第45話 野性の開放

 ビルの外は意外と風が強い。

 時折吹く突風に、外非常階段の扉すら飛ばされそうな勢いだ。


「よし、参號さんごうはここで見張りな。壱號いちごう弐號にごうは僕と一緒に来てくれ」


 僕はあらたにBootした魔獣たちへ指示を与えると、早速薄暗い階段を上り始めようとしたのさ。


 各階に設置されている非常灯はなんとも心もとなく、自分の足元すらおぼつかない。

 せめて月明かりぐらいは……とも思うけど。

 残念ながら空にはどんよりとした雲が垂れこめていて、それすら期待できそうもない。


「クォォォォン……」


 なぜか寂しげな声を上げる参號さんごう


「なんだよ。お前も行きたいのか?」


 参號さんごうが真ん丸の瞳で僕の事をジッと見つめて来る。


 確かに……。

 参號さんごうは武闘派の上に猪突猛進タイプだ。

 見張りには不向きかもしれない。

 それであれば、慎重派の弐號にごうを残して行くか?


「うぅぅん……」


 確か、クロからの思念によると、ビルの外は既に包囲されているらしいし……。


 暗闇の中、そっとビルの周囲を見渡して見る。

 すると。


「確かに……いるな」


 ビル周辺の道路上には数名の人影がちらほらと見える。

 中には白いローブをまとうヤツらも居る様だ。


「まさに教団関係者って感じだなぁ。あれぐらいだったら蹴散けちらせるか?」


 危険な考えが脳裏をぎるが……。


「いや、ここはゲームの世界じゃない。全員血祭にあげるって、どんだけバイオレンスな考えだよ」


 そうだ。

 ここは現実の世界だ。

 遊び半分で人を殺して良い訳がない。

 相手が暴力ちからを行使して来るのであれば、相応の対応はする。

 それ自体はやぶさかじゃない。


 でも、包囲しているからと言って、今の段階であの中に魔獣クロを解き放とうとも思わない。


 そんな事をすれば、怪我人だけで済まなくなるのは必至だ。

 あの人達にだって家族もいれば友人だって居るはずだ。

 僕はあの金髪野郎とは違う。

 無益な集団殺戮ジェノサイドをするつもりは無い。


参號さんごう、やっぱりここはお前に任せる。下のヤツらが上がって来たらお前が迎撃げいげきするんだ。その時は思う存分暴れたって構わない。わかるな?」


『……ワカ……タ』


 しばらく思案顔の参號さんごうだったけど、最後は思念で合意を伝えて来てくれた。


 参號さんごうは一番最後に育成を始めた個体だ。

 思念での意思疎通もまだまだこれから。

 それに比べて壱號いちごう弐號にごうは安心感がまるで違う。


 僕は参號さんごうだけをこの場に残し、吹きすさぶ風の中、非常階段を屋上へと登って行ったんだ。


「なんだ……こりゃ……」


 非常階段から屋上への出入り口。

 鉄パイプで造られた頑丈な扉が鋭利な刃物で切断されたかの様に横たわっている。


 クロの仕業か?

 確かにクロの爪なら出来なくは無いだろうけど。

 短気なクロの事だ、体当たりか何かでめちゃくちゃにしていても良いはずだし……。


「何か、嫌な予感がするな」


 もう一度ビルの周囲を確認してみる。

 包囲している連中に動きは無さそうだ。


『よし、参號さんごう、僕の声が聞こえるか? そっちはもう良い、上がって来い』


『……、……』


 まただ……。

 距離だってそんなに離れていないはずなのに。

 クロの時と同様、参號さんごうの思念が聞き取り辛い。


 何か……色々な事が上手く行かない。

 こういった一つひとつのつまづきが、嫌な予感を更に助長して行く。


「グルルルル……」


 狭い非常階段。

 僕のそばに寄りそう壱號いちごうが、不安そうな顔でのぞき込んで来る。


「いや、大丈夫。何か理由はあるんだろうけど、お前達が居ればどんな事だって切り抜けられるはずさ」


 僕は壱號いちごうの頭をでながら、半ば自分自身を励ますかの様な言葉をつい口にしてしまう。

 不安に思っているのは壱號いちごうじゃない。

 僕自身の方なんだ。


「グロロロロ……」


 後方からもう一頭のうなり声が。

 

