかも」


『補充……かぁ……』


「え? 何かおかしな事言った?」


『いや、おかしくは無いぞ。しかしな、普通精霊の力を取り込んでから、魔力として体内に蓄積するにはかなりの時間が掛かるはずなんだ。私の場合ですらグレーハウンド一体分の魔力量を蓄積するには一週間から十日は必要となる。例えば数分程度結界が開放されたとしても、そんな短時間では魔力の補充など期待できないはずなんだ』


 へぇぇ。そんなに時間が掛かるものなんだ。


「でも、僕、サクサクBoot出来るよ?」


『問題はそこだ。私はてっきりお前がで、我々の数倍にも及ぶ魔力を貯め込む事が出来るのだと思っていたのだが……』


 おいおい、人の事を特異体質って……。


『いや、魔力を貯め込めるのは獣人特有の能力だ。人は元々多くの魔力を貯め込む事が出来ない。その代わりと言っては何だが、人は太いソリナスを持つ者が居ると聞く。つまり、精霊の力を魔力へと一度に大量変換し、そのまま行使できると言う事だ』


 あぁ、太いソリナスってそう言う事か。

 大元自然界から大量に、かつ一度に魔力が引き出せれば、自身の体に溜め込む必要も無くいきなり魔法をブッ放せるって訳ね。


『確か以前、魔力がお前の体からあふれていた事があったが、どうやらそれが原因だったんだろう。余りにも太いソリナスを持つが故に、魔力の蓄積が追いつかなかったと言う事だな』


 あぁ、あったあった。

 まだこの能力もらって次の日だったかなぁ。

 結香ゆいかが初登場した頃だったよなぁ。


 って言うか、僕の魔力がダダれになってたもんだから、教団に追われる様になっちゃったんだよなぁ。

 ちくしょう。結果的に良かったんだか、悪かったんだか。


『いや、前向きに考えよう。少なくともお前は我らと同様、蓄積された魔力だけでグレーハウンドを具現化する事が出来るし、更にそれを凌駕りょうがする太いソリナスを持っている様だ。これだけ条件が揃えば、ヤツらを出し抜けるやもしれん』


 そして、クロから聞かされた包囲網脱出計画。

 それは僕として、いやいや、人としてなかなかに受け入れ難いものだった訳で……。

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