第35話 互いに掴み合う糸口
「キミ、ちょっと話を聞かせてもらっても良いかな」
突然、誰かが僕の肩を掴んだ。
ヤバいっ!
警察? いや、教団か? 教団の連中か?
どうする?
殺されるぐらいだったら、こっちから
なにしろ僕は
教団職員の一人や二人、
僕は今にも破裂しそうな心臓を何とか
……すると。
「もぉ、ナニ怖い顔してんのよぉ。ビックリするじゃないのぉ」
「え? えぇぇぇ?」
「え? えぇぇぇ? ……じゃないわよぉ。こっちが、え? えぇぇぇ? ……よ。ホントにもぉ。折角私が来てあげたのに、ありがとうの一言も無いなんてどう言う事よ?」
「きっ、
いやいやいや、完全にさっきの声は男の声だった。
それも、かなり中年の男性って感じでさ。
年季入ってて、生活感あって。
それでもって、ちょっと哀愁漂う完璧なオヤジの声だったよ?
「あははは。あれはねぇ、守衛の山本さんって言う人のモノマネ。どう? 似てた?」
いや、知らんがな。
その山本さんって人、僕、全然知らないから。
って言うか、何故そこで中年のオッサンのマネするの?
それに、無駄に……いや、本当に無駄に上手いから。
そのモノマネ、めっちゃウマウマだから。
「いっ、いやぁ、似てたって言うか、ビックリしたって言うか」
「だってさぁ。
そう話しながらも、モジモジとスカートの
彼女は彼女なりに僕に対して気を遣ってくれているのだろう。
「いや、あの……ありがとう。それに、さっきの事は、本当に謝る。ごめんなさい。僕は
それらが
「ううん、良いの。私の方こそ急に怒り出しちゃってごめんなさい。今まで誰にもあんな話、した事無かったから。……でも、
そう恥かし気に笑う
「それでね。どうせ
ごめん、山さんって誰。って言うか、何の話? それ。
「それに、教団本部の事は私の方が詳しいし。ここ何年も来て無かったけど、何人か知ってる人も居るしね。で? この後どうする? 教団本部に単身乗り込んで無双してみる? もしヤるんだったら協力するけど?」
「いやいや。流石に今日は乗り込まないよ」
急にナニ物騒な事言ってるんだか、この娘は。
って言うか、そんな挑戦的な笑顔のままで、ビルに向かって堂々と指さすのも止めて。
もぉ、目立ち過ぎだよ
大体ただでさえコッチは殺されそうなのに、その敵の本拠地に単身乗り込むなんて絶対に無理。
それに、これ以上
さっき彼女が言っていた通り、ここ何年も
「
「ふぅぅん……そう? 私の頭脳があれば、助けになるって事ぉ?」
なんだよぉ。めちゃめちゃ
元々優等生なんだし、日頃から褒められ慣れているはずなのになぁ。
まぁ、カワイイっちゃ可愛いけど、逆にちょっと心配になっちゃうよ。
「よし、分かったわ。仕方がないわね一旦引き上げましょうか。それで
いやいやいや。
それって、作戦会議じゃなくって、単なる鍋パでしょ。
しかも牡蠣鍋じゃん。めっちゃ美味しそうだけど、何か方向性
それに、どうして近くのスーパーの特売品まで知ってるんだよぉ!
……はっ!
ってまたかよ。また、僕の事先読みして準備してたのかよぉっ!
「いや、家には土鍋なんて無いよ。高校生の一人暮らしだもの。土鍋なんて……」
って、なんで土鍋が無いのに、またもやそんな嬉しそうな顔で笑ってるんだよぉ。
「まぁ、そうよね。そう言うと思ったわ。だからさっき
だよなぁ、そうだと思ったよ。
はいはいはい。流石ですよ
そこまで用意周到な人ですよアナタって人は。
「あと、それからもう一つ」
えぇ? まだ何かあるの?
なんだろ? この娘、他にナニを準備してるって言うのさ?
「私の事はこれから
かなり照れた様子の
あぁ、今度からは
でもなぁ。もぉ、なんだかなぁ。
最近、ツンとデレの具合が実に良い具合だよねぇ。
そうそう、ちょっとデレ多めが最高に良いよねぇ。うんうん。
って、あれ? これってワンチャンあるんじゃねー!