「よし弐號にごう。屋上の様子を見て来てくれ。クロや他の皆を見つけたら戻って来て僕に教えてくれ」


 僕は体を壁際に寄せ、弐號にごうを先へと送り出してやる。


 弐號にごうは慎重派だし、頭もキレる。

 偵察ていさつとしてのお役目は適任と言えるだろう。


 態勢を低くしたまま、ゆっくりと屋上へ歩み出て行く弐號にごう

 当然僕の方も周囲の警戒は怠らない。


 広々としたビルの屋上。

 意味不明なパイプやダクトが数本配置されている他、特に障害物となる様な物は見受けられない。

 それに、もっと暗いと思っていたけど、近隣のビルに設置されたネオンの光が差し込んでいて、思いのほか明るかったのは意外だった。

 ビルとビルの間に挟まれた暗い非常階段と比べれば、雲泥の差だ。


『クロ……聞こえるか? クロ……僕も屋上に来たよ。どこ? どこに居る?』


 弐號にごうの様子を目で追いながら、僕はクロへと思念を掛け続ける。

 だけど……クロからの反応は無い。

 僕の思念がクロに届いていないのか、それともクロの思念が僕に届かないのか……。


 気付けば、弐號にごうは既に屋上の端の方へ到達しようとしていた。

 どうやら特に危険は無さそうだ。


「行くぞ、付いて来い」


 僕は壱號いちごうの大きな体に身を隠しながら、屋上へと進み出る。

 まずは弐號にごうの通ったルートを順に辿たどって行く。


 弐號にごうの進んだ先には、少々大きめの建屋が見える。

 恐らくあの部分が例の機械室なのだろう。


 正直、屋上へ逃げてもジリ貧で、それ以上逃げ場が無い様にも思える。

 ただ、ここは東京のど真ん中。

 ビルとビルの間隔は非常に狭い。

 やりようによっては、ビルの屋上を渡り歩く事で、地上の包囲網を振り切る事が出来るかもしれない。


「まぁ、もしそれで駄目なら、地上でひと暴れするだけだけどな……」


 小型のグレーハウンドではヤツらの持つ銃には敵わない。

 ただ、もう少し大きめのグレーハウンドだったらどうだろうか。

 いや、ブラックハウンドであればあの程度の拳銃、脅威にすらならないだろう。


 何にせよ、ビルの中ではこちらが完全に不利だ。

 広い場所で正面切って戦えば、こちらが負ける要素は一つも無い。


 そこまで考えた所で、例の金髪野郎の顔が脳裏をぎった。


「うぅっ……!」


 急な悪寒おかんに思わず身震いしてしまう。


 アイツは駄目だ。

 ヤツが来る前に逃げなきゃ……。


 僕は急ぎ弐號にごうに合流しようと、機械室の壁際まで駆け寄って行こうとしたんだ。

 ちょうどその時。


「ほほぉ、は少年ですか。召喚士はの少女一人と聞いていたのですが、さしずめアナタは召喚士の下僕……と言った所でしょうか?」


 え?


