第44話 幕間 片岡まゆゆの憂鬱(後編)
――カチッ
あ、点いた。
「……懐中電灯……点けました」
「うぉ!
「……はい」
なぁ、にぃぃ!
他っ、他を照らせとな。
他なる場所を照らせと申されるのかっ!
いやいや、流石にそれは
でしょぉ、懐中電灯氏っ!
既に
にも
それはあまりにもご無体なっ。
人道、これ外れる事、極まって御座りまするぞおっ!
でも……。
これからは、度重なるご要望にお応えして行かねばならぬこの身。
こんな所で
私、ここはピサの斜塔から飛び降りる覚悟にて、照らさせて頂く所存にござります。
もう片方の
となれば、となれば……。
ぐぬぬぬぬ。
私に残された恥部と言えば、もう
お代官様っ。
それを差し出してしまっては、来年の米がっ、来年の年貢が収められなくなってしまいますぅぅっ!
と、ここで私は突然神の啓示を受けたのです。
――パァァァァ
突然、天井から降りそそぐ暖かな光。
その
『米が無いなら、
はうはうはう!
そっ、その通りでございました。
私が間違っておりましたっ!
私の身は既に
今さら、何の出し惜しみがありましょうや。
いいえ、ありません。
ここは、私の全てをさらけ出し、
それだけが、私の本願と言わずして何とする。
私は心の中で一度だけ小さく
少しずつ、少しずつ開く
はぁぁぁぁ! ついに、ついに。
「チクショウ、見えづらいな……」
……えっ!?
今、何とおっしゃいました?
もっ、もしや……みっ……見えずらいと……。
くうっ! 痛恨っ!
我が人生の中で、最大の
何と、ここまで。ここまで用意周到に準備を進めておきながら、
ぐぅおぉぉ! 殿、殿ぉ! 切腹っ!? これは切腹しか無いのでは御座らぬかっ!?
……いやいやいや、待て待て。
腹を切るのは何時でも出来る。
誤りを誤りのまま放置せず。
まずは、
それこそが真理なのではあるまいかっ!
よしっ!
そうと決まれば、もっとこう……角度を調整してっと。
やっぱりこう……がぱーっと。がぱぁぁっとね。
えぇそう、そう。
こんなところで恥ずかしがっててどうするのよ。
一度ヤルと決めたら、とことんお見せするのが臣下の務めと言うものよ。
「……はい、これで良いでしょうか?」
「片岡ぁ……なんでお前は俺の目の前で大股おっぴろげてんだよ」
おおお、大股って、大股ってぇぇ!
だって、だって。
「……
「いやいや、お前ぇの股間なんて、見たくねぇよ」
はうっ! シマッタ!
一体私は何を血迷っていたのかしらっ!?
私とした事がおこがましくも、
マジ、言語同断っ!
私がそんな態度を取れば、それは
えぇ、そうですとも、そう言うものですもの、だって、そう言うものなのですものっ!
……でも? 何かがおかしい。
そう、いつも寛大でとっても優しい
……
はっ! これはまさかっ!
生まれてこのかた、ずっと理系で過ごして来た頭でっかちの私に向けて、ちょいと小粋で大人な
なるほど、なるほど。
それであれば
あ
流石は
一瞬の
さて。
となれば、何と返す? 何と返せば良い?
ウィットに富んで、かつ相手を不快にさせない。
しかも、その中には時事的な社会風刺と言うスパイスをちょっぴり利かせた……そう言った大人の高度なジョークが必要と判断致しましたわ。
考えろ私。考えるんだ私っ!
IQ138は伊達じゃないっ!
「……そっ、それ、セクハラですよ」
「いや、セクハラってお前ぇ、マジ、パンツ見えんぞ」
追い打ちっ!
更に追い打ちをかけて来たっ!
しかも今度は変化球だ。
私の投げたボールはたった一言で撃ち返されたのに、返す刀でパンツの事まで持ち出して来るとはっ!
何と言うハイレベルな戦いっ。
私はこの戦いに勝てるのか?
本当に勝者となる事が許された者なのだろうかっ!?
落ち着け、落ち着くんだ私。
どう答える、どう言えば
素直な返事?
それとも、変化球で返す?
いや、変化球に対して、変化球で対応するの愚は決して犯してはならない。
そんな、スイカに砂糖をかける様な真似、流石の私でも実行には移せない。
そうだ、相手は人生の酸いも甘いも噛み分けた、大人でダンディでクールな
そんな小手先の技が通用する訳が無いっ!
「……いっ、いいえ、80デニールなんで大丈夫です」
はうはうはう!
やっちまったぁ!
三周ぐらい回って、結局
もう駄目だ、もう、見捨てられる、私なんて、ボロ
「いや……いやいや、そう言う事じゃなくてよぉ。なんで股間を懐中電灯で照らしてるのか? って話だ」
……おぉ?
突然のトーンダウン。
どした?
思考実験にはもう飽きちゃったって事なの?