雨降って地固まる。
そう言う事? つまり、コレってそう言う事なんでしょ!?
「そっ、それじゃあさ。僕の事も
えへへへへ。
言っちゃった、僕、
もぉ、二人は恋人じゃん! 完全に出来上がってるステディな関係じゃんっ!
はうはうはうっ!
って思ってたら、彼女がたった一言。
「
え?
「いっ、今なんと?」
「嫌よ。だから、嫌って言ったの」
先程までの笑顔は消え、突然『スン』とした表情の
「えっ? どうして?」
「どうしてもこうしても無いわよ。そんな恥ずかしい事出来る訳無いでしょ? なに? 私に名前で呼んでもらって、恋人にでもなった気持ちになろうって魂胆なの? うぅわ、最悪。男ってホント、どうしようも無い生き物よね。そんな下らない事言って無いで、さっさと帰るわよ」
そう言うなり、一人駅の方へと向かって歩き出す
えぇぇ!? マジ。
自分は良くって、僕は駄目なのぉ!
どう言う事? どう言う事なの?
「おいっ、ちょ、待てよぉ。ちょ、待てよぉ!」
そんな僕の呼び掛けに、突然振り返る彼女。
「そのキムタクのモノマネ……全然似てないわよ」
やっぱり?
やっぱり似て無いのね。
って言うか、飯田にも言われたわ。全然似て無いって。
色々な意味で完全に自身喪失した僕は、ガックリと肩を落としながらも彼女の後に続いて歩き始めたのさ。
そんな僕の横を、一人の青年が早足で抜き去って行く。
……あれ? 泣いているのか?
いや、いい大人が公衆の面前で泣きながら歩いてるなんて。
まぁ、無いわなぁ。僕の勘違いか?
ふとそんな事が頭を過ぎる。すると。
『タケシ、タケシッ!』
クロからの強い思念。
どうしたクロ?
『たった今通り過ぎた男。もしかしたら記憶にある男かもしれん。ちょっとリュックから顔を出させてくれ。急げっ!』
僕は言われるがままに背中のリュックを抱きかかえると、留め具を外してクロの顔が出る程度の隙間を開けてあげる。
すると。
『あの体躯にあの臭い。間違い無い。アイツは私を殺しに来たチームのリーダだった男だ。何かあったのか? ……かなりの動揺が感じられる。タケシ、追うぞ!』
追うって、今から!?
『当然だ。私を捕まえに来ると言う事は、ある程度教団の内情を知っていると思って間違い無いだろう。しかも、アイツからはさほど大きな魔力は感じない。せいぜい司祭レベルだ。その程度であれば私達でも十分に対処できる』
よし、分かった。
それじゃ、急いで後を追いかけて……いやいや待て待て。
あまり大っぴらに追いかけたりして、本人に気付かれてしまっては元も子も無い。それに……。
「ちょっと
僕はクロの入ったリュックを担ぎ直すと、急いでスマホを取り出して
――プルルルル、プルル……カチャ
「はぁい、もしもし。どしたの? 早く来なさいよ。特売終わっちゃうじゃないのよ」
「
「何よぉ、急にどうしたの? って言うか、ちゃんと名前で呼んでくれてるのね。エライ、えらい」
いやいやいや。
偉いかどうかはどうでも良いんだよ。
「実はちょうど今、
「あぁ、はいはい。なんだか泣いてたみたいだったわね。変なの」
「その変な人だけど、教団の職員らしいんだ。しかも、クロを捕まえに来た一人らしい。これから尾行しようと思うんだけど、協力してもらえるかな」
「え? マジ。そう言う事なら是非参加するわ。ととと、とりあえず、どうすれば良い?」
どっ、どうすれば良いって……。
僕の遥か前方を歩く
そんな彼女は突然歩道沿いの壁に背を預け、両手を広げてソロソロとカニ歩きを始めたでは無いか。
いやいやいや。
怪しいから。それ、全然怪しすぎるから。
それに、その動きって尾行って言うよりも、忍者だから。
忍者の忍び足だから。
現代にそんな怪しい歩き方してる人、一人も居ませんって。
「あのぉ……良く聞いて下さいね。それ、怪しすぎですよ。とりあえず、普通に歩いて。普通に、普通ぅに」
「ななな、何言ってるのよ。おおお、隠密は尾行の基本よ。どどど、どこから
