第46話 老獪か老練か

「グワァオロロロ! キシャァァァ!!」


 雷鳴らいめいにも似た咆哮ほうこう

 振り下ろす鉤爪かぎづめは闇夜を切り裂き、鋭いきばは標的の喉笛のどぶえへと突き刺さる。


 決して殺すな……。


 そう命じてはみたものの、に手加減など出来ようはずも無い。

 魔獣はただただ本能に従い、目の前にある獲物を全力で狩る。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 僕が出来る事と言えば、その許可を与える事だけ。


 魔獣この娘たちを飼いならすには、もう少し時間が掛かりそうだな。


 このコンマ数秒後に繰り広げられるであろう血の饗宴きょうえん

その絶望にいろどられた惨状を思い描きつつも、僕は少し冷めた目で事の成り行きを見守っていたんだ。


 ……けど。


 ――ブンッ、ブオンッ! ズササササッ!


「え!?」


 恐怖に顔をゆがめ、身動みじろぎ一つ取れない司教たち。

 そんな彼らに振り下ろされる鋭爪は、無情にも彼らの体を素通りして行く。


「何だっ、どう言う事だ!?」


 その時、司教ヤツの視線が僕の事をとらえたのさ。


「フフッ……フフフフッ!」


 笑ってる。

 明らかに司教ヤツわらってやがる。


野獣けだものはこれだから困る。お前達の行動には知性や教養の欠片すら見当たらない」


「ンんだと、この野郎ッ!」


 その間にも矢継ぎ早に繰り出される魔獣たちの攻撃。

 しかし、そのどれ一つを取ってみても、司教達ヤツらに届く事は無い。


「チッ!」


 やがて、参號さんごうが幾度めかの体当たりを敢行しようとしたその時。


Whirlwindホワールウィンド!」


 掛け声と同時に司教の腕が振り下ろされた。


 ――フォン!


「グギャアァァ!」


 突然、参號さんごうの脇腹から鮮血がほとばしる。


 なっ、何だあの攻撃はっ!?


 全く見当違いの方向へと振り下ろされたヤツの腕。

 にもかかわらず、攻撃を受けたのは反対方向から走り込んで来た参號さんごうだった。


「グギャアァァ! キシャァァ!」


 脇腹に深手を負い、それでもなお敵へと挑み掛かろうとする参號さんごう


「もう良い、戻れ参號さんごう!」


 僕は参號さんごう急遽停止Shutdownさせると、先輩たちの元へと少しずつ後退あとずさりを始めたんだ。


壱號いちごう弐號にごう! お前達も、もう良いっ! 戻って来いっ!」


 これ以上攻撃を繰り返しても、例のさらされるだけだ。

 ここは一旦引いて、体勢を立て直さないと。


「正面を固めろっ!」


「キシャァァァ!!」「グワァオロロロッ!」 


 怖ろし気な威嚇音いかくおんを発しながら、司教達ヤツらの前へと立ち塞がる壱號いちごう弐號にごう


 更なる追撃に備え、守りの体勢を整えた僕たちに対し、なぜか司教達ヤツらはその場から動こうとしない。

 理由は分からない。

 だけど司教達ヤツらは積極的に僕たちの事を襲っては来ない様だ。


 しめたっ! このままにらみ合いを続けている間に、まずは先輩たちを他へと逃がしてしまおう。


 そう思った矢先。

 今度は司教達ヤツらの姿があやしくらめき始めたではないか。


 今度は何だ!? 司教達ヤツら一体何をする気だ!?


 ユラユラ……ゆらゆら。


 司教達ヤツらの姿は闇の中へと溶け出すかの様に薄れて行く。

 やがて、その姿は完全に消え失せてしまった。


 チクショウ! 


 全く人影の無い屋上。

 あえて言うなら、その中央部分には細切れとなった肉片さっきまで少年だった名残が横たわっているだけ。

 しかも、その静けさは不気味なぐらいで、吹き抜ける風は強まっているはずなのに、なぜだか市中の喧騒けんそうすら聞こえて来ない。


 くっそぉ……司教達ヤツら何を仕掛けて来る気だ?