「……はい、
私ったら素直に聞かれたもんだから、素直に応えちゃったけど本当に大丈夫?
あぁ、でもこう言う所で素直で従順な女性をアピールするって言うのも手っちゃー手だよね。
うんうん。
この年代の男性はこう言った
よしよし。
思考実験では完敗の憂き目をみたけど、今度は任せておいて、きっと
「いぃや、いやいや。他っつってもよぉ、他は、他にも色々とあるだろうがよ、他とかよぉ!」
……他ぁ?
私の股間以外に、もっとセクシーな部分が他にもあるって事ぉ?
ふぅぅむ。
自分では一体どこがセクシーな部分なのかって、意外と気付きにくいものなのよねぇ。
灯台下暗しぃ?
そうねぇ。
例えば、足首ぃ? 腕ぇ? 腰のくびれぇ……なんて言う人も居るみたいよねぇ。そうそう、この前美容院に置いてあった週刊誌にそう書いてあったのよ。
でもぉ、何かちょっと違う。
これまでのリサーチ結果では
まぁ、隠された何かを持つ男ってとってもセクシーではあるけれど、これまで一度もそんな側面すら見せた事が無いって言うのは、ちょっとどうなのかしら?
セクシー、セクシー。
私の体の中でセクシーな部分ってぇ……。
はっ!
分かった! 私分かったわ! 今回は完全に分かっちゃったっ!
そうよ、そうそう。どうして今まで気付かなかったのかしら。
足首ぃ? 腕ぇ? 腰のくびれぇ?
駄目よ、ダメ駄目っ! 全っ然ダメ!
ちっとも分かって無かった。
これら全部の
そう、そうよ。そうなの。
これらは全て、洋服で隠されてるって事なのっ!
あぁぁぁ! うっかりしてたわぁ。
アソコに足首ぃ! もぉ、何言ってるのよ。そのどちらも極厚80デニールのタイツで覆われてるでしょっ!
腕に腰のくびれぇ? 私ったら舐めてるのかしら。
両方とも、私の素晴らしい肉体を、洋服が完全にガードしてる訳じゃない。
つまり、私の中で生身の部分。
そう、もっとも無防備でセクシーな部分が残っていたわ。
もぉ、IQ138が聞いて呆れるわね。
そんな事に今まで気がつかないなんて。
ホント、
「……はい」
私は自分の股間ではなく、今度は自分の顔を懐中電灯で照らし始めたの。
さぁ、どう?
どうなのよ、
あなたの目の前にあるのは、私の生身の部分。
そう、最も
私の濡れてツヤツヤになったプルプル唇を思う存分ご堪能あれっ!!
「って言うかさぁ……俺ぁ
……って、あれ?
また、素な反応ね。
どういう事かしら? スルーなの? するーよね?
オカシイわねぇ。本来であれば、あまりにもセクシャルな私の唇を見て、思わず奪いに来るって言うシチュを想像していたんだけれど。
どうしたのかしら?
一体どうしたと言うのかし……はあっ!
つつつ、
今、
来たわ。ついに来てしまいましたわっ!
ようやく、ここに来て私の
思えば長かった。
途中の思考実験では
その後、私の生身の部分を最大限に活用したセクシーシーンで
いったいこの先、どうなってしまうのかと思っていた矢先。
ようやくこの時が
いえいえ、今だから分かる。
今までの全ての活動が無駄だったと言う訳では決して無い。
一見、遠回りをして来た様にも見えるこれまでのやり取り。
しかし、その実。
鉄板の最終トラップへと
ついに掛かったわね、
今度こそは逃がしはしないわよっ!
さぁ、アナタの疑問にお答えするわ。
そして全身全霊を込めて
私の
おーっ、ホホホホホホッ!
さぁ聞きなさいっ! あなたが
「……ちっ、
「だよなぁ……」
って、オイオイッ!
反応薄いなぁ。
メチャメチャ反応薄く無ぇ?
二十代後半も最終コーナーに差し掛かってはいるとは言え、いまだ一度だって男に触れられた事の無い、完全未使用、無菌状態の
しかも、Dカップッ!
そっ、そこそこの大きさよ。
私、結構肩幅あるから、骨太だから。
理数系なのに子供の頃から格闘技やってたからちょっと骨太なんだけど、にも関わらずのDカップよ!
本当はEカップぐらいあるんだけど、Eカップから急にカワイイ柄が無くなっちゃうのよ。
えぇ、そうなの。
どうしてそういうイジワルな事をするのかしら。
しかも私は二分の一カップか、四分の三カップが好きなのよ。
でも、Eの四分の三カップって、あんまり種類が無いのよ。
ねぇ下着メーカーさん、一体どう言う事なのかしら?
一度、じっくりと話を聞きたいものだわよねっ!
いっ、いやいや、今はそれどころじゃ無いわ。
私の
これは一大事よ。
一世一代の一大事と言っても過言では無いわっ!
……って、はっ!
もしかしたら、もしかしたらっ!