だから、それは何時代かって話だよ。
って言うか、意外と簡単にテンパるな、この娘。
僕は早々に
「
いまだに目が泳いだままの
とりあえす彼女はキョドリながらも、小さく頷き返して来る。
「たたた、
掴んだ彼女の腕から、震えとともに彼女の緊張具合がヒシヒシと伝わって来る。
何だよもぉ……結局、僕の事も下の名前で呼んでくれんじゃん。
◆◇◆◇◆◇
「すみません
年季の入った生活感のある中年男性……と言った雰囲気が感じられるその声。
ちょっと哀愁漂うオヤジ臭さい所がまた実に良い。
声だけだったらニヒルなイケメンオヤジと言えなくもないが……あの体型に、あの顔じゃあなぁ。
まぁ、顔の事言ったら俺だって似たり寄ったりだけどな。
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。私の初動が遅れたばっかりに、その少年を捕まえ損ねてしまって」
俺がタバコを吸い終わり、やおら正面玄関に
残念ながらその不審な少年は、既にどこかへと姿をくらました後だった様だ。
暫く周辺を捜索してみたけど、特に不審な少年は見当たらない。
最寄りの駅からは少々遠いが、まぁ六本木や渋谷の方から流れて来る若者が居ないわけでも無いからな。
「監視カメラにも映ってますんで、見て行かれますか?」
「えぇ、そうですね。それじゃあ、一応拝見させて頂きますわ」
俺自身、特に興味も無かったんだが、まぁ仕事熱心な山本さんの顔を立てて、その小僧の顔ぐらいは拝んでやろうか……と言う気持ちにはなった。
実際、監視カメラの映像を見るまでの俺は、その程度の興味しか持ち合わせてはいなかったのさ。
「
ただでさえ画質の悪い監視カメラの画像に、早送りの画面。
映像には確かに一人の少年が玄関前を行ったり来たりしている様子が映ってる。
ただ当然の事ながら、少年の顔など良くは分からない。
「でも私の勘違いだったのかなぁ。女の子の友達が来たら、そのまま帰ったみたいでして。結局待ち合わせだったんですかねぇ……」
確かに。
画面の端から一人の少女が映りこんで来た。
そして、何やら二人が話し始めて……。
「ちょちょ、ちょっと!」
「え? どうかされましたか? 何か不審な点でも?」
「あぁ、いやっ、ちょっと最後の部分。その女の子が映ってる所をゆっくり再生してもらえますか?」
見間違いか?
俺ぐらいの年齢になると、若者の顔なんてどれも同じように見える。
見えるんだが……それでもアレは……。
山本さんがなにやら部下に指示を出し、映像がもう一度再生され始めた。
今度は……スローで。
パーカーを被った少年。その背後に近付く少女。
少年は少女に声を掛けられ、何やら少し驚いている様にも見える。
「ストップ! 止めてっ! あぁ、ちょっと行き過ぎた、巻き戻してっ! 一秒、いやっ一秒半っ!」
ゆっくりと巻き戻り始める映像。
そして、画面に映し出された、その顔は……。
「あっ、アイツ……アイツだ……生きてやがった……アイツ、不死身……なの……か?」
防犯カメラの方へ顔を向け、無邪気に微笑む少女。
その視線は、間違いなく俺の事を見ている。
多少画質の荒い防犯カメラの映像でもハッキリと分かる。
整い過ぎだと言っても良いぐらいのその端正な顔立ちは、決して忘れる事などできやしない。
いや、そう言う問題じゃ無い。
その顔を見たとたん、恐怖のあまり俺の全身の毛穴と言う毛穴から一気に汗が吹き出し始めたのがその証拠だと言って良い。
既に本能レベルで、あの少女が
「やっ、山本さんっ! 警備レベルを上げてくれ。とりあえず、俺ぁ
「あっ、あぁ、分かった、わかったよ」
俺の突然の慌てぶりに、驚きの様子を隠せない山本さん。
そんな山本さんからの返事を背中で聞きつつ、俺は上層階行きのエレベータに向かって、とにかく走り出し始めたんだ。
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