 壱號いちごう弐號にごうだけだと少し心許こころもとないな。仕方がない、参號さんごうをもう一度Bootしておくか……。


「Boot参號さんごう!」


 ――バシュッ……!!


 いつもはもっと勢いよく噴き出すはずの蒸気。

 それが、今回は吹き抜ける強い風に押し流されて、あっと言う間にき消されてしまった。

 しかも、肝心の参號さんごうはその影すら見えない。


 何だっ……どうし……たっ!?


 ――ミシッ、ミシミシッ


「グウッ!!」


 今度は突然、僕自身の体が悲鳴を上げ始める。


 全身を襲う途方も無い倦怠感けんたいかん

 まるで自分の体重がいきなり百倍にでもなったかの様な恐ろしい感覚。

 足元はフラつき、立っている事すら叶わない。


「あぁっ、クッソ! 一体、何がどうしたって言うんだ!」


 思わず両手を地に付け、体は四つんいの状態に。


「ガハッ……ハァ、ハァ!」


 息をする事すらままならない。

 しかも、横目で見れば壱號いちごう弐號にごうまで、苦悶くもんの表情だ。


 ヤバい! マジヤバい。

 これって司教達ヤツらの攻撃なのか?

 だとしたら、早くっ、早く逃げなきゃ。


 僕はったままの体勢で、背後に横たわるクロへとしがみ付いた。


「クロッ! クロォ! 起きてくれクロッ! ヤバいんだ、マジヤバいっ! とにかくクロッ! 早く起きてくれっ! クロォォ!」


 ――フォォンッ! キィィィィン!


「今度は何だっ!」


 突然、頭上から聞こえる風切り音。

 しかもその後には神経を逆なでするかの様な金属音がたて続けに響く。

 僕はクロをする手を止め、言う事を聞かない自身の首を無理やり頭上へと押し上げたんだ。


 ――ギギッ……ギギギギッツ!!


「あぁっ! うわぁぁぁぁ!」


 屋上の壁際に設置された巨大な電装看板。

 その太い支柱が不気味なきしみ音を発しながら、ゆっくりと折れ曲がって来るではないか。


「うおぉぉぉ!」


 生身の僕に巨大看板の倒壊とうかいを防ぐ手立てなどある訳が無い。

 今の僕に出来る事と言えば、とにかく先輩と綾香の上におおいかぶさる事だけ。


「クッソォ!!」


 ――ギギッギギギギッツ!! ドドォォン! ギシギシギシッ!