また、私の声が小さすぎて聞こえて無かったって事なのかしらっ!?
あぁ、そう言う事、そう言う事ね。
そう言えば、さっきも
うん、もぉ、私ったらどうかしてる。
同じ過ちを二度も繰り返すなんて、本当にもぉ、これじゃあ
「……私の、
「いやいや、そこをもう一回強調しなくても良いんだよ。それより、何で俺ぁお前の
えぇぇぇ!
強調しないで良いのぉ!
聞き逃してた訳じゃ無いって言うの?
どう言う事、一体、それってどう言う事なの?
いやいや、そんな事より
そっちの方がヤバいわっ!
私の、私の極秘作戦を完全に
既に、全部お見通しって事よねっ。
そうよね、そう言う事でしょっ!
はうはうはう。
どうしよう、一体どうすれば良いの?
このままじゃあ、私が勝手に
まぁ、実際その通りなんだけど。
その通りなんだけど、
それに『なぜ揉まねばならないか?』
と言う命題に置き換えられてはいるけれど、どうしてお前は俺にそんな事させるんだっ! と言う
どうする、どうするのよ、まゆゆ。
一体どうすれば、この命題に答える事が出来ると言うのっ!
まゆゆ、絶対絶命の大ピーンチっ!
「……
まずは責任転嫁。
そうそう、これよ、これ。
結局は
そうよ、そうそう。
最初に
だって、
えぇ、そうよ、そうなの。
絶対にあの時の記憶なんて、曖昧で覚えちゃいないはずよ。
大丈夫、まゆゆ。絶対誤魔化せる。誤魔化せない訳が無いじゃない。
一旦これで様子を見て……っと。
「そうだよ、おれぁ
がびーん。
そそそ、その通り。
一言も揉むモノを寄越せとは
えぇそうよ。
だってそうだもの。
だって、私が勝手に揉む様に仕向けたのだものっ!
揉んでもらえる様に、彼氏いない歴イコール実年齢のこの私がそう仕向けただけなのだもの。
でも、ここまで来たらもう後戻りなんて出来ない。
この嘘は、私が墓場まで持って行く事に決めたわ。
えぇ、私はここで、最後までシラを切り通すつもりよっ!
「……
「いや、言ってねぇよ! なんで倒れてるヤツが、いきなり揉みたいなんて言うんだよ。って言うか、お前が
はうはう!
完全にバレてーら。
いいえ、まゆゆ! この程度で
シラを、シラを切り通すのよっ!
大丈夫、まだ大丈夫よ、ここさえ、ここさえ乗り切ってしまえば、後は何とかっ!
「……そっ、そうでしたっけ?」
ウソをつき通すのがこんなに辛いなんてっ!
愛する人を
って言うか、もう言い訳が何にも思い浮かばない。
あとは
そうよ、もうそれしか方法は残されて無いのよっ。
「そうでしたっけ? じゃねぇよ。俺ぁ、お前の
……ぐはっ!
そっ、それは言ってはダメなヤツじゃあ……。
決して口にしてはダメなヤツじゃあ御座いやせんかねぇ。
ウソがどうとかじゃなくって、私の
それって……それって殿方が絶対に言っちゃあ駄目なヤツだと思う訳ですよ。
百歩譲って『今は揉みたくないな』ならまだしも、『お前の
揉まれたい私としては、一体どうすれば良いって言うんですかあっ!?
こっ、ここはハッキリと、ハッキリと言っておかなきゃだわっ。
言うの、言うのよ、まゆゆ。
これだけは許しちゃ駄目、絶対にダメなのよっ!
「……それ、セクハラですよ」
「いや、セクハラって何だよ、お前ぇどっちがセクハラなんだよ。一体どっからがセクハラなんだよっ!?」
……ごふっ!
もぉ
一体、どうしてくれるのっ、こんなか弱い娘捕まえて、一体どうしようって言うのよおっ!
あぁ、もう、ノーガード戦法よ。
打ちなさいよ、打てば良いのよ。
見なさい、ほらほら、私は両手ぶらりのノーガード状態よ。
えぇ、やれるものならやってみなさいよ。やりたいだけヤレば良いのよっ!
その代わり、私だって言いたい事、全部言ってやるわっ!
「……
「何故に疑問形っ! しかも、俺ぁ揉みてぇなんて言ってねぇっつってんだろ!?」
……うっ!
私もそう思ったっ! どうして疑問形なのって!
私の意見と
いやいや、そう言う事じゃ無くって、女としての、恋する女としてのか弱き部分が『疑問形』と言う形で表れてしまいましたわっ!
不覚っ! まゆゆ、一生の不覚っ!
こうなったら、こうなったら、最後の手段。
覚悟なさい
私の
「……はい、そうだった……かもしれません」
……ふぅぅ。
結局、白状しちゃったっ!
てへっ。
一旦罪を認めてしまえばどうという事は無いわね。
私、この時思ったの。
今日の所はこのぐらいにしておいてヤルかぁ……ってね。
えへっ。
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