 背後から聞こえる男の声。


 いや、屋上には誰もいなかった。

 あの警戒心旺盛な弐號にごうが気付かないなんてありえない。

 それじゃあ、この声の主はいったい……。


 僕は恐る恐る声のした方へと視線を向けた。

 すると、屋上のほぼ中央。

 先程まで誰も居なかった場所に、三人の男が静かに立っているでは無いか。


 三人の男。

 いや、中央の男は成人だが、その両脇に控えるのは、まだ十代の少年と言った風情だ。

 中央の男も年齢的には二十代後半ぐらいだろうか。

 全員同じ様な白いローブをまとっている。


 どうやら、教団関係者で間違いない様だな。


 僕は無言のまま、その男を睨み付ける。

 身長は僕より少し大きいか。

 やせ型で戦闘向きの体格はしていない。

 恐らく素手でヤリ合えば、勝つのは僕だ。


 後は両隣りょうどなりに控える少年たちだけど……。

 この二人は身長も僕より低くて、ひ弱そうに見える。

 まだ、十代前半と言った所だろう。

 これであれば、戦力外アウトオブ眼中だ。


 慎重に観察を終えた僕は、左右に壱號いちごう弐號にごうを従えた状態で堂々と胸を張ってみせた。


「えぇ、良い読みですね。ただまぁ、相手の事を聞く前に、まずは自分から名乗られるのが礼儀と言うものではありませんか?」


 思えば自分も強くなったものだ。

 わずか数週間前の僕ではおよびもつかない。


 教団連中に追われ、神々の終焉ラグナロクを経験し、そして間接的とは言え人を……あやめた。


 恐怖は……ある。

 ただ、その恐怖を制御コントロールする自分が……居る。


 恐怖は諸刃もろはの剣だ

 自分を追い込みふるい立たせるガソリンの役割も果たすだろう。

 その反面、精神を委縮いしゅくさせ、迅速な行動を鈍らせる事もある。


 恐怖は感じて良い。いや、感じるべきだ。

 恐怖を感じない動物は、自ら死地へと踏み込んでしまう事になる。

 恐怖を感じた上で、制御コントロールする。

 それこそが、恐怖との正しい付き合い方だ。


「控えよっ! ヌシは司教様の下問にただ答えれば良いのだっ!」


 突然、ローブ姿の少年が声を張り上げた。

 頬を紅潮こうちょうさせ、更に前へ進み出ようとして来る。


「止めなさい、シモネ。先に声を掛けたのは確かにこの私。相手が下賤げせんの身とは言え、その言葉に誤りはありませんよ」


 中央の男がそれを軽く制した。


「私の従者が大変失礼した。の者は私への忠義によりそう発言したまで。お気になさらぬ様」


 はっ!

 慇懃無礼いんぎんぶれいとは正にこの事だ。

 丁寧に謝罪している様にも聞こえるが、その実、自分の行動については何も謝っていない。


「それでは自己紹介させて頂こう。私は神聖清流会司教のバジーリオ。左右に控えしは、私の侍従であるシモネとカルロ。本日は安寧あんねいな東京の街に魔獣が現れたとの報告を受け、その捕獲の為に参じた次第。さてさて、その方が引き連れているのは、どうやら魔獣の様ですな。何処の大森林より迷い込んだかは知らぬし、恐らくの方も召喚士に止む無く連れ出され、途方に暮れている所であろう。ここは魔獣の森ではなく人の住む街。其方そなた達が住まう場所では無いのだ。ただ、安心するが良い。私が其方そなた達の住まう世界へと送り返して進ぜよう」


そう言いながら、不敵な笑みを浮かべる中央の男。


「バジーリオさん……でしたっけ? 悪い話では無さそうですけど、残念ながら僕は生まれも育ちも東京なもんで。その大森林だかに飛ばされちゃったら、そっちの方が苦労する事になりそうなんですよ。そんな事より、私の仲間はどうなっていますか? まずはその事を教えて頂かないと」


 ヤツの口ぶりでは、既にクロ達の事は知っている様だな。

 それに、あの余裕……。

 既に捕まっていると考えるべきか。

 最悪は……。


「ふむふむ。流石に主人の事が気になると見える。下僕であれば当然の事。逆にこのまま一人だけ逃げようとするのであれば、わたくし自ら手を下すつもりでしたが……まぁ良いでしょう。カルロ。見せて差しあげなさい」


「はい、司教様」


 カルロと呼ばれた少年が目をつむり、何やら意識を集中し始めた。

 すると、彼の後方。

 ビルの端の方に突然、横たわる人影が現れたのだ。


 全身血まみれの状態で伏せる銀色の魔獣。

 その脇には巨大な体躯たいくにもたれ掛かるようにして気を失っている二人の女性が見える。


「安心せよ。お前の主人とお付きの侍女、それに召喚した魔獣も死んではいない。まぁ、魔獣の方は虫の息と言う所ではあるが……こればかりはけものの事ゆえ仕方が無かろうて」


 コイツらっ……!