 ◆◇◆◇◆◇


「おいおい、ヒデェなぁ……おい」


 コレが俺の第一声だ。

 屋上一面に散らばる電飾や金属片。

 恐らくビルの上に設置されていた看板が横倒しになった時に四散したんだろう。

 表現は悪いが、どこの戦場かと思っちまったぜ。


 俺達は九階までエレベータで移動。

 そこから屋内の非常階段を経由して最上階の機械室へ。

 更にそこから屋上へと出て来た所だ。


 本当は九階の外非常階段を通って屋上に出るつもりだったんだが。

 例の爺ぃリッカルド司教が高所恐怖症だとか何だとかとほざきやがって。

 阿久津あくつがホテルの雇われ店長からせしめたマスターキー。

 これさえあれば、どこにでも入れるっちゃ入れるんだが……チッ、余計な手間掛けさせやがって。


加茂坂かもさかさん、魔獣の仕業しわざ……ですかね」


「まぁな……」


 阿久津あくつからの質問に対し、そう返事をしてはみたものの、恐らくコレはバジーリオ司教がヤッた事だろう。

 何しろ看板の支柱がスッパリと切断されてやがる。

 よくも悪くも、魔獣の攻撃は力業ちからわざだ。

 こんな人智を超える様な振る舞いは、司教連中の祝福だと考えて間違い無い。


「ホントによぉ……どっちが魔獣厄災なのかこれじゃあ分かんねぇよなぁ……」


「はい? 加茂坂かもさかさん、厄災って?」


 俺のつぶやきが聞こえたんだろう。

 片岡が俺の背後から声を掛けて来る。


 コイツ頭は良いはずなんだが、時々空気が読めねぇんだよなぁ。

 理系女子リケジョって言うヤツらは、そう言うものなのかね。

 まぁ、三流私大卒の俺には関係の無い話だ。


「いや、独り言だ。気にするな。そんな事より阿久津あくつは右。片岡は左側の安全確保だ」


「「はいっ」」


 二人は短い返事を返すと、身を低くしたまま扉の外へと走り出して行く。

 俺はと言えば、壁際から拳銃を構えたまま二人の援護だ。


「右クリア……」

「左クリアです……」


 先行する二人の声が聞こえて来る。

 どうやら屋上に魔獣の気配は無い様だ。


「ほっほっほ。加茂坂かもさか、もう気は済んだかの?」


 背後から聞こえる間延びした声。


 いやいやいや、ジジぃ。

 俺達ゃ爺ぃオマエの為に安全を確保してヤッてんだよ。

 しかも、これからデイサービスで風呂に入れてもらえる訳でも無いんだぞ。

 もう少し緊張感を持って欲しいもんだぜ。

 これだからジジぃってヤツぁ……。


「はい。どうやら屋上に魔獣は見受けられない模様です」


 俺は礼節を持った口調で返答をする。

 心の中ではどう思っていたとしても、俺の言葉使いがブレる事はねぇ。

 伊達に二十年以上宮仕えして来た訳じゃねぇからな。

 中間管理職舐めんなよ。


「ほほぉ、魔獣は居らんか?」


「既に何処かへ逃げ去った可能性も……」


 ほれ見ろぉ。

 爺ぃお前が高所恐怖症だとか我儘わがまま言うもんから、屋上に来るのが遅れちまったじゃねぇか。

 お陰で魔獣は逃げるし、バジーリオは看板壊すし。

 ホントマジで踏んだり蹴ったりだぜ。


「いや、そんな事は無いぞ。魔獣達ヤツらはまだココに居る。相手がグレーハウンドだとすれば、お前達では心許こころもとないからのぉ。ワシが出る故、そこを通してくれんか?」


「はっ……はぁ」


 仕方が無い。

 俺はクソ爺ぃリッカルド司教を先導すべく、ジジぃの前へ出ようとしたんだ……が。


「おいっ、風情が司教様の前に立つなっ!」


 背後から俺の事を制止する声。


 司教の侍従お付きか。

 人間離れした耳に甘いマスク。

 チッ! これだからエルフってヤツぁ。


「はぁ。申し訳ございません。出過ぎたマネを致しました」


 俺は素直にジジぃ達一行へと道を譲ってやったのさ。

 すると。


「リッカルド様……」


 ジジぃが屋上へと足を踏み出したその途端、ジジぃのすぐ横に司教服をまとう男があらわれやがった。


 マジかっ! コイツ何処にひそんでやがった?!