「さぁ、お前の主人も既に我が手中。むやみに歯向かう事のはお前にも分かるであろう。大人しくその魔獣を召喚元へと送り返し、我に投降せよ」


「……」


 一瞬の静寂。


 どうする?

 彼我の距離は十メートル程。

 壱號いちごう弐號にごうで襲わせてみるか?


 いや、待て。

 クロが魔獣化して、それでも負けているんだぞ。

 確かに先輩や綾香あやかを守りながらでは、十分な戦いは出来なかっただろう。

 でも、それは今も同じだ。

 人質を盾にされては、結局手も足も出ない。


「わっ、分かった。降参だ、降参する」


 僕は両手を上げて二歩ほど後退あとずさった。


「今から魔獣を送り返す。だから攻撃はしないでくれ。大丈夫、降参だ。降参っ」


 僕は壱號いちごう弐號にごうに挟まれる様な位置に移動した後、ヤツらに聞こえない程度の声でつぶやいたんだ。


「Shutdown 壱號いちごう Shutdown 弐號にごう


 その途端、僕の周囲が濃密な蒸気で包まれて行く。


 ――ブシュゥゥ…… 


 よしっ!

 ヤツらの視界を奪った!

 このタイミングでヤツらの懐深くへと走り込み、渾身の右ストレートを叩きこんでヤルぜ。僕の右ストレートを舐めるなよぉ!


 僕はロケットスタートを決めるべく、自身の右足へと力を込めた……のだがっ。


 ――フォン!


 一陣の突風が僕の周囲を駆け抜けた。


「あっ!? あれ?」


 突然、クリアになる視界。

 先程までの白煙がまるで嘘の様に搔き消えてしまったではないか。

 まさに雲散霧消うさんむしょうとはこの事だ。

 

「ん? まさかこの程度の小細工こざいくで私から逃れられるとでも思っていたのかな? まったく、私を失望させないでもらいたいものだなぁ」


「いっ、いやぁ。逃げるだなんて……ととと、とんでもない……」


 僕は両手を広げ、精一杯の作り笑いを浮かべて見せる。


 チクショウ。見破られてたか……。


「いやだなぁ……僕がそんな事をする人間だと思いますかぁ? 何しろ僕は主人に対して忠実な奴隷ですからねぇ。えへへへ。主人の為なら決して逃げ出したりせずにぃ……」


 と、ここで僕は勢いよく飛び退り、更に大音声で叫んだのさ!


ますよっと! 参號さんごうォォォォ!」


「うぬッ!」


「グワァオロロロ! キシャァァァ!!」


 周囲の空間までをも震撼しんかんさせる突然の咆哮ほうこうッ!

 僕がヤツらの注意を引き付けている間に、参號さんごうがその背後へと迫っていたんだ。


 情け容赦ようしゃ無い参號さんごう鉤爪かぎづめが、ヤツらの頭上へと振り下ろされる。


 ――バシュゥゥ!


 赤黒い血飛沫ちしぶきが天空を舞った。

 その様子は夜目にもハッキリとわかる。


 参號さんごう斬撃ざんげきは、侍従と思われる少年の首を難なく切断……いや、切断じゃない。

 少年の肩口へと振り下ろされた魔獣の腕は、少年の上半身を粉々に粉砕したのだ。

 残されたその下半身は、膝を屈する様な形でゆっくりと垂直に崩れ落ちて行く。

 

 カルロとか言ったな。

 アイツを倒せたのは幸先が良い。

 確か、あいつの怪しげな力でクロ達が隠されていたはずだ。

 これで、もうその手は使えない。


Whirlwindホワールウィンド!」


「Boot壱號いちごうっ! Boot弐號にごうっ!」


 司教ヤツと僕が同時に叫ぶ。


 ――フォン!


「グギャアァァ!」


 参號さんごうの悲鳴!


 司教ヤツが腕を振り下ろすのとほぼ同時に、参號さんごうの胴体が真っ二つに切断されたのだ。


 なんだっ、何か攻撃されたっ!

 司教アイツ、何か見えない攻撃を繰り出して来やがった!


 ――バシュゥゥ!


 今度は司教ヤツらの周囲が突然の蒸気に包まれる。


「「グワァオロロロ!」」


 重なり合う咆哮ほうこう

 同時二体のグレーハウンドが司教ヤツらの両側面に出現したのだっ!


「キシャァァァ!! キシャァァァ!!」


 壱號いちごうは司教へ、弐號にごうは隣の少年へと次々に襲い掛かる。


Whirlwindホワールウィンド! Whirlwindホワールウィンド!」


 司教ヤツから発せられた『見えないやいば』が魔獣へと放たれた。


「キシャァァァ!」


 壱號いちごうの斬撃は残念ながら司教ヤツを捉える事は出来なかった。

 しかし、流石は壱號いちごう

 決して深追いする事も無く、司教ヤツから放たれた『見えないやいば』を難なくすり抜けると、そのまま後方へと飛び退った。


 弐號にごうはと言うと司教ヤツ壱號いちごうの攻防のすきに、ちゃっかりともう一人の少年に重傷を負わせ、こちらも司教ヤツの『見えないやいば』を警戒して既に距離を取っていた様だ。


「えへっ、えへへへへっ! どうしたんですぅ? 司教様ぁ。さっきまでの威勢は何処へ行ったんですかねぇ?」


 その間、物陰にコッソリと隠れていた僕は、やおら自信満々の様子で立ち上がってみせる。


「チッ!」


 鋭い形相で僕の事を睨み付ける司教。

 流石の司教アイツも、これにはこたえただろう。


 弟子の一人は即死。

 もう一人の弟子も深手を負っている。

 本人は今の所無傷ではあるけれど、司教達ヤツらの右後方には壱號いちごうが。

 左後方では弐號にごうにらみ利かせている。


 おっと、このままだと正面となる僕の所が弱いなぁ。


「Boot参號さんごう!」


 ――バシュゥゥ!


 僕の隣に白煙とともに現れ出でたるは、銀色に輝く魔獣グレーハウンド


「さぁて、チェックメイト。形勢逆転……って事で、良いですよねぇ」


「ぐぬぬっ……!」


 司教ヤツの顔色がみるみるうちに、赤黒く変色して行くのが分かる。

 今度は僕が不敵な笑みを浮かべる番だな。


 僕は既に身動きが取れなくなっている司教達ヤツら後目しりめに、おおきく迂回しながら、クロ達の元へと駆け寄って行ったのさ。


「クロ、クロ大丈夫っ!? 先輩っ、綾香あやかっ!」


 そう声を掛けてみたけど、応答は無い。

 今度はそっと口元に耳を寄せてみる。


 ……うん。


 小さくではあるけど呼吸は感じられた。

 大丈夫。まだ生きてる。


 ここで僕は、司教達の方へとゆっくり振り返ったんだ。

 恐らく、その時の僕の顔は『鬼の形相ぎょうそう』と言う言葉以外に表現のしようが無い状態であったと思う。


「お前らぁ! とんでもない事してくれたなぁぁ!」


 身内が痛めつけられる。

 その苦々しい思いは、自分自身が痛めつけられる事の数倍、いや数百倍の怒りとなって僕の中へと蓄積されて行く。


「これは万死に値するっ! さっきの小僧の様に、簡単に死ねると思うなよォォォォ!」


 これまでに感じた事の無い感覚。

 自身が張り上げる大声。

 それ自体に触発されて、加速度的に憎悪が積み増して行くのだ。

 それはまるでハウリングを起こしたかの様な、憎悪と怒りの無限ループ。


壱號いちごう弐號にごう参號さんごうォォ! ヤツラの四肢ししを引き千切り、僕の前へと持って来いっ! 決して殺すなっ、最後のトドめは僕が刺あすっ!!」


「「「グワァオロロロ! キシャァァァ!!」」」


 僕の大号令に呼応して、忠実なる魔獣たちは一斉に司教達へと襲い掛かって行った。


 無慈悲に。苛酷に。冷徹に。残忍に。


 それはまるで、僕の中に抑圧され、封印されていた『真の野性』が、満を持して解き放たれて行く……そんな瞬間であったと言えるだろう。

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