「おぉ、バジーリオ司教か。んん? もう一人の侍従はどうした?」


「はっ、残念ながらカルロは魔獣の手によりプロピュライアを越えました」


「そうか……それは残念な事をしたのぉ。ワシがもう少し早く到着しておれば」


 いかにも残念そうな様子のジジぃ。

 とは言え、刻まれたしわの所為で、その表情を読み取るのは至難の業ではある。

 って言うかジジぃ。

 突然バジーリオが出て来た事についてはノーリアクションかよ。

 まぁ、バジーリオの祝福の事を知ってたんだろうけども、もうちょっと驚いても良いと思うぞ。

 年取ると何事にも驚かなくなるって言うのは、どうやら本当みたいだな。


「いいえ、カルロの修行不足。ひいては師たる私の責任でございます」


「いやいや。そう気に病む事は無い。相手はあの厄災とも言うべきグレーハウンド。侍従の身には少々過ぎた魔獣よ。うむ。とむらいの際には私も祈りを捧げに参ろう」


「はっ、ありがたきお言葉に存じます」


「うむうむ。それで、魔獣どもは何処に?」


「はっ、奥に見えます看板の下敷きとなったまま動きが御座いません。恐らくリッカルド様の結界により魔力が途絶えた所為かと思われます」


 なるほどな。

 召喚士を含め、司教達コイツらの力の根源は『精霊の力』と呼ばれるだ。


 この『精霊の力』ってヤツは外界に広く存在しているらしいが、俺達一般人パンピーには見る事も感じる事も出来ねぇ。

 しかし司教達コイツらは『精霊の力』を『魔力』に変えて、超常的な現象を引き起こす事が出来る。


 ただ、この魔力。

 人はほとんど蓄積する事が出来ないらしい。

 つまり、超常的な現象を引き起こす為には、都度外界にある『精霊の力』を寄せ集める必要があるって事だ。


 そこで出て来るのが『結界』だ。

 『結界』は『精霊の力』が外部から術者へと流入するのを阻害する見えない壁だ。

 より強い『魔力』を持つ者が結界を張れば、それよりも下位の術者は外界から『精霊の力』を呼び集める事が出来なくなる。

 そうなれば、おのずと魔力も枯渇こかつして、超常現象を引き起こす事も出来ない、って寸法だ。


 通常複数の術者が共同で結界を張るんだが、まぁジジぃは人並外れた『魔力』の持ち主らしいからな。このジジぃが結界に参加したともなれば、いかにグレーハウンドを呼び出せる召喚士とは言え、手も足も出なかったって事だわな。


「リッカルド司教様。この通り私は侍従の一人を失いました。どうやら私の手に余る魔獣と言う事でございましょう。ご面倒をお掛けしますが、是非この魔獣に最後のとどめを刺しては頂けませんでしょうか?」


「うむうむ。そうか、そうか」


 ジジぃのヤツ、いかにも満足そうにうなずいてやがる。

 へっ! バジーリオの野郎もおべっかが上手くなったもんだな。

 お前の魂胆こんたんなんざミエミエだぜ。


 魔獣の息の根を止めて、召喚士を捕らえる。

 その手柄をジジぃに引き渡す事で、次の大司教最有力のリッカルドに恩を売っておこうって算段なんだろ?

 はぁぁ、ヤダヤダ。

 偉いヤツらの権力争いってヤツには反吐へどが出るぜ。


「バジーリオ司教。其方そなたの想い、しかと受け取ったぞ。しかしのぉ。ワシが直接手を下すには結界を解かねばならん。ともすれば、ヤツらが息を吹き返すやも知れぬからなぁ。ここは二人で仕留める事としようぞ。ワシはこの場で結界を張り続ける故、其方そなたがヤツに引導を渡すが良かろう」


「はっ、ありがたき幸せ。必ずや私めが召喚士ともども仕留めて御覧にいれます」


 はいはいはい。

 出来レースもここに極まれりだな。

 もう、どっちでも良いから、早く始末してくれっ!


「バジーリオ司教よ。時間はで構わんか?」


「はい、その様にお願い致します」


「うむうむ。それでは頼んだぞ、バジーリオ司教」


「はっ」


 バジーリオの野郎はそれだけを言い残すと、出て来た時と同様、闇へと溶け出すかの様に消え失せてしまった。


 へっ!

 もう驚かねぇ。

 あぁ、もう驚かねぇぞ。二回目だからな。


 ……って言うか、片岡。

 なんだその表情は。

 口を閉じろ、口を。

 突然出て来やがったんだから、突然消えたって不思議はねぇだろ?

 ほら、阿久津あくつを見てみろ!

 アイツもちょっと驚いてたけど、今はすっかり冷静な顔してんぞ。


 俺はマーライオンの様な表情の片岡を放置して、早速ジジぃのそばへと移動を開始したんだ。

 本来、ジジぃの身の安全を確保するのは侍従の役目だ。

 しかし、これから荒事あらごとが始まるとなりゃ、護衛は多いに越した事はねぇ。


 まぁ、あえて言うなら、この場で一番安全なのはこのジジぃのそばだって事は間違い無いしな。


 と、その時。

 ジジぃが何やらつぶやきき始めたんだ。


「一つ……二つ……三つ……」


 何だ?

 何を数えてやがる?

 辺りを見回してみるが、特に何か動きがある訳でもない。


「四つ……五っ」


 ――フォォォォンッ!!


 うおぉっ?!


 ジジぃが言い終わるが早いか、闇夜に甲高い風切り音が響き渡った。


 ――ピシッ!! バキッ、バキバキバキッ!


 しっ、信じられない。

 目の前に広がるその光景。

 これは、本当に現実なのか?!


 風切り音が聞こえたその直後。

 横倒しとなっていたスチール製の大看板もろとも、屋上に四散していた金属片全てが上空へと舞い上げられたのだ。


 ――バリバリバリィィィィ! バリバリバリィィィィ!!


 しかも巻き上げられた物体は突然の竜巻にさらされ、潰され、末には粉々になるまで引き千切られて行く。


「あっ……あぁ……あぁっぁぁ……」


 まさに天変地異てんぺんちい

 俺は拳銃を構えたままの姿で、その無残な光景をただ眺めている事しか出来ない。


 そして、局所的な暴風がようやく収まった頃。

 屋上に残された物はと言えば、切り刻まれ、原型を無くした支柱と思われる太い鉄骨が数本だけ。


 やっ、ヤベェなぁ。

 コイツら、相当にヤベェ。

 蓮爾 れんじ様にアイスキュロス。

 も相当ヤバかったけど、他の司教連中も負けず劣らず。

 コイツら全員、ヤベェヤツのオンパレードだぜ。


 綺麗さっぱり、全て吹き飛んじまった屋上。

 これじゃあ、あの最恐を誇るグレーハウンドだって、ひとたまりもねぇだろう。


 まぁ、これなら後片づけは簡単だよな。

 いやまて。

 周囲に散らばった看板の欠片かけらを片付けろなんて言われたら面倒だなぁ……。


 そんな、どうでも良い事が頭の片隅を過ぎる。

 何しろ、そのぐらい突拍子とっぴょうしも無く、荒唐無稽こうとうむけいで、奇想天外きそうてんがいな光景だったのだから。


「はっ……はは、はははは。りっ、リッカルド司教様。こここ、これはまたすさまじいですなぁ。ご足労頂いた甲斐かいがございました。あとは私の方で後片付けを……」


「……」


 ん? どうしたんだ、このジジぃ。

 なんで無言なんだよ。

 もう良いよ。

 魔獣だって消し飛んじまったし。

 これ以上、こんな危ないヤツらと一緒に居る俺の身にもなってくれ。


「リッカルド司教様? リッカルド……」


「シッ! 静かにせんかっ!」


 ジジぃのけわしい表情と、苛立いらだちのこもった声が俺の言葉を詰まらせる。


 ――シュゥゥゥ……


 この時点で、ようやく俺もその異変に気が付いたのさ。


 隣のビルとの境目。

 ビルの外周に設けられた、コンクリート製のへいの手前。

 なにやらうずたかく積み上げられた大きな塊が見える。


 銀色?

 いや、銀色と言うには限りなく黒に近い。

 ともすれば闇夜に溶け込んでしまう程の銀とでも言おうか。


「ほほぉ……あの暴風の中をおったか」


 ジジぃ……一体何を言ってやがる?


 しかし、その言葉の意味は割とすぐに判明する事となる。


 ――バキバキバキッ! メリメリ……メリメリメリッ!!


 そのの物体がゆっくりと動き始めたのだ。

 いや、動き出したんじゃない。

 立ち上がったんだ。

 己が力で。

 己が意思で。

 己が鋭い爪をコンクリート製の床にめり込ませて。


「グォロロロロ……」


 野太い咆哮ほうこうがあたり一面の空気をふるわせる。

 決して他者を威嚇いかくしている訳では無い。

 ただ単に、自身の存在を。

 自身がこの場に居る事を周囲に知らしめているだけ。


 それはそうだろう。

 ヤツには威嚇いかくする理由も無ければ、必要すら無いんだから。

 なぜなら、おのれ自身が地上最強の生命体。

 生態系の頂点に君臨する者なのだから……。


「ブッ……ブラック……ハウンド……」


 コイツは……駄目だ